第二十七話 ~国境山脈~

《第二十七話 ~国境山脈~》


 儀式とやらを終え町に帰ると、ミニャを寝かせ父親と共に町長宅へ向かう。


 一足先に司祭と呼ばれていた男を担いでカルーアが到着しており、横にはげっそりとした家主が入口の前に立っていた。


 帰路の途中でトウとキビが纏めた情報によると、この儀式は数年前から行われていた事。発端は勇聖教だという事。決定したのは町長だという事……そうした事を町長の口からも聞き出す。


(なるほど……)

 出された茶に口も付けず、ゆっくり頷くとこれからの事を思案する。


「仕方が無かったのです……先の大戦で若者はその大半が戦死。残された者も働き手として今は……」

 そう言って部屋の片隅に置かれた檻へ視線を移す。


 人一人がやっと入れそうな小さな牢屋は、トウとキビが二人で設置した物だ。

 本当に不足は無いようで、こんな時でも無ければ一体何に使う気だったのか疑問が残る。


 獣人の外見にはあまり詳しく無いが、話の内容からミニャの両親もそれなりの年齢なのだろうか……。


(それで、こいつ等の拠点は?)

 色々と同情出来る部分も有るには有るが、今となってはそれこそどうでも良い。


 食糧事情や勇聖教の甘言、多数の戦死者や他者に頼れない苦悩……何度考えてみても選択を誤ったなとしか思えなかった。


「ここから更に北西……国境を隔てる山脈の中腹に御座いますじゃ」

 町長の言葉にじろりとカルーアを睨み付ける。


「し、仕方ないでしょ。私達だって国境付近の事はあまり干渉出来無いのよ!」

 出来る出来ないの話では無い。入り込まれてる事が問題なのだと言いたかったが、大人なのでそれ以上の追求は止めておいた。


 聞けば昨夜の内にエルフェリアへ連絡を取り、既に人員を手配している手腕を鑑みて、こうした憂さ晴らしの八つ当たりで機嫌を損ねるのは得策では無い。


 そんな話をしていると夕刻の前には件のエルフ達が到着し、半分は村長と司祭を。半分は町に駐留し、以後はエルフェリアの領地として監視が置かれる事になるらしい。


 実に平和的な決着に頷き、血生臭い方法を取らずに良かったのかとも思う。


「全く……あんたのやり方はガキ過ぎるのよ!! 私が気付かなかったらどうするつもりだったの!?」

(……大人のやり方が待つ事なら、それこそガキのままで結構だ)


 ミニャ家へ戻る途中、カルーアの言葉に辟易して返す。


 カルーアは割と早い段階で気付いていたのだろう。そうでなければ昨夜、あんな場所であんな風に言い争ったり等しない筈だ。


 そういう点には勿論感謝しているが、下手な芝居を打ってまで同行したのには理由が有る。


 一つは勇聖教が絡んでいるかの確認。もう一つは―――ミニャの今後についてだ。


「ミニャは……大丈夫だと思うけどね」

 そう言って後方を確認し、無言のまま頷く父親は一同の行く手を阻むと


「今後二度と、このような悲劇を起こさせないと誓います」

 初日の印象とは大分違う、力強い眼差しがそこに有った。


(……そういう事ならそれで良い。後は―――)

 言い掛けた矢先、家の前に人集りが見えた。


 早朝と同じように町民が集められ、どうやらこちらも首尾良く母親が手配してくれたようだ。


 一行は家の前に到着すると群衆を前に立ち、傲岸不遜に腕を組みふんぞり返る。

 町長達の話を要約して伝えると、これからの作戦について話す。


(勇聖教の根城が判明した。今夜奇襲を掛ける。友人、恋人、隣人を助けたい者は名乗り出ろ)

 毎度の事ながら声が出ないのでカルーアに通訳を頼む。


 その言葉に群衆はどよめき、声を潜めては怖じけた意見が散見された。


 派遣されたエルフの兵士は黙認しており、受け取った手紙の内容から恐らくは大丈夫だろうと高を括っていたが、澄まし顔で俯いているものの内心はどう思っているのか……。


(……意外だな。猫人族は勇敢で、義に厚いと思っていたんだが―――これじゃまるで野生を忘れた家猫みたいだ)


 そこまで話すとカルーアは呆れた様子で顔を片手で覆い、これでは先程の二の舞いだと横目で睨み付けて来る。


 言い回しの妙は有ったかも知れないが、それでも侮辱されていると感じたのか一人の男が声を荒げる。


「ふざけるな! 貴様のような子供に何が分かる!」


 その言葉を皮切りにやはり先程と同様に怒りの声が次々と上がり、不安や不満……この騒ぎを起こしたゼロに対しての非難が集中する。


 そうした所で大きめの柏手を打ち、場を収めるとゆっくり口を開く。


(良かった、安心したよ。子供を生贄にするようなクソ共でも、どうやら牙まで抜かれた訳じゃ無いらしい)


 そう言って不敵に笑みを浮かべると、カルーアは卒倒しそうな表情になっていた。


「我々は誇り高き猫人族だ! もう二度と、あんな事はさせない!」

「父祖の霊に誓って、非道な行いは許さない!」

「そうだ! ここは我等の町……他の誰にも好きにはさせないぞ!」


 勢いが付き過ぎて最後だけ不安に思うが、最長老ならば何とかしてくれるだろう。


(出発は一時間後。悔いの無いよう今生の別れを済ませておけ。やるからには……命を賭けるんだな)


 外套を翻してミニャ家の中に入ると、口々に罵り罵倒する言葉が聞こえて来る。


「なんだあいつは偉そうに!」

「言われなくてもやってやる!」

「勇聖教の次は貴様の番だぞ!」


 等など……本当に、なんで自分がと少し悲しくなる。

 が、世界中の誰に恨まれようともやはり自分の目的以外はどうでも良いのだ。


「ったくあんたは……もっと他にやり方が有るでしょうが!」

 そう言ってカルーアから拳骨を貰う。


「まあまあ……有難う御座いますゼロさん。私達の為にこんな―――」

 父親の言葉を片手で制し、止めさせると首を振る。


(この町の為じゃない……あくまで自分の為だ。奴等とは何かと縁が有る)

 そう言い放つ瞳に復讐の火が灯っていた。


「……ではそういう事にしておきましょう。本当に、有難う御座います」

 何度目かの礼に困惑の表情を浮かべるが、それで良いじゃないとカルーアに言われて渋々承諾する。


「出発は一時間後なんだろ? 何か食べて行くかい?」


 母親の言葉に首を振り、今直ぐに出発する旨を伝える。

 先遣隊は四人……元からそのつもりだった。


(出来れば内緒にしておいてくれ。今日到着した者の一名は住人達の道案内……もう一名は町の警備に残る手筈だ)

「そらまたなんで……?」


 疑問顔の母親に対し、外套の中で口を動かして答える。


(……単なる嫌がらせだ)


 反応を見るに今回のような事は二度と行われないだろう。カルーアが呼び付けたエルフも居る。


 しかしそれ以上に許せないのは自らの根城を荒らされ、微塵も反抗しない猫人族だ。


 聞いた話の何倍も複雑な事情が有るのだろう。それは町長や住人、ミニャの父親の表情を見れば分かる。


 だがそれでも、誰かの言いなりになってでも生きるという事を選んだ腑抜けた思考が自分自身と重なり、狂ってしまいそうになるほど気に入らないのだ。


「落ち着きなさいよ」

 諭すように放たれたカルーアの言葉に怒気を収め、これ以上の長居は無用だと裏口から出ようとすると―――


「どこ行くの?」

 と、何時の間にか起きてきたミニャが階段の隙間から顔を覗かせている。


 文字通りそれは階段の上部から顔だけを覗かせており、まるで浮遊している生首かの如く出現しており狙い通りゼロの身を震わせる。


「くふふっ!」

 悪戯っぽく笑い体を出現させると、軽い足取りで階段を降りて来る。


 四人の前にぴょんと跳ねては姿勢良く立ち、先程の答えを待っているように顔を見詰められる。


 その様子にどうやら元気である事は一目で分かり、ゆっくり頷き安堵する。


(―――なれよ)

「えっ?」

(冒険者になるんだろ?)


 質問には答えず、何時ぞや夢だと語っていた物の話をする。


「なれるかな?」

 ミニャの問いに目を閉じてゆっくり頷く。


「神様を殺しちゃったから?」

 その問いには首を振り、そうじゃないと返す。


(あれは神なんかじゃない……只の蛇だ。俺の目標は本物の神様に、この一撃をぶち込む事だからな)

 そう言って握りこぶしを作って見せる。


 実感は有る……が、己の一撃は未だその足元にすら及ばない。


「お兄ちゃん」

 ミニャは笑顔のまま手招きし、ゼロを呼び寄せると不意打ちを喰らわせる。


 その突拍子も無い行動に飛び退き、袖口で頬を拭う様子を見ては満足そうに笑う。


「助けてくれてありがとう。大きくなったらお嫁さんになってあげるね?」

 そう言って微笑むミニャ。一切合切を理解していたのか……本当に賢い子だと思った。


 通訳を頼まず最後の台詞を残し、一行はミニャの家を後にした。


「ふっふーん……」

 暗い夜の森を抜けると街道から外れて草原、林、渓谷をひた走る。


 ミニャの家を出てからすぐに陽は落ち始め、四人は全速力で目的地へと向かっていた。


 気持ちが落ち着いてさえいればカルーアの精霊魔法も有効になったようで、それでも大層難儀しながら掛けてもらったのだが……その機動性には舌を巻くばかりだ。


 最初は慣れない挙動に四苦八苦しながら何とか喰らいついていたのだが、今では大分思い通りに動かせるようになっている。


 当の本人は呼吸同然にそれを操り、後方を走るトウとキビもまた同じだ。


 流れるように飛ぶように……その姿は物語に出て来る妖精のように、月光の下で動く姿は神秘的で美しい。


「良かったわね。可愛いらしい婚約者が出来て」

 先程からの気持ち悪い笑みはこれが原因で、何かに付けては挑発するようにカルーアが煽る。


(何度も言っている。捕われている兄が恋しいだけだろう)


 聞けばあの埃だらけの部屋はミニャの兄の部屋で、何年も前に別れてから一度も会っていないと言う。


 町長の話だと安否は確認出来ているとの事だが、どこまでが本当なのか……一応慎重に事を進めたほうが良さそうだと感じていた。


「結婚式は人族方式? それとも猫人族方式なのかしら?」


 尚も煽り倒すカルーアに辟易するが、そんな冗談を言いながらでも障害物に当たる事は決して無いのだ……ヘマをしよう物ならここぞとばかりに逆転出来るが、どうやらその線は薄そうだと思う。


(歳が離れ過ぎだ。それに―――)

「それに?」

(……まあいいさ)


 そう言って微笑むゼロに疑問符を浮かべるカルーア。

 そうして一行は勇聖教のアジト、国境山脈へと到着する。


(ぜんっぜん見えねえ……)

 カルーアが指揮を取り、内部の様子を探って来るようにトウとキビに命令を下す。


「お任せ下さい」

「お任せ下さい」


 頼もしい返事と共に二人の姿が忽ち消えると、カルーアの先導によって見えないアジトへと進行を開始した。


 薄暗い闇夜の中カルーア達も夜目が利くようで、明かりも点けずにずんずんと進んで行く。


 この体もそれなりに夜目は利く方だと思っていたが、それに加えて魔力視という反則技も持っているのだ……こんなのは朝飯前だとカルーアは言う。


「こういう部分は人族には無い、亜人族だけの特権よね」

 そう言って無い胸を張っては鼻を鳴らす。


 遠目からは只の岩山に見えた絶壁も、一度結界を超えれば音も無くその姿を現す。


 山脈を抉って建てられた要塞は強固な造りで、段上になっている中央部分を堅牢な外壁がぐるりと囲っていた。


 外壁の上には数人の人影が見え、所々に篝火の明かりや光源を持ち警戒に当たっている。


 物々しい雰囲気は特段感じられず、中にはあくびをしている者まで居る始末でトウとキビの二人は首尾良く潜入出来たようだ……聞き出した情報が役に立ったという事だろう。


「腹ごしらえもしておきなさいよ。戦闘中に力が出ませんでしたーじゃ済まないんだから」

 そう言って岩陰に身を寄せ隠れながら、魔法鞄から干し肉とパンを取り出す。


 塩気の強い干し肉は何の肉なのか……ジャーキーのような噛みごたえと、牛肉のような鶏肉のような不思議な味に戸惑いながら顎を動かす。


 丸く大きなパンは保存用の魔法が掛かっているらしく、魔法鞄の中に入れておけばそれなりに美味しく頂けるとの事らしい。


 出来立て……とまでは行かないが食べられる鮮度を保っており、ほんのり甘いその味わいはとても瑞々しかった。


 そうして食事を楽しんでいるとトウとキビの二人が帰還し、猫人族や他の亜人達の居場所、この要塞の指揮官の居場所を突き止めて来る。


 相変わらずの有能振りに感心すると猫人族たちが到着する迄の間、二人も交えて食事を摂る事にした。


 それだけの事をしてきたというのに二人は涼しい顔で、カルーアと共に並んでいる時だけは口元が少し微笑んでいるのを見て、本当に信頼し合っているのだと感じた。


「それにしても良く分かったじゃない。勇聖教が絡んでるなんて」

 唐突にカルーアが質問を投げ掛け、それについて黙ったまま頷く。


(偶然だが……割りと確信が有る方の偶然だな)


 曖昧な答えに首を傾げられ、第六感とも経験則とも違和感とも言えるような不思議な感覚に、そういった事についての事例を求める。


「分からなくは無いけど……どうかしらね。結果的には助かった形になったけど……」

 言い淀むカルーアに再び頷く。


 恐らくはそんな曖昧なもので、町民と争うなと言いたいのだろう。


(やり方を変えるつもりは無い。好きに生きろ……あいつはそう言ったんだからな)

「あいつって?」

 不思議顔の三人を前に夜空を指差し答える。


(この世界の神様だ)


 そんな束の間の談笑を楽しんでいると、徐々に増えて行く気配に目を向ける。


 猛り狂った殺気はこれだけ離れていても突き刺すように肌を刺激し、その熱気に当てられ次第に心がざわつく。


 それは要塞内の人間達も同様で、そこかしこから伝令や怒号が飛び交い騒然なった。


「作戦は?」

 知っているとばかりに溜め息を漏らし、カルーアが困ったような表情で尋ねて来る。


 決まっているとばかりに冷徹な指示を出し、トウとキビは跪き頭を垂れて拝受する。

 我慢に我慢を重ねた今、漸くそれが解放されようとしていた。


 要塞に向かって二つの水薬瓶を投げ込む。

 夜空に綺麗な放物線を描いたそれは、外壁の真上でカルーアによって射抜かれた。


 小さな音の後を立てて割れた後、水薬は一瞬で膨れ上がり巨大な爆発となって外壁の一部を崩壊させる。


 轟音が鳴り響くと場内は騒然とし、みるみる内に警戒態勢が敷かれるも


「行くわよ!」

 カルーアの号令に頷き、大空へと飛び上がった。


 手を引かれ、ある程度の高度に達すると目標を見据える。

 狙うは要塞の中心……砲塔のように空へ伸びた、一際高い塔の最上部だ。


 大きな格子ガラスの中は遠目からでも分かるほど華美に飾られ、そこにへばり付くようにして一人の男が心配顔で眼下を眺めていた。


「んぎぎぎぎ……」

 フル装備のままでは重すぎたか、カルーアの口からふんばりの声が漏れ出す。


 これ以上は無理だと判断したのか、両手でゼロを掴んだままその場で回転を始める。


「いっくわよおおお!!」

 勢いが付くとパッと手を離され、水平に射出されるのを見て安堵の表情を浮かべるカルーア。


(ぐっ―――)

 予想以上に体に掛かる負荷が高く、振り回されたせいで平衡感覚が覚束ない。


 自分が今どちらを向いているのか。正しく目標へ進んでいるのか……微かに映る視界の映像だけでは確実な判断が出来ない。


 それでもカルーアを信じ両足に魔力を込めると跳躍を重ね、更に速度を引き上げる。


 急速に接近する男の顔が恐怖に引きつったその瞬間、ガラス窓は大きな音を立てて粉砕され、それと同時に男の体も勢い良く弾き飛ばされた。


 突入した室内に手を付き一度だけ弾むとそのままの威力で壁に着地し、勢いが収まると転がった男を確認する。


 室内には三人……足元から戦斧を抜くと柄を掴み、飛び上がってはそれを投げ付ける。


 窓の脇に控えていた二人の勇聖教徒が両手を前にかざしており、放たれる魔法を防ぐべく大剣を抜刀し防御姿勢を取る。


 発現した魔法は土。多量の土砂を生み出し、態勢が崩れた所に巨岩が迫る。


 それを刀身で受けたのは下策だった……後から考えれば避けるなり砕くなり幾らでも思いつくのだが、この時はそれが最善だと体を動かしてしまったのが間違いだった。


 岩と岩のぶつかり合いは激しい音を立てて砕け散り、手に持たれた大剣も同様に処された。


 目の前できらきらと砂粒のような煌めきを残し、柄だけになったそれを見て一瞬の放心を敵が見逃す筈も無い。


 不味い―――そう思った瞬間だった。


 敵の手から放たれる筈だった魔法は陣を描いて消滅し、膝から崩れ落ちると背後から黒ずくめの男が現れる。


 全身を黒のフードローブで覆い、隙間から這い出た手には反り上がった短刀が握られていた。


「……久しぶりだな小僧」

 放たれた声に聞き覚えが有った。


 大剣を破壊された手には長剣が握られ、敵意を剥き出したままフードローブの男に切っ先を構える。


「そう警戒するな……幾つか聞きたい事が―――」

 すると男の言葉が終わらない内に場外からカルーアが飛び込み


「おりゃあああ!!」

 と叫びながら、男の背中目掛けて蹴撃を繰り出す。


 しかしながらそれは音も無く躱され、室内を跳ね回るカルーアから一斉に矢が放たれる。


 カルーア自身が弓になったのかと思うほど間隙は無く、文字通り同時に四本の矢がローブの男へと襲い掛かった。


 上下左右あらゆる方向から飛来する矢を避け、躱し、弾いてはその全てを防ぎ切る。


「……やれやれ、これではゆっくり話も出来んな……」

 気怠そうに呟く男の声に、カルーアと共に並んで剣を構えて対峙する。


「小娘も一緒か……まあ良い。手間が省ける」

 そう言って一人納得すると、男は悠然とフードを外す。


 現れたのは見た事も無い男の顔で、精悍な顔付きは一般的には美男子として分類されるものだろう。


 鋭い目付きと口元を覆うマスクはどこか忍者を彷彿とさせ、扱う得物や片眼の隠れた髪型がそう思わせるのかも知れない。


「争う意思は無い。そこの男が死んだ時点で俺の目的は終わりだ」

 部屋の隅に両断された男の死体が転がっている。


 戦斧によって真っ二つに切り裂かれ、苦しむ間も無くゼロによって倒されたそれはこの要塞の指揮官のものだ。


 どういう意味なのか理解が出来ず、頭を混乱させながらも男の話を聞く姿勢を取り長剣を収める。カルーアは未だ警戒を続けていた。


「聞きたい事は他でも無い……お前の父親についてだ」

 男の言葉を聞き、再度胸中がざわつくのを感じる。


「大分様子が変わっているがお前の父……名をカインと言うんじゃないか?」


 どうしてそれを―――そう言い掛けた瞬間、瞬時にそれを掻き消し取り繕うように無表情を貫く。


「ふっ―――腹芸は苦手のようだな」

 愉快そうに呟き、咄嗟の判断が無駄に終わった事を知らせられる。


(お前は一体何者なんだ?)


 勇聖教だと言う事は分かっている。だがこの血生臭い空間にそぐわない、のんびりとした雰囲気についつい口を滑って言葉が出てしまう。


「そうだな……どこから話すべきか悩んでしまうな」

 そう言うと男は顎に手を置き、思案顔で宙空を見詰める。


「あれは一年くらい前だったか……ある重要な任務を受けた」

 ゆっくりと話し出す姿を見て、隣のカルーアが剣を収めた。警戒は未だ解かれていない。


「任務の内容は暗殺……そう、お前の父親の事だ」

 出で立ちから暗殺者の類だとは思っていたが、やはりそういう事を専門とした輩だったか。


 薄々感付いていた事とは言え、こうもはっきり宣言されるては拍子抜けだ。


 どこか冷静で居られたのは隣から自分以上の強烈な怒りを感じた為で、振り向いた時点でカルーアは既に宙を舞っていた。


「お前が……お前が姉様を!!」

 引き絞られた古木の弓は細剣を番え、迸る魔力が怒りと共に切っ先へと収束する。


「穿て!! 天星弓!!」

 あの日見せたカルーア渾身の一撃は音も無く発射され、軽々と男の足元を貫く。


 一瞬の内にその場から離れると抉り取られた空間は瞬く間に広がり、塔から地上、地上から地中へ大規模な空間消失を招いた後、光の柱が天へ昇った。


「大技はもっと考えてから使うべきだな」

 不意に男の声が何処からともなく聞こえ、突然カルーアが弾き飛ばされる。


 それを察知し落下地点に回り込むと、両手にすっぽりとその身が収まった。


「話すべき事は多いが、どうやらそれどころでは無さそうだ」

 部屋の外からは大勢の足音が大挙して押し寄せており、ここに雪崩れ込むのは時間の問題だろう。


 扉に目を向けていたほんの一瞬の隙に男は姿を消しており、頭上から男の声が響く。


「命が有ればまた会おう。その時はお前の父……カインについて教えてやる」

(待て!)


 叫んだ所で声が出る訳も無く、男の気配が消えると腕の中のカルーアは肩を震わせていた。


「姉様……」

 突然の出来事に様々な思いが去来するのを感じ、共に悲しみに身をやつしていると階下の喧騒は更に激しさを増して行く。


 肩を引き寄せ顔を突き合わせると、撤退の意志を示して共に頷く。


「突撃ー!!」

 数名の勇聖教徒が踏み込んで来るとそこはもぬけの殻で、部屋には争った痕跡だけが残されていた。そして―――


「……いつでも行けるわ」

 カルーアの合図によって部屋の中に水薬瓶が投げ込まれると、それを綺麗に撃ち抜いた。


 爆炎によって塔の最上部からは煙が上がり、手向けのように夜空へと昇って行く。


 暫くの間それを見詰め、トウとキビの二人から脱出の報せを受けると漸くその場を後にした。


(最後の仕上げだな)

 そう呟いては多段ジャンプを駆使し、煙と共に空へ昇ると要塞の屋根部分に到着する。


 大きな岩肌を前に拳に魔力を込めると、発散しきれなかった分も含め纏めて叩き付ける。


 山肌を震わす巨大な振動が忽ち大きな亀裂を生み出すと、地鳴りのような音を上げて瓦解を始めた。


 塊となって落下する巨岩を前に生き残った勇聖教の人間は悲鳴を上げ、それを見下ろし様々な思いが胸中に渦巻くのを感じていた。


 然程の戦闘も無く、こうもあっさりと終わってしまえばそれはとても不快な物で、先の戦闘のように死力を尽くしてこそ得られる物も有る……そんな風に思っていた。


 そんな自分の気持ちとは裏腹に助け出された命が有るのもまた事実で、要塞から続々と脱出する猫人族を見れば些末な事だと吹っ切る。


 落下の速度を足元の風魔法で調整しながら着地すると、それを見たカルーア達が駆け寄って来る。


「どうやら上手くいったみたいね」

 それに頷き要塞に目をやれば、今はもうすっかり瓦礫の山と化していた。


「猫人族及び、他種族の奴隷は全て解放済みです」

「解放後は猫人族の町に戻り、数日後に帰還予定です」


 トウとキビ二人の報告を聞き頷くと、今回の協力に関して礼を述べる。一瞬の間の後、少し困ったような表情でトウが口を開く。


「礼など不要です……が、私は謝りません」

 何の事かと思い返すが、恐らくは町での事だろうと思い至る。


「言っておいて下さればあのような行動は不要。私達は完璧に―――」

 トウの抗議を片手で制し、溜め息混じりに口を開く。


(今回の事は俺が悪い)

「ならば何故―――」


 食って掛かるトウを今度はカルーアが同様の所作で諫める。

 黙ったまま無言で首を振るカルーアを一瞥し、再びゼロに目を向ければ夜空に顔を向けていた。


 様々な出来事が重なり、その全てが密接に関係している―――そんな予感を感じ、一同は声も無く頷くとその場を後にした。

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