第二十六話 ~水神様~

《第二十六話 ~水神様~》


(ふわぁ……ぁ……)


 猫人族の町で目覚めること三日目の朝。未だ出発に踏み切れない一行はこの町に滞在を続けていた。


 それと言うのも夕食の度に出発の話を切り出せば、途端に騒ぎ出す少女のせいでその度に両親を困らせては酷く泣き叫んだ。


「どうでしょう、貴方達さえ良ければ……」

 そう言われても先を急ぐ身なのだが、カルーアの


「丁度良いじゃないの。急ぎ過ぎのあんたには、さ」

 と、食事をしながら釘を刺して来る。


 酷く懐かれたものだと思いながらも、随分と甘いものだと辟易する。


 これが弟妹であれば拳の一つで解決しそうなものだが、自らの子供というとやはり何かが違うのだろう……それは少しだけ眩しく映った。


(ご馳走様でした)

 心の中で呟き頭を下げると食後の挨拶を済ませる。


「ああ、いいよいいよ。あんた達は座ってな」

 食事の度にこのやり取りを聞かされ、再び着席すると食後の茶を出される。


 ミニャの母親は忙しく動き回り、皆の食事の後片付けを始めた。


 この町では食糧事情があまり芳しく無く、狩猟民族という事をどこかで読んだ気もするのだが、それが発揮される事はまず無いと言う。


「怒りを……買ってしまったのでしょうね」

 気弱そうな父親はそう呟き、俯いては影を落とす。


 そういう事ならと魔法鞄にしまっておいた手付かずの肉を取り出し、町全体に配ると一転して歓迎ムードになったのは良い思い出だ。


 根本を解決せずに一時だけの救済は愚策と言われるかも知れないが、この旅の目的は人助けでは無い……腐らせるよりは余程良いのだ。


 魔法鞄にもルピナの魔法庫のような保存機能とでも言うべき時間停止機能が有ればと思うが、そもそも魔法鞄自体が規格外なのだ……贅沢は言っていられない。


「備蓄は問題有りません」

「二月は優に過ごせます」

 保存食でも大量に持ってきたのか、頼もしい答えに無言のまま頷く。


 後ろから聞こえた蛇口を捻る音に、今日もそろそろかと身構える。

 昨日も一昨日も、母親が洗い物を終えた段階で耳をつんざくあの声が―――


「ミーナ、もう良いわね?」

「……うん」


(ん……?)

 耳を塞いだ一同を前に、予想外の返事をする少女。


 ミニャというのはどうも舌っ足らずなせいで誤解していた名のようで、本来の名前はミーナという事らしい。


 つくづく似ているなとも思うのだが、三文字の名前など被りが有っても可笑しくは無い……名付けなど本人のセンスか、その時の流行り等も有るのだろう。


 もしやと思い確認だけはしておいたが、この町にミーアという猫人が居た記録は無いそうだ。


「長いこと我儘を言ってしまい申し訳ありませんでした。ミーナもこの通り、満足してくれたようなので……」


 満足顔には程遠いようにも思うのだが、確かにこれ以上世話になるのは食料を差し出しているとは言え、気が引けるのも事実だ。


「こちらこそ有難う御座いました。明日の朝、目的地に向けて出発したいと思います」


 相変わらずハキハキとした口調のカルーアに違和感しか無いのだが、そういう事で話が纏まると次第に夜が更けて行く……。


 風呂を借り、一日の汚れを落とし、就寝の準備をしていると不意に部屋の扉が叩かれた。


(来たか……)

 そう思うのも当然で、扉を開けると枕を抱えたミニャが立っていた。


 寝間着に着替えたミニャは毎度の事ながらもじもじとしており、申し出の前に無言のまま頷いてやる。


 すると途端に笑顔を取り戻し、何時もの様子で並んだベッドの上へと飛び込んだ。


 初日に散歩から帰ると部屋の用意は既に整っており、人数分のベッドはトウとキビが魔法鞄に入れておいた物だと言う。


「衣食住、全てに不足は御座いません」

「何なりと御申し付け下さい」


 もうここまで行くと畏怖すらしそうなものだが、カルーアはそんな二人を見て満足そうに頷いていた。


 魔法鞄のルールとして持ち上げられれば収納は可能という物が有るのだが、やはり細身に見えても力はそれなりにと言う事か……二人の底知れなさに感謝する。


 そんなエリート達の表情を崩すべくミニャと共に散歩をしていた際、例の草をカルーアに近付けた時は噴飯物だったのを思い出す。


 自分の時と同様にミニャはカルーアの目の前で手を開き、あまりの悪臭に叫んで逃げ出した。


 腹を抱えて大いに笑い、カルーアの次はトウとキビだと目配せする。


「あら……」

「あら……」


 ミニャは打ち合わせ通り一頻りカルーアを追い掛け回し、それが済むと次なる目標へ走り出す。


 異臭を放つ右手を突き出し、突進するミニャを前に二人は屈むと優しくその手を摘み上げた。


「端ない行いはいけません」

「女の子は淑女足るべきですよ」

 そう優しく諭し、白いハンカチで丁寧に拭い取っていた。


 淑女は寝込みを襲ったりしないと思うのだが、その日を境に少し落ち着いたのは説教が利いたのか……トウとキビに一番懐いていたように思う。


「全く、これだから子供は嫌なのよ」

 と、子供のようなエルフがボヤく。


「なによ?」

 相変わらずの口調に何でも無いと返し、慈悲深いやり取りに目を奪われていた。


「うふふ……」

 ベッドの上で右へ左へごろごろと、交互に寝返りを打つミニャ。


 その顔は終始笑顔で目を細め、口角を上げながら両脇のトウとキビを見比べていた。


「暴れてはいけません」

「ベッドの上ではお静かに」


 色々とツッコミたい気持ちが有るのだが、あえて口に出したりはしない……そう、自分は大人だからだ。


「なにやってんのよ……寝るわよ?」

 ガッツポーズをカルーアに見られ、呆れ顔と共に促される。


 部屋の明かりが落とされると暫くして、漸く小さな笑い声が消えた。


 ミニャは寝付きが良い方らしく、残念そうな顔をしていた割に何時も通りだなと思うものの、明日は起きる前に出発したほうが良いか……そんな事を考えていると、何やら階下が騒がしかった。


 むくりと上半身を起こすと同じタイミングで反対側のカルーアも起き、無言のまま頷き合うとそっと部屋を抜け出した。


 恐らくはトウとキビも起きているだろうが、間に入った爆弾の万が一を考えて一任してくれたようだ。


 床鳴りや軋みに気を付け、階段の前に立つと聞き耳を立てる。


「……っぱり……だよ……」

「もう……話は……ないか」

 所々聞こえる会話に不穏な単語が混じっている。


 最初は追手でも迫っているのかと自分達の身を案じたものだったが、決定的な事を耳にし勘違いであったと確信すると―――


「……お話を、聞かせてもらえませんか?」

 険しい表情のまま階下に降り立ち、二人に向かって尋ねるカルーア。


 それを見たミニャの両親は驚いた様子で硬直しており、渋々といった様子で着席を促す。


 暫くするとトウとキビの二人も姿を現し、六人でテーブルを囲むと話の経緯を聞き出す。


 その内容にカルーアは忽ち激昂し、声こそ荒らげないものの今まで見たどの表情よりも厳しく、二人の猫人を容赦無く非難した。


「貴方達はエルフ……森人族の法に則っておられる事は分かっています。ですがここは中立地帯……猫人達の町なのです」


「それでも通達は亜人領全体に行き渡った筈よ! もう二度と、あんな事をさせては駄目なの!」

 父親の言葉に再度激昂するカルーア。


 二度と―――そう言ったカルーアの横顔は悲しみに満ちており、それを払拭するように荒々しく糾弾する。


 それはかつてエルフ領でも同様の事が行われていたという裏付けであり、カルーアの必死の説得にも二人が頷く事は無かった。


(……時間の無駄だな)

 話も堂々巡りになって来た所で隣のキビに通訳を頼む。


 カルーアが口を開きかけた瞬間、大きめの柏手を打つと皆の視線が一箇所に集まった。


「……話は分かった。黙っている代わりに、その対価として同行させてほしい」


 キビから発せられる声色はちぐはぐな物に見えた事だろうが、この際それは我慢してもらう他無い。


「それは……私の一存ではとても……」

「何も邪魔しようってんじゃない……俺は仲間を傷付けられさえしなければ、他の事は割りとどうでも良いんだ」


 重々しく口を開く父親に対し軽く両手を上げ、そういった意図は無いとおどけて見せる。


「あんた……それ本気で言ってんの?」


 聞いた事の無いカルーアの声に目を向けると、これまたかつてない程の蔑む視線がそこに有った。


(ならお前が助けるのか? 国に縛られて手出し出来ない状態で、俺を責めるのはお門違い……何もしないなら黙って見てろよ)


 会話の内容は分からずとも、火花を散らす二人を見て狼狽える両親。


 自らの立場というものを歯痒く思っているのだろう……厳しい物言いに俯くカルーア。


「……分かりました。明日の同行、町長に確認を取ってきます」

 そう言うと仲裁の為か、神妙な面持ちで立ち上がりそう宣言した。


「こいつ等には邪魔をさせない。色好い返事を期待している―――」

 最後の通訳をキビに託すと、そうとだけ告げて二階へ戻った。


「……ねえ」

 部屋の前でカルーアに呼び止められ、扉を開ける前に振り返る。


「さっきの答え、まだ聞いてないんだけど?」

 何時に無く高圧的なカルーア。


 その目には怒りと憎しみが込められ、先程の提案について納得していないというのが有り有りと見えた。


(……言葉通りの意味だ。それ以上でもそれ以下でも無い)

 その返答に言葉を無くし、悲しむように俯くカルーア。


 仕方が無いので更に言葉を続ける事にした。


(納得できないならここで解散だ。パーティの長は俺……それにこれはお前が言った事だろ? 色んな物を見て、色んな経験をしろって……だから俺は―――)


 そこまで言うとカルーアの前に立ちはだかるトウとキビ。責め立てられるカルーアに対し、庇うようにその身を盾とする。


 目は口程に物を言う……その言葉通り二人の目にはカルーアよりも更に厳しく激しい、怒りの炎が燃え広がっていた。


「ゼロ様、無礼を承知で申し上げます」

「これは我等の意見として、どうぞ御受け取り下さい……」


 普段よりもいっそう無機質に、自身の怒りを漏らさぬよう淡々と喋り出すトウとキビ。


「最長老様の命により、今後も同行させていただく事をここに誓わせていただきます」

「ですが私達の事は以後、道具のように御思い下さい。貴方に仲間だなどと思われるのは心外ですので……」

 恭しく頭を垂れ、ぴしゃりと言い放つトウとキビ。


 再び上げられた顔には嫌悪感がこれでもかと塗りたくられていた。


(……最低でもあと一回は、許してくれると助かるんだけどな)

 そんな二人を見て軽口を返す。


「戯言を……」

「失望しました……本当に……」


 続けられる侮蔑の言葉は中々にクる物が有り、これに快感を見出すのは相当の上級者だと思う。


 全くなんで自分が……そう思うと沸々と怒りも湧き、同時に少しだけ悲しくなった。


「もういいでしょ……行くわよ」

 呆れたように呟き足早に部屋へと入るカルーア。


 トウとキビもまだ言いたい事は山のように有るとばかりに視線だけを残し、それに続いて部屋へと戻って行った。


(さて、どうするか……)

 部屋の扉を前に腕を組んでいると


「大丈夫かい?」

 と、階下から母親が心配そうに声を掛けて来る。


 丁度良かったと思い一階に降りると、ミニャの部屋を使わせてもらえないかと頼んでみる。


 あの様子ではきっと、寝床を共にするのは難しいだろう。


 何より明日の体調に影響が出るかも知れない……女性が怒っている時はそっとしておくのが良いと、これも悪友に教わった大事な事の一つだ。


「ミーナの? それは構わないけど……」

 横目でちらりと父親の返事を窺い、無言のまま頷くと許可が出る。


「それよりも悪かったね……私達の事で仲間の子と喧嘩させちまったみたいで……」

 申し訳無さそうに俯き、か細い声で謝罪する母親。


(気にする事は無い。騒がしくして済まなかった)


 ぶっきら棒に言い捨て、頭を下げると再び二階へ……そう、謝る必要など何も無いのだ。


 ミニャの部屋に着くと明かりも点けず、制作の準備に取り掛かる。手持ちの素材にはまだ余裕が有るが、全員分を作る必要も無いだろう……。


 作り終えた物をカルーア達の部屋の前に置き、再び戻ると大剣を取り出し抱えて座る。


 外套を毛布代わりに巻き付け、背を扉に預けると魔法鞄から酒瓶を取り出した。


(どうせ眠れないしな……)


 こういう時の勘は嫌という程当たる……それは前世から続く因果に因って定められ、この世界に来たとしても恐らく変わる事は無いのだろう。


 第六感とも言うべきそれは超能力として伝聞されている類のそれとは違い、元来小心者の自分のみが持ち得る神経質な部分や違和感……そう言った物の凝縮なのだろうと感じるのだ。


(ま、なるようになるか……)

 物が少ないミニャの部屋を眺め、窓からは二つの月が薄っすらと室内を照らす。


 気になる箇所の一つ一つに苛立ちを覚え、それを鎮める為に酒を呷る……眠りに入ったのは瓶の中身が半分ほどになってからだった―――。


 翌朝。

 扉を叩く音で目が覚めると途端に覚醒し、勢い良くその場から飛び退く。


 何時の間にか眠っていたようで、これでは野宿など夢のまた夢……いや、酒のせいだろうと自分に言い訳をする。


「起きてる?」

 その声に扉を開けカルーアを出迎える。


 不機嫌そうな表情のカルーアに視線を落とすと、無言のまま頷かれるので首尾は上々という事だろう。


 一行に引き連れられて一階へ降りると、テーブルに座っていた両親と朝の挨拶を交わす。


「準備が有りますので外でお待ち下さい」


 同行の件がどうなったか聞きたいのだが、そう促されるのを見るに可能という事で良いのだろうか……暫くすると町長が現れ、初日と同様に各人の顔を覗き込む。


「ふむ、これならば大丈夫であろうか……」

 男の猫耳も大概だが、それ以上に老人の猫耳も中々に見慣れない。


「町の恩人を疑って済まなかった。この通り、謝罪致しますじゃ」

 四人の前で深々と頭を下げ、丁寧な対応に無言のまま頷く。


 恩人という称号も非礼に対する詫びも、今となってはただ虚しいだけだ。


(この後の予定は?)

 そう尋ねるもトウとキビは顔を背けてしまい、代わりにカルーアが口を開く。


「住民総出で目的地へ出発。ここから南の、大きい滝の前らしいわ」


 水音が聞こえない所を見るにそれなりに離れているのか、その名に相応しい生息場所に一人頷く。

 町長は出て来た家人と何かを話し込んでいた。


 そんな風にして家の前で準備とやらが終わるまで大人しく待っていると、次第に人集りが出来始める。


 道の先から白いカゴを担いだ二人の男が現れ、静かに到着するとそっと地面へと下ろす。


 長い棒に人を乗せるための部分を吊り下げられており、棒もカゴも全てが白くその中に家の中から現れたミニャを父親がそっと乗せた。


 供物―――神に捧げる献上物はその全てを身綺麗に、一点の曇りも無く清廉に送り届けられる……そんな意味合いも含まれているのだろうか。


「それにしても驚きましたな……私共の儀式に参加したいとは……」

 滞り無く目的地に出発して暫く歩いた頃、長老が揚々と話し掛けて来る。


「夥しい程の好奇心と、ほんの少しの恐怖心……何、案ずる事は有りません。あれは供物以外には無害ですからな」


 そう言って嗤う町長に無言のままの笑顔を返す。年の功か、そういう事は割りと上手くなった。


 そうして目的地の滝前に到着すると、大瀑布……とまでは行かないがそれなりの大きさの滝が姿を現す。


 滝壺の周囲は丸い池のようになっており、その左右から二本の川が出来ていた。


「こちらでお待ち下さい」

 町長はそう言うとカゴの元へと駆け寄り、何かを呟き男達と共にミニャを取り出す。


 やはり眠らされているのか……ぐったりとしたままのミニャを地続きになっている中央の高台へと運ぶ。


 高台には一本の丸太が打ち付けられており、そこに手際良くミニャを縛り付けた。


「本当にこんなに近くて良いのか?」

「はい。ここでしたらご降臨からご退場まで、その全てをつぶさに観る事が出来ますじゃ」


 ほんの少し上気している町長の言葉に吐き気を催す。


 それは通訳をしたカルーアも同じだったのか、苦虫を噛み潰したような酷い顔をしていた。


 持参した太鼓の音が響き渡ると、次第に滝の奥からの水音が激しさを増して行く。


 感じていた気配はこいつの物だったか……頭上から落ちる大量の水をその身で分かち、激しい飛沫を上げてその全貌を現す巨大蛇。


 水神様と呼ばれたそれは襟巻蜥蜴のようなたてがみを広げ、大口を開けて目の前の生贄に歓喜する。


 町長の言葉通りこの場に居る人間には興味が無いようで、悠々とした速度で高台へ近付くと―――


(痛てぇな……)

 蛇神の上げた飛沫が顔に届くと、そう呟いて感情を解き放つ。


「ちょ、ちょっと!」

(戦闘―――開始だ)


 言うなり勢い良く飛び上がり、戦斧を引き抜くと共に空へ。


 上空から見下ろせばそこまで大きさは感じられず、これが神だと言うのだからお笑い草である。


 渾身の力を込めた投擲は巨大蛇に向かって一直線に射出され、その脳天に戦斧が深々と突き刺さる。


「ギイィィィ!!」

 激しい慟哭を上げその身を暴れさせると、次第に滝壺が血に染まって行く。


 落下中に姿勢を変え、足場を作り出して無理やり加速すると蛇の中央……胴体目掛けて急降下する。


 引き抜かれた大剣はそれだけで軋み、今の今まで抑圧された怒りが刀身へと流れ込む。


 襲い掛かる弾丸は水面近くでその身を捩り、かつて見た師の技をそのまま再現すると激しい破裂音と共に滝壺を叩き割る。


 大量の血と水飛沫を巻き上げ、一瞬で巨大蛇の体を両断するゼロ。


 乾いた水底へ着地すると水が戻る前に跳び上がり、二度目の着地点はミニャが括り付けられた丸太の上だった。


「あ、ああ……なんて、なんて事をしてくれたんじゃあああ!!」


 怒りに満ちた町長の言葉も意に介さず、縛り付けていたロープを断ち切るとそのままミニャを持ち帰る。


 少し離れた所に降り立つと、トウとキビに回収の指示を出した。


 今の所は素直に従ってくれるようで、無言のまま頷かれると昨夜の言葉は本当だったなと納得した。


(なんて事だと? それはこっちの台詞だ……)

「なにを―――」


 カルーアの口元が動くのが見え、ご丁寧に通訳を買って出てくれる。


(俺は俺の仲間に危害を加えない限りどうでも良いと言った。場所も近くて良いのかと確認もした……嘘は吐いて無い。何を以て攻撃とするかは、俺の裁量次第だ)


「ふざけるな! そんな詭弁が通ると思っているのか!」

「この責任をどう取るつもりだ!」

「やはり人族など、町に入れるべきでは無かった!」

 町の住人が次々に叫ぶ。


 それを皮切りに轟々と批難の言葉がぶつけられ、大剣を地に叩き付けると一瞬で黙らせる。


「もういい。話し合うのも馬鹿らしい。面倒だ……この場から誰一人、生きて帰れると思うなよ―――って、ええっ!?」

 通訳をしていたカルーアがその内容に驚きの声を上げる。


「手始めにこいつからだ……って、あんた正気なの!?」

 カルーアの言葉に頷き、悲しみを湛えて一瞥する。


(子供だけ残しても可哀想だからな……大丈夫、すぐに送ってやるさ)


 そう言うとゼロは無理やりミニャを奪い、空へ放り投げると迎撃の姿勢を取る。

 せめて苦しまぬよう一太刀にて、絶命を狙うその構えは本物だった。


 腰を落とし、構えに入った所で飛び出す二人の男女。


「やめろおおお!!」


 叫ぶなり拳を固く握り締め、無抵抗のまま横っ面を殴られると思いの外衝撃は大きく、よろよろとした足取りで後退るとそれを優しく抱き留めるキビ。


 落ちてきたミニャは母親によって上手い事受け止められており、失敗しそうならトウが補助していた事だろう。


「この子は……この子は私の子だ!」

 拳を固く握ったまま、鼻息荒く宣言する父親。


(……そうか)

 口の端から滴る血を袖で拭い、満足そうに頷くとそう告げた。


「なら話してもらおうか……この町に何が起こっているのかを」

「それは……」


 歩み寄るカルーアから問い掛けられた言葉に、俯き口篭らせる父。

 母の方は眠っているミニャを抱き締め、その無事を喜び涙を流していた。


 さてどうしたものか……キビに抱えられながら思案し、どういった方法でこの場を収めようかと頭を悩ませる。


 ミニャの両親を見るに対応としてはこれ以上が無く、心の底から我が子の死を望んでいた訳では無いようで安心する。


 問題は住人の方だ……何かに怯えるようにその顔は暗く、その単語が聞こえた瞬間に全てを納得した。


「おやおや、これは一体……どういう事ですかね?」

 突如として現れたローブ姿の男を認め、獲物を見定めると口角を上げる。


 邪悪さを秘めた笑顔は少年のそれでは無く、これから起こる全てに歓喜していた。


「司祭様、お助け下さい! あの者が……あの者が水神様を!」

 町長はローブ姿の男に駆け寄ると、縋るようにその足元に跪く。


「ええい、離せ亜人! 貴様ら如きが私に触れるなど―――」

 そこまで話すと顔面に拳が叩き込まれ、その身を背後の樹木へと運ばれる。


 一撃で気絶してしまったのか、だらしなく開いた口からは舌が出ており白目を剥いていた。


「あ、あぁ……」

(―――よし!)


 長々と話を聞くつもりなど毛頭無く、こうなる事は勇聖教のマークが見えた瞬間から決まっていた。


「全く……あんたは滅茶苦茶よ……」

 そうボヤきながらも身柄の拘束に向かってくれる辺り、カルーアは良い奴なのだと思った。


「ゼロ様……」

 その言葉に振り返るとそこにはトウとキビが立っており、その表情は何時もの無機質なそれとは違い少しだけ暗く見えた。


 言いたい事は分かっていた。

 昨夜の話から今までの事だろうが、生憎とそれをだらだらと話している訳には行かない。やる事は山のように有るのだ。


(話は後だ。どうしてこうなったか、住人から情報を集めてもらいたい)

「承知致しました」

「承知致しました」


 丁寧な返事を残してその場を去る二人を見詰め、足元で尻餅をついている町長を引き起こすと、膝を折って目線を合わせる。


(聞いての通りだ……町に戻り次第、ゆっくりと話しをしよう)


 その目には未だ怒りが燃え盛っており、有無を言わせない気迫は町長の顔をひきつらせる。


 ゆっくり書いた言葉に何度も頷き返し、軋む手首を漸く離してやった。


(長い一日になりそうだ……)

 そうして空を眺め、良くない勘ほど良く当たると溜め息を吐いた。

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