第四十話 ~武闘祭本戦 其の四~

《第四十話 ~武闘祭本戦 其の四~》


「お止めなさい!!」


 両者が発射の構えに入れば怒号と共に一人の人物が現れ、その容姿は見た事も無い綺麗な獣人の女性だった。


 顔立ちは凛々しく幾分幼くも有るのだが、振り返った横顔に不思議な既視感が同居している。


 人族に垂れた犬耳を付けたような女性の服装は微かに見覚えが有るもので、それは―――


「王女……」

「パル王女だ!!」

「パル様ー!!」

 観客席からの声でその違和感がパルなのだと理解させられた。


 カルーア達の席を見れば確かにカーラとバーバラの間に居たパルは居なくなっており、割り込んで来たこの女性が本当にパルなのかとその眼で見ても疑惑の念は拭い切れなかった。


「ごめんなさいゼロさん、秘密にしていて……ですが―――」

 そう呟いて獣王を睨み付けると、再び抗議の声が響き渡る。


「お兄様、いい加減にして下さい。仮にも一国の王ともあろうお方が、何を本気になっているのですか!!」

 と、獣王を激しく責め立てた。


「よくぞ戻った我が妹よ! ……ではない! 退けい! さもなくば共に撃ち抜くぞ!!」

「いーえ、引きません! もう荒くれ者だった昔とは違うのです! それにその技は人に撃たないと約束を―――ゼロさん?」


 必死に庇う素振りのパルを引き寄せ、無言のまま首を振る。


「駄目です! 危険過ぎます! ゼロさんは見たことが無いからそんな風に言えるのです! あれは人に、誰かに放って良いような物では有りません!!」


 目は口ほどに物を言うとあるが、なるほど確かにその通りだと納得する。


 姿形は違えど確かにパルで、その瞳は優しさと強さを兼ね備えていた。


(大丈夫だ。問題無い。こんな所で死ぬ訳には行かない……俺にはまだ、やる事が有るからな)

「でも……」

「くどい! 男同士の戦いに、割って入れるは神のみよ!!」


 その神様とやらにも横槍を入れさせる気は無いのだが、どうやらそういう事らしい。


「もう! 兄さんは何時もそうやって私たち女を除け者にして!!」


 憤慨するパルを再度向き直らせ首を振ると、邪悪に歪んだ笑みを浮かべるゼロ。


(男だ女だは関係無い。そういう些末な問題じゃない。強いて言うならこれは……意地の問題だ)


 前世でも馬鹿の極地みたいな話が有ったが、そういう不毛なクソ話を思い出せて良かったと感謝する。


 お陰で怒りも頂点に達し、右手に集まる魔力は更に増大して行った。


「ゼロさんまで……もう、本当に知りませんからね!!」


 そう言うとパルはすたすたと歩いて舞台を降りてしまい、その後ろ姿から怒っているのは一目瞭然だった。……少しだけ、後が怖いなと思う。


「さあー、試合もいよいよ終盤かー!? 突然の驚きがあったものの! ジャック選手腰を深く落とし、何やら大技の予感……かと思えば! 対するゼロ選手も似たような構えを取っているぞー!!」


 パルの口振りから察するに相当な威力の大技だろう。まともに喰らえば絶命は免れない……が、まともに喰らえばの話だ。


(最大限の抵抗は、この怒りと共に―――)


 溜まりに溜まった感情は更なる力を引き出し、あの夜に見せた一撃へと次第に近付いて行く。


「何がうぬをそこまで憤らせるのか我には皆目見当も付かぬ……しかし我とて獣王! この国最強の戦士として、最高の一撃で葬ってくれよう!!」


 舞台上には異音とも言うべき金属の擦れ合う不快な旋律が流れ、それはゼロと獣王それぞれの手から奏でられていた。


 両者共に暴れ狂う魔力を必死に抑え込み、赤と青……二つの膨大な魔力を己が手に纏め上げる。


「行くぞ、小さき強者よ! 喰らえ、至高の一撃……獣王羅刹掌!!」

 放たれた魔力の塊にありったけの想いを込めて撃ち返す。


 真正面からぶつかりあった二人の魔力は舞台上で拮抗し、撃ち出したままの姿で尚も魔力を送り続ける。


 体から急激に何かが無くなる喪失感を前に、必死に歯を食いしばり抵抗を続けた。


 しかしそれは獣王とて同じ事……ゼロの必死の一撃に勝るとも劣らない奥の手は、一進一退の攻防を見せ独特な螺旋を描いては最後にそれを貫いた。


「ああーっと! 両選手、盛大に吹っ飛んだー!!」


 獣王の攻撃は砕月を貫通するとゼロへ到達し、ゼロの攻撃もまた獣王の体を飲み込んだ。


 直撃の瞬間両者共に爆発に巻き込まれ、それはおよそ人一人が出せる力を遥かに超えていた。


「どっちだー……どっちが先に立ち上がるんだー!!」

 まるで水中の中にいるような状態で、遠くから実況の声が聞こえていた。


 噴煙が晴れると空は驚くほど青く、雲一つ無い爽やかな色に心が落ち着いてしまう。


(頑張った……方だよな……)


 元より誰かの為だとか、他人の為に頑張れるような殊勝な性格では無いのだ。


 一つ処の怒りを頼りにしてはみたものの、それとて長く続きはしない……そんなのは分かりきっていた事だ。


 よくやった。十分だ。頑張った。このまま負けを認めて皆の元に帰れば、きっと温かく迎えてくれる……漸く辛い戦いも終わるのか……そんな事を考えていた―――その時


『負けるな!!』


 目を瞑り、何かを悟っていた表情は一変し、かっと見開き飛び上がれば観客席を見渡した。


 声の方角は分からない。もしかしたら幻聴なのかも知れない。それでも……その声が、たった一言が、ここまで自分を奮い立たせ純然たる根源の怒りを思い出させてくれるのだから、なんと単純な事だろう。


「ふっ……やるな。我が渾身の一撃を喰らっても尚、まだ余力が有ると見える……」

 獣王は既に立ち上がっており満身創痍の体で呟いた。


「何がうぬをそこまで駆り立てるのか……俄然興味が湧いてしまうな」


 その言葉にちらりとカルーア達の方を見れば両手を胸の前で組み、祈るような姿勢のモカが居た。


(男だからな……格好の一つも付けたくなるもんさ)

 その言葉を聞き目を丸くしたかと思えば途端に笑い声を上げる獣王。


「わっはっは! そうかそうか……どこか似ているとは思っていたが、うぬも相当の女誑しのようだな! 我が妹も気に入っていた様子であれば、そうかそうか……」


 再び声を押し殺して笑ったかと思えば酷いレッテルを貼られた気がする。


(次が最後の一撃だ……俺の持てる全てをぶつける)

 そう告げて上空へ飛び上がると、晴空に翳りが見え始める。


 先程まで何も無かった筈の大空には次第に巨大な暗雲が現れ、雷鳴と共に一人の少年を中心に渦を形成する。


 何処からともなく供給され続ける魔力は掲げた右手へ収束を始め、それに伴って辺りに強風が吹き荒ぶ。


「馬鹿な……今まで以上の、魔力だと……」


 全ての試合で見せた必殺の技はその最大値を更新し続け、夥しい程の魔力と禍々しさが全てを壊せと少年を責め立てる。


(うるせえうるせえうるせえ―――俺は、俺の意志でやるんだよ!!)


 呪いのような何処からの言葉を振り払い、漸く獣王を見据えて発射の体勢へと移行する。


「来い! その一撃、余す事無く捻じ伏せてくれよう!!」


 その一言が合図となり、詠唱が完了したと同時にかつての英雄の得意技……砕月が満を持して放たれる。


 先程までとは比べ物にならない濃密な魔力の塊はその大きさが物語っており、舞台を優に上回る巨大な魔法を獣王がその身一つで受け止める。


「ぬうううう……!!」


 両手を広げ、塞がりかけていた傷口から血を噴き出し、両の足が沈み込んでもなお獣王は倒れない。


「―――どりゃあああ!!」


 拮抗を続けていたのも束の間、威勢の良い掛け声と共に魔力の塊が動いたかと思えば獣王はそのままそれを遥か彼方へと投げ飛ばした。


(嘘、だろ……)


 その様子を一部始終眺めていたゼロは力無くそう呟くと、覚束ない足取りでふらふらと着地する。


「ふっ……どうだ……大したものだろう……」


 獣王もまた体力の限界に来ているのか、覇気の無い言葉に思わず笑みが溢れてしまう。


 互いに全てを出し尽くしても未だ両者の足は地に付いており、無言のまま歩み寄れば互いの拳を叩き込む。


「おーっと! またまた両者倒れ込んだー!!」

 実況のお陰で状況が把握出来たのは幸運だった。


 仰向けに再び空を仰げば先程までの雷雲は姿を消しており、最後の力を振り絞って立ち上がる。


 痛い……久しく忘れていた感覚に全身が悲鳴を上げ、これまでのどんな訓練よりも過酷な状況に叫びたくなる。


 自分の体はこんなにも重かったのかと認識させられ、立ち上がろうと片膝を立てれば震えてしまい制御が出来ない。


 獣王に目をやれば状況は五分のようで、まるで鏡写しのように息を切らしながらゆっくりと動作を完了させる。


「何やってんのよー! 立てー! 立ちなさーい!!」

「ゼロ殿ー! 頑張れー!!」

「ゼロ様ー!!」

「行けー! がんばれー!!」


 人の気も知らないで勝手ばっかり言いやがってと吐き捨てれば、目の前の獣王はその二本の足で見事な直立の姿勢を見せる。


「流石だな……我をここまで追い詰めたのはあの馬鹿以来だぞ……」


 差し出された手を取り負けを認める……それも良いだろう。しかし体は以前として言うことを聞かず、片膝を突いたままの格好で動けずに居た。


 やっとの思いで右手を差し出そうとした瞬間、互いの手は取り合う事なく流れ落ちてしまう。


「おおーっと! ジャック選手、再び倒れてしまったー!!」


 ここで立てれば勝ちだ……その想いがほんの少し残った気力を増幅させ、膝に手を当て無理やり体を押し上げる。


「立った……ゼロ選手立ち上がりました! 武闘祭特別試合、勝者は―――」


(あ、やっぱ駄目だ)


 急に立ち上がった反動なのか、視界がぐるりと反転し一面が真っ白に覆われると脳天がぐるぐると回りだす。


 それに追従するかのように痛みは再びぶり返し、誰かに押されたようにがくりと膝が折れ、すとんとうつ伏せに倒れ込んだ。


「と思ったら再び倒れたー! どうだ、立ち上がれるのかー!?」


 審判のカウントにも最早焦る気持ちすら起きず、指の一本でさえ動かすのが億劫に感じてしまう。


 自分の体だと言うのにその存在が遥か遠くにあるような不思議な感覚を経て、獣王の声が耳に届く。


「……楽しかったな。また戦ろう」


 互いにうつ伏せのまま首だけを動かし確認すると、もう二度と御免だと素っ気なく突っ撥ねた。


「おーっと、ここで審判が両手を交差させたー! 特別試合の決着はー……勝者無し! だけど、だけどだけどだけどー! 物凄く……熱い戦いだったぞー!!」


 涙声の実況がそう宣言し、この試合の終了を知る。


(う、動けねえ……)

 緊張の糸が途切れれば指どころか口さえも動かせず、観ていた誰かが助けに来てくれないかなと呑気に構えていると


「―――ッ!」

 声にならない声を発し、優しく抱き上げてくれたのはモカだった。


「バカ! 本当にバカ! 無茶ばっかりして……!!」

 涙声のまま叱られてしまい、その表情を直視する事は叶わない。


 モカの肩越しに皆の顔を見れば一様に同じ様相を浮かべており、怒りと呆れが混在したような複雑な顔をしていた。


「ほら、お兄様……掴まって下さい」


 獣王の方を見ればパルや家臣と思われる側近によってその巨体を立ち上がらせており、抱えられている自分とは違い悠然と歩き出していた。


「ここまで良い試合だったのだ……祭りの後に、好きな褒美を取らせよう。考えておくが良い……」


 それでも傷口は塞がっていないのか、早くしなさいと催促するパルの一撃に小さく悲鳴を漏らしていた。


「ゼロさん……」


 パルはそれだけ呟くと深々と頭を下げ、その様子を無言のまま見詰めていた。痛いのは獣王だけでは無い……自分自身もまた同じなのだ。


(水薬を……)

 そう呟けばカルーアは忽ち慌てた素振りを見せ


「馬鹿言ってんじゃないわよ! そんな状態で水薬なんか飲んだら確実に死ぬわよ? ああもう良いから、治療は任せてさっさと眠っちゃいなさい!」


 そういうものだったかと思えばどうやらそういう事らしい。


 モカに抱えられながら舞台上から去ると、観客達から惜しみない拍手と共に賛辞の言葉が贈られる。


 口々に思い思いの言葉が降り注ぎ、その全てが今日の試合を称えるものばかりだった。


「これにて今年の武闘祭は終了となります! 皆様、数日後のお祭りでも存分にその力を今以上に! 今日以上に発揮してくれる事を祈っておりまーす! それではまた後日……御武運を!!」


 獣人族らしい武人然とした言葉で締め括られ、実況の声が終わると同時に閉会の花火が上がる。


 数日後にも祭りが有るっぽいのでなんとも目出度い話だが、程よい喧騒や勢いだらけの活気が嫌いでは無かった。


(後は……任せた……)

 そう呟けばモカやキビの頷く姿を認め、漸く長い一日が終わるのだった。

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