第九話 ~旅立ち~

《第九話 ~旅立ち~》


 朝。


 何時もと同じように夜明けと共に起き、日課の運動をするべく支度を始める。


 寝巻き代わりの安物を脱ぐと麻袋に入れ、もうこれを出す事も無いのかと思うと少し寂しくなる。


 下着姿でもそもそと黒い上下に着替え、顔を洗い歯を磨く。


 全て木製の家具や調度品にも今ではすっかり慣れ、あの頃のような違和感は無い。


 今日は新装備の受取日だ。


 明日の出発を前にぎりぎりになってしまったが、どうにか間に合わせてくれた武器屋と魔道具屋の店主達には感謝しか無い。


 感謝と言えばこの街の誰も彼も、一体どれだけの力添えをして貰っていたのか……それを返そうと思ったら途方も無い年月が掛かりそうだと思う。


 人は人と関わらなければ成長出来ない……一人で出来る成長など、高が知れている。

 グラムが何時だか言っていた言葉の意味を、昨日のリックの一撃で思い出した。


 ショック療法かも知れない。そんな馬鹿な事を考えながら、リアモの外を走る。


 朝の新鮮な空気が肺に取り込まれる度、色々な事を思い出して懐かしさにかられる。ここに来てから半年、本当に色々な事が有った。


 その全てを思い返し、一歩、また一歩と足を動かす。もう心に迷いは無い。

 そう思いたい。そうでありたい。


 冷たい井戸水を浴びて新品の服に着替える。


 思えば自分は本当に人として、大人としての試練や挫折、そういった物から縁遠かったように思う。


 皆と同じように幼少期を過ごし、皆と同じように学生時代を経て、皆と同じように社会人になった……つもりだった。


 それでも皆、自分の悪友達も含め見えない所で苦労をし、見えない所で挫折を味わい、見えない所でそれを乗り越えて来たのだ……それを微塵も感じさせないで、段々と大人になって行った。


 自分だけが取り残されている気持ちになるのは当然だった。


 この世界に来て本当に良かったと、今はただただ只管に感謝しか無い。


 自室で小袋、ポーチ付きのベルトを締め、長剣と戦棍をぶら下げる。

 借り物の長剣と革鎧は今日でクリスに返却する予定だ。


 戦棍は無いよりマシ程度だが、こちらも魔法鞘に取り付けられるよう注文済なので今から仕上がりが楽しみだ。


 一階に降りると朝食が用意されており、手を合わせてからいただく。

 喧しい筈の食卓はそこに無かった。


「まだ愚図ってるのよ……明日の出発には間に合わせるから、気にしないで食べちゃいな」


 女将の言葉に頷き、申し訳ないなと思いつつ食べ進める。


 ひと月前に旅の事を話し、その際にリナリーには内緒にしておこうと言われたのだが……それが昨日で裏目に出た。


 詫びの品は用意しておいた。明日の見送りに来なければ女将にでも預けよう。


「明日出発なら、弁当を用意しておくよ。長い間贔屓にしてくれたからね」


 厨房の奥で大将も親指を上げている。その心遣いが嬉しかった。


 武具店に寄り装備を出してもらう。


 少し早い時間だったが店主は快く対応してくれた。全く、最初とは段違いの接客態度だ。


「さ、確認しな」


 カウンターに置かれる鎧と、立て掛けられた大小両刃の一振りの戦斧。


「苦労したぜ……まずは鎧からだな」


 そうぼやきながらも装着を手伝ってくれる。


 肩無しの革鎧は見た目こそ似ているものの、素材に三つ首蜥蜴という魔獣の革を使用しているらしい。


 クリス曰く、それが尤も費用対効果が高いと言っていた。


「それにね、改造するなら魔力を流し込んでも壊れないような素材の魔獣の革は強度は勿論のこと伸縮性通気性隠密性や魔法抵抗も高いから―――」


 とはビオラの談だ。とにかく良い物らしい。


「これだけなら早かったんだがな……」


 腰骨の上まで覆う鎧の脇に二つ、細長い十字の革が取り付けられている。


 釦で鎧に留められたそれは、今は開いたままの状態だ。


 長剣を鞘のまま当てると、その鞘ごと固定し装着が完了する。戦棍も同様に剥き出しのまま装着する。


「普通こういうもんは使用者の登録とかややこしいもんが多いんだがな……魔剣に気に入られた坊主の事だ、こういう事もあるのかも知れねえな」


 勝手に喋り、勝手に納得する店主。


 何もせず最初から使用できた魔法鞘なのだ、グラムがその辺を管理していたとしても不思議では無い。


 魔法鞘鎧は現段階では問題なく使用出来るようで、動きに合わせて両側の武器が邪魔になる事は無い。


「次は背中だな」


 背を向けて、同じく十字に開いた花弁のような部分に戦斧を当てるとそれが閉じ、がっしりと固定される。


「一本は問題無いみたいだな……」


 続いて奥から石版のような大剣を運んでくる店主。


 それを背中に当てるとニ枚の花弁が開き、戦斧の上に固定する。


「おお、無事に動いたな……。しっかし、そんな重装備で大丈夫か?」


 店主の言葉に飛び跳ねて見せ、しっかりと頷く。


 背中の機構はニ枚で一組になっており、二本までなら難無く装着出来そうだった。


「全く……酸や毒に強い剣なんて、どんな高級素材かと思ったがそんなんで良いとはな……」


 高い硬度を誇るグレイロックは、しばしば街の防壁に使われている素材でも有る。


 それを削り出し、ただ剣の風体を拵えて貰っただけの物だがそれなりに値は張るのだ。


「柄の部分は戦斧と同じでミスリルとアダマントって物を混ぜてある。ちょっとやそっとじゃ折れねえだろう」


 店主の言葉に頷く。


 しかし取り出す時に不便そうなので石の大剣を先に、戦斧を逆さまに装着し直す。


「抜く時はどうするってんだ?」


 石の剣は使うというよりも重り用だ。

 戦斧は大きい刃の曲線部に靴を引っ掛け、そのまま飛び上がり下から抜いて見せる。


「はー……って、店の中で暴れるんじゃねえ!」


 拳骨を貰い、酷いと思う。


 自分の意志が伝わるように少しの補助をしてくれる辺り、やはりこの鞘鎧は凄いと思った。


「まあ良い……残りは長剣と防具だな」


 再び店主に手伝ってもらい、全ての準備が完了する。


 手甲に腕甲、肘当てと膝当て、左腕に小型の円盾と仕込みの投げナイフ。


 クリスの長剣を外し、新品の物を装着する。


 軽く身を捩り確認するが、がちゃがちゃと当たる事も無く、安定感が物凄い。


 通常であればどこかしらに偏りが出来そうなものだが、不思議と重心も均衡が取れている。


「防具ってのは身を守ると同時に足枷にもなるからな……どの程度護るかはお前さん次第ってやつだ」


 防御性を取れば敏捷性が失われ、敏捷性を取れば防御性が薄くなる……以前に聞いた通りだと思った。


(お世話になりました)


 そう言って頭を下げる。

 すると店主は煙たそうに片手をひらひらさせ


「あーあー、そういうのはいい。金の分だけ自分の仕事をしただけだ……ま、元気でな」


 その言葉に頷き、店を後にする。

 見慣れた街並みもあと数回でお別れかと思うと、少し寂しく感じてしまった。


 北西の魔道具屋に向かい、店主から首飾りとローブを受け取る。


 ローブの見た目は元々身に付けていたボロ布と同じだが、中古品ながら性能面で格段の違いが有る。


「なんじゃその珍妙な格好は……お主、本当にそれで旅に出るつもりか?」


 頷くと長い鼻を揺らし、大笑いする店主。


「なるほどなるほど……漸く理解したわい。少し待っておれ。手直ししてこよう」


 そう言って出してきたローブを引っ込め、店の奥に消えて行く。


 カウンターの上に置かれた首飾りは手に持って大丈夫だろうか……代金は既に納めているので平気だと思うのだが、少しどきどきしながら確認する。


 銀色の細い鎖と装飾が施された緑の宝石、そしてその中に小さな牙が入り込んでいた。


 どうにかこの牙をあしらえないかと相談した所、不気味な笑い声とともに牙を小さくした時は目を丸くしたものだ。


 やはりこの魔道具屋の店主……ただの婆さんでは無く、凄婆さんなのだと思った。


「勝手に動かすんじゃないよおおお!」


 突然の大声に驚き、戻ってきた事に気付かなかったせいで飛び上がる。


「全く……これだから最近の若い者は……」


 異世界に来てまでお馴染みのフレーズを聞く事になると思わず、その台詞に思わず吹き出してしまう。


「さっさと元に戻さんか!」


 持っていた杖で頭を小突かれる。

 今日はよく頭を殴られる日だ。


 カウンターの上に首飾りを置くとその上に自身の血を垂らし、店主が呪文を唱え始める。


(強く、守る、魔法と……物質かな?)


 最後の方は専用の物なのか、勉強した中に入っていない単語が幾つか存在した。


「さ、付けてみい」


 再度首飾りを装着すると一瞬、風が通り抜けたような不思議な感覚を覚える。


「森狼の牙なんぞを組み込ませおって、本当に厄介な仕事じゃった……見た所そこまで必要は無さそうじゃが、なんぞ思い入れの有る品か?」


 店主の言葉に頷く。

 今の自分にとっては必要な物だ。


「せいぜい大事にするんじゃな」


 ふんと鼻を鳴らし、続いて中古のローブを受け取る。


「これにはその靴と同じ機能が付与してある。だがあくまで補助的な物じゃ、過信は禁物じゃぞ!」


 店主の言葉に頷き装着する。


 魔道具とは言っても万能では無く、あくまで補助的な物……毎日の手入れが少し楽になる程度の物なのだ。


 世界の何処かには今以上に便利な物が有るかも知れないとグラムは言っていたが、不確かな物を今使えないと嘆くより、有り物で代用し工夫する癖を付けろとも言われた。


「ローブには首飾り同様に回避の魔法も掛かっておるがの……あくまで補助的な物、過信は禁物なんじゃぞおおお!」


 再度釘を刺され、ローブを前で合わせる。


 磁石でも入っているのかそれだけで留まってしまい、何時もの布のように縛る必要が無い。


 フードの部分は首に巻かれている。

 そのせいで首元が少しこんもりしているが、抜刀の際に邪魔にはならないだろう。


「フードも合わせ部分と同じ作りになっておるから暴れはせんわいな」


 考えを見透かされたように言われてしまった。


「それと、ラウルの小僧達に会ったら礼を言うんじゃぞ。足りない分は彼奴等からの餞別じゃ」


 道理でほぼほぼぴったりの額になったと合点が行った。

 そういう事はしなくて良いと言っておいたのに、本当に―――。


「なればこそ、しっかりと安心させるんじゃな。それが一番の恩返しじゃ」


 ルピナのような能力でも持っているのか、心を読まれ少し恐怖を感じる。本当に……物凄い婆さんだ。


 店主に礼を言い、模擬戦の場所へ向かう。


 北門の平原には昨日と同様にルピナとリック、それとラウル達三名とリックの部下三名が既に集まっていた。


「お、来た来た。その分だとどうやら装備の方は大丈夫だったみたいだね」

 ラウルの言葉に頷く。


「不甲斐ない戦いしたら承知しないわよ」

 クリスが拳を差し出すのでそれに合わせる。


「ルピナちゃんは魔法も使うから、しっかり予測して避けるのよ」

 ビオラに頭を撫でられる。


 三人に向かって改めて礼を言う。


 出会ってからの事、親身になってくれた事、装備の代金、修行の面倒、冒険者になるための便宜……挙げればキリが無い。


「ちょっともう、やめてよ今からそういうの!」


 クリスは顔を背けてしまい、小さく肩を震わせている。意外と涙脆いのかも知れないと思った。


「弟分を応援するのは上の役目だからな。しっかり頑張って来い!」

 頭をくしゃっとやられ、それに力強く頷く。


 向き直り、真剣な面持ちのまま、一歩ずつ確かめるようにルピナの元へと向かう。


 体調は万全、気力ともに充実している。皆を驚かせる為の秘策も用意しておいた。


「その顔だと、昨日みてーな事にはなりそうにねえな」


 リックはそう吐き捨て、その場を後にする。


 平原でルピナと対峙し、まるで宿敵にでも会ったかのような雰囲気を出すとこれは模擬戦なのだと思い直す。


「いえ、それでお願いします……本気でやってもらわないと、意味が無いですから」


 真紅のフードからルピナの声が届く。


「それよりも良いんですか? 背中の装備は……」


 重そうだとでも言いたいのか、それに応えるように反復横跳びをして見せる。


「問題無いみたいですね……流石です」


 流石なのは魔法鞘なのだが、それは黙っておこうと思った。

 それに対してルピナが反応し


「ふふっ、分かりました。そういう事にしておきます」

 と、悪戯っぽく笑う。


「それじゃそろそろ始めるぜ……有効打が入ったら終了。判定は俺とラウルとクリスが行う」


 リックの言葉に頷く。


 ルピナは何時の間にかその手に杖を持っており、やはり魔法主体という事だろうか、戦闘の準備を整えていた。


 静寂の中、心臓の鼓動が喧しいほど聞こえる。


 しかし不甲斐ない物を見せる訳にも行かない……自分に出来る事など、貰い、教わった物しか無いのだから。


「前へ」


 リックに促され、互いに十歩程の位置で立ち止まる。

 呼吸を整え、自分の中の魔力を感じるように外へ―――押し出す。


 身体の周囲に今までとは違う、確かな力強さを纏う。


 垂れ流していただけの頃とは違う、正式な身体強化魔法……これはビオラとの修行の成果だ。


 それを見たルピナが目を輝かせ、称賛の視線と共に杖を構える。


「始め!」


 リックの号令と共に飛び出すゼロ。

 ルピナ相手に遠距離が悪手なのは明白……距離を詰めるべくルピナに飛び掛かる。


 しかしルピナもそれを読んでいたとばかりに後方へ飛び退くと、自身の周囲に火球を展開させる。


「特訓していたのは、私も同じです!」


 無詠唱魔法での火球は尚も増え続け、ゼロの着地と同時にその全てが一斉に襲い掛かる。


 ルピナはゼロが避けると踏んで、次の魔法を詠唱する―――が、ゼロは臆すること無く、そのまま火球の群れに飛び込みそれを殴り飛ばす。


「嘘―――」

「ルー!!」


 リックの声にハッとし、直ぐさま詠唱を中断するとゼロの追撃を既の所で躱す。


「ちょっとー、身内だからって贔屓しすぎなんじゃない?」

「……すまん」


 思わず叫んでしまった事を素直に謝るリック。

 しかしそんな事は関係無く、ゼロは再び追撃を開始する。


 滑るように追従し、ルピナの脇腹に―――


「甘いです!」


 長剣での一撃が入ったと思いきや、ルピナの両手には何時の間にか短剣と長剣が握られており、二本の刃は悠々とゼロの攻撃を受け止める。


 一旦距離を取り、状況を整理するゼロ。

 先程の杖は見当たらず、あの短剣の出所も不明だ。


「不思議ですか? でも……」


 そう言ってルピナはローブを脱ぎ捨て、それが虚空へと消える。


「今は勝負が先です!」

 初めて見るルピナの全身姿。


 ロングブーツにホットパンツのような丈の短いデニムっぽい生地の服は……なんというか、少し官能的だと思った。


 ローブで分からなかったが胸もそれなりに大きく、ビオラとリズとの中間くらいだろうか……


「勝負ですって言ってるじゃないですか!」


 思考がだだ漏れだったようで、ルピナから注意が入る。


 だがそういう攻撃は予想外だったとゼロも負けじと抗議した。


「……そんなにエッチじゃないもん……」


 俯いた瞬間ゼロが飛び出し、即座に反応するルピナ。


 その手に剣は握られておらず、振り被った背後から大型の木槌が振り下ろされる。


(決まりです!)


 ゼロは跳躍しており、タイミングも申し分ない。

 このまま振り下ろせば確実に当たる……ルピナがそう思った瞬間だった。


 ゼロの足が空を蹴り、その体を更に上へと移動させる。


「えっ」


 木槌が音を立てて大地を打つと同時に、背後に着地したゼロがルピナを押し倒した。


(っぶなかったぁ……)


 右手でルピナを押さえ付け、左手は長剣の柄を握っており鞘から刃が顔を覗かせている。


「流石ですゼロさん。……でも、早く右手をどけて貰えると嬉しいです……」


 自身の右手が胸に埋もれている事に気が付き、わたわたと慌てながら立ち上がるゼロ。


「そこまで!」


 リックの号令で試合が終了する。

 ゼロが手を差し伸べ、ルピナを引き起こす。


(模擬戦だから、これで合格にしてもらえると助かる)

「はい! ありがとうございました!」


 満面の笑みでそう言うと、虚空からローブを取り出し袖を通すルピナ。


 ラウル達の魔法鞄のようなものだろうか、初めて見る魔法に感心していると


「これは……なんで使えるんですかね?」


 ルピナ自身も良く分かっていないようで、それを言われてしまっては自分に分かる筈も無く、えげつない使われ方をしなくて助かったと胸を撫で下ろす。


「ちょっとちょっとー、なによ今の!」


 ルピナと談笑していると駆け寄ってくる面々。


「惜しかったな……けど、良い線行ってたぞ」

「もう、リックさんは! 助言禁止って言ったじゃないですか!」


 リックの言葉に不満を爆発させるルピナ。


「それよりも魔法鞄みたいなその魔法……それは魔法なのかしらどうなのかしら?」


 ビオラの質問にルピナが答えるが、良く分からないという曖昧なもので終止符が打たれる。


「魔法鞄のような……魔法庫って感じなのかな?」


 ラウルの言葉に唸り続ける一同。


「それよりもゼロよ! 何よあの動きは!」

(二段ジャンプだ)


 そう言って胸を張る。


「二段ジャンプ……? だそうです」


 口を動かして答えたが分からなかったのか、困惑する皆にルピナが補足する。


 ビオラに魔法は想像力だと言われたあの日、もしかしたら想像力や記憶だけで使えるかもと思い立ち、そうして出来上がったのが強化魔法と二段ジャンプだ。


「えっと、そういう遊び? ゲームって言うんですか? が、異世界にはあるみたいで……」


 ルピナも説明に戸惑っている。


「ふーん……それならここに跳躍の為の足場を出してみてよ」


 クリスの言葉に眉根をひそめるゼロ。


(そんな事出来ないよ……)

 皆の動きが固まる。


「じゃあどうやってるって言うのよ! あんたは一体何を出してるのよ!」


 そう言われ肩を捕まれ揺さぶられる。


「まあまあ……解析は後にして、今はほら―――」


 ラウルが宥め、指差す先に居たのはリックだった。

 輪に加わる事は無く、入念に準備運動をしている。


「ねえリックー、本当にやるのー?」

「もう十分だと思うけどなー」

「リックは不器用過ぎるんだよなー。前だってさ―――」

「うるっせえ!」


 取り巻きの三人に一喝し、リックがゼロを睨む。


「昨日とは違うってんなら、俺とも勝負出来るよな?」

 拳を包み、ごきごきと骨を鳴らしていた。


「武器や魔法は使わねえ……お前みたいなガキにゃ、素手で十分なんだよ!」


「ごめんよ、なんか盛り上がっちゃってさ……」

「嫌だったら受けなくても良いから」

「本当は認めてるくせに、不器用なんだよね」


 再び好き放題言われ、再度リックが怒号を飛ばす。


 そういう事ならとローブを脱ぎ、鎧も鞘も、全ての装備を外す。


「うっわ重た……。あんたよくこんなの装備出来るわね」


 クリスが驚いたように言うが、片手で軽々と持ち上げる人が言うべき台詞では無い気がした。


「二人とも、無理しないのよー」

「それじゃ僕が号令かな……いくよー。よーい、始め!」


 ビオラの声援とラウルの号令が平原に響く。


 リックは双剣使いだが、そこは冒険者……ある程度の格闘能力はあると見て良いだろう。


「オラァ!」


 リックの拳が頬を掠める。


 負けじと拳を繰り出すがそれを紙一重で避けられ、遠心力を利用した足での追撃も難無く躱される。


 拳のフェイントから足払いをされ、転がされた事に一瞬戸惑いそこを蹴り上げられてしまう。


 寸前で防御したものの爪先に鉄板でも仕込んでいるのかと思うくらい、その攻撃は強烈だった。


 浮かび上がる体に更に追撃を仕掛けようとリックが拳を振り上げ、そこを目掛けて空中から一直線に急降下する。


 綺麗に右頬に拳が入り、体勢を崩すリック。


 すかさず飛び掛かり再度顔面を狙うが、根性と言わんばかりに相打ち覚悟の頭突きを食らってしまう。


 一瞬目の前に星が現れ、あまりの衝撃に距離を取る。


 しかし痛手を負ったのはリックも同じだったのか、少し涙目になっている。


「お、おま……どんだけ頭固いんだよ!」


 それはこっちの台詞だと額をさすり、口を動かして伝えた。


 そうして幾度目かの打ち合いの最中、リックが独白する。


「大体な、お前は最初から、気に入らなかったんだよ!」


 互いに右、左と拳を繰り出し、殴り殴られる。


「その眼が、ツラが、何でも出来るって……そんなのはなぁ、思い込みなんだよ!」


 互いの顔に拳が綺麗に入る。


「この世界はクソみたいな事だらけだってのに、なあ!」


 躱され、いなし、殴り合う。


 グラムの作ったゴーレムの時の様に、リックとの殴り合いは……少しだけ楽しかった。


 次第に声が遠くなる。

 徐々に自分の鼓動のみが広がり、リックの思いが、気持ちが、その拳に乗って響いて来る。


 何時しか平原に倒れ込む両者。


 息を荒げ天を仰ぎ、腫れ上がった顔には満足気に笑みが浮かんでいた。


「なあ……」

 リックの声に顔を向けるゼロ。


「ルーの事、頼んだぞ」


 初めて見るリックの笑顔はいつもの凶暴さを潜めた、年相応の青年の物だった。


(そっちも、クリスの事を頼んだぞ)


 そう言うと顔を赤くし飛び掛かって来る。


「はいはい、そこまでー。しゅーりょー」


 ラウルに引き摺られるゼロ。

 同様にリックも引き剥がされ、平原に座り込み治療を受ける二人。


「まったく男同士の友情しちゃって……気は済んだの?」


 クリスの言葉に頷く。

 その顔にはゴーレムの時と同様に、傷だらけの晴れやかな笑顔が広がっていた。


「そ。じゃあ後はよろしくね?」


 クリスがそう言うと手当ての為に前に座っていたビオラが立ち上がる。


 すると―――


(リズ……)


 初めて出会った時のように、少し地味な橙色のワンピースを着たリズが立っていた。


 傍らにはルピナが立っており、後押しするようにその背中をぽんと叩く。

 何かを決意したように顔を上げると、一目散に駆け寄って来る。


「ゼロ!」


 立ち上がろうとしていたゼロにそのまま抱き着き、押し倒される形で向き合う二人。


「ごめんなさい。私……私ね……」


 言いながら泣かれてしまい、観念したように謝罪の言葉を聞きながら落ち着かせるように背中を叩く。


 こういう時は何と声を掛けるべきなのか……暫く逡巡し、何時だか気恥ずかしくて伝えられなかった台詞を思い出す。


 顔を離し、ちゃんと見えるように呟く。


 再び涙がぽたぽたと落ち始め、小さく頷くと泣き止むまで背中を優しく叩き続けた。


 少し落ち着いただろうか、未だ嗚咽は続いているが収まりだした所で立ち上がる。


 ラウル達は先に宵闇の拠点で、壮行会という名の宴会の準備を進めるべく戻って行ってしまった。


 平原に取り残される二人……まだそれなりに陽は高かった。


「私は、元々冒険者だったの……」


 落ち着きを取り戻したリズが話し始める。

 静かで少しだけ低い、心地の良い音色。


「幼馴染の男の子と一緒に冒険者になって、王都ではそれなりに頑張ってたんだ……」

 無言のままゆっくりと頷く。


「最初は二人だったパーティも人数が増えたりして、毎日が本当に楽しかった……」


 リズは更に言葉を続ける。


 その表情は少し暗く、思い出したくないのか言い淀む場面も少なくない。


「本当に、何もかもが順調だった。だからこそあの日は、慢心していたんだと思う……」


 リズの言葉に頷き相槌を打つ。慢心は自分にとっても身近な言葉だった。


「その日、B等級への昇格の為に、同じ等級の迷宮へ入ったの。もう少しで最下層かも知れない、そう思うと自然とみんな足早に、注意力が散漫な状態で進んでしまった……」


 そこまで聞けば嫌でも分かる。


 慢心、油断、焦燥感に使命感……あらゆるものが重圧として有ったのだろう、リズの幼馴染は―――。


「あの子は最後までパーティの長として役割を果たし、私達をその部屋から逃した。扉の隙間から漏れ出てくる血の跡を、今でもよく覚えている」


 唇を噛みしめるリズ。


「斥候は私の役目だった。だからこそ気付かなくてはいけなかった……普段なら、絶対に見落としなんてあり得ないのに……」


 ふっと溜息を吐き、リズが顔をこちらに向ける。


「だから、忘れてほしかった。これから先、何が有るか分からない……将来有望な冒険者の、足枷にはなりたくなかった」


 少しだけ憂いを帯びたその表情が、何故だかとても綺麗だと思った。


(リズが相手じゃなかったら、あそこまで取り乱したりしなかったよ)


 そう手の平に書き、微笑んで見せる。


「それなら、忘れてくれる?」

 リズの窺うような言葉に首を振る。


(……忘れるなんて無理だよ。良い事も悪い事も、全部自分の糧だから……だから、抱えるだけ抱えて、持って行く事にする)


 この街で起きた事の全て、リュカ達の事、森で救ってくれた狼の事、そしてこの世界に生まれ変わらせてくれた神の事、今までのこと全てを生涯忘れる事は無いだろう。


(リズの言いたい事は分かる。柵や枷になりたくないって、無事をただただ祈ってるって……それでも、俺はみんなに会えたからこうして居られる。全ての出会いに感謝している)


 そうして立ち上がり、リズの手を取りこう書いた。


(ありがとう―――)


 続く言葉は無い。

 一瞬躊躇い、そのまま胸の中に留めておく。


(そろそろ行こう。みんな準備を進めているだろうからさ)

「……うん」


 ゼロの言葉に立ち上がるリズ。

 その表情はまだ曇り気味で、少し元気が無い。


(全く酷い話だよな。それならそうと、最初から言ってくれれば良いのに)


 そうして態と責めるような身振りと手振りと口調で捲し立てる。


「だからそれは……半端な言葉じゃ、嫌いになってくれないと思ったから……」


 口を尖らせるリズを見てゼロの反撃が始まる。


(おやおや、随分と自己評価が高いんだな。そんなに好かれていると自信が有るのか?)


 してやったりと言わんばかりのゼロのドヤ顔に、リズは少し躊躇しながらも


「違うの……?」

 と、瞳を潤ませ聞いて来る。ズルい女だ。


(さてね)


 そう言って駆け出すゼロ。

 リズがそれを後ろから追い掛けて来る。


 そうして北門まで戻り、二人は宵闇の拠点へ向かう。


「それにね……何を言えば傷付けられるか、どういえば嫌いになってくれるかなんて簡単だよ……ずっと、ずっと見てたから……」


 リアモの街中でリズが告げる。


 人差し指で自身の瞳を指し、全てお見通しだと言わんばかりにそう宣言する。


 その仕草に見惚れてしまい、呆けたように立ち尽くしてしまう。


 やはり男女間の事柄は、女性の方が一枚上手だと痛感した。まるで適う気がしない。


 宵闇の拠点へ着くとあの見事な庭園にテーブルが並べられ、各種飲み物や料理が並べられている。


 ささやか……とは程遠い気もするが、それでも送り出す気持ちに嘘は無いのだろう、皆の歓待を受ける運びとなった。


「仲直りは出来たみたいですね。良かったです!」


 そう言ってルピナが両手を合わせて微笑む。


 宴の席にはラウルが用意してくれたのか蒸留酒も用意されており、それを一気に呷ったクリスが吹き出していた。

 意外にもお酒は強く無いようだ。


 ビオラからは頻りに二段ジャンプの披露をせがまれ、何度も跳び上がる羽目になった。


「なるほど……風なのね? 圧縮した物を足元に発生させてるから破裂の衝撃で―――」


 言っている事は分かるがそれを出そうと思ってやっている訳では無いので、やはり良く分からないままにしておこうと思う。


 何故使える事が出来たのかという疑問も、風という事ならある程度の納得が出来た。


 宴は夜遅くまで続き、次第に酔い潰れた者が出始める。


 ラウルはクリスが担ぎ、何時の間にか合流していたガルフは秘書風の女性に連れて行かれた。


「ルピナをよろしく頼みますね、魔剣の少年」


 三つ編みのおさげと眼鏡が厳しそうな印象を持たせていたが、やはり皆ルピナを心から心配しているのだ。温かい人達だと思う。


「この街で過ごす最後の夜だからって、羽目を外し過ぎるんじゃねーぞー!」


 リックに見送られ夜の街をリズと歩く。

 金熊亭には連絡済みらしい。


「そういえば、ルカさんと一緒に居たんだってね……」


 夜道を歩くリズが振り返り言う。

 その顔に怪訝そうな表情を浮かべ、何かを探るような声色で詰問された。


「だから今日は、一緒に過ごす許可を貰ったの。あの人が来てくれたから、本当は譲るべきだったんだけど……」


 その言葉に首を振り


(俺とルカは……そんなんじゃないよ……)


 と、少し困ったように呟く。


 あの夜の出来事ははっきりと覚えている……しかし、ルカが何故そうしたのかは分かっては居ない。


 その事についてはリズの方が分かっていると宣言されるが、同性だからだろうか……はたまた―――。


 従業員用の階段からリズの部屋に着き、便箋に手紙をしたためる。

 これは皆に宛てた手紙だ。


「私には書いてくれないの?」


 下着姿で後ろから覆い被さるリズは不満そうにそう言ったが、それは必要無いだろうと思う。


 この時この感情を、直接渡せるのは彼女しか居ないのだから。


 そして翌朝。

 ゆっくりとベッドから這い出るとそれに合わせてリズも起き出す。


「行くの……?」


 その言葉に頷き身支度を整える。


 未だ慣れていない新装備の装着をリズにも手伝ってもらい、最初に脱がされた時はやけに手際が良いなと思っていたが過去の事があってこそなのだと、今では理解出来る。


「あとで見送りに行くね」


 再度頷き抱き締める。


(ありがとう……)


 扉の前で小さく手を振るリズ。


 仲直りの後は良いものだという悪友の言葉が不意に過り、それを振り払うようにぶんぶんと頭を振る。


 全く碌でもない思い出ばかりで笑ってしまった。


 金熊亭に着き自室に戻ると、一旦武具を置き荷物を纏める。

 半年も暮らしていたせいか、思いのほか荷物が多い。


 一先ず持って行ってしまえば、ルピナが運んでくれると言うのでそれに甘える事にしようと思い、麻袋に本や調合器具、手入れの道具なんかを詰めておく。


(こんなもんかな……)


 ぱんぱんと両手を叩き、荷物を担ぐと一階に降りる。


 食堂に向かうと女将が弁当だと言って包みを渡してくれた。


「それはこの子も一緒に作ったんだ。仲間の女の子とお食べ」


 傍らのリナリーはまだ機嫌が直っていないようで、むくれたまま俯いている。


「ほら、もう行っちゃうよ!」


 背中を押され、リナリーが一歩前に出るもののやはり表情は暗く、あの日あの時と変わらない。


 だがここでも秘策は用意している……不発に終わるかも知れないが、やらないよりはマシだろう。


 リナリーの手を取り、文字を書く。


(無事に帰ってくるようにする。行って来ます)


 恒例だったやり取りの言葉を書き、最後に髪留めを置く。


 散財しすぎたせいでそこまで高価な品では無いが、散々悩んで選んだ事が伝わればと思う。


 開かれたままの小さな手に涙が落ちた。


「あーあ、まったく……昨日はちゃんと見送るんだって張り切ってたのにねぇ……」


 女将の言葉に無言のままリナリーが女将の足を叩いて抗議する。


「もう行っちゃいな。こっちは大丈夫だから!」


 そう言って笑顔で送り出してくれる女将。

 大将は相変わらず無言のまま、親指を上げていた。


 玄関を出て振り返り、もうここには戻ることが無いのかと思うと少し感傷的になってしまう……が、その思いを払拭するように一歩、また一歩と足を動かす。


「ゼロー!」


 幼い声に振り返り、泣き顔のまま笑顔を作るリナリーが立っていた。


「待ってるから! 無事に帰って来てね!」


 前髪に渡した髪留めが付けられている。星を象った意匠と、黄色い線が髪色によく映えていた。


 その言葉に頷き、再び進む。


 最後まで喧しく、そしてその喧しさを既に懐かしく思っていた。


 南門には小さな人集りが出来ており、ラウル、クリス、ビオラ、リック、部下の三人、ガルフ、リズ、ルカ、リチャード、そして―――この旅の目的の一つである記憶喪失の少女、ルピナ。


 その内何人かは顔色が悪く、明らかに二日酔いの様相を呈して居た。


 ルピナに麻袋を渡すとそれを瞬時に消し去る。本当に、物凄く便利な能力だ。


(助かる)

「いえいえ、お安い御用です!」


 ルピナは明るく返事をすると、両手でぐっとポーズを取る。


「この街道をまっすぐ行けばあの時の宿場町。そこまで急がなくても、夕方くらいには着くでしょ。そこからは王都行きの馬車が出てると思うから、それに乗るのも手ね」


 馬車は色々な所から出ており、体力の消耗を避けるなら交渉しろとの事らしい。


 旅の方法はグラムには教わっておらず、その時が来たらで良いかと何となくそのままにしておいたので、そういった情報はとても有り難かった。


 跳ね橋の前まで来ると振り返り、ラウルに手紙を預ける。


 封筒は無かったので便箋を折っただけの簡単な物だ。


(湿っぽいのは苦手だから、そこに書いておいた。ルピナの故郷の情報と、グラムを取り返したら帰ってくるから……また会える事を願ってる)


 ラウルの手にそう伝えるとゆっくり頷かれる。


「それじゃ皆さん、行って来ます!」

(行って来ます)


 二人でお辞儀をし、振り返る。


 眼前に広がる光景に未だ見ぬ未踏の地を目指し、今日その一歩を踏み出す。


 背中に受ける声援と、頬を撫でる風が心地良かった。


「頑張りましょうね、ゼロさん!」

 ルピナの言葉に頷く。


 敬称や敬語は不要だと言ったのに、今ではすっかり元通りになってしまっている。


 ルピナ曰く徐々に慣らして行くとの事なので、今後に期待するとしよう。


 宿場町迄は馬車も出ているのだが、この装備になってどれだけ自分が動けるのか把握していないので、それならばせめて知っている場所で試しておきたいと申し出たのだ……これしきの事で疲れていてはこの先が思いやられる。


「日々訓練。ですね!」


 あの魔法庫が有るのにも関わらず、ルピナは相変わらずその背に大きな鞄を背負っている。


 それもどうやら同じ理由らしく、日々の訓練内容は相談しながら調整しようと思う。


 聞けばその能力も最近漸く安定して使えるようになってきたと言う事なので、魔法庫を使用した戦闘方法も、道すがら二人で相談したりする。


「そういえばあの手紙、皆さんになんて書いたんですか?」


 その言葉に内容を思い出すが、ほとんど感謝しか書いていないと伝える。


 内容は……今頃読んでいるのだろうか、遙か後方に今では見えなくなってしまった最果ての街を想った。





 ゼロ達を見送った一行は帰路の途中、受け取った手紙を開く事にする。


 前方はガルフとリックが見てくれているので、歩調を合わせてラウルが読み手を買って出た。


「ラウル、クリス、ビオラへ……兄弟は下しか居なかったから、兄と姉が出来たみたいで嬉しかった。ありがとう」


 簡潔な文章に何ともゼロらしいと思いくすりと笑みが溢れる。


「孤児院の子供達、シスターにもよろしく言っておいてほしい。旅の切っ掛けが出来て、感謝してるって」


 人質に取られた少女を慮っての事だろう、確かに伝えると心に留めるラウル。


「ガルフへ……また一緒に酒を飲もう。強くなって帰って来るから、何時か稽古を付けてほしい」


 その内容に静かに頷く。


「リック達へ……直接言わないと攻略は難しいと思う。三人もリックが素直になれるよう、手助けしてやってくれ」

「何を偉そうにあのヤロー!」


 いきり立つリックに周りが笑う。

 事情を知らないクリスだけがきょとんとしていた。


「リチャードへ……ミーアの事はけじめを付けて来る。素性を知らないただの子供を、暖かく迎えてくれて感謝している」

「ただの子供……ねえ」


 含みの有るリチャードの言葉。


 もしかすると、最初から何かを感じていたのかも知れないと、ラウルを含めその場の皆が思う。


「ここに感謝を書き連ねているけど、まだまだ書き足りないほどみんなには感謝している。本当に、ありが……う、うぅ……」


 既に泣き顔に変わっていたラウルは言葉を詰まらせ、ガルフが心配そうに背を叩く。


「今日は飲みに行くぞ。な!」

「まったくうちのリーダーは……最後まで締まらないわね」


 ガルフに慰められ、最後の行を後方の二人に託す。


「最後に、ルカとリズへ……ありがとう、俺に―――教えて、くれて―――」


 リズが読み上げ、ラウルと同様に泣き顔へと変わってゆく。


 それをルカが抱き締め支えると、天を仰ぎこの青空の下を進んで行くゼロへ、静かに想いを馳せる。


(いってらっしゃい)


 優しく微笑み、旅の無事を祈っていた。

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