第三十六話 ~武闘祭予選~

《第三十六話 ~武闘祭予選~》


「出場不可ぁ!?」

 武闘祭の受付前で、頓狂な声を上げるカルーア。


 獣王武闘祭と銘打たれたこの祭りに出場するべく、カルーア達と共に訪れると冒険者ギルドの受付嬢からそう告げられた。


「申し訳御座いません。こちらの手違いと申しますか……確認漏れと言いますか……」


 焦燥感が顔によく表れており、どうやら本当に悪いと思っているのだろう……嫌がらせの類では無いと信じられた。


「過去にも一度、こういう事が有ったらしいのですが……」

(何が問題なんだ?)


 そう尋ねれば原因は先日行った能力測定のようで、個人情報は厳重に冒険者ギルドにて管理をされていた。


 出場出来ればどうでも良かったので確認もせずに帰ったのだが、それが仇となったのだろう……ある意味で非は自分に有ると感じていた。


「本当に……宜しいのですか?」

 先日の測定結果を出して貰う際にそう確認され頷く。カルーア達に見られたところで何か困る事は無いだろう。


 筋力:B(A)

 体力:C(B)

 魔力:

 敏捷:B(A)

 知性:D(F)


 差し出された紙には各種項目と等級が記されており、あの頃よりも確実に成長している自身の能力を前に頷く。


 分からないのは括弧の中の等級と、空欄のままになっている魔力の部分だ。


「等級は各種数値によって定められています。括弧外のものは基礎値となっておりまして、括弧内のものは複合値になります」


 複合値というものがどういうものか分からなかったが、相乗効果的な話だろうか……その紙を取り上げるなりじっくりと眺めたカルーアが、笑い声と共に声を上げる。


「あっはっは! あんた知性の等級低すぎじゃない! ダメよー、もっとちゃんと勉強しないと―――」


 その言葉に無言のまま拳骨を落とせばうずくまり、殴られた部分を押さえて悶えていた。


 その点については思い当たる節が多過ぎて返す言葉も無いのだが、いざ他人から言われるとそれはそれは非常に腹立たしいものだと分かった。


(それで、どうすれば出場出来るんだ?)

 気を取り直して再度受付嬢に話を振れば、暫く待ってくれの一点張りだった。


 いよいよもってどうしたものかと悩んでいると

「良いじゃねえか。出場させてやれよ」

 と、後方からぶっきら棒な声が飛んで来る。


 振り返ってみるとそこに立っていたのは、入国初日に出会った一人の冒険者だった。


 あの時と同じようにその目元には仮面が掛けられており、大柄な体躯に大仰なマントがよく似合っている。


 簡素な造りの鎧からは逞しい手足が伸びており、その毛並みは白く、所々に黒い模様が走っていた。


 大男を見るなり受付嬢が跳ねるように立ち上がり、その表情は緊張やら羨望やらを含んだ複雑な表情をしていた。


「あ、あの―――」


 受付嬢の言葉はそこで途切れてしまい、大男を見ると口元に人差し指を当てて微笑んでいた。


 二人の様子を交互に見比べ、どうなるのかと成り行きを見守っていれば観念したように受付嬢が溜め息を吐く。


「……畏まりました。それでは特別に、ここで出場の許可を出させていただきます」


 その言葉に喜んでいると背後から大男の立ち去る気配を感じ取り、声の出ない自分に変わってカルーアが礼を叫ぶ。


 その声を背中で受け取ると右手を上げてひらひらと振り、無愛想だが漢らしい仕草に感謝した。


「……宜しいでしょうか?」


 数歩歩けば人集りが出来るのを確認し、その様子を眺めていた一行を受付嬢の言葉が臨時カウンターへと戻す。


 そこには先程の紙に代わり、一つの首輪が置かれていた。


「武闘祭出場者には皆、例外無くこちらの首輪を装備していただいております」


 茶色の首輪には中央に宝石のような緑色の石が嵌め込まれ、内側には魔法陣っぽい物と様々な図形や記号がびっしりと記されていた。


「大会期間中は常に身に着けて置くことをお勧め致します。出場者の通知はそちらにも送られますので……」


 獣人に首輪とは中々皮肉が効いていると思うが、本人達に異論が無いのならそれも有りかと思う。


「最後に……すみません、もう一度だけ測定をやり直して貰っても構いませんか?」


 あの結果に納得がいってないのは受付嬢も同じだったようで、その提案に頷くと先日使用した登録用の水晶玉に手を置く。


 暫く待てば淡く光り、台座の部分から先程の紙が印刷される仕組みのようだった。


「あら……?」


 それを見るなり不思議そうな声を上げ、先程の内容に加えて魔力の項目にはしっかりと『魔力:AA(AAA)』と書かれていた。


 桁違いな魔力の等級に驚くと同時に、本当にこれを扱えているのか疑問視してしまう。


「これは……驚きました……。こんな等級見たことが有りません」


 驚嘆する言葉はカルーア達の表情からも真実だと伝えられ、自身の中に渦巻く何かは背中からの自慢気な音色に掻き消される。


「それで、これなら問題無いのかしら?」


 呆然と眺めている受付嬢にカルーアが尋ねるとはっとしたように姿勢を正し、出場に関して問題が無い事を告げられる。


「申し訳御座いませんでした。登録は問題有りません……御武運を」


 そう言って首輪を手渡されると軽く頷き、その場を後にすると歩きがてら装着してみる。


 特にこれといった不具合は無いようで、意外にもしっくりくる感触に戸惑ったりもしていた。


 魔力に加えて他の等級も凄かったとか、日々の成果が表れていただとか、そういったやり取りに悪い気はしないもので


「驚きました……本当に」

 キビからそう言われればそれも一入だろう。


 遺跡のような闘技場の周りには出場者なのか観客なのか、とにかく人が大勢集まっていた。


 闘技場の外に作られた受付けの周りが特に顕著で、その更に両側には露店が延々と続いている。


 新年のお祝いも兼ねているのだろうか、この街に入って最大の活気に少し気圧されてしまう。


「互いの魔力を均す意味なら、あんたの魔力量は有利に働くかもね」

 どうやらそういうものらしい。


 露店で購入したホットドッグっぽい物を頬張りながら、カルーアからそう教えられた。


 有利不利はあまり考えていなかっただけに、今回の大会では何を目的として戦うのか未だ曖昧な自分に困惑する。


 最初は楽しい街の面白そうな行事に参加する……それだけが目的であっただけに、今までとは違う心模様に一抹の不安を覚えていた。


 そんな事を考えれば当然のように背中から諫めるような音色が聞こえ、そうしたごちゃごちゃを吹き飛ばすような怪音が鳴り響く。


(つまらない……事だったな)

 そう思えば次第にそれは収まり、何とか収拾を付けると


「おや、奇遇でござるな」

 そう声を掛けられ、視線を向ければそこには龍一とミルクが立っていた。


 奇遇も何も約束通りなのだが、それでもこの人混みだ……額に薄っすらと浮かぶ汗によってカルーアにバレないかと肝を冷やす。


「……なによ?」


 不機嫌そうな問い掛けに小さく首を振り、龍一の方を見ようともせず再びパンを齧るカルーア。


 その表情から龍一に対して何を思っているのか汲み取る事は出来ないが、嫌悪感や忌避感を感じない所を見ると満更でも無いのかも知れない。


 よくよく見れば何時もとは違う髪型に気付き、頭頂部に団子っぽい玉が出来ている。


 キビを見れば目元を布で隠しているものの、口元は微かに微笑んでおりこの光景を好ましい物として捉えているようだった。


 すると―――

(……行ってくる)

 例の首輪が微かに震え始め、試合の開始を告げていた。


「ゼロ殿、頑張るでござるよ!」

「予選なんかさっさと終わらせて来なさいよー」

「ゼロ様、御武運を」


 各々からの応援を受け取り、大声で入場を促している獣人の元へと駆け寄る。


 そういえばどこへ向かうのが正しいのか聞いていなかったのだが、首輪には案内機能も付与されているようで、正しい道順を進めば首輪からは心地良い振動が返ってくる。


 言葉を持たない物との意思疎通はこの数日でかなり慣れたように思え、丸っ切りの無駄じゃなかった事に少しだけ感謝する。


「さあー、今年も始まりました! 新年恒例、獣王武闘祭! 今年はどんな新星が現れるのか、はたまた昨年の覇者―――大会ニ連覇中の、あの男が活躍するのか!? どなた様もしっかりとぉ! その眼で! 耳で! 肌で! 是非楽しんでいって下さーい!」


 各所に取り付けられたアナウンス用の機械からは、女性実況者の威勢の良い声が響き渡る。


 闘技場の中は既に満員御礼のようで、薄暗い通路にすし詰めにされてもその熱気や歓声がびりびりと伝わって来る。


 緊張しているのかと問われるように背中から音が響けば、目を閉じて心を落ち着かせる。


 他の何者にも縛られない自由な時間を味わい、頭の中が次第にすっきりとしていくと目に闘志を宿して入場を始めた。


 降り掛かる巨大な歓声を浴び、出場選手達に混ざってそぞろに出ると、そこは獣王国闘技場内……試合用の舞台が幾つも用意されており、首輪によって導かれるように指定の場所へと案内される。


 観客席はすり鉢状になっており、前後左右どこを見ても人で埋め尽くされている。


 こんな中では到底特定の誰かを探す事など不可能で、声の馬鹿でかいカルーアでさえも飲み込まれてしまうのは必死だろう。


 戦いの舞台は大きな正方形の石造りとなっており、段差は自身の身の丈程も有る。


 東西南北に掛けられた階段から舞台に上がり、合計で八人が同時に戦いを行うものらしい。


 テンカウントやギブアップ、場外負けなども有るようで事前の説明をあまり聞いていなかった自分がトップバッターで無くて安堵する。


「お次は……ゼロ選手、こちらで装備を外してから舞台にお上がり下さいね」


 階段脇に控えていた係員の獣人によって促され、身に付けていた防具や背中の大剣を外す。


 外套も取ってしまえば運動前の装いに近く、違いと言えばこの国特有の裾がダブついたズボンくらいか。


 武闘祭では当然武器の使用は禁止されており、その他は相手を絶命させる事だとか、大雑把な制約は有るようだ。


 しかし急所への攻撃や視覚外からの攻撃は勿論、魔力に飽せた強力な魔法などは許可されているらしい。


 舞台へ上がるとそこには屈強な男達が立っており、誰もが腕に自信ありと思わせる風貌をしている。


 周りと比べて一際小さな自分を見ては、まるで示し合わせたように頷き始める参加者たち……そこを逆手に取って、思い切りをぶつける為にじっくりと魔力を巡らせる。


 首輪の効果によって魔力が均等化されるという事は、身体強化魔法の効果についても同様の事が言える筈だ。


 これまではどこか相手を思いやって加減をしていた物がここでは不要で、今の自分に出来る思い切りを出し切ったとしても、咎められる事にはならないだろう。


「それでは開始します……用意、始めっ!」


 係員の号令に合わせて一斉に男達に飛び掛かられ、迫り来る巨躯を呆然と眺めていた。


 大会に出場するだけ有ってその身体能力には目を見張る物が有り、離れていた距離を一息で潰せるのは彼等の実力なのだろう。


 向かって来たのは合計で六人……最後の一人は不意打ちでもするつもりなのかと思いきや、道着のような物を着込んだ狼っぽい獣人はつまらなそうに事の成り行きを見守っていた。


 男達の強襲を身を屈めて躱し、背中を向けるとぐるりと回転し蹴撃を繰り出す。


(えっ……)

 その一撃は綺麗に男達を纏めて弾き飛ばし、観客席まで高速で吹き飛ぶ様を見て思わず声を漏らす。


「すごい……すごいすごいすごーい! 第ニ舞台の少年、凄い一撃だったぞー!」

 実況の声に歓声が上がり、予想外の威力に興奮が高まって行くのが分かる。


 残る一人は悠然と歩を進め、対峙するとゆっくりと拍手する。


「見事な一撃であった。その齢にしてその膂力、私もまだまだだと精進せねばな……」


 まるで試合が終わったような雰囲気にそういう作戦かと勘繰っていると、係員から終了の合図を告げられる。


 どうやら八人同時の試合は二人勝ち残りらしく、それを延々と繰り返し十六人まで減らす仕組みらしい。


 当然試合が進めば実力者も増えて来るのかと思いきや、少しの休憩を挟んでニ回戦、三回戦と順調に勝ち残る事が出来た。


 取り立てて目を見張る程の何かを感じる事は無く、思えば初戦の獣人が一番の強者だったとすら感じてしまう。


 選手用の控室には様々な器具や治療専門の係員などが常駐しており、その中のベンチに腰を下ろして次の出番を待つ。


 じっと手を見詰め、強化された己の力を噛み締めると同時にどこまで行けるのかと考えていると


「よう。順調に勝ち進んでいるみたいだな」

 気さくな声に顔を上げれば、そこには先日の男……黒尽くめの黒衣の男が立っていた。


 今日の武闘祭に合わせて何時もとは違う出で立ちに、これはいよいよもって忍者の末裔か何かだと思わざるを得ない。


 口元を隠しているのは相変わらずなのだが、背中側に垂れた真紅のマフラーなのかスカーフなのか……それが妙に目に付きどこぞのキャラクターを彷彿とさせる。


「そう嫌そうな顔をするな。いまいち気乗りしていないお前の為に、少しやる気を出させてやろうと思ってな」


 先程までの試合ではどれも一撃で勝敗を決しており、襲い掛かる有象無象をちぎっては投げ飛ばしたりしていた。


 そのどれもに手応えや楽しさを感じる事は無く、充実感や達成感とは無縁だった。


「先日の約束に加え、お前の父の最期……それを教えてやる。どうだ、少しはやる気になったか?」


 からかうような男の声にすぐさま殺気を向けると、瞬く間に室内が騒然となる。


「おっと、戦うのはここじゃない……折角の舞台が有るんだ、せいぜい勝ち残るんだな」


 右手の親指で自身の左胸を叩き、そうすればやれるだろと言わんばかりに挑発的な笑みを浮かべる男。


 愉快そうに薄笑いを残して部屋から出ていった後も怒りは収まらず、そう言えばそうだったなと苦笑してしまう。


 思えばこれまでの戦闘は全て怒りに任せたもので、どうにもぱっとしない意識をどうしたものかと悩んでいたが……かなり癪だが、そこは素直に感謝した。


 首輪の案内によって呼び出され、怒りを携えたまま舞台上へ向かう。


 先程の薄らぼんやりとした腑抜けた意識はその一切が微塵も無く、漸くこの日初めての戦闘に気分が高揚していくのが分かった。


「よ、よう……」


 舞台へ上がればそこには先程の男がおり、格好つけて去った手前どうにも居心地が悪そうにしていた。


 予選最終戦と言えども勝ち残りがニ名なのは変わらず、その試合内容も変わる事は無い。


 見た感じ他の選手にそこまでの脅威は感じられず、これは自分とあの男で決まりか……周りを蹴落として、さっさと本戦出場を決めるか―――そんな事を考えていた。


「それでは用意……始めっ!」

(なわけねェだろ、ボケ!!)


 合図と共に飛び出し、黒衣の男へ一直線に向かうと魔力を帯びた拳が舞台を叩き割る。


 頂点に達していた怒りは視界を曇らせ、その一瞬の内に舞台上からは自分と仇敵以外の人間は姿を消していた。


「つよいつよいつよーい!! 四組目の本戦出場者はシン選手、ゼロ選手で決定だー!!」


 歓声に手を挙げて応え、シンと呼ばれた黒衣の男が振り返る。


 待ってるぜと口だけで伝えられ、先程と同様の仕草をして舞台から去って行った。


 その後ろ姿を苦々しく見送り、音の無い舌打ちをしては消化不良な苛立ちを残したまま闘技場を後にした。


(クソが……)


 悪態を吐き、殺気が服を纏っている状態の自分に近付く者など居ないと思っていたのだが、一歩外へ出れば歓声と共に人集りが出来る。


「私そこで武具店を経営している者です。良かったらウチの商品を―――」

「今晩の宿はお決まりでしょうか? まだでしたら是非当宿に―――」

「新作の水薬や各種材料に興味は御座いませんか? もしもご入用とあらば―――」


 等など……商魂逞しい商人達の売り込みに、これは堪らないと上空へ跳び出して逃げる。


 幸い揉みくちゃになり過ぎていたせいで抜け出した事にすら気付かれず、少し離れた地点に降り立ってはその光景を微笑ましく眺めていた。


 そんな騒ぎが有ったせいか衆目を集めてしまい、所々から熱の篭った視線が送られる。


 中でも一際その存在感を放っていたのが獣人の女性達で、艶めかしい仕草にふらふらと……誘われるように歩みを始める。


「ゼロ様……?」


 そんな忘我の状態をキビの一言で打ち消されれば、振り返った先に居たのは先程の面子とモカだ。


(ち、違う!)


 何も違わなくは無いのだが、咄嗟に出た言葉がそれだった。


 背中からは嘲笑うような音色が響き、カルーア達からは軽蔑にも似た眼差しが送られてくる。


「……ふ、ふふっ。大丈夫です、怒ってなんかいませんよ」


 そう言って微笑むキビを見れば漸く胸を撫で下ろし、やり取りを見ていた女性達も何処かへと消えて行った。


「あんた気を付けなさいよね。武闘祭で予選を勝ち抜くってのは、この国じゃ名誉有る事なんだから」


 苦もなく得られた物に対してそう告げられても実感など無いが、先の様子を振り返るにその言葉は真実なのだろう。


「しかし強かったでござるな。ゼロ殿の強さは何度か見させてもらっていたのでござるが、まさかあそこまでとは……」


 感心するような龍一の言葉にあんなもの半分にも満たないと返すカルーア。


 その言葉に大仰に驚いてリアクションを取る所を見ると、観戦中に少しでも仲良くなれたのだろうか……。


「でも……本当に凄かったよ」


 モカからそう言われれば咄嗟に首を振り、自分が望んだのはこんなものじゃないと眼で伝える。


「明日も南側に居るから、ちゃんと応援聞いておきなさいよ?」


 今日の内容を話しているとそんな事を言われ、そうであれば多少は見つけやすいかと思うもののあの人混みだ……そんな余裕が有るとは思えなかった。


「それで、明日に備えて今日はもう休むの?」


 道すがらカルーアがそう尋ねるのでそのつもりだと返せば、キビがすっと片手を挙げて一同の前に二人の人物を呼び寄せる。


 どこからか音も無く降り立った少女達の目元は布で覆われ、トウとキビが掛けている物と良く似ていた。


 仮面の両端からは長い耳がぴんと伸びており、目の前の人物が二人の従者だと理解する迄にそう時間は掛からなかった。


 差し出される一枚の紙を受け取り、自身が最も知り得たかった内容を余さず覚える。


「助かったわ二人共。ありがとう」


 キビの言葉に無言のまま頷き、少女達が踵を返し帰りかけたその時……片方の少女が振り返り初めて言葉を発した。


「今回はお姉様達の頼みだから協力した。でなければ、なんでお前なんかに……」

「お姉様達を泣かせたりしたら貴様の命……無い物と思え」


 追従するようにもう片方の少女もそう呟き、憎しみと殺意の篭った視線が向けられる。


 それは布越しでもはっきりと分かる物で、その視線で漸く先日の気配がこの子達の物だと判明した。


(……肝に銘じておこう)

 二人を叱るキビの声から逃げるようにその場から姿を消し、後に残ったのは静寂と手渡された紙だけだった。


 それを大事にしまうと口々に今のはなんだったのかと、説明を求める龍一達。


 エルフの国には徒弟制度でも有るのかと思いたくなってしまうような流れだが、自分の知る限りそんな物は無い筈だ。


 前を歩くカルーアに仕切りに質問を重ねる龍一を見て、よもや一日でここまで仲良くなるとは思っていなかっただけに首を傾げてしまう。


「お姉様はああ言ってますけど、リュウ様に言われたのが嬉しかったみたいですよ」

(何を?)


 聞けば観戦の為に二人で屋台を巡らせるよう手引し、その様子を遠くから観察していたらしい。


 あまり良い趣味とは言えないが、その話の続きがとても気になってしまうのも事実だ。


「もっと離れて歩きなさいよ」

「そう……でござるな。済まなかったでござる」


 最初は終始そんな感じだったらしいのだが、申し訳無さそうにしている龍一を見兼ねてカルーアが補足したのが発端だ。


「あんた、この街で商売してるんでしょ? この街で商売したかったら、私みたいなのと居たら悪い噂が流れるわよ?」


「そう……なのでござるか?」


 龍一のとぼけたような表情に、ダークエルフという種族が如何にして忌み嫌われているのか、歴史からも掻い摘んで簡潔に説明する。


 説明した内容は以前の物と似たもので、根拠の無い迷信じみたものばかりだ。


「左様でござるか。だとすれば、カルーア殿自身が嫌という訳では無いのでござるか……?」

「そりゃあ……求婚した相手を、無碍にしたりはしないわよ―――って、ちょっと!」


 カルーアが買い込んだ荷物を優しく奪い、足早に前へ出る龍一。


「その言葉だけで十分でござる。感謝するでござるよ」


 そんな龍一の言葉にもカルーアはふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いて照れ隠ししていたらしいのだが……容易に想像出来てしまうのが可笑しかった。


 二人の帰還前に元の場所へと急いで戻り、カルーアの顔が僅かに紅潮しているのを見つけたトウがそれを見逃す筈も無く、度重なる尋問の末に聞き出したのがその話と―――


(その話と?)

「戻って来る前にも一波乱あったそうです……どこが気に入ったのかと……」


 二人の初々しさに身悶えしそうになってしまうものの、それをぐっと堪えて続きを聞き出す。


「リュウ様はお姉様の声が、特に素晴らしいと仰ったそうです」

 キビの言葉にああと納得し、確かに特徴的で唯一無二かとも思う。


 その事を素っ気なさそうに話し、最後にはそっぽを向いて照れているカルーアもまた容易に想像出来た。


 ここまで来ると本当に二人が付き合ったりするのだろうかと、要らぬ世話を焼いてしまいそうになるが我慢しようと誓う。


 こういうのは自然の成り行きに任せる方が良いのだ。


 宿とワンニャンの分岐路で龍一達とは別れ、また明日あの場所でと約束を取り付ける。


 心身共に今朝と変わりは無く、特別な怪我や疲れは感じていない。


 唯一あるとすれば予選が終わってからと言うもの、何かを抗議するような怪音が響きまくっている事くらいだろう……おかげで話が聞きにくくて仕方が無かった。


(なんだ? 女好きの英雄の剣だっただけに、娼館にでも行きたかったか?)


 浴室でそう念じれば流れてくる音はぴたりと鳴り止み、誤魔化すにせよもう少しどうにかならないのかと呆れてしまう。


(生憎だったな……明日は本番なんだ。疲れを残すような真似なんかしねえよ)


 一日の汚れを落とし終えれば不測の事態に備えて水薬の確認や、武具の確認等を行う。


 闘技場内には警備の獣人達も多数居るのだが、どうにもこういうのはやっておかないと気が済まないものだ。


 一通りが終われば眠気が波となって押し寄せ、次第に大きくなる睡魔に船を漕ぐ。


 気付かない内に疲れていたとでも言うのか……緊張はしていたのでその反動かと考えながら、ベッドに潜り込むと目を瞑る。


 瞼の裏に映る光が次第に暗くなって行き、気の利くやつだと感心しながらゆっくりと意識を夢の中へと落としていった。

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