第一章 / 28話 『かつて―――』


「交…尾………?」


「そ、そう……ウチができることはこれくらいだからぁ……」


 シルクが発した言葉をワタルが疑問符を付けながら口にすると、彼女は赤面したまま目を泳がせながらボソボソと話す。

 しかし、ワタルが気になるのはそんなことではない。


「いや、あの…そもそもの話、交尾とかってメダカとか、そこら辺の動物がするもんじゃないのか?」


「え…?」


「こっちの常識が俺らの世界の常識と同じかは知らないけど、交尾って動物がするもんって授業で習ったんだが……」


「え? え? じゃ、じゃぁ、子供がどうやってできると思ってるのぉー…?」


「そりゃお前、その……口づけとかしたらコウノトリが子供運んでくるんだろ?」


「―――――――」


 ワタルの言葉を聞いたとき、シルクは呆ける。そして呆れたように手で額を覆った。


「噓でしょぉー…? まさか…いやでも年齢的にぃ……」


「お、おい…? 一体どうしたんだ?」


「ワタルくん…■■■■ピ――――――●●●●●ピ―――――――▲▲▲▲▲ピ―――――――


「なんだ? その単語。この世界での言葉かなんかか?」


「…………ワタルくん」


 とても写せないような言葉を連発し、それにワタルが首を傾げたことで、シルクは察した。

 ――――ワタルは、性に関する知識が欠片もない。

 それがわかったところで、シルクは大きな問題に直面した。


「どうしようかなぁ……」


 ワタルの無知しちゅは、多分あまり需要がない。

 だからといって教えるというのも、純潔を汚すようでなんだかはばかられる。それに普通に教えるのというのは……


「恥ずかしいし……」


「さっきから何ボソボソ――――」


「………」


 そこで、二人は扉の方から人の気配を感じた。

 扉があき、視線がこちらへと向けられている。

 その方向を見ると困惑した表情のエレクシアがいた。


「な、ななな、何をしてますの……?」


「ちょうどよかった! シルク持って帰ってくれよ。いきなり部屋に来てよ……」


「ちょっとワタルくん!? いや、ちち違うんだよぉー! だからエーちゃん落ち着いて? ね?」


 ようやく状況を察したエレクシアが、ワナワナと手を震わす。

 そして、その体に電気を纏う。


「問答無用ですわ!!」


「ちょっと!? それ俺も痛いヤツ!!」


 ―――その晩、ワタルの部屋に電光が瞬いた。



               △▼△▼△▼△▼△




「――――」

「――――」


 互いに睨み合い、センファとマフィーネは各々の武器を握るそしてーーー


「はぁあぁぁ――――っ!」


 先に動いたのは、自身よりも大きな大剣を担ぐマフィーネだった。そしてそれを力いっぱいにセンファへと振るう。


「――――」


 剣というよりも鉄塊と言うべきその鈍物ナマクラは、当たれば一撃で骨を砕く。

 そんな物がセンファに当たる寸前、彼が杖で地面を軽くついた。


「――――っ!?」


 瞬間、マフィーネの足元とセンファ足元にを二つの魔法陣が現れ、それが眩い光を放つ。光に目を一瞬瞑り、そして直ぐさま瞼を上げると―――


「なっ……!?」


 その風景がガラリと変わり、地平線まで続く荒野となっていた。

 そして、マフィーネが振った鈍物はセンファに当たらず、空を切ってしまう。

 しかし、その隙に反撃されまいとマフィーネは後ろへ跳んでセンファと距離を取った。


「あんな街中で、ギルドマスターである私が暴れるわけにはいかないのでね。少々場所を変えさせていただきました」


「あっそ、これ…転移魔法? そんな物まで使えるのね」


「えぇ。私はこれでも『魔法皇』と呼ばれていたこともありましたので……まぁ、転移は魔法ではないらしいですが」


「―――?」


「まぁそれはともかくです―――」


 センファが言葉を切り、杖を両手で握り直す。

 そしてその先端をマフィーネの方へ向け、


『フィーア、ウィード』


「――――っ」


 まず初めに炎を、それに次いで風の弾丸を放つ。

 それを見たマフィーネは炎を躱す。だが、その次の瞬間、炎の後を追うように放たれた風が回避された炎を巻き上げた。


「あっっつー…ヤなことしてくるじゃん」


「完全に回避できないような組み合わせにしたのですが……ほぼ無傷ですか」


 顔を顰めながら、小柄な体をはたくマフィーネだが、本来はそんな余裕など持てるはずもない攻撃を放ったつもりだっただけに、センファは軽く衝撃を受ける。


「ですがまだ、手札は残ってます」


 そう言って今一度魔法を放とうと魔力を練るが、そうはいかない。


「―――近づいちゃえば、わたしの有利になるしね」


「―――当然、対策はとっていますよ」


 センファを睨み、自身の攻撃範囲に彼を入れようと、思いっきり地面を蹴ってセンファへと急接近する。

 しかし、その思考はお見通しだった。


『ラード』


 土魔法を唱えながら猛烈に後ろへ跳び、センファのいた場所に分厚い土の壁が創造され、マフィーネの行方を阻む。

 ―――恐らく、センファの狙いは破壊しようとしたマフィーネへに、壁の向こうからの攻撃だ。

 そう、これは誘い。視界が埋め尽くされている中、一直線に進むようにする。マフィーネへの、誘い。

 だから、


「乗ってあげる。ただ――思惑通りには、行ってやんない」


 負けず嫌いなマフィーネは、その鈍物を壁へと振るう。

 相当に分厚く、必要な時間くらいは足止めできると踏んで作られたその土壁は、まるで硝子ガラスの如き勢いで破られた。


「な………!」


 これには流石のセンファも瞠目し、動揺を隠しきれない。

 しかし、すぐに平静を保ち、用意しておいた熱した岩石を連続して放つ。

 しかし―――、


「ぐ…ぅ……!」


 土壁を破壊した際の岩の欠片の一つが、センファの肩に直撃し、その衝撃で肩が外れる。


「い、まぁ!」


 一方のマフィーネは、土壁を破壊して振りきったその体制から遠心力で一回転し、鈍物を地面に叩きつけ、地面を跳ねて距離を縮める。

 そして上空から治癒魔法をかけるセンファへと鈍物を振り下ろす。


『――――っ。ウィード!』


 それを見て、センファは治癒魔法を中断して風魔法をマフィーネにぶつけた。

 その風に彼女の勢いは死ぬ。そこに―――、


『―――ウォルク』


 短時間の中で限界まで圧縮した水を、線状にしてマフィーネへと放つ。

 暗闇で見にくい中、彼女はそれをすんでのところで躱すが、その攻撃は頬を掠めた。


「………あー、もう。これ疲れるから、あんまり使いたくないんだけど」


 頬から流れる血を軽く拭いとり、着地したマフィーネは鈍物を掲げ――


威深いしん――」


 それを勢いよく振り下ろし、地面へと叩きつけた。


「――――伝震でんしんっ!」


 叩きつけたことで、地面が巨大土煙を巻き起こしながら爆発する。―――しかし、それで終わりではなかった。


「………!?」


 爆発が起きた次の瞬間、爆心地を中心に地面が波打ち、無数の亀裂を生みながら波紋のように破壊が広がっていく。

 それは、すべてを破壊していくマフィーネの大技。近距離、中距離、遠距離、そんなものが関係ない。まさに、『壊し屋』である彼女に相応しい技だった。

 だが―――、


「……予想はできてたけど、ズルくない? それ」


 マフィーネが見上げたのは、星が輝く夜空。

 そこに、星ではないものが浮かんでいる。―――センファだ。


「そちらこそ―――やはり私の判断は、正しかったようで」


 彼女を、マフィーネを移動させておいて本当によかった。

 街中でこんな技をお見舞いされては、被害は想像もつかないほど大きなものになっていただろう。

 センファ自身も、咄嗟に風魔法で空へ浮き上がっておかなければどうなっていたのか、考えただけでもゾッとする。ともあれ―――、


ここからならば、私の独壇場です」


 浮かんだまま、センファが杖を構える。

 すると、星屑の舞う空に、無数の、しかも多種多様な色の光が灯された。

 そしてセンファは、構えた杖を振るう――――。


『フィーア、ウォルク、ウィード、ラード、ライテック、イース、ダクネフィア、フラシド』


 炎の弾、水の線、風の槍、土の礫、雷の剣、氷の杭、闇の矢、光の矢。

 存在する聖魔法以外の全ての魔法が、空から雨のように降り注ぐ。

 マフィーネの大技にも負けないような無差別の広範囲絨毯爆撃。それをマフィーネは今ある全ての手段を持って避ける。

 しかし、そんな回避が、いつまでも続くはずはなく――、


「ぁ」


 様々な魔法が飛び交う中、マフィーネを死へ導くのは、氷の杭だった。

 しかも、センファの氷の杭は、当たったところから凍結するというオマケ付きだ。

 足を見事貫いた氷の杭。それがマフィーネの華奢な体を凍らせていく。


「―――――」


 そして下半身が完全に凍ったところへ、丁度よく岩の礫が飛んできてその脆くなった下半身を完全に粉々にし、キラキラ輝く欠片となって氷の粒が舞う―――。


「っはは」


 ―――笑みが、零れた。

 それは、他でもない。マフィーネの口からだ。

 異常。今この場、この瞬間、彼女の下半身が砕け散ったこの瞬間で、明らかに異常な笑みだった。

 そして、マフィーネの瞳は、上空。こちらを見下ろす、センファを捉えていた。


「そぉぉぉれぇぇえぇぇぇぇっ!」


 次の瞬間、下半身を失った人間とは思えないような大きな声を発しながら、遠心力で上半身ごと鈍物を振り、それは彼女の砕け散った下半身の欠片がある空中を通過して―――、


かんぁっ!!」


 ―――そう叫びながら振り切ったのと、同時のことだった。


「か、は……っ」


 センファの体へ衝撃が走る。

 それは、無数の、それでいて強烈な、衝撃。

 全身に響き、脳にまでその衝撃であり、振動であるそれが及ぶ。

 あまりの痛みに、センファは魔法を止め、地面に降り立って自身へ治癒魔法をかける。それと同時にマフィーネの方向に目を向けると、そこには下半身が完全に消失し、ピクリとも動かなくなったマフィーネが倒れていた。


「……死ねば諸共、といったところでしょうか」


 一人では死ぬものかという彼女の執念と、実際そうなりかかった事実に、センファは安堵と恐怖を覚えた。


「『壊し屋』マフィーネ・シェイリストに、それを従わせる『あの方』という人物……」


 ここまでの強さを持つマフィーネの更に上の存在に、センファは恐怖を抱かずにはいられない。


「……ひとまず、街に戻りますかね」


 こんなところで悩んでいても仕方ないと、センファは自分の立つ地面に転移の魔法陣を展開し、街へと戻るのだった―――。







「――――って、なればよかったのにね」


 一つの声が、静寂したその空間に響いた。


「―――――」


 その声は、短時間でありながらも、センファへ強烈な印象を与えた人物と、全く同じものだった。


「―――――」


 声のした方向へ視線を送ると、そこには、予想よりもずっと近くまで、その声の主―――足のあるマフィーネが鈍物を振りかぶりながら接近してきていた。


「―――――」


 反応、できない。

 反応、するまでもなく―――彼女の鈍物が、センファへと直撃した。


「が…ぁ……」


 鈍物が直撃したのは、背中だった。

 しかし、その衝撃は全身に駆け巡り、駆け巡った部位の全てに、ヒビが入っていく。

 そして、そのままセンファは魔法陣の外へ弾き出された。


「な…ぜ……」


 倒れ伏したまま、センファが悠然と立つマフィーネに問いを投げかける。

 そこには、様々な問いが込められていて、その中でマフィーネが答えたのは、一つだけだった。


「あなたを倒しても、こんなわけのわかんないとこにわたし一人置いてかれちゃ困るでしょ? だからあなたが油断して転移魔法を使うまで死んだフリして待ってたの」


 あり得ないことだった。

 彼女は死んでいた。それは、マフィーネの下半身が消えてしまったことが何よりの証明だった。しかし、今は何事もなく存在し、マフィーネの体を支えている。


「ま、あなたも強かったよ。わたしを追い込んだんだもん」


「まちな……さい……」


 そんな上から目線の称賛の言葉を残し、マフィーネは転移の光と共に消えていった。


「ぐ、ぅあ」


 一人取り残され、既に転移魔法を使うほどの余力もない彼ができることは、たった一つ。


『ウィー…ド……』


 掠れた声でそう唱え、センファは二つの言葉を風に乗せる。

 一つは、レイブウィアにいるフェルへ、自分が暫く姿を見せなくなるということと、余り無理はしないようにというむねの言葉を。

 もう一つは、アンディスへ、フェルと同じく自分が暫く姿を見せなくなるということと、調査の結果をできるだけ。


 それを飛ばしたところで、センファは、息を引き取った。

 彼らに、託して―――。



               △▼△▼△▼△▼△



 翌日の朝―――。



「ふあぁあぁぁ……」


 目を擦りながら、大きくあくびをする。

 昨晩はエレクシアをなだめるのに時間がかかり、中々眠れなかったからか、眠気が少しある。


「まぁ、結果大人しくなってくれてよかった……」


 そう息をつき、ワタルは部屋を出ると、そこでバッタリとシルクに遭遇した。


「おはよう」


「う、うん、おはよぉー」


 どことなく居心地の悪そうに挨拶をすまし、ワタル達は食卓についた。


「……渡達、何かあったのかな?」


 残念ながら寝ていたせいで全く状況を掴めない障子は、その状況を想像するしかなかったという。

 と、そこへ―――、


「おい! ワ……リベルドォ!」


「おぉ…どうした? そんな慌てて……」


 宿屋のロビーにアンディスが駆け込んでくる。

 血相を変えるほどの彼女の慌てぶりに、ワタル達も困惑する。


「それが、今朝センファサンから魔力伝達が来てよォ……」


「魔力伝達…?」


 名前的に、誰かへ魔力に何かをのせて伝える的なものだろうか。

 ともかく、ワタルは彼女はセンファから受け取ったというメッセージを聞くことにした―――。


「……つまり、俺たちを殺そうとしてきた刺客――アンディスの産みの親父は、その『壊し屋』って奴の命令で来て、更にその上にも得体の知れない奴がいると」


「センファさんからの情報を纏めると、そうですわね」


「その『あの方』って、ワタルくん的に心当たりとかありそぉー?」


「そうだな……」


 『無双の神判』であるベルガルトが、シルクを操っているところに来たという点から、『無双の神判』の関係者であることは明らかだが、その上司がベルガルトというのは、彼の能力的に違和感がある。


「なら、その他の支部長とか……?」


 考えたくない話だが、あり得なくもないというのも事実だ。

 まだ見ぬ支部長に警戒を抱く。


「とにかく、警戒しろって話だ。これから旅する上で、いずれ鉢会う可能性があるわけだしな」


「……そォいやァ気になッてたんだがよォ」


「ん?」


「次どこに行くかとかは決まッてんのか」


「あー」


 アンディスの問いに、ワタルは頬を掻く。

 本来はこの後王都にでも行くのが最適なのだろうが、実はそうにもいかない事情がある。


「次は、『フェンドラス』に行こうと思ってるんだ」


「フェンドラス…王都に行くわけじゃないんだねぇー」


 都市『フェンドラス』

 そこは小さいながらも『都市』と呼ばれ、かつての『偉人』が住まうという街で、フェルやセンファの師匠がいる場所でありながら―――


「『あの子』の、故郷らしいんだ」


「あの子…?」


「……あぁ。俺なんかに憧れてくれた、名前も知らない、小さくて家族思いな子だよ」


 レイブウィアでの初めての依頼、その人搬馬車で出会った少年。


 ―――かつてスコックに殺されてしまい、ワタルの暴走の切っ掛けとして利用されてしまった少年の、故郷だ。



               △▼△▼△▼△▼△



 ―――同刻、レイブウィア。



「………」


 一室で、一人の女性が『魔力伝達』を受け取り涙を流した。


「本当、兄さんは隠し事が下手だ」


 受け取った内容は、行方を暗ますという兄弟子の言葉。

 そして、無理をするなという、兄弟子の言葉。

 今際の際で送ったということが、隠そうとすることで逆に透けてしまう兄弟子の癖で、よくわかる。


「兄さん、貴方が敵わなかったその敵を、私が討ち取ることを、貴方は許してくれるだろうか」


 きっと、許してはくれないだろう。

 兄は、自分の苦しみより他人を優先するような性格だ。ましてや、妹弟子が危険を犯すなんて、彼が望むはずもない。

 だが―――、



「私は、まだ果たしていない。――――貴方を超えて見せるという。約束を」



 女性――フェル・ヴィザールは、かつての兄弟子との約束を胸に、決意を固めた。



『かつて―――』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 少年って誰やと思った方は、第一章の7話、10話を見返してみてください

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