第四十四話 ~祭りの始末・後編~

《第四十四話 ~祭りの始末・後編~》


 そんな風に感傷に浸っていると、道行く人々は足並みを揃えて同じ方向へと走って行く。


 口々に治療薬の事を話し、それがワンニャン裏手の孤児院でのみ販売されていると意気揚々に話していた。


(……凄いな)

 一体誰の仕業なのか噂の広まる速度は凄まじい物が有り、それは裏を返せばそれだけ渇望されていた証とも取れる。


 人の流れに乗って歩を進めれば孤児院前へと到着し、案の定そこは昨夜の戦闘を彷彿とさせる戦場へと変わり果てていた。


「押さないでくださーい!」

「ちょっ―――押すなって言ってるでしょ!!」

「数には余裕が有るでござる! きちんと並ぶでござるよー!!」


 何時の間に用意したのか『ジャック様のお墨付き! 砂塵症治療薬販売所(仮)』という看板の下、ミルクやカルーア、龍一達が次々に襲い来る客を捌いていた。


 水薬を求める人集りは尚も増え続けており、このまま放置すれば瓦解するのは時間の問題だろう。


 片足に魔力を込めて大地に叩き付けると地面を揺らし、その轟音は一瞬の静寂をもたらす。


 皆の眼が一斉にこちらへ向くと武闘祭効果なのだろうか、固まったまますっと道を譲られた。


 先頭へ歩み出れば振り返り、音の無い声で語り掛ける。


(気持ちは分かる。とにかく並べ。数はまだ有る)


 俺の前に―――そういう仕草を交えて話せば分かってくれるもので、大変素直な態度を前に深く頷いた。


「助かったでござるよゼロ殿ー……」

 販売用のカウンターにだらしなく伸びては情けない声を上げる龍一。


 こういう場合の仕切りはトウとキビが群を抜いて上手いと思うのだが、どうやら製造機の設置から戻って来ていないらしい。


 そんな一幕もありつつ大人しくなった客達は順調に流れて行き、あからさまに怪しい輩にはカルーアが対処していた。


「ああ!? 売れないってのはどういう了見だ!!」

「一人でこんな量必要ないでしょって言ってんのよ! 何が目的か知らないけど、あんまりしつこいとドタマぶち抜くわよ!!」


 日に日に口が悪くなっているような気もするが、どこでそんな言葉を覚えてきたのか心配になってしまう。


 今までの金額がおかしかったというのもあるが、流石に銀貨一枚はやり過ぎではないだろうか……これでは原価というか、普通の方法では赤字だろう。


 幸い容器は勝手に出て来るのでそんな事にはならないが、龍一が決めた値段ならそれも良いのかと納得していた。


 だがしかし―――そんな考えも直ぐに甘かったと思い知らされ、大量の銅貨を握り締めた一人の客を見るなり己の傲慢さを思い知らされた。


 今の自分にとっては取るに足らない金額であっても、それすら難しい者が居るのも事実……正直、目が覚める思いだった。


「大丈夫でござる。拙者が立て替えておく故、持って帰ってあげるでござるよ」


 獣人の男性から数枚の銅貨を受け取り、その手を取って優しく囁く龍一。


 涙声のまま何度も礼を述べて立ち去る獣人はその手に水薬を握り、家で待つ我が子の為に走って行った。


「あ、あはは……甘い、でござるよな。作ってくれた方に大変申し訳なく思うでござるよ」


 そう言って罰が悪そうに笑う龍一へ首を振り、そこは個々の裁量で構わないと告げた。


 しかしそうなると転売などで儲けようとする輩が気になるのだが、数日もすれば製造機も稼働するだろうし今までのような高値にはならないのかと思い至る。


 こうして水薬の販売が順調に進んでいた矢先、事件は起こる。


 売れども売れども長蛇の列が終わる事は無く、目の前の行列がどこまで続いているのか見当も付かない。


 龍一の宣言通り在庫にはまだまだ余裕が有るのだが、それは客足にも同じ事が言えた。


 そんな折―――

「はーい、どいてどいてー……っと、無許可での水薬販売は違法でーす」

 孤児院の入り口脇、臨時の販売所へとやって来た一人の女性がそう発した。


 見れば何時ぞや龍一に罵声を浴びせた商業ギルドの受付嬢で、名前は確かメイ……だっただろうか。


 行列を邪魔だとばかりに片手であしらい、まるで汚い物でも見るかのような視線を向けている。


 自分より劣る者でも見るかのようなその視線は実に不愉快で、先日のやり取りを思い出しては怒りを押さえる事が出来ない。


「なに? あんたがこの薬を売ってたの? ふーん……でもま、そういう訳だからさっさとしてくれる?」


 横暴な態度に怒りが加速度的に膨れ上がると、メイの背後に立っていた取り巻き連中の態度も鼻についてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってほしいでござる。販売の許可はきちんと獣王様にいただいて―――」

「商業ギルドはまだでしょ? そんな訳だからー、ごちゃごちゃ抜かしてないでとっとと全部の在庫を出せって言ってんだよ!」


 あの時と同じく醜く歪ませた顔を龍一に向け、性根が全面に押し出された表情で凄むメイ。


 瞬間的に冷静になれたのは前回同様、自分と同等かそれ以上の怒りが有った為で……既に引き絞られた弓は張り裂けそうな叫びを上げていた。


「なぁにぃ? また暴力ですかぁ? そこのチビガキと言いあんたと言い、やれもしないくせにそうやって脅すの、いいかげん止めてもらえますぅ?」


 態とらしく語尾を伸ばし、挑発するような口調をカルーアにぶつける。


(待てよ。大丈夫だから……)

「何が大丈夫なのよ! こんな奴等、絶対に―――」

 そう言いかけて視線を移すと、途端に青褪めるカルーア。


 これまでの外に向けるだけの殺気とは違い、暗く静かな殺意を前にゆっくりと弓を下ろすしか出来なかった。


 自身の水薬をカウンターの上に置くとそれに倣って龍一も続き、ここに有る在庫はこれで全てだと身振り手振りで示した。


「そうやって最初から大人しくしてれば良いんだよ。余計な手間ぁ掛けさせやがって……」


 口汚く罵っては覗き込むような仕草をしており、それは龍一と同じような鑑定の方法だった。


「嘘は吐いてないみたいだな……っと。よし、持って行け」

「はい!」


 メイの号令に従い次々と運ばれて行く水薬達。


「ああ、それとあの郊外の馬鹿でかい装置……あれも商業ギルドの所有物になるから、勝手に動かすんじゃねーぞ? 馬鹿みたいにせっせと作ってくれちゃって……ほーんと、ご苦労さんって感じよねぇ」


 そう言って取り巻き連中と高笑いを繰り広げるメイ。もう何を言う事も無く、その光景を笑顔のまま黙って眺めていた。


「じゃ、そんな訳だから。もう勝手な事すんなよー」


 先日あの場に居合わせた人物達と相違無い事を確認し、慌てふためく龍一へゆっくりと言葉を伝える。


「直談判……でござるか?」

 その言葉に頷き、今並んでいる人達への通達を頼む。


(こうなった以上、もう一度王様に頼んでみるさ。正面から対立すれば余計な面倒に巻き込まれかねないからな……心配するなって、明日になれば全て上手く行くさ)


 そう言って普段以上の様相を決め込み、龍一へこの場を収めてくれるよう説得した。


(そう、明日になれば―――な)



「いやー、それにしても傑作でしたね。あいつ等の顔ときたら……」

「ほんとにそう! それにしても何か裏でこそこそやってると思ったら治療薬だって! 馬鹿よねー、私達に楯突いて無事に居られる訳が無いっての!」


 夕暮れ時、逢魔時……路地裏の酒場から異世界人篠崎皐月こと、メイとその取り巻き達が出て来る。


 取り上げた水薬をギルド倉庫に置き、一仕事終えると仲間内で祝勝会を兼ねた酒盛りを繰り広げた後だった。


「でも大丈夫ですかね……あのチビ、武闘祭で優勝したって……」

「かんけーないかんけーない。商業ギルドに逆らうって事は、そこに加盟してる全ての国に歯向かうって事なんだから!」


 自身の勝ちを揺るぎないものと確信して饒舌に語るメイ。その光景を暗闇から二つの双眸が覗いているとも知らずに―――。


「じゃーねー」

「はい、お疲れ様でした! お気を付けてー!」


 分岐路で友人達と別れ、一人家路を歩くメイ。酒気は未だ抜けておらず、上機嫌のまま己が欲望を次々に口から溢し始める。


「取り上げた水薬は貴族連中に高値で売るとしてー、あれだけの本数があれば一生遊んで暮らせそうだなー……何本かくすねるか? いやいや、幸いギルド長はあたしの言いなりだしぃ、ふっかけた分はそのまま懐に―――」


 その瞬間、すとんと視界が下がった。


「え……」

 飲みすぎたせいか足元の感覚も曖昧で、上手く立てずにそのまま地面へ倒れ込んでしまう。


「なん、だ……これ……」


 不思議な感触が地面を捉えるとそこで漸く視線を向け、自身の惨状を目の当たりにしては喉が張り裂けんばかりの声を上げた。


「いやあああぁぁぁ!!」


 かつてそこに付いていた筈の足首から先は綺麗に両断されており、まるでそれが接続部だとでも言わんばかりに血の道が続いている。


 拾いに戻ろうと四つん這いのまま向きを変えると、背後の物音に気付くメイ。


「貴様が……貴様がやったのか!!」


 暗がりからゆっくりと現れたゼロは、たっぷりと間を取って小さく頷いた。


「みなさーん! だれかー! 誰かいませんかー! ここに凶悪な犯罪者が居ますよー!!」


 未だ完全に落ちきらない陽の光が二人を照らし、民家の路地裏に夕闇が迫っていた。


(いくら叫んでも無駄だ……お前の声は誰にも届きはしない……)


 そう言って足元に淡く輝く立方体を置き、長剣に付いた血糊を振り落とすと雑布で丁寧に拭い去る。


「あん? なんて言った……?」


 元より唇を読ませるつもりも無いらしく、平時と違い顔の大部分を外套で覆っていた。


 この時の為に用意した魔道具は二つ。


 一つは今しがた発動している『閑古鳥の箱庭:サイレンサイレント』と、もう一つは……抗えるのだとしたら、それは確かに宝物庫に有ったとしても不思議では無い代物だ。


「ふっ……くっ……」

 ゆっくりと距離を詰めるゼロから離れ、傷口の手当てに専念するメイ。


 斬り飛ばされた部分を片手に持ち、傷口に近付けて傷口へ水薬を振り掛ける。


(―――無駄だ)

 そう言って再び長剣を走らせるが、それは防御魔法によって弾かれてしまう。


 事前に聞いていたように半透明に光る独特な防御魔法は、円状に展開するとゼロの攻撃を無効にした。


 先の一撃と過去の例から見るに自身が視認している物にしか効果は無いようで、そうでなければあのような殺気だらけの一撃をまともに喰らったりはしないだろう。


「残念だったなァ! 待ってろよ、今直ぐに―――」


 凡そ同性とは思えない程の凶悪さを滲ませた表情は本当に人族かと目を疑うもので、そんなメイの言葉を受けたゼロは次の一手に打って出る。


 足元からずるりと這い出たそれを担ぐと、周囲に満ちていた魔力が瞬時に装填された。


「ま、待て―――止めろおおお!!」


 絶叫を掻き消すように肩口から一気に振り下ろされた戦斧は防御魔法ごとメイの足を再び両断し、地面に深い傷痕を残す。


「ぎゃあああああ!!」


 痛みに叫び、そのままのたうち回るとそれを眺めゆっくりと得物を引き抜くゼロ。


 刃先を確認するとその効果を実感し、二つ三つ頷けば長剣の時と同様に丁寧に血を拭っていた。


「ぐっ―――ふ、ふうっ―――」


 そんな悠長な間を敵が見逃す筈も無く、痛みで両の目からぼろぼろと涙を溢しながらも、メイは懸命に治療を始めていた。


 外れてしまった足を持ち、傷口に治癒魔法を当て修復を試みる。


 ゼロは戦斧を丁寧に置くと長剣を抜き、先の戦斧と同様に魔力を流し込む。


 ゴードン曰く時間が掛かったのはこの為で、それはかつて神剣に挑んだ副産物だと言った。


 剣閃が二度走るとこの日何度目かの絶叫が上がり、この狭い空間にメイの悲痛な叫び声が充満する。


(問題無いようだな……)

 性能を確かめるように思案しては頷き、対象の動きを無感情のまま観察している。


 恐らくはこの先に待ち構えている戦いに……これから先、確実に起こるであろう死闘に対しての頷きだった。


 人族の使用する魔法は詠唱を基本とし、それは自分達エルフと同じ方法の物だ。


 詠唱の短縮、破棄、または無詠唱で行使する事も例に漏れず、便利な反面その強度には天地程の開きが有る。


 精神面や心の強さも密接に関係しており、自身の置かれているこの状況もまた然り……今の状態では満足に発現させる事は難しいだろう。


(甚振るのは趣味じゃないんだが……全くどうして、こう何も感じないとはな……)


 両手の指を斬り落とされ、わなわなと震わせながら見詰めるメイにゼロが迫る。


(何もしなければ楽に死ねたものを……本当に、つくづくお前等勇者って奴は救い難い)

「さっきから何を―――ヒッ」


 闇そのものが顔を作り、そこに憎しみに満ちた双眸が付いていた。


(だが結果は変わらない……勇者は許さない。勇者は皆殺す―――)


 覗き込む為に折った膝を戻し、大仰な動作で背中の大剣を引き抜くゼロ。


「貴様……こんな事をして許されると思っているのか! 我がギルドに刃向かえば貴様は第一級の犯罪者―――」

「断て。バルムンク」


 ゼロの言葉に続き大剣から耳をつんざく怪音が響き、金属の擦れ合うような雄叫びは思わず耳を塞いでしまう程だ。


 あの大きさからは想像も出来ない機敏な動作で薙ぎ払い、後には首のない女の死体が出来上がっていた。


「喜べ……これが開戦の狼煙だ」


 数瞬遅れてごとりと地面に何かが転がると、そこで漸く橋桁から自身の姿を現した。


 ゼロは相変わらず血糊を丁寧に拭き取っており、まるで汚物を浄化するように神経質に何度も拭っている。


「酷い顔ね」

 普段とは別人のような顔付きに思わず口を突いて出た言葉がそれだった。


 こういう時にもっと気の利いた台詞を言えれば良いのだろうが、生憎とそんな気分じゃないのは重々承知している。


「後の処理はこっちでやっておく……あんたはさっさと戻りなさい」

 その言葉に素直に頷くのを見て少し安心した。


「ああ、それと―――」

 呼び掛けた言葉に足を止めるゼロ。


「キビが心配していたわ……そのままの状態で戻ったら、承知しないんだから」

 苦笑したような声が聞こえ、ゼロがこの場から姿を消した。



 戻って……来たのだろうか。


 隣室からの物音で部屋主の帰宅を察知すると、暫くして微かに水音が聞こえ始めた。


 自身の身形を確認すると目的の部屋の前へ……ノックの音にも返事は無く、相変わらず不用心なままの扉を開ける。


 水音は尚も聞こえたままで、時折動くような気配も有るので心配は無いだろう。その気配は酷く弱々しいものだった。


「ゼロ様……御戻りになられたのですね」


 扉の向こうのゼロへ問い掛けると水音が止んだのを聞き、部屋に脱ぎ散らかしてある衣服を片付ける。


 ベッドに腰を掛け待っていればゼロはすぐに姿を現し、普段着の少年がそこに立っていた。


 勝敗はすぐに決着が着き、一方的な内容だったと知らされたが……どうやらそこに嘘は無いようだった。


 勝手に入るな。何時ものようにそう咎められるものの、普段よりも覇気の無い瞳が酷く悲しいものに見えた。


「こちらへどうぞ。そのままだと濡れてしまいます」


 隣へ座らせると髪を拭き、丁寧に水気を拭き取る。


 お姉様の長い髪に比べれば程なくして乾いてしまい、お姉様の為に覚えた温風魔法も功を奏した。


「はい、終わりました」


 そう告げれば途端に立ち上がり、机の上に置いてあった酒をグラスに注いでいる。


 無理やり呑み込むように喉へ流し込めば、音の無い溜め息を一つ溢しているように見えた。


「……後悔、されているのですか?」


 万が一にも無い質問をする事で、その心中を吐き出させたい……そんな問いをゼロへ投げ掛ける。


 案の定首を振られれば二杯目を流し込み、再びの溜め息の後でゼロが話し始める。


『後悔は無い。商業ギルドを敵に回そうが国を敵に回そうが、そんな事はどうでも良い……勇者は殺すさ―――必ずな』


 決意の篭った眼差しに覚悟の深さを知る。


『ただ、そうだな……一つ懸念が有るとすれば―――』

「有るとすれば……?」


『このまま強くなり続け、神にも並ぶ力を手に入れてしまったら……俺はどうなるんだろうか……そんな所だ。何も労さず、気軽に他者の命を奪い、他の誰も並ぶ事の出来ない領域に足を踏み入れてしまった時、俺は―――』


 わなわなと震え出すゼロを見て徐ろに立ち上がると、そういう事であったかと思いその脳天に手刀を落とすキビ。


「えいっ」

 ぽこんと可愛らしい擬音でも鳴りそうな程の優しい攻撃に、思わず驚き目を丸くするゼロ。


「ゼロ様の御気持ちは分かりました。分かった上で申し上げる事、平に御容赦を―――」


 恭しく頭を垂れ、これから話す内容の非礼を先に詫びる。


「日毎に御強くなられるゼロ様の、努力や研鑽を否定はしません。ですが、一つの国の一つの場所で頂上に上り詰めただけ……目指す場所はまだ先に有るのでは無いのですか?」

『それは……そうだけど……』


「まだまだ先は長く御座います。それを畏怖するなど……自惚れも程々にして下さい」


 ぴしゃりと言い放った言葉に鋭い視線を返され、歯向かうような目付きにちくりと心が痛む。


『俺は怖がってなんか―――』

「いないと言うなら何だと言うのですか? 誰にも止められないと仰いました。それに此度の件や諸々含め、全てが御自身の力だと言うのならそれはあまりにも悲しい事に御座います―――」


 言われて気付き、はっとしたように表情を改めるゼロ。


『それは……そうだな。すまない……』


 流石に虐め過ぎてしまっただろうか。そうして火を落としたようにしゅんとする様はどうにも自分の中の何かをくすぐられてしまい、今直ぐにでも押し倒したい衝動が沸々と湧き上がる。


「事を済ませたばかりでは気持ちを落ち着かせる事も大事です。今一度、御自身がどうされたいのか、確りと整理されるのが宜しいかと―――」


 そう告げて再び頭を下げ、ベッドに腰を下ろすとゼロを優しく見守った。


 顎に手を当て無い髭を擦るような仕草をし、ぶつぶつと何かを呟いては時折苦笑していた。


 一頻り考え込んだ後は程良く残った三杯目の液体を飲み込み、やっとこちらへ視線を向けたので両手を伸ばし優しく誘う。


『色々と済まなかった……感謝している』

 そう胸の中で呟くゼロへ返事をすると

『ただ―――』


 これだけは止めてくれと腕に嵌められた輪っかを外されてしまう。


 それと同時にベッドへ横になると、明かりを落とした部屋に二つの影が重なった。

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