第四十三話 ~祭りの始末・前編~
《第四十三話 ~祭りの始末・前編~》
「此度の働き、誠に大義であった!」
翌日。獣王国の王、ジャックに招かれ王城に来てみれば昨日の迷宮氾濫の際、特に活躍したという理由でお誉めの言葉を預かる。
先日のような荒々しい雰囲気や服装は見る影も無く、矢鱈に装飾が入った鎧や豪奢なマントを身に着けていた。
大義と言っても自分からしてみればこじつけ以外の何物でも無く、堅苦しい雰囲気や物々しい気配など……獅子身中の虫を気にしてどうにも好きにはなれなかった。
丸々一晩戦い続けた結果、また自身の鬱憤を晴らす為だけのそれは人様に誉められる物では無く、こうして余計な事を考えてしまうのは自明の理だ。
「どうした。あまり嬉しそうでは無いな?」
仏頂面なのは他にも理由が有る。
王の御前にて一向にかしずかない自分の態度を見るなり、この国の大臣と名乗る初老の人族は激怒し、周りに控えていた取り巻きのような連中も口々に自分やカルーア達の事を声を潜めて罵りだした。
王城に招かれたのは自分とカルーア、トウ、キビの三人。ついでなので龍一やミルクにも同席してもらっている。
これからの事を思うならきっと、この先の話は二人にとって重要な物になるだろう。
「武闘祭の約束もあった事だ……この城の宝物庫より、どれでも好きな物を持って行くが良い」
ジャックがそう言えば横に立っていた人獣姿のパルが一歩前へ進み、恐らくは案内役としての任務を勝って出てくれるのだろう。しかし―――
「ん? どうした?」
すっと片手を挙げれば同様に一歩進み、背後に居るキビが通訳を開始する。
「その前に一つ……これから読み上げる人物を集めてほしい」
右手には件の腕輪が嵌められていた。
次々と読み上げられる中に先程の大臣も見事に仲間入りを果たしており、そういえばそんな名前だったかとぼんやり聞いていた。
ジャックが無言のまま頷くとこの場に居ない人物も居たようで、背後の無駄に大きな扉の開閉音が聞こえた。
「なんだと言うのだ……全く……」
そんな風に悪態を吐きながら取り巻き連中と同様に並べられる大臣。
よく見れば愛嬌のある顔立ちをしているように思うが……事実を知った今となっては、その性根がちらちらと透けて見える。
(悪人ほど外面は良い……か)
そう吐き捨てれば自分にも言える部分が有り、人の振り見て何とやらだと自嘲気味に笑ってしまう。
程なくして全ての人物が謁見の間に集められると玉座の前に並べられ、先程までの静けさは見る影も無くなってしまう。
ある者は恐れ、ある者は慄き、ある者は嘆く……心当たりが有るのだから当然だろう。そしてこれから執行される刑罰に、何らかの予感を感じているのかも知れない。
「俺が欲しい物は二つ……この国に蔓延る砂塵症治療薬の販売許可と、今読み上げた人物全員の―――命だ」
事も無げに言い放った内容に群衆の声は一層強くなり、大臣に至っては団子のような鼻を見る見る内に紅潮させ、全身で怒りをあらわにしている。
「穏やかでは無いな……一つ目の件に関しては問題無い。しかし、砂塵症の治療薬など……もしや、開発したと言うのか!?」
ジャックの言葉に頷きその実物をキビが取り出す。
あれほど巨大であった装置は見事に圧縮され、今では片手に収まる程の大きさに落ち着いていた。
初めて見た時は度肝を抜かれたが、これで性能などは変わらないというのだから反則級の技である。
これも空間魔法……魔法鞄のような原理を応用していると言うのだが、その理屈や理論はきっと理解出来ないだろうと早々に匙を投げたのは正しい判断だったと思う。
「これが装置の核部分……らしい。まだ試運転もしてないからな……成功したら真っ先に報せる事を約束しよう」
加えて制作期間の短縮も同時に行えるらしく、そこはキビとバーバラの師弟が最も注力した部分らしい。
「さて、そもそも何故俺が武闘祭に出たか……話は逸れるがそれを説明しておこう」
外野からの野次はジャックの咳払いによって収まり、この国を訪れてから初めて自身の胸中を曝け出す。
「この国の王は民からの信頼も厚く、人情に溢れ、強く優しい王様だと誰もが言っていた。実際に拳を交えて実感したのは……その言葉に嘘偽りが無かった、そんな所だ」
まるで子供に教えるように一段上の高みから導くような戦い方は、力量と慈愛に開きが無ければ出来ないだろう。
「だとしたら何故、この国に蔓延している病を放置しているのか……考えたら段々とムカついて来て、取り敢えずぶん殴ってやろうと思ったんだ」
その言葉に声を殺してジャックは笑い、なるほどと合点が行ったように頷いていた。そしてそれは隣のパルも同様だった。
「結果として目的は達成した訳だが、そうなるとどうにも納得が行かない……何故そこまでの人物が民を救わないのかと……現状を打開しないのかと。調べている内に面白い事が分かった」
並べられた有象無象の顔を一瞥する。
どいつもこいつも保身に走りそうな卑屈な面構えをしており、あと数秒も眺めていれば縊り殺してしまいそうだ。
「勇聖教から送られてくる薬は一度集められ、そして法外な値段で取引きされる。それは今、ここに居る人物達によって企てられたものだ……そうだろう?」
突き刺すような視線と共に放たれた殺気はいとも容易く相手の正気を奪い、ある者は気を失い、ある者は逃走を試みる。
しかしそれも背後に立っていた兵士によって阻まれてしまい、醜く慌てる様子に少しだけ溜飲を下げた。
「証拠は……そうだ、証拠はどこに有る!」
大臣の声に何かに気付いたのか、勢い付いた群衆は形勢逆転とばかりに騒ぎ立てる。
そんな事を言ってしまっては自白しているようなものなのだが、困窮した状況がそうさせるのか……どうやら正常な判断は出来ないらしい。
「証拠……確かにこれまでの話はこっちが独自に調べた事で、それを信じろと言っても無理な話だ。だからこそ、少し悩んでいたのも事実……だったんだが―――」
そう言ってキビから一つの球体を受け取る。
それは禍々しい雰囲気を湛え、全ての光を呑み込むような黒い玉だった。
手に持てばずしりと重く、まるで人々の恨み辛みを孕んでいるような……耳を澄ませば怨嗟の声さえ聞こえそうな、そんな闇色の玉だった。
「これは偶然見付けたもので、優秀な探知役や実行役が居なかったらまず見付からなかっただろう」
そう言ってキビを見れば、相変わらずの目元を隠した布の隙間に笑顔が見えた。
「あの湖は生活用水に使われる訳でも無いらしいから、これがどういった理屈で砂塵症を誘発するのか見当も付かない……が、これにはある人物の魔力がべっとりと付着していたそうだ」
そう言って黒玉を大臣へと放り投げた。
触るのも穢らわしい……そう言った態度で大臣は一度受け取った物を慌てて手放し、黒玉がごとりと音を立てて床に転がる。
「安心しろよ。とっくに無害化してある」
そう言って狼狽える様子を眺めては悪い笑みを浮かべ、一部始終に侮蔑する視線を向ける。
「ブジョワ……貴様、レイジにあれほど言われた事がまだ分からぬと言うのか!!」
そんな空気を一掃するように獣王ジャックがいきり立ち、件の大臣に怒号を飛ばす。
「そそそ、そんなそんな……ジャック様、全てはあの男に似た子供の虚言に過ぎませぬ。どうか今一度、お考えを改めて頂くようお願い申し上げます……」
驚き飛び上がったかと思えばジャックには平身低頭の姿勢を見せ、ブジョワと呼ばれた男は自身の心と同じ矮小な体を更に小さくしては、しどろもどろに情けなく懇願した。
ジャックの口振りから英雄レイジとは過去に何らかの因縁が有ったらしく、生きているのだから当然捨て置いたのだろうが……どうせなら斬り殺しておいてくれればここまでの面倒にはならなかっただろうと激しく舌打ちをする。
「ゼロよ、今回の話はよく分かった……しかし、ここに集められた者達を悪として切り捨てれば、直ぐにでも国が立ち行かなくなってしまうのも事実……命だけは助けてやってほしい」
その結果が今なのだと本気で分かっているのだろうか……そんな責めるような視線にも動じず、獣王は射抜くように真っ直ぐな視線を向けて来る。
恐らく大半の人間は優しくあれ、人には優しくしろと育てられるだろう。しかし優しさだけではその多くが狡猾な者の餌食に合い、正直者が馬鹿を見るような結末に繋がるのだ。
ここの王もどうやらその口のようで、強さ以上にどこか努めて無理をしているように見えてしまうのは一体何が原因なのか……。
「切り出されなければ自分から言うつもりだったが、切った張ったは趣味じゃない……血腥いのは苦手なんだ」
そう言って一つの水薬を取り出せば、ジャックから途端に嘘つけと茶化される。
「これを人数分用意してある。今この場で飲み干す事……それが条件だ」
小振りな瓶に入った透明な液体は昨日、キビによってアシュレイへと渡った物だ。
「鑑定をしても?」
ジャックの提案に頷くと高価そうなローブに身を包んだ獣人が瓶を手に取り、携えていた杖を翳して詠唱を始めた。
「その水薬の名は『性向反転薬』と言う。効果は名前の通り、善人は悪人に……その反対もまた然り―――と、この本に書いてあった」
一冊の本を水薬と同様に魔法鞄から取り出すと、それを見たジャックが突然立ち上がる。
「それは……何故それを―――」
言い掛けた矢先に首を振り、平静を装い再び玉座へと腰を下ろす。
「これは自由国家の王都ホクトにて、とある商人から譲ってもらった物だ。こいつは不思議な本で、自分に必要な項目が何故か見付かるような仕掛けになっているらしい」
今まで見たはずの頁に新たに書き加えられているような節も有り、魔力を感じないにも関わらずそれがどういった仕組みなのか見当すら付かない。
「……そうだろう。それはそういう物だ」
どこか懐かしそうに眺めるジャックが気に掛かったが、恐らくそれはこの場でする話では無いのだろう。口数の少なさからそれを察する。
「これは恐らく人の世に有って良い代物じゃない……今回の水薬が良い例で、陳腐な材料にも関わらず恐ろしい程の効果を招く物が、きっと幾つも隠されているんだと思う」
そう畏怖する理由は今述べた通りで、こんな物が巷に溢れれば混乱は必至……最悪は国の崩壊に繋がりかねない。
それでもこの本に助けられて来たのも事実で、極力頼らないようにしていたのはそういう側面も持ち合わせていた。
「止めろ! 儂はこの国の大臣じゃぞ! 貴様等凡夫共より、もっともっと偉いんじゃ!!」
まるで子供のような駄々を捏ね、水薬を拒むブジョワ。
小さく溜め息を吐くと歩み寄り、ジャックへ目配せを行えば観念したように頷いた。
「嫌じゃ―――やめろ、やめろおおおお!!」
絶叫が部屋に響くとその大口は兵士によって開かれたままになり、そこへすかさず水薬を流し込む。
「効果には個人差が有るみたいで早ければ数時間、長ければ一日程度掛かるそうだ……それまではよく見張っておくんだな」
「……分かった。連れて行け」
投薬直後は放心状態となるのか、それとも自身の今後を嘆き絶望しているのか判別は付かなかったが、よろよろとした足取りで兵士に連行される面々。
玉座の間に充満していた怒気も漸く落ち着いて来ると、静けさを取り戻したかつての空気が漂い始める。
獣王は未だ何か思う所が有るのか、度々口を開きかけては押し黙っていた。
「どうして……ゼロさんはここまでして下さったのですか?」
そんな兄を見兼ねてか、助け舟を出したのはパルだった。
「どうして、か―――どうしてなんだろうな?」
言って自分で笑ってしまい、そう言えばどうして自分はこんな事をしているのかと気付く。
理由は色々と思い当たるのだが、全てが偶然のような出来事ばかりで少し可笑しかった。
「気に入った……のですか?」
パルの言葉に頷きこれが一番だと思う理由を述べる。
「この国の大雑把で曖昧で、豪快な所が気に入ったんだ。そりゃあ善人ばかりじゃないのは見ての通りだったが、それはそれで気持ちが悪いしな……」
そう言って自嘲気味に笑うと、漸くジャックが口を開いた。
「……我の不徳の致す所よ。許せ」
そう言って頭を下げる獣王を見て場内がざわつくと、衛兵や臣下から口々に擁護の声が上がる。
中には脅迫されていた事実を、甘言に唆されていた内容を、そういった余罪迄もが次々と明らかになって行く。
それでも慕われているのは間違い無く、皆の眼は一層の輝きを放っていた。これからはパルも居る事だ……心配は無いと信じたい。
「行くのか?」
獣王の問いに背中を向けたまま頷く。
(あ、そうだ)
思い出したかのように振り返り、再びキビに通訳を頼む。
「この剣は英雄様の使っていた物だと言われたんだが、なんて名前だったんだ?」
と―――。
外套を捲り、少し形状が変化した大剣だったが、それを一目見るなり首を振られる。
「そういった話は聞いてないな。あいつは何時も、馬鹿だの阿呆だのぞんざいに扱っていたさ」
何かを思い出し、声を殺して笑う獣王。
どうやら扱い難さは生まれついての事らしく、これからは少しだけ優しくしてやろうかとも考える。
「―――世話になったな」
獣王は溜息混じりにこちらを一瞥し、どこか懐かしそうな面持ちで遠くを眺めているようにも見えた。
それがどういう意味を持つ言葉なのか……それを知るのはずっと先の事だったのだが、この場合はグラムならどう言うか……そんな事を考えていたように思う。
(気にするな)
口だけを動かしそう告げれば、途端に獣王の笑い声が上がる。
部屋に響く咆哮にも似た獣王の笑い声を背に、一行は玉座の間から退室した。
(はー、やっと終わったー)
堅苦しい雰囲気からの解放は実に気分が良く、部屋を一歩出るなり思い切り伸びをする。
「あーんーたーねえええ……ああいう事をするなら一言くらい相談しなさいよ! いきなりやられたらこっちだってびっくりするでしょ!!」
案の定カルーアが怒ってしまい、小言の煩わしさに顔をしかめる。
「なによその顔は? 大体あんたはねえ―――」
「あの……」
そんな小一時間は続きそうな説教も、今しがた出てきた扉から顔を覗かせたパルによって中断させられる。
「お話中にすみません。宝物庫はよろしいのですか?」
そう言えばそうだったと、湧いて出た避難先の出現に喜ぶ。
一目散にパルの後ろへ隠れれば、それ以上は何も言えないという風にカルーアは口篭らせていた。
「えっと、ゼロさんだけでよろしいのですか?」
パルの言葉に一同は頷き、龍一とミルクは早速治療薬の販売準備に取り掛かると言っていた。
現物は大量に作っておいたので緊急で必要な人数分くらいは賄えるだろう。
キビ達は小さくなった製造機を稼働させるというので、何も予定が無い暇人だけが宝物庫へ赴く事となった。
「あんた、後で覚えときなさいよ……」
龍一に宥められながら連れ去られるカルーアに片側のみ口角を上げ、挑発するような笑みを向けておく。
「そ、それじゃあ行きましょうか……」
しかしそれもすぐに元通りとなり、大人しくパルの後ろに付いて行く。
王城の中は広く、宝物庫とやらがどこに有るのか見当も付かない。
内部の構造も然る事ながら、今まで見たどの屋敷よりも華美で豪華な内装に舌を巻いた。
「凄いですよね……私も久しぶりに帰って来て、驚いちゃいました」
聞けばパルが冒険者をやっていたのはこの国の為だったらしく、王位継承権を有する王族はその力を示す物なのだと言った。
(パルは王様になるのか?)
そう問えば首を振られてしまい、それならば何故危険を冒す必要が有ったのかと尋ねる。
「私は昔から、兄に守られてばかりだったんです……でも、そんな自分を変えたくて旅に出る事を決意しました」
掛けている眼鏡を贈られた事もその切っ掛けの一つだと言う。
「この眼鏡、本当に凄いんですよ! 流石はミリィ様です!」
そう言って外せば忽ち人族っぽく姿を変え、どういう原理なのか服装までもが直されている。
「ゼロさんはその、どちらの方が好みですか……?」
おずおずと尋ねるパルに首を傾げ、リーチの長さなら人族の方が有利だろうと返す。
しかし人獣姿もそれはそれで見慣れている事と、何より球団マスコットのような出で立ちは言葉に出来ない可愛らしさが有る。
「可愛いですか……えへへ……って、そうじゃないです! もう知りません!!」
喜んだかと思えば途端にむくれてしまい、足早に先を急ぐパル。慌てて後を追えば、これで良いんだと自分に言い聞かせた。
到着した先は宣言通りの宝物庫前で、先程の謁見の間と似たような造りになっている。
巨大な扉の両脇には歩哨が立ち、横の台座に取り付けられた球体はふわふわと浮かんでいた。
物々しい雰囲気の中、歩哨はこちらの姿を認めると恭しく頭を垂れ開門の声と同時に重厚な扉が開け放たれた。
あの王の事だ……どこか乱雑に、放置気味にされているのかと思いきやそうでも無く、理路整然と並べられた様々な物品達は皆一様に不思議な気配を携えていた。
「おお、お待ちしておりました」
猫のような犬のような老人がそう呟き、立派な口髭を揉みながらパルに頭を下げる。
口数少なく互いが頷き合えば、促されるように部屋の奥へと案内された。
歩を進める毎に背中からは微かな異音が発せられ、その度に共鳴する周囲のざわめきが気に掛かる。
魔道具同士何かを話しているのか、さえずり合う不思議な音色が嫌では無かった。
「こちらが目録に御座います。獣王様より仰せつかっておりますので、どれでも好きな物をお持ち下さい」
そうは言われても別段何かを期待して来た訳でも無いので、何の気無しにぱらぱらと頁を捲る。
宝物庫と言われるだけ有ってその効果は様々で、自身の能力を上げる鎧だとか切れ味が凄い武器だとか、そういった類の物が多かったように感じられた。
しかしこんな場所に保管されているのはそれなりの理由が有るようで、使用後の反動や魔力の消費量、そして何より相性が有るのだと目録には書かれていた。
(そりゃそうか……)
誰にでも扱える最強の武具……そんな物が有ればそれは忽ち争いの火種となるだろう。
理想と言えば聞こえは良いが、そんな物に頼らなくても済むくらいの力が欲しい物である。
そんなピーキーな能力の持ち主達を眺めていれば、再び背中から異音が響きある頁の前でぴたりと手が止まる。
(これは……)
書かれた内容に驚き、正に自分にぴったりでは無いかと思うと同時に、本当にこれが機能するのだとしたら誰が、何故、どんな理由で作ったのか悩んでしまう。
「決まりましたか?」
目録を最後まで読み終えると頷き、二つばかりの品物を頂戴する。
「本当にそれだけで良いんですか? 確かにゼロさんには必要かもしれませんけど、もっと便利な物も有るんですよ?」
「ほっほっほ……何とも欲の無い事です。此度の件、誠に有難う御座いました。獣王様のあのようなお顔、久しぶりに見る事が出来ました」
その言葉が本心から出る物なのだと、好々爺のような破顔した表情から素直に受け取る。
どうやら見た目通りの武力一辺倒らしく、それならあの人選なのも納得出来るという所か……。
「これからは私が兄さんを支えてみせます」
今回の事で思う所が有ったらしく、正門へ続く道中にパルは高らかに宣言した。
カーラやバーバラにはこれから打診するらしく、冒険者として生きていくかそれとも別の道を歩み始めるか……どちらに進んだとしても、きっと悪い結果にはならないだろう。
「あの、ゼロさん―――」
別れ際に呼び止められ振り返る。
両手を胸の前で合わせもじもじしているパルを見ていると、言い掛けた言葉の背後に国という大きな存在を感じた。
「……いえ、なんでもありません。お元気で」
薄っすらと浮かべた涙に無言のまま頷き、最後の挨拶を行う。
(―――またな)
その言葉は期待を持たせるだけの残酷なものだろうか。散々悩んで吐き出したものだが、この先の未来へ繋がるのだと信じたかった。
「―――ッ! はい、また!」
そうして王城を後にすると帰路へ着いた。
街中は昨日の戦闘痕がそこら中で見られ、ゴードンご自慢の可動式防衛砦も今は見る影も無い。
夜中に大挙して来た怪物達を迎え撃つ為に街中の家々が迫り上がり、階段状の要塞風に街が変化したのは確かに度肝を抜かれた。
加えて一軒に付き複数の砲門から魔法弾が放たれるのだから、怪物達としてもたまったものでは無かっただろう。
夜通し動いて文字通り泥だらけになり、朝が来れば泥のように眠った。
心地良い疲労感と何物にも屈する事の無くなった力はそれだけで気分が良く、一つ二つと振るう度に高揚感は確かに増して行った。
(これで、漸く届くのか―――)
己の手をじっと見詰め、力の限り握り締めると空を見上げる。
今は遠く、遥か彼方の魔剣へと思いを馳せた。
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