第一章 / 7話 『はじめてのいらい』

「おーい! こっちだこっち!」


 早朝のギルドでワタル達を呼ぶ男の声。テガイズだ。


「よお! よく寝れたか?」


「あぁ、一応な」


 朝から五月蠅い奴だ。これだから陽キャは・・・


「そうか! それじゃあ早く依頼受けに行こうぜ!」


 そう言ってテガイズは依頼の紙を受付へと持って行った。


「エルミスー。これを受けたいんだけど」


「はい、人搬馬車の護衛の依頼ですね。この依頼は三名で受けていただく依頼ですが、一緒に受ける冒険者の方はいらっしゃいますか?」


「あぁ、リベルドとエレクシアちゃんと一緒に受ける」


「そうですか。分かりました。それと、気を付けてくださいよ。最近色々ときな臭いので」


「・・・きな臭いって?」


 エルミスの言葉が気になり、ワタルはテガイズの後ろから口をだす。


「実は最近、遠方の街が襲撃されまして・・・・」


「――――」


 恐らく・・・いや、十中八九『無双の審判』の奴等のせいだろう。そうか、この世界にも来ていたのか。そうか・・・


「――――」


「あの・・・主様? どうかされたんですか?」


「・・・何でもない。行くぞ」


「お! やる気だな! そうだな、確かにそろそろ時間だし、出発するか!」


 そして、ワタルは初任務に赴いた。



               △▼△▼△▼△▼△



「―――貴方達が依頼を受けてくださった冒険者の方ですか? 私はベルディン・ファースと申します」


 依頼場所に着いたワタル達に、アフロヘアーの全体的にもじゃもじゃしたおじさんが話しかけて来た。内容から察するに、恐らく彼が依頼主なのだろう。


「はい、俺はテガイズ・レキエル。こっちの目付き悪いのがリベルド・アンク。そんでもってこっちの金髪ちゃんはエレクシアちゃん」


「・・・・」


 とてもデリカシ-のない発言が聞こえたが、事実なので口を出さないようにしておこう。

 そんなデリカシーのないテガイズは置いておいて、ワタルは人搬馬車を見てみる。見た目は・・・うん、普通の馬車だ。強いて言うなら、馬車を引く馬が元世では見たことのない角の生えた、いわゆるユニコーンだった。


「いやぁ、忙しいのにこんな依頼に付き添ってくれてありがとうございます」


「いえいえ、こういう依頼も冒険者の仕事ですので」


 ・・・なんか手馴れてるな。


「それじゃあ、荷台に乗ってもらって」


 依頼主に促され、ワタル達は荷台に乗る。そこには母子が一組、いかついおじさんが一人、フードを被った女性らしき人が一人いた。


「よいしょっと」


 馬車の淵にイスのようになってる所に腰を掛け、それを見て依頼主は、


「それでは出発しますね」


 そう言って馬車を走らせた。



               △▼△▼△▼△▼△



「・・・・」


 軽く小一時間は走っただろうか。そろそろ腰が痛くて限界だ。


「ん?」


 ふと視線を感じ、その方向を見ると、少年と視線がぶつかる。だが直ぐに少年は視線をそらした。

 まぁ、こんな目付きの悪い男と目があったら怖いだろうし、当然の反応と言えるだろう。


「―――ヴォウ!」


 そんな自己完結にワタルは少し悲しくなっていると、外から狼の鳴き声のようなものが聞こえると共に、馬車が止まった。


「なんだ!?」


 急いで馬車から飛び降りると、そこには人間サイズの狼が5匹、その倍の大きさの、恐らく群れのボスと思われる狼が一匹いた。


「こいつら・・・黒狼だな・・・お前等って確か新人冒険者だろ? ここは俺に・・・」


「エレクシア、行けるか?」


「ええ、大丈夫ですわ」


 テガイズの先輩対応に耳を貸さず、ワタル達は構える。

 そして―――、


「バウッ!」


「はぁあぁぁぁ―――ッ!」


「おらあぁぁぁ―――っ!」


 エレクシアが電気を纏い、走り出すのに続いてワタルも走り出す。


「よっ、ほっ!」


「はっはぁっ!」


 ・・・どうやら、エレクシアの武器は戦いやすかったようだ。華麗に狼を電気の爪でザクザク切っていっている。

 そして順調に倒していると、


「バウッッッ!」


 いきなり群れのボスと思われる黒狼が吠えワタル達に突進・・・かと思いきや素通りして行った。その進行方向は―――


「こっちに来んのかよ!」


 馬車だ。馬車に向かって黒狼は走る。

 それに対してテガイズは驚きながら手を地面に置いた。そして―――


『大地よ、我が命に応え柱となり、眼前の敵を打ち砕け! ラード!』


 テガイズが何かを唱える。すると土が盛り上がり、棒状になって黒狼の顔に勢いよく叩きつけられた。


「ヴウォッ!?」


「おお」


 その出来事に、ワタルは驚嘆の声を漏らす。恐らく、あれが魔法なのだろう。見たところ、土魔法といった所だろうか。


「ふぅ・・・なぁ、お前等! 他に敵はいそうか?」


「いや、他にはもういないと思う」


「そうか、じゃあ一旦こっちに戻ってこーい」


「うっす」


 テガイズに呼ばれ、ワタル達は馬車の元に戻る。


「お前等、新人冒険者って聞いてたけどめっちゃ強いな! 普通に冒険者としてやってくのに何も問題ない実力だな。ただ、」


「ただ?」


「俺たちの任務は人搬馬車の護衛だ。敵を倒すことじゃねぇ。さっきだって、俺が残ってなきゃやばかったろ?」


「なるほど・・・・」


 敵を倒そうと突っ走るばかりに、裏取りされて守る対象を破壊されては元も子もないということだろう。

 とはいえ、流石ベテランだ。凄くためになる。


「依頼内容を履き違えないように・・・・か」


 ベテランからの言葉を噛みしめながら、ワタル達は死体を片付け、馬車に再び乗り込んだ。


「ふぅ・・・」


 手を開いたり握ったりして、ワタルは体の調子を確かめる。

 よく寝たおかげか、昨日の負担も全く残っていない。

・・・そういえば、最近朝のラジオ体操やってないから、ちょっと訛ってるかもしれないな・・・・


「あ、あの・・・」


「?」


 そんなことを考えてるワタルに、幼い声が話しかけて来た。その声の正体は・・・


「えっと・・・」


 先程の少年だった。


「どうしたんだ?」


 少年に向かって、ワタルは声をかける。すると少年は少し怯えながらも、


「お、お兄さん、凄い強いんだね・・・!」


「お! 分かってるなぁ! 俺は冒険者やって長いから強いんだぞ~」


「おじさんじゃ・・・ない」


「あれ? って、おじさんじゃねぇ!」


 ・・・横がうるさい。


「で、それがどうしたんだ?」


「僕ね、強くなりたいの・・・!」


 目を輝かせながら話す少年に、ワタルは頷きながら聞く。


「だから、僕もお兄さんみたいに強くなりたい!」


「―――」


 その少年の言葉に、ワタルは目を見開く。

 まさかそこで自分の話になるとは、そんな驚きだ。


「俺みたいに強くなるっつっても、強くなってなにすんだよ」


「僕ね、お父さんがいないの、だから・・・だから、僕がお母さんを守れるよう強くなりたいの!」


「そうか、頑張れよ」


 少年の純粋な夢に、ワタルは笑いかける。それに少年・・・それとテガイズとエレクシアも驚いた様子で目を見開いた。


「・・・何だよ」


 そんな二人にワタルはジト目を向ける。


「い、いえ、主様はいつも怖いお顔をされているので、そんな風に笑えるのに少々驚きまして・・・」


「俺もだ。お前、絶対そっちのがいいぞー。悪人顔は誤解されやすいからなー」


「余計なお世話だ」


 テガイズを邪慳扱いながらも、ワタルは心の中では少し嬉しかった。

 デガイズがアドバイスしてくれたことではない。こんなワタルに、少年が憧れてくれたことが、自分が憧れてもらえる存在になれたことが、嬉しかった。


 それからしばらく馬車は走り続けたが、特に何も起こることはなく目的地に着いた。


「つっあ~、腰が痛ぇー」


 目的地に着き、腰を叩きながらテガイズ達は馬車を降りる。


「ありがとうございました。これ、報酬です」


「おぉ、ありがとう。そんじゃあ戻るかー」


「? 戻るって、どうやってだ?」


「そりゃ馬車に乗ってだろ」


 馬車に乗る・・・?


「って、そろそろ出発の時間じゃね? リベルド! エレクシアちゃん! 急ぐぞ!」


「ちょ!? エレクシア、着いてくぞ」


「は、はい」


 慌てた様子で走り出すテガイズを、ワタルとエレクシアは追いかけようとする。そこに、


「お兄さん!」


 少年が大きな声でワタルを呼んだ。

 それにワタルは振り向き、その少年を見る。


「バイバイ!」


「―――あぁ、またな!」


 少年の元気な別れの挨拶に、ワタルは応え、そして再びテガイズを追った。



               △▼△▼△▼△▼△



「ふぅ、あぶねーあぶねー」


 人搬馬車に腰を掛け、テガイズは肩で息をしながら汗を拭う。

 それにしても、超絶時間の掛かる依頼だ。道理で依頼を受ける人がいない訳だ・・・今思えば、あの馬車に乗ってたいかついおじさんも人搬馬車の依頼の帰りだったのかもしれない。


「・・・そういえば、テガイズ、お前ってエレクシアにはちゃん付けするけど、エルミスには呼び捨てだったよな。なんでだ?」


「そりゃお前、彼女にちゃん付けってハズいだろ?」


 確かに・・・いや、彼女いたことないから分からないんけど・・・あれ?


「ふぁ?」


 あれ? 今彼女って言った?


「お前・・・エルミスと付き合ってたのか・・・」


 いやまぁ、チャラチャラした陽キャだもんね。うん、恋人くらいいるか。うん。


「何か、知らない間に友達が友達と付き合ってたみたいな複雑さだな・・・」


 まぁ、友達いなかったから分からないけど。多分、そんな感じだろう。


「・・・それはそうと、これ後どれくらいで着くんだ?」


「んー、あと三,四時間くらいかな」


「はぁ・・・」


 余りに時間が長いので、ワタルはため息をつく。それを見てテガイズが、


「よーしそれじゃあ、お前にある話を教えてやる」


「話って?」


「お前等、『死導者』って知ってるか? 死ぬの死に、導く者で『死導者』だ」


「なんか物騒な名前ですわね・・・」


 テガイズが口にした名に、エレクシアは苦笑いする。正直、ワタルもそう思う。

 恐らく、「死へと導く者」で『死導者』ってところだろう。


「これは冒険者の間で最近有名な噂なんだ。最近行方不明者が多いって話も、その『死導者』のせいって話だ。まぁ所詮は噂、都市伝説みたいなもんだ。単に噂が一人歩きしたってことも考えれるが、もしいたら・・・」


 行方不明者が多いというのは初耳だが、実際に被害が出てるならその話を無下にはできない。


「まぁ、そのときは何とかするさ」




               △▼△▼△▼△▼△



 それから三時間、特に何もなくレイブウィアに着いた。

 早朝から依頼をして、あんなに時間がたったと思ったら、まだ昼だ。ただ、依頼はもうやってしまったし、


「まぁ、まずは昼飯からだな」


「お! 昼飯か!? 俺も行かせてくれよー」


「やだよ。それに、お前にはエルミスがいるだろ? 彼女と一緒に飯食えよ」


「えー、奢られてやるから。頼むよー」


「先輩としての威厳は無いのかよ」


 そう言って、肩を組んで来るテガイズを突き放す。


「へ、冗談だよ冗談。お前はエレクシアちゃんと仲良く飯食ってこいよー」


「あぁ、そうする」


「そうだ、飯食いに行くならここを真っ直ぐ行って突き当りを右に曲がった所、そこめちゃうまい定食屋だから行かなきゃ損だぞー。俺は昨日行ったから今日はいかないけど」


 定食屋・・・うん、いいかもしれない。


「そんじゃそこ行くとするわ。エレクシア、行こうぜ」


「ええ。テガイズさん、ありがとうございます」


「いいってことよ。・・・・そうだ、なぁリベルド、明日も一緒に依頼やらね?」


「え? まぁ、いいけど・・・」


「そんじゃ、また明日、今日と同じ時間に集合なー」


「また!?」


 またあんな早い時間に集合なのか・・・そう思いながらもテガイズに別れを告げ、その定職屋に向かった。



               △▼△▼△▼△▼△



「ここか」


「何というか・・・趣きのある店ですわね」


 テガイズに紹介された店は、エレクシアが言ったように、味のある昔ながらの老舗のような雰囲気だ。

 その店に、ワタルが入店すると。


「おい! てめぇら! なぁに勝手に店に入ってきてんだぁ!? あぁん!?」


 いきなり強面のおっさんに怒鳴られた。

 ・・・なんか、店に入ったらおじさんに怒鳴られるパターン多くね?


「今日は休みって書いてあんだろうが! 目ぇ腐ってんのかボケェ!」


「い、いや、店にはなんも書かれてなかったけど・・・」


「なぁに言ってんだ! ここにちゃんと書かれて・・・ってあれ?」


 怒り顔で店の扉を見た強面店主は瞠目する。それもそのはず、店には何も書かれてないからだ。恐らく、風か何かで飛ばされてしまったのだろう。


「で、これで俺らのが正しいことが証明されたわけだが」


「いやぁ、すまんかった。怒鳴っちまってよぉ」


ワタルの方が正しいと分かると、強面店主は先程のことについて謝罪してきた。


「それはそうと、なんで店を閉めてんだ?」


 テガイズは今日が休みだということを知らなかった口ぶりだったことから考えると、今日急遽休むことになったのだろう。その理由を、ワタルは問いただす。


「実は、いつも食材調達を頼んでた冒険者が行方不明になっちまってよぉ」


「だから料理が作れないから休みってことか」


「そぅいうことだ」


 うーむ、それだと困る。いや、別に他の店で食べればいいだけの話だが、テガイズの言うここの食事も気になる。


「はぁ・・・あぁもう、食材調達は俺等が行ってやるよ」


「ぬぉ! 助かるぜぇ! よぉし! 折角だから捕ってきてくれたらタダで飯作ってやらぁ!」


 昼飯を食べに行ったら昼飯の食材調達をすることになった・・・・・



               △▼△▼△▼△▼△



 ある生物の話をしよう。


 ―――曰く、その生物は痛みを感じない。


 ―――曰く、その生物は人の血肉のみを求める。


 ―――曰く、その生物は生きていない。



 その生物は、生物ではない。屍となった者が、人の血肉を求めて只々彷徨い、見つけたら、喰らう。


「グゥォォォォォ」

「グギガァァァァ」


 木が太陽の光を遮った暗い森の中、複数の人影が蠢いている。ある者は右足を引きずり、ある者は這いずっている。

 そしてそれは、いずれも唸り声を上げており・・・・


「フフ・・・」


 そんな中、唸り声ではないものを上げる者が一人。

 その者はフードを深く被っており、妖しい笑みを浮かべている。


「さぁてさぁて、私の可愛い子たち、行っておいで」


 その者は口角を上げたまま、周りの動く屍に指示をだす。屍人はそれに従い、ある方向へ一斉走り出した。


「人搬馬車のあの人を、私の新しい『子』に・・・」



 ある生物―――屍人しびとの話をしよう。



 ―――曰く、その生物は痛みを感じない。


 ―――曰く、その生物は人の血肉を求める。


 ―――曰く、その生物は生きていない。


 ―――曰く、それは屍の成れの果てである。



 ―――曰く、その屍人は誰かの手によってしか生まれない。そして屍人は、その誰かにしか従わない。



 この場合の『誰か』とは、『死導者』であり、ワタル達が護衛していた人搬馬車を乗用していた、ベティス・ネライドスである。





『はじめてのいらい』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





誰かの手によってしか生まれないなら生物もクソもないだろ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る