第三十五話 ~武闘祭前夜~

《第三十五話 ~武闘祭前夜~》


 翌朝。


 目が覚めればそこにキビの姿は無く、テーブル上のきちんと折り畳まれた衣服が自室へ戻った事を伝えていた。


 その日はカルーア達ともあまり顔を合わす事が無く、お陰で自分の用事を済ませる事に注力出来たように思う。


 モカと話をする為にワンニャンへ向かえばそこに彼女の姿は無く、代わりに物憂げな龍一の姿が有った。


 こちらの存在を認めれば一目散に駆け出し、昨日の事について何かを尋ねたそうにもじもじと口篭らせる。


「ゼロ殿。拙者は―――」

 そう言い掛ける龍一を片手で制しては後で聞くと言い聞かせ、一先ずは自分の用事を済ませる為に孤児院へと向かう……どうやら今日の話は程々に長くなりそうだと予感した。


 龍一の聞きたい内容など昨日の今日であれば、十中八九カルーアの事で間違い無いだろう。


 素っ気無い態度を取られようとも諦められる事では無いらしく、男らしい顔付きに少し驚いたのも事実だ。


 男子三日会わざれば刮目しろ的な話だろうか……三日どころか昨日の事なのだが、夢への手掛かりが見付かれば例え数瞬だとしても十分なのだろう。


 そうするともしこのまま全てが上手く行ったとして、二人が結婚などしようものなら龍一は自分の叔父になるのだろうか……。


 そもそもカルーアとリュカの母は血が繋がっていないのだから、その肩書きもどうなのかと頭を抱える。


「ふふっ……どうしたの?」

 モカの声に気付けば孤児院の前に到着しており、頭を抱えて思い悩む様子に問い掛けられる。


 そうだ……他人の事を心配している場合では無い。そんな余裕は無い。


 思えば昨日は断片的な情報しか伝えておらず、あのやり取りでモカがどういう風に感じたのかも分からないままだ。


 再び頭を悩ませれば余計な事も含まれ、膨らみ、ぐるぐる回り、どうやって切り出したものかと考える。


 そうした態度に終止符を打ったのはモカで

「座って話そっか?」

 そう言って石のベンチを勧めてくる。


 敷地内で遊ぶ子供たちを眺めながら、それでもまだうじうじ悩んでいると

「気にしてないよ」

 との声に顔を上げ、無言のまま見詰め合う。


「リュウちゃんもだけど……君も、人族にしては珍しいよね?」


 どういう事かと聞き返せば、獣人族はその歴史から対等の扱いに不慣れだと言う。


 現在はこれでもまだマシになった方だと言うが、それでもそういうものが完全に無くならないのは嫌というほど身に沁みている。


「あんな仕事してるくらいだし、普通はそんなに悩むものじゃないよ?」

 逆に心配されてしまい、情けなさが苦味となって口に残る。


 そういった冒険者同士の話や男相手に愛想を振り撒く仕事で有ったとしても、それとこれとは話が別だ。


 気にしてない。納得している。自分が望んだ事だと言われようと、はいそうですかと鵜呑みにするのは難しかった。


 しかし既にやる事をやってしまった以上は全てを白紙に戻す事は出来ず、これならばいっそ責め立ててくれた方がよほど気が楽だっただろう……そんな事を思うと頭の中に戒めにも似た怪音が激しく響いた。


 言葉にならならない単一の音色はそれだけで意味を成し、自身の考えの甘さを叱り飛ばしている……そんな不思議な音色だった。


(……俺の説明不足だった。済ま―――)

「それは良いの。それとも、後悔してる……?」


 謝罪の言葉を人差し指で遮られ、モカの問いに首を振る。


「何度も謝られちゃうと、忘れたいのかなって思っちゃうんだけど……」

 その言葉にもぶんぶんと首を振れば、その様子を見て満足気に笑みを漏らすモカ。


「それなら許してあげる。……って、許すも許さないも無いんだけどさ」


 そう言って気恥ずかしそうにはにかむ笑顔に漸く緊張が解け、ほっと胸を撫で下ろす。


 思えば初対面の時のような険しさは見る影も無く、日を重ねる毎に優しい女の子なのだと感じていた。


「だって、接客はそんなに得意じゃないから……」

(ん……?)


 まるでルピナのような返事の早さに眉をひそめ、しまったというモカの表情の先には銀色の腕輪が嵌っていた。


 やけに物分りの良い展開に納得すると同時に、どうやら一足先にキビとモカが接触していた事を知る。


(なるほどな……)


 これまでの自分の頭の中が筒抜けだった事を思い知り、恥ずかしさで逃げ出したくなる気持ちをぐっとこらえる。


「そんな事ない。嬉しかったよ」


 その原因から直接そうだと言われたとて収まるものでは無く、穴が有ったら入りたいとはこういう事なのだろう。


「その例えは分からないけど、そういう顔を見れて満足したよ」


 からかうような笑みに好きにしてくれと返し、混乱を極めた思考は遂に両手を挙げる。


「あの子の言った通りで良かった。ふざけた事を考えてたら―――」

(考えてたら……?)


 聞き返した途端、モカの拳が目の前でぴたりと止まる。


「一回くらい殴らなくちゃだからね!」


 座ったままの姿勢で繰り出したにも関わらず、頬を撫でる風は中々に凶悪だと感じた。


 曲がりなりにも冒険者なのだから当然だが、その一撃を貰う事が無いよう肝に銘じる。


「まだ旅の途中なんでしょ?」

 話が済むと孤児院の入り口まで見送られ、別れ際にそう問われた。


 その言葉に無言のまま頷き、それを見るとモカも頷き返す。


「その旅が終わったら、またここに寄ってよ。待ってるから」

 この旅の終着点を思い描き、皆が笑顔で揃っている想像は今の自分に眩しかった。


 理想通りにやれるだろうか。思い描いた未来を掴めるだろうか。先の見えないこの旅路の果てに、一体何が待つのだろうか―――。


 考え始めれば切りが無く、大小様々な疑問が浮かんでは消えて行った。


(……ああ。そうだな)

 そうやって精一杯の言葉を振り絞って頷くと、手に持たれていた腕輪を手渡される。


「キビさんに返しておいて……あ、気をつけて。それ国宝級の魔道具らしいから」


 なんの気なしに観察をしては普通の腕輪だと思い遊んでいると、その言葉に驚いてお手玉をしてしまう。


「ふふっ。気を付けてね」

 そんな魔道具を短期間で作れてしまう辺り、キビの技量の高さが窺える。


 師匠という呼ばれ方については言及していないが、彼女たちにもそれぞれの物語が有るのだろうと勝手に納得していた。


(明日、武闘祭の予選が始まる。前の質問の答え……になるか分からないが、一助になればと願う)


 それだけ言うと去り際に頭を垂れ、踵を返し孤児院を後にした。


 ワンニャンに戻ればやはり物憂げな龍一が一人ぽつんと座っており、窓の外を眺めては時折小さな溜め息を落としていた。


 その様子を眺めているのも面白いかと思ったのだが、ミルクからずっとあの調子だと聞かされてはそういう訳にも行かないだろう。


「ゼロ殿……!」

 近くまで歩み寄れば声を上げて立ち上がり、笑顔がすっと不安へと変わって行った。


(これを……)

 そう言って腕輪を差し出せばじっと見詰め、リリリがやっていたような覗き込む仕草を始める。


 恐らくはそれが鑑定の使用方法なのだろう。問題が無いと分かると腕に嵌め、こちらの考えを述べる。


(どうやら使用に問題は無いみたいだな……で、聞きたいのはカルーアの事か?)

「おお……ゼロ殿はこんな声だったのでござるな……」


 龍一の軽口に薄い笑みを浮かべて頷き、ゆっくりと対面の椅子へ腰を下ろす。


(他人の情報を喋るのは余り褒められた事じゃないから、答えられないものも幾つか有ることを事前に伝えておく)


 そう言って口元を外套で覆い隠し、龍一も神妙な面持ちで幾つかの魔道具をテーブルに置いた。


 しかしそれから待てど暮らせど龍一から言葉が発せられる事は無く、何を聞くべきなのだろうかと悩んでいる様子が先程の自分とよく似ていた。


(……何も無いなら帰るぞ?)

 その言葉には待ったと声が掛かり、時間の掛かりそうな気配に助け舟を出してやる事にする。


(カルーアへの求婚……あれは本気か?)

「それは……当然、なのでござるが……」

 驚いたように立ち上がり声を上げ、そうかと思えばしおしおと力なく着席する龍一。


 これはいよいよもって埒が明かないと思い、店員に酒と甘い物を頼む。


 ワンニャンの料理は龍一が言うように食い道楽のオーナーのせいで絶品なのだが、それ以上に輪を掛けて素晴らしいのは甘味なのだ。


 提供された生クリームたっぷりのパンケーキを丁寧に切り分け、時間を掛けて一匙の配分を完璧に整えていると


「ゼロ殿は笑わないのでござるな……」

 と、力なく龍一が呟いた。


 どういう事かと聞き返せば、かつての仲間たちからはそれはもう散々な言われようだったと言う。


 容姿外見は勿論の事、固有技能が調理と分かってからは虐げ蔑まされる日々だったと龍一は語った。


「幸い拙者にはこの世界の知識が有りましたからな。神聖国から逃げ出しても、日々の生活にそれほど困る事は無かったでござる」


 そうして今の生活が有るのかと思いきや、話はそう簡単では無いらしい。


「商人ギルドの受付嬢……あの方は『篠崎 皐月』と言って、拙者と同じ異世界の勇者にござる。今は名を変えて『メイ』として生きているようでござるな」


 龍一の言葉に心がざわつくのを感じ、それを一瞬の内に鎮める。


 目の前に座っているのは信頼の厚い友人では無く、何でも見透かす相手なのだと緊張感を以て次の言葉を待つ。


「以前は冒険者をやっていたようでござるが、それも上手く行かなくなっていた所を拙者と共にこの街へ……と言ったところでござる」


 同郷のよしみか……なんともお人好しな龍一らしいエピソードだが、次第に脱線していく話に不安が込み上げる。


「湿っぽくなってしまって申し訳ないでござる。こういった状況になった以上、拙者の人となりを知っておいて欲しかったのでござるよ」


 そう言って注文してあった茶を啜り、一息つくと今度はこちらから質問を投げ掛けてみる。


(何ていうかその……カルーアのどこを気に入ったんだ?)

 と―――。


 その言葉に驚き目を丸くしたかと思えば、一気呵成に次々と言葉を溢れさせる龍一。


 やれ瞳が綺麗だとか、髪が云々だとか、不躾な物の言い方にあの気性……その全てが龍一の琴線に触れ、心を揺り動かされるのだと熱の入った口調で捲し立てる。


(要するに一目惚れって事か……)


 その言葉に一瞬の間を置いて我に返れば、気恥ずかしそうに小さく頷いた。


「ゼロ殿に頼みたい事は一つ……モカ殿の事と似た内容で恐縮でござるが、カルーア殿とお話をする許可をいただきたいのでござる」


 予想外の言葉に今度はこちらが目を丸くしてしまい、てっきり脈は有るのかだとか、どういう誘い文句が良いのだとか、そういった話だと思っていただけにこの言葉には驚いてしまった。


「そういった事は自分で考えるでござるよ」


 一転して男らしい言葉に再び驚き、やはりそういう所は男同士で分かり合える部分だ。


 一見すると情けなく見える龍一の行動だが、根っこの部分では熱い物を持っている……そうでなければ諸々含め、現在の状況にはなっていないだろう。


(許可か……そんな物は元から不要だよ。カルーアは成り行きで一緒に居てくれてるだけで、誰かの所有物って訳じゃない)


 少し荒ぶる語気に慌てた様子を見せ、それを認めるとゆっくり頷く。


(勿論そういう意味合いで言ってる訳じゃないのも理解している。形式的な物が必要なのだと言うのであれば、じっくり話して友好を深めてくれれば良い)


 モカの事が有ったから許可をした訳では無い……と思いたい。


 これまで散々にからかわれてきた身としては、そういった浮いた話が出来れば反撃の機会も少なからず出てくるのでは無いか……少しだけそんな思惑も有った。


「深め……られるでござろうか?」


 舌の根も乾かぬうちに弱気な態度を見せ、思わずがくりと肩が落ちてしまう。


 どっちなんだと声を上げる前に宥められ、その真意を吐露する龍一。


「拙者はこの通り美男子ではござらんからな……この世界は至る所で美男美女の大安売りにござる。いささか気持ちが揺らいでしまうのもまた事実……」

 初対面で求婚した勢いはどこへ行ってしまったのか。


 一晩立って冷静になり、ふとそうした感情に襲われるのも分からなくは無かった。


(容姿や外見の話ならそこまで分が悪いって訳でも無いさ。エルフは全員が美男美女だから、逆にそういう方がモテるかも知れないぞ?)


 リュカの父カインの顔を思い出せば、美男子……というよりかは幾らか無骨で、優男というよりは戦士のイメージだろうか……少し薄れている記憶に悲しさが込み上げる。


(昨日の話でも有ったように、力こそ全てって感じだからな……争い事が苦手なら、道としては険しい事だけ伝えておくよ)


 自分と同じで目的を果たす迄は、きっとそういった話も考えていなかっただろう。


 心配しているのはトウとキビの二人くらいか……兎にも角にも何かの間違いが有って、そういう事になったとすればそれはそれで目出度い事だと思ってしまう。


「そう……でござるな……」

 何かを思い詰めたように表情に暗い影を落とし、遠くを見つめる龍一。


 カルーアとは短い付き合いだが、それなりに理解はしているつもりだ。


 自分と似ていると感じたのは正に今話した部分であり、そうした目的を第一に考えているところも無鉄砲なところも、結局は似た者同士だと思っている。


 一段落したところで話を切り上げ、明日の武闘祭について約束を取り付ける。


 一応観戦には来てくれるようなので、少しくらいの御膳立ては許してくれるだろう。


 ワンニャンから宿に戻ればそれなりの時刻になっており、夕食までは自室で水薬の制作や武具の手入れに勤しむ。


 そうしてカルーア達と夕食を共にし、まるで昨日の事など無かったかのようにあれが美味い、これが美味いなどとどこか上の空な会話に疑問を抱きつつも自分から何かを尋ねたりはしなかった。


 そして―――


「ゼロ様。少し宜しいでしょうか?」


 風呂上がりに聞こえたノック音の後に、自室を訪れたのはトウだった。


 エルフには風呂上がりに尋ねる習慣でも有るのだろうかと馬鹿な考えをしつつ、今まで座っていた椅子を勧めてベッドへ腰を下ろす。


「これを……」


 そう言って差し出したのは一枚の紙で、そこには事細かにびっしりと自分の知りたい情報が書き込まれていた。


「王城の方は現在調査中になります。武闘祭が終了する頃にはお手元に届けられるかと……」


 だとしても数日中という事か。彼女たちの情報網がどうなっているのか、考えただけでも気が遠くなる。


「お誉めいただき光栄です」


 淡々と抑揚の無い声で述べるトウの言葉に、同じ顔だとしてもそこに感情は乗っていない。


 思えばトウと二人きりで話す事というのはこれ迄にも無く、どうしてもキビと比べては事務的な口調に混乱してしまう。


 唯一見せた彼女らしい一面と言えば―――


「昨日の件ですが……」

 そう言って切り出した内容は龍一についてで、ある程度の調べはついているのだと言う。


「勝手な事をして申し訳御座いません……ですが、共に行動をしている以上、ゼロ様のお耳にも届けておくのが好ましいかと……」


 勝手に調べるのがそもそもどうなのかと思うのだが、身内の事で取り乱すトウの事だ……止めたとしても大人しく聞き入れられはしないだろう。


「リュウ様の仰った内容……あちらは本気で?」

 静かな水面を思わせる声にこくんと頷けば、その水面に僅かながらの波紋が広がる。


 少し……ほんの少しだが眉間に皺を寄せ、その感情がどういったものなのかは汲み取る事が出来ない。


 好ましくないのは確実だが、嫌悪感とは少し違うような……そんな面影を宿していた。


「人と森人が夫婦になったとして、それは本当に幸せなのでしょうか……?」


 尋ねるような口調に頷くのを躊躇し、ほんの少しだけ昔の思い出を手繰り寄せる。


 あの頃はまだ何も知らなかったとは言え、あの三人の間に何らかの柵が有ったとは思えない。


 思い出の中の三人は何時も笑顔で、幸せな家庭という絵に描いたような家族だったと思う。


(そういった問答は勘弁してくれ。それを決めるのは外野じゃない……だろ?)


 口篭らせて俯くトウに何時ものような覇気は無く、そこには敬愛する女性を心配する一人の女の子の姿が有った。


(言いたい事は分かる。トウの質問に明確な答えは出せないが、唯一言えるとしたら……龍一は良い奴だって事くらいだな)


 それも分かっていると無言のまま頷かれ、それでもまだ納得出来ないのか俯いたままもじもじと手遊びを始めるトウ。


 一頻りそれが済めば再び元の表情へと戻り、考えが纏まったのか次々と言葉を吐き出してくる。


「ゼロ様が心を許している以上、そんな事は分かり切っています。ですが、お姉様の幸せを考えた時に、どうしても過去の出来事を思い出してしまうのです」


 悲恋―――異種族間の婚姻にはこの二文字が付き物で、それは自身の生い立ちとも関係しており無視できる内容では無い。


(だとしたら……二人には頑張って貰わないとな)


 そう言って冗談めかして笑って見せれば、トウの顔は増々困惑の色を濃くしてしまい呆れられてしまう。


 自分がどう言ったところで納得されないのならば、せめてそう祈らずには居られない。リュカと、その両親がそうであったのだから―――。


(カルーアはどうなんだ?)


 夕食の時の様子から考えると無視出来ない程には意識してるといったところか……そう思っていた自分の考えは正しかったようで、似たような事をトウから伝えられる。


「ですが、戦えないとなると話は違います。お姉様は生粋の戦士ですから……戦えないと戦わないは、似ているようで全くの別物です」


 それはそうだと頷き、一貫して戦闘を行わない龍一に少し疑問が残っているのも事実だ。


 話していた内容が全てでは無いとは言え、一貫して戦闘を行わないのは何か理由が有るのだろうか……。


(ま、その辺は大丈夫だと思う)

「何か理由がお有りなのですか……?」


 トウの言葉に首を振り

(……勘、かな)

 と言って再び呆れさせた。


 何日か前に見せた大量の荷物を運んでいた事や、神聖国から逃げ出して他の国に亡命……になるのだろうか? をしたりと、人に頼んだのかも知れないがそれでも最初は自力でどうにかした筈なのだ。


 その辺りに意図的に隠された何かを感じては居たが、深く追求はしないでおいた。


 せっかく出来た友人というのもそうだが、偶には血生臭い話題から離れたいと思ってしまうのも仕方が無いのかも知れない。


「……畏まりました。それでは暫くの間、静観させていただきたいと思います」


 あの適当な内容で納得してくれたのかと思ったが、微かに口角が上がっているのが確認できた。


 トウ自身もカルーアを溺愛しているが、少しからかっている節が有るのは薄々感付いていた。


 その含みはきっと自分と思う所が同じだろうと頷き返し、明日の予定を確認すると静かに自室へと帰って行った。


「ゼロ様」

 と思ったのだが直ぐに戻ってきては、扉から顔を覗かせる。


「本日のお務めは如何がなさいますか?」


 そう言って自身のすらりとした脚も覗かせては、挑発的な視線を向けて来るトウ。


 それに対し片側の口角だけ上げて鼻を鳴らせば、謝罪と共に扉が閉められた。軽口を叩いてくれるようになったのは何よりだ。


 部屋の明かりを落とすとベッドへ潜り込み、ここ数日で膨れ上がった難問達を思い浮かべる。


 その全ては順調に消化できているように思うのだが、一人になるとどうしてもざわざわと胸の内が騒がしくなってしまう。


 それを押さえ込むように呼吸を整えると、就寝の合図のように頭の中に一つの音が小さく鳴り響いた。

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