第四十二話 ~武闘祭本戦 其の戮~

《第四十二話 ~武闘祭本戦 其の戮~》


「……体、大丈夫?」

 乱れた布団の上でモカが尋ねる。


 あれだけやっておいて何を今更と思うものの、どうやら少し落ち着きを取り戻したようでその点だけは安心していた。


(ああ、問題無い……気を遣ってくれたお陰だな)


 皮肉交じりにそう返せば肩を叩かれ、本当に気にしているのかと疑いたくなる。


「もう、これで最後……ちゃんと忘れるから……」


 そう言って淋し気な目をするモカに手を伸ばせば、触れた先から先程までの熱が伝わって来る。


(そうか……それは悲しいな)


 態とらしく呟けば突き合わせていた顔を離し、少し怒ったように伸し掛かって来るモカ。


「あら、それじゃあ旅に出るキミをずっと待ってろって言うの? 帰って来るかも分からないのに? それって随分と無責任じゃない?」


 好機とばかりに捲し立てられればそれもそうかと思い、困ったようにゆっくりと頷いた。


(全てが終われば帰って来るさ……)


 言って気付けばかつての英雄と同じような事をしていると自覚し、それもこれも全てはあの剣のせいだろうと転嫁する。


 神によって造られし大剣……この場合は神剣とでも呼ぶべきなのだろうか、件の剣は今も大人しく浜辺に突き刺さっているようだ。


 身に着けて居なくとも何か有れば異音を発し、それは何かしらの報せを告げる事が多かった。


 キビから言われた本来の使い方には思い当たる節が有り、それはモカを捜しに迷宮へ進行した時に一度目にしている。


 斯様な使い方が何故自分に出来たのか……その答えは未だ出ていないが、あれが英雄の残した残滓とでも言うならば、本領を発揮した威力は如何程なのか……。


「あ、他のこと考えてるでしょ?」


 空虚を見詰めて思考を巡らしていれば忽ち指摘されてしまい、取り繕うように首を振った。


「あの子達、可愛かったもんね……」


 少し拗ねたように呟くモカへ行動で示し、そのいじらしさに自然と口角が上がる。


「……嫌いになった?」


 少し意外な問い掛けに目を丸くしてしまい、自分からの好意など二の次だとばかり思っていただけに固まってしまう。


 一瞬の硬直を見逃す筈も無く、モカが泣き喚きそうになるのを寸前で宥めては事無きを得ると、暫くして皆の元へと戻るのだった―――。


「おっそーい! どこほっつき歩ってたのよ!!」


 時間にして一時間くらいだろうか……そこまで長時間空けたつもりは無かったが、予想通りにカルーアから怒られてしまう。


 戻った際にはモカとキビの両者が何やら含みを持って頷き合うのを横目で確認し、それが何を意味するのか問い質すのは野暮だろう。


 分かっていないのが一人。黙しているのも一人。分かっていてニヤついているのと、知らないフリをしてくれているのがそれ以外という所か……お有り難い限りだ。


「さ、そろそろ帰るわよ。準備しなさい」

(はーい)

 カルーアに促され着々と後片付けを進める一行。


 来た時と同様に龍一がせっせと片付けを始め、数分で元通りになると更衣室へ向かい着替える。


「ゼロ殿、本日は楽しめたでござるか?」

(……ああ、龍一こそカルーアとは話せたのか?)


 色々と一緒に遊んでいたので大丈夫だとは思っていたが、そう尋ねるなり暗い影を落とす龍一。


 聞けば自分がモカと行動していた際、転んだ拍子にカルーアに倒れ込んでしまったのだと言う。


「少し失敗してしまったでござる……」


 倒れ方も少々不味かったようで、押し倒すような格好はあの体型だと逆にダメージが有るんじゃないかと口には出せない悪ノリを見せる。


「しかし、悔いは無いでござるよ!」


 慰めようかと思ったのが馬鹿らしくなり、そういう事ならそれなりに龍一も楽しめたようだと安心する。


(……せいぜい嫌われないようにな)

「ゼロ殿―――いや、何でも無いでござる」


 茶化すような忠告に対して何かを言い掛ける龍一。しかしそれも束の間の出来事で、視線を落とすと首を振り一変して仕切り直す。


「さ、行くでござるよ」

 そう言って更衣室を後にした。


 馬車に乗り込めば幾らか日が傾いており、王都に着くのは夕方くらいだろうか……そんな事を考えていると―――


「ご来場の皆様にご案内申し上げます。現在王都にて迷宮氾濫が確認されました。付近の皆様は自身の安全を第一に、今後の警戒に当たって下さい。繰り返します―――」

 そんな無機質な案内が告げられた。


 声の調子からそこまで大事では無いのだろうか……妙に落ち着き払った抑揚の少ない声が気に掛かる。


「飛ばすでござるよ!」


 とは言え王都には龍一の店やゴードンの店、そして何より大切にしている孤児院が有るのだ。焦りを見せるのは当然だろう。


 示し合わせたように皆が頷くと馬車は一層の活躍を見せ、大地を滑るように駆けて行く。


(武闘祭後に迷宮氾濫とは……全く忙しないな)


 これもお国柄というやつなのか、退屈はしないで良い……が、少々慌ただしすぎる。


「なに言ってんの、これこそ本番じゃない」

 当然のようにカルーアにそう言われてしまい、何の事かと首を傾げる。


「獣王国の新年武闘祭は年に一回の迷宮氾濫……それに抗う新たな戦士を見つけ出す、そういった意味合いも含まれております。かつてはそれなりの頻度で活発になっていた迷宮も今ではその時期を調整され、現在に至ります」

「なによ。あんたもしかして知らなかったの?」


 トウの説明にカルーアが茶々を入れ、有ったような無かったような……素直に頷けば呆れられたように溜め息を吐かれる。


(知っていたなら教えてくれよ……)


 そうは言うものの今知った所で特に問題が有る訳でも無く、強いて言えばそんな時期に遊びに行くのもどうかと思ったのだ。


「いやはは……これは拙者の読み違いでござったな。申し訳ないでござるよ」


 そう言って本当に反省しているのかと疑惑の眼差しを向けてしまう。


 馬車は尚も早い速度で車体を揺らし、一目散に王都を目指しているのだが―――


(……遅いな)

 次第に昂る感情を前に気持ちが逸る。


 遂にはそれを溢して車外に飛び出せば馬車と並走し、荷台のカルーアへ補助魔法を頼んだ。


「―――良いわ、行って来なさい!」


 小言の一つでも言いたげに口篭らせ、観念したように許可をすると同時に魔法が掛かる。


「お姉様、私も共に」

 短く促すキビの言葉に再度言葉を詰まらせ、同様に施してその背を見送る。


「いいわねー! 絶対に無茶させるんじゃないわよおおお!!」


 あっという間に馬車を置き去りにするとそれに軽々と追い付いて来るキビ。


「ゼロ様、御背中失礼致します」


 了解も取らずにそのまま背負うと、華奢な両手で右手が挟まれ呪文の詠唱が始まる。


 歌うようなエルフ独特の詠唱は意味こそ分からないものの、流れ込んで来るキビの優しさが右手から全身へと行き渡る。


「これで暫くは大丈夫かと……ですが、お姉様も言われていたようにくれぐれも無茶はなさらないで下さいね」

(なるほど……感謝する)


 次第に引いていく痛みに納得すると、二人は速度を上げ続け王都へ急行した。


 発生から間もない事もあってか道沿いに怪物の姿はそれほど見掛けず、極稀に遭遇したとしてもこちらには関心が無いのか一心不乱に同じ場所を目指していた。


 王都を目前にすれば怪物の数も次第に増え始め、これまでのように無視を決め込む事が難しくなって来る。


(キビ!)

「はい。御任せ下さい」


 欲しい時に思い通りの援護が来る事は有り難く、的確な場所に魔法が撃ち込まれる。


 王都の外周に固まっていた怪物の群れはキビの魔法でほとんどが一掃され、討ち漏らした残党をバルムンクにて両断する。


(お前も働けバルムンク! 海の彼方にぶん投げるぞ!)


 怒気を孕んだ声で叫ぶと途端に異音が鳴り響き、周囲の怪物に向かって魔法が放たれる。


 赤、青、緑と様々な色の光線は次々に怪物を貫き、上空や建物裏、目に見えない部分にまで走って行く。


(……キビ、これを)


 魔力と体力を同時に回復出来る水薬を渡し、ここに来るまでに消耗したものを取り戻す。


「その剣……本当に凄いものだったのですね」


 そう言って半信半疑だった目を向けては、小さく喉を鳴らして水薬を飲み干すキビ。


 思えばこいつが働いている所などモカ達を助けた迷宮での出来事しか無かったので、その反応は至極当然だろう。


(カルーアには捨てろと言われたけどな……こういう時には助かるさ)


 街の入り口で束の間の休息に談笑していると、武闘祭で聞き慣れた声が届く。


「さあー、今年の武闘祭も残り僅か! 待ちに待っていましたこの時を! みんなー、準備は出来てるかー!?」


 実況の声に街の中から歓声が上がり、その熱気は外周に居る自分達にまでひしひしと伝わって来る。


「実況は私、お馴染みテプルちゃんでおーくりしまぁす!」


 あの時はそんな余裕も無かったので聞き流していたが、そう言えばそんな名前だったかと三毛猫っぽい亜獣人を思い出していた。


「今年の花火は何発上がるのか……そしてそして、どんな怪物が飛び出すのか……でも大丈夫! 今年の祭りも昨年同様、沢山の精鋭達が揃っているぞー!!」


 信じ難い事だが本当にお祭り騒ぎのようで、本来であれば深刻な被害をもたらす筈の迷宮氾濫をまるで楽しむように言葉を紡いでいった。


「準決勝でシン選手と好勝負を見せた昨年の覇者、ガロウ選手を始め女好きのコモド老師、すっぽかしたシン選手。そして初出場ながら見事に優勝を勝ち取り、獣王ジャック様と相対したゼロ選手も、先程王都の近くで見掛けたとの情報が入っておりまーっす!!」


 不意に自分の名を呼ばれれば周囲を見渡してしまい、どうやらどこからか監視されているのだと知る。


 実況はまだ続けられていたがそれよりも、今現在がどんな状況なのかを把握するのが先だろう。


 どうしようかと周囲を見回せば、こちらに向かって駆け寄って来る一人の青年を見付ける。


「ゼロさーん!」


 にこやかな笑顔で片手を振り、颯爽と登場する一人の人物……先の武闘祭で自分と対戦したアシュレイは、まるで別人のような顔付きで駆け寄って来る。


「ここにおられましたか。随分と探しましたよ」


 ちらりと横目でキビを見れば小さく頷くのを見て、どうやら首尾は上々だと確認した。


 アシュレイには賭けの代償として今朝、とある水薬を飲んでもらった。


 捉えられていた奴隷の解放でも良かったのだが根本の解決にはならないだろうと踏み、こればっかりは自身で実験する事も出来なかったので意外にも義理堅いアシュレイの性格を利用させてもらったのだ。


「その様子だともうご存知のようですね。迷宮氾濫はまだ始まったばかり……なんなりとご命令を」


 下僕にするような効果は無かった筈だが跪くアシュレイを見て、どのような状況で飲ませたのか想像するのは容易かった。


 横に居るキビに再び目を向ければ恥ずかしそうに俯いてしまい

「その……お姉様を悪く言う人は嫌いです……」

 と、そっぽを向かれてしまう。


 アシュレイには本当に災難な事だが、五体満足で居られるのは幸運以外の何物でも無いだろう。


「命令は無い。出場選手として存分に力を奮いなさい」


 キビの命令に短く返答をし、アシュレイは再び駆けて行った。その様子を黙って見守り、三度キビへ視線を送る。


「申し訳御座いません……少々強引だったかも知れません……」

(なるほど……あまり虐めてやるなよ)


 言いたい事が分かったのか先手を打たれてしまい、呟くキビに釘を刺しておく。


 ホクトと違い城壁の無い境界が曖昧な王都、ビーストキングダムの街中へ入れば戦闘は全く行われておらず、言わば準備段階のような活気がそこかしこで見受けられた。


 一番懸念していた孤児院周りもワンニャン同様に従業員や常連客で防備が固められ、これならいつ何時どんな怪物が攻めて来ようとも決して崩れる事は無いだろう。


「野郎どもー、準備は良いかー!」


 威勢の良い発破はミルクによって掛けられており、拡声器のような物を握っては店の上で吼えていた。


 こちらの姿を認めるなり隣の従業員に拡声器を渡すと、一目散に屋根から降りて駆け寄って来る。


「ゼロさん、お戻りになってたんですね!」

 ミルクの言葉に頷けば、直に龍一達も戻ると伝える。


「ご心配ありがとうございます……ですが、店も孤児院も準備は万端です!!」


 自慢気に披露する後ろには屈強な冒険者達とメイド服姿の従業員……何だかちぐはぐな気もするが、やる気だけは十分に漲っている。


 今回の事は初めてだっただけに一人で焦っていた訳だが、どうやらここの住人にとっては当たり前の日常となんら変わらず、これもまたこの街の特徴……祭事の一つなのだと安堵する。


 そんな毎年恒例の流れを軽く教えてもらっていると、微かな地響きの後に街の中央から複数の気配を感じる。


 急いで振り返ればそこには天へ続く道のように魔法陣が並べられ、一拍の間を置いて多量の怪物達が打ち上げられた。


「おーっとここで一発目の花火が打ち上がったー! みんな、防衛頼んだぞー!!」


 扇状に打ち上げられた怪物達は導かれるように散り散りになると王都の外へと追い出され、ガイドのように広がった扇状の魔法陣達が消えるとそれが開戦の合図となった。


 街中のそこかしこから雄叫びが上がり、直後に街の外へと消えて行く。


「ゼロ様、私達も」

 キビの言葉に頷き、ミルク達からの声援を背に受けその場を後にする。


 人家の屋根を飛ぶように駆けていると、急速に接近する気配に足を止める。


「よう、元気にやってるか?」


 相変わらずの軽口に怪物に向けていた殺気を変え、対峙すると宥めるように片手を振る黒衣の男。


「待て待て……今はそれどころじゃないだろう。それともなんだ、決勝を辞退した事を怒っているのか?」


 その問いに頷けば声を殺して笑い、愉快そうにそうかと何度か呟くシン。


「それは申し訳ない事をした……しかし如何せん、俺も俺でやる事が多くてな……手合わせは又の機会に取っておこうじゃないか」


 勝手な言い分に尚も苛々を募らせる。


(……世間話をしに来た訳じゃ無いんだろ?)


 そう尋ねればシンはゆっくりと頷き、その口からあの夜の真相……その一幕が告げられる。


「初出場で初優勝……優秀な甥に、ご褒美をあげたくてな」


 一瞬それがどんな意味なのかと、頭では分かっている筈なのに心が拒絶してしまう。


 しかし目の前の男、シンは確かに言ったのだ……兄の息子―――甥だと―――。


「あの日に受けた指令は二つ……裏切り者の抹殺と、その息子の確保……父にどんな思惑が有ったのか知らないが、俺に出来たのは死んだように偽装させるくらいだった―――」


 次々と明かされる事実に言葉を失っていると、そんな様子を見て何が可笑しいのかシンが再び笑う。


「聞きたい事が多いだろうが、残念ながら時間切れだ……また会おう」

(待て!!)


 引き止める言葉も虚しく、シンは音も無く姿を消すと背筋を冷たい物が伝う。


 リュカの父、カインとシンが兄弟……そしてその命令を下したのが父親? カインは元々勇聖教だったのか? なぜ偽る必要が? なぜ止めを刺さなかった? なぜ、なぜ、なぜ―――頭の中を埋め尽くす疑問に思考が止まらず、魂が抜けたように呆けてその場に立ち尽くしてしまう。


「―――ロ様! ゼロ様! しっかりして下さい!!」


 キビの呼び掛けに漸く現実へと戻ってくれば、そこには普段よりも一層凛々しい顔が有った。


「私には何が有ったのか分かりません……ですが、今だけはどうか、心を強く保って下さい」


 この状況がそうさせるのか、今にも泣き出しそうなキビはぐっとそれを堪えて檄を飛ばす。


 そうだ。今ここに居るのは何の為だと自分に言い聞かせ、両手で顔を叩くと気合いを入れ直す。


 今更あの日の事を蒸し返し、あまつさえ事実を知ったから何だと言うのだ。


 気持ちを入れ替えて街の防衛へ向かおうと駆け出そうとした瞬間、眼下からの声で再び水を差される。


「おーい、こっちじゃー!!」

 見ればそこにはゴードンが両手を振り、降りて来いと声を張り上げていた。


(……久しぶりだな)


 地上へ降り立てば挨拶を交わし、武闘祭が始まってからと言うもの色々と忙しかった事を詫びる。


「久しぶりじゃないわい。本戦の戦い、儂も見とったからな……それにあのデカブツも、そこの嬢ちゃんのお陰で随分とすっきりしたもんじゃ」


 横目でちらりと確認するものの、こういう場では前にでないキビは何時ものように澄まし顔をしていた。


「っと、そんな話はどうでも良いんじゃ。これを、お前さんに―――」


 そう言って腰の鞄から取り出したのはゴードンに預けていた武器の数々で、戦斧に長剣、戦鎚と……もう一つ見慣れない物が有った。


「初めは盾にしようかとも思ったんじゃがの……試合を見て気が変わったわい」


 そう言って渡されたのは拳全体を覆う右手の形をした篭手だった。


「持ち手だけになった物を打ち直し、付与魔法を加えてある。威力が増したりはせんが、それでも負担は大分減るじゃろ」


 試合を見ただけでそこまで分かられてしまうと逆に怖く、凄腕だとは思っていたが有り難く装着する。


 装飾は無いがそれでも大きく、留め具を必要としない不思議な篭手は吸い付くように右手に落ち着いた。


 よくよく見ればその他の武器も若干の変更が加えられ、ゴードン曰く研ぎ直したついでに威力や耐久性が向上する魔法を付与してあると言った。


「うむ。思った通りぴったりじゃな……」


 寸分の狂い無く嵌まると小気味良く、暫くの間軽かった背中に伸し掛かるような重さが心地良い。


「初陣が迷宮氾濫とは難儀じゃろうが、実力は儂のお墨付きよ……存分に暴れてこい!」


 ゴードンの言葉に頷き礼を述べると、キビと共に空へ駆け上がる。


「無事に帰って来るんじゃぞー!!」


 次第に小さくなっていくゴードンの声に笑みを漏らし、上空から戦況を確認する。


 王都を目指す輪が収縮するに連れて影を濃くし、更に遠方からも怪物達の気配は増え続けていた。


「ゼロ様……?」


 隣に浮かぶキビが心配そうに顔を覗き込み、それに対して大丈夫だと頷く。


(あの頃は力が無くて何も出来なかったからな……今こうして、この場に立てている事が嬉しいんだ)


 過去の因縁を断ち切れはしないが、それでも自身にとっては少しだけすっきりとする……そんな心持ちを吐露する。


(キビは西側を。俺は他を叩く)


 一瞬だけ躊躇った表情を浮かべるものの反論はされず、無言のまま指定地点へと流れて行くキビ。


(心配するな。無茶はしない)


 この身を案ずる視線にそう返せば漸く姿勢を直し、王都の西側へ加勢に向かった。


(……多分な)


 見えてない、聞こえていない事を幸いに、言い訳のように呟けば次第に全身が震え出す。


 シンの言葉で昔を思い出し、この光景を前に悲しみが溢れる。


 しかしそれ等を凌駕する程の怒りが、殺意が、全身に行き渡ると歓喜の余り己の全てが喜びに打ち震えてしまう。


(さあ、やるぞバルムンク……お前達も、存分に暴れさせてやる!)


 そう叫べば身体強化魔法は今までに無い程の威力を保ち、砲弾のように射出されたゼロは大地へ降り立つと怪物へ立ち向かうのだった―――。

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