第十一話 ~奴隷商人~

《第十一話 ~奴隷商人~》


 翌朝。

 手入れ中に眠ってしまったにも関わらず、体がきちんとベッドに収まっていた。


 不思議に思い室内を見渡すとルピナがやってくれたのだろうか、武器や防具等が整然と陳列されているのを見て

(後で礼を言っておかなくちゃな……)

 と、胸に留めて日課の運動へ出掛ける。


 王都ホクトは広く、外壁の周りを走っているだけでも相当な距離だった。

 何時もと同じ速度では何倍も時間が掛かってしまう為、それなりに早く走ったつもりだったが北側を半周した所でリアモと同じくらいの距離となり、再び入国するとその日の走り込みを終える。


 豪華宿に戻ると浴室でシャワーを浴び、ルピナを起こし、身支度を済ませて朝食を用意してもらう。


 出された食事は確かに美味しかったが室内の空気に加え、控えているホテルマンや料理人など、前世でも受けた事の無い待遇は上品すぎて緊張してしまう。

 それはルピナも同じだったのか、表情は何時もより固かった。


 一泊で十分だと思い宿を後にしようとしたところ、昨日のホテルマンに呼び止められ待つこと数分……エバンズが慌てて駆け込んで来た。


「何か不手際が御座いましたかな?」

 心配そうに尋ねるエバンズにこれでは過分に貰い過ぎだと伝えると、今度は冒険者がよく利用する普通の宿を紹介してもらう。


「えっと、お気持ちは有難いのですが私達も冒険者です。料金もきちんとお支払いしますので、こちらの宿は一泊だけで十分です」

 ゼロが言った言葉を柔らかく訳すルピナ。


「なるほど、これは失礼致しました。貴方達はどうやら誠実なお人柄のようですな」

 別段そこまで意識はしていないが、おんぶにだっこでは居心地が悪すぎるだけだ。借りを作るにしても相手は選びたかった。


「もしも迷宮に入る事があれば魔石の買い取り等もやっております……北西に当商会が御座いますので、御入用の際は是非―――」


 そこまで言うとエバンズはハッとし、短い手足をバタつかせながら

「もしかして、これも余計なお世話でしたかな?」

 と慌てるので、その仕草がおかしくつい笑みを零してしまう。


(そんな事は無い。感謝している)

 礼とともに告げるとその様子を見て、エバンズはふっと短い溜息を吐く。


「貴方達のような、高潔な冒険者ばかりだったら良かったのですが……いえ、今は関係無い話ですな。ともかく困った事が有ったらお申し付け下さい。エバンズ商会は何時でもお待ちしておりますぞ」

 それではと別れの言葉を残し、昨日と同じようにエバンズは馬車に乗って去って行った。


 用意された宿の豪華さ、そしてエバンズ商会という屋号……物凄く偉い人だったのだなと思い、少しだけ恐縮する。


「なんだか気に入られちゃいましたね」

(だな。修理しただけだったんだが……)

 昨日の修理に関しても無料で行った訳では無く、対価として金貨を三枚貰っている。何が気に入ったのかは不明なまま、その足で紹介された宿へと向かった。


 目的の宿【黒猫の夜想亭】は西大通りの路地を北に入り、その突き当りに存在する冒険者用の宿だ。

 昨日ギルドで貰った冊子にも書かれており、古くからここで宿屋を営んでいるらしい。


 部屋は一人一部屋にしようとしたのだが

「それはゼロさんが一人になりたいからですか? それとも配慮ですか?」

 と、ルピナが詰問するのでやや後者寄りだと説明する。


「それなら二人部屋にしましょう。少しお得です!」

 ルピナは意気揚々と即決し、宿場町と同様に女将と交渉していた。確かに二部屋よりも幾らか割安で、少しだけ広いらしい。


 案内された部屋は金熊亭と似たようなもので、外観からある程度察してはいたが落ち着く内装に胸を撫で下ろす。


 入り口の右手には浴室兼洗面所の扉と、タンクの無いトイレの扉。

 左側には外套掛けのスペースが有り、部屋の中まで進むと右手側にベッドが二つとその脇にタンスが二つ。

 真ん中にはサイドテーブルと小さなランプが置かれていた。


 奥の壁は窓がニ面。間に円形のテーブルと椅子がニ脚……天井も高く、圧迫感や閉塞感は感じない。

 ルピナは興味深そうにきょろきょろと見回し、あちこちのスイッチや室内灯を確かめたりしている。

 ベッドの足元側に置かれた鏡付きの机は、恐らくルピナしか使用しないだろう。


 今日の寝床を確認し終え、タンスの中にルピナから渡された私物を入れていく。これから何日か世話になる宿だ、整理整頓は大事だと思った。

 本当ならばすぐにでも亜人領を目指すべきなのだろうが、先日言われたように旅費を稼がなければ話にならない。


「すぐに行くんですか?」

 ルピナの言葉に頷く。


(一番低い等級から始めてみて、様子を見ながら上げていこうと思う)

 迷宮探索はグラムと一緒だったり、単独でも行ってはいたがいずれも深い階層までは踏み込んでいない。


「回収や必需品の運搬はお任せ下さい」

 胸を張り、ドヤ顔のルピナ。何とも頼もしい限りだ。


 宿を出る際に本日の夕食を二人分頼んでおく。注文すればその場で作ってくれるそうだが、急に増えては迷惑かと思った為だ。


「子供がそんなの気にしなさんな!」

 そう言って頭を撫でられ、がっはっはと豪快に笑い飛ばす女将に、宿の経営者はどこも似た感じなのかと変な推測をしてしまう。


「えっと、迷宮ですよね……」

 そう言って冊子を確認するルピナ。


 迷宮はエバンズの説明通り王都の四隅に存在するらしく、北西のC、北東のB、南西のD、南東のFとなっているらしい。

 今朝走ってみて気付いたのだが、確かに王都の角ら辺は直角というよりもいくらか膨らみ、丸みを帯びていた。


 説明の通りならば其処に迷宮が存在し、高い壁は外の脅威を防ぐというよりも内に閉じ込める意味合いの方が強いのかも知れないと感じた。


「凄いですよね、街中に迷宮が在るなんて!」

(確かに……事故でも起きそうなもんだけどな)

 それだけ人や冒険者が多く、また優秀な者が多い証なのだろう。今までそういった事が無く、平和にやってこれたのはこの都市の成果の賜なのだと思う。


 Fの迷宮に近付くにつれ、あばら家や背の低い建物が増えていく。

 貧民街なのだろうか……道端に座り込み建物に寄り掛かって酒を呷る人物や、襤褸切れを身に纏った親子を多く見掛けるようになった。


「ゼロさん……」

(ああ、あまり目を合わせない方が良いな)

 物陰からこちらの様子を窺っている、複数人の息遣いがあちこちから聞こえた。


 気配はやや敵対的か……子供と女、屈強な冒険者達よりはいくらか組み伏せ易い等と考えているのだろう。


 そんな中―――

「迷宮へ挑戦ですかな?」

 この場にそぐわない、一際身形の良い男が行く手を阻む。


 エバンズと同じ様な背丈なのだが、身に着けているスーツは赤と黒の上下。丸眼鏡に口元の巻き髭。

 頭髪は七三に固められ、軽快に靴を鳴らしこちらを値踏みするように睨め付けて来る。


 如何にも怪しい風体だがその面持ちに敵意は無く、エバンズと同じような商売人の物と似ている気がした。


「ほ。坊っちゃんはなかなか人を見る目がおありのようだ」

「えと、坊っちゃんはやめてくれ……だそうです」


「これはこれは……失礼致しました。ゼロ様、ルピナ様」

 あまりにも害意が無さ過ぎて、それが一瞬自分の名前だと判別出来ない程だった。


 何らかの魔法でも使っているのかと疑いたくなる程、その声色が静かに響くのでどうにかこうにか柄に手を掛けると

「お待ち下さいお待ち下さい。お二人に何かしようっていうんじゃありません!」

 慌てて両手を前に突き出し、否定するようにぶんぶんと振り出す。


「来るなりギルドで大立ち回りを演じ、あまつさえ貴族様を殴り付けて無事な前途有望、将来性抜群な御二人に御覧いただきたい商品が御座います」

 少し棘の有る物言いだったがその言葉を信じ、ゆっくりと手を離す。


「さささ、どうぞこちらへ……」

 恭しく片手で促され、男が現れた路地へと案内される。道幅は狭く、人一人がやっと通れるかどうかと言う所だ。

 足元は少し湿っており、薄暗く、日当たりは最悪で微かに鼻を突く異臭もする。


(冒険者証を出したのは入場する時の衛兵と、シェールにだけだ。だとするとこの都市も決して、善良な者だけが治めている訳では無い……ってとこかな?)

 振り返り、ルピナを確認するとこくんと小さく頷いた。


 緊張しているのだろうか、何にせよ警戒は緩めない方が良さそうだと伝えぐっと気を引き締める。


「お入り下さい」

 とある建物に入ると其処には粗末な木のカウンターと、丸テーブルに丸椅子が四脚。天井から吊るされたランプの明かりが心許なく、隙間風で煽られるのか微かに揺れている。


 部屋の隅には屈強な体付きをした亜人の男がニ名。階段の上や男が消えた奥の扉からも、こちらを窺う気配がする。


(危険は無さそうだと思うが……)

『あの人、少し怖いです……心が、凄く静かなんです』

 ルピナが言葉を送って来るが、だとしたら凄い技術だと思う。変な事を考えてルピナを困らせない為にも、ぜひ御教授願いたいものだと思った。


「どうぞこちらへ」

 店の奥から再び男が現れそう言った。


 男の正体は既に分かっている……用心棒のような亜人の男達に付けられた装飾具。あれは奴隷の首輪だ。


 奴隷の首輪は別名隷属の首輪と言い、所有者以外の者が無理やり外そうとすると死に至らしめる呪いが掛かっていると、前にグラムから聞いた事が有る。


 そんな物騒なもんがごろごろしていたら危険過ぎると言ったが、それを有効にするまでには相応の道具や手順が必要らしいので、おいそれとは使用出来ないらしい。

 また魔力抵抗も効果があるようで、相当に弱っていない限りは心配ないとも言っていた……気がする。


『多分合ってます。だって……』

 歩を進める度、奥から感じる人の気配。しかしそれはあまりにも弱々しく、今にも消えてしまいそうな儚い物が複数存在する。


(大丈夫か?)

 ルピナにしてみれば自分を奴隷にしようとした人間と同じなのだ。問い掛けに対して頷く所を見るとなるほど、宵闇での特訓は精神面も強化していたようだ。


 扉を抜けると薄暗い廊下が伸びており、両側には同様の扉が等間隔で並んでいた。

 扉の前には奴隷の首輪を付けた人間や亜人が一人ずつ配置され、皆一様に襤褸切れを身に纏っている。


 しかし顔色や肌艶はどの奴隷も悪くは無く、清潔で、心身ともに健康そうに見えるのは照明のせいだろうか……。


「ここに居るのは大事な商品で御座います。商品の管理も商人としての腕の見せ所ですので……」

 大事に管理している、か。だとしてもやはりそこは奴隷……面持ちは暗く、表情に覇気は無い。


「ここに居るのは主に戦闘用の奴隷で御座います。値段はそうですな……金貨にすると千枚程でしょうか」

 その言葉を聞き一瞬歩調を乱してしまう。

 不規則な床鳴りを察してか、前を歩いていた商人が振り返った。


「御心配無く……お二人に本日御紹介したい商品はこちらです」

 何時の間にか廊下の一番奥まで来ており、商人が片手を上げると背後で一斉に扉の閉まる音がする。


「どうぞ中へ……」

 上げた手を胸の前へ降ろし、そのまま扉の前で恭しく頭を垂れる奴隷商人。


 室内は廊下と同じく質素な造りで、特に目立った何かが有る訳では無い。明かり取りの窓は有るが薄暗く、置かれている調度品も年季が入っていた。


 カビ臭い室内に横たわる一人の女性。寝ていても分かるほど整った顔立ち、長い金色の髪に尖った耳―――はあの日の―――リュカの―――

 肩を掴むルピナの力が少し強まり何とか平静を保つと


「こちらが当商会にて引き取らせていただきました森人……エルフに御座います」

 ベッドの上の女性は体調が悪いのか、時折うなされるように小さな呻き声を漏らしている。

 落ち着いて見れば当然だが別人で、髪は銀色に輝き肌は反対に暗い色をしていた。


「道端で行き倒れていたところ、当商会にて保護させていただきました。ご覧の通り既に衰弱しておりまして……鑑定士にはどうやら、厄介な呪いが掛かっていると言われました」


 解呪の魔法は使えるのかとルピナに尋ねるが首を振られ、当然だろうと納得する。

 受け売りだが呪術は魔法のそれと違い、奴隷契約にも使用される系統の異なるもの……らしいのだから。


「それで私達に何を……?」

 ゼロの言葉をルピナが伝えると、商人は深くゆっくりと頷き再び話しを始める。


「水薬作りが得意なゼロ様の事です……上級、もしくは最上級の解呪水薬をお持ちでしたら、特別にお安くお譲りしたいと思います」

 商人の言葉に目を見開き驚く。

 水薬作りなどリアモを出てから一度もしていないというのに、まるでそれが常識だと言わんばかりに落ち着いた抑揚のない声で言い放ったのだ。

 一体この商人はどこまで知っていると言うのだろうか……。


「……それならこちらから水薬を買い取るか、もしくは面倒な手順を踏まずに適当な人物に売れば良い、のではないですか……って、ええ!? ゼロさん、それは酷すぎますよ?」

 言い終わるとルピナが頬を膨らませて怒り出す。

 何とか冷静に返事をしたつもりだが、相手の思惑が分からない以上どうにかして探り出すしかない。


「ほっほっほっ、確かに確かに……奴隷商人と言えば世間様には疎まれ、忌み嫌われるのが常ですが……こちらにもそれはそれは、ほんの僅かながらに意地が御座います」

 商品管理がその矜持とでも言うのか、頼み事をする以上お互いにとって有益な関係を築きたいだけ……なのだろうが、邪推が只管に加速してしまう。


 こういう腹の探り合いは不得手だが、生来の気質がどうしても首を縦に振らせない。この商人の情報網だ……恐らくこの旅の目的についてもある程度は把握しているかも知れない。だとすれば自分に預ける意味も少なからず有―――


『ゼロさん!』

 ルピナの声で思考が中断され、顔を見合わせすまないと頷く。


「おいくら……なんですか?」

 これはルピナ自身の言葉だ。自分の未来だったかも知れない少女に同情したか、或いは値段だけでも確認しておこうという事か……ルピナの言葉に商人は人差し指を上げる。


「金貨百枚でどうでしょう? 戦闘に関してはC等級相当と窺っております。弓術や家事技能も、中々に高いそうです」

 先程までのにこやかな雰囲気とは一変し、冷酷な商売人の顔に戻る。


 どう返答するのが正解なのかと熟考していると

「分かりました。それでは二人で相談して決めたいと思います」

 と、ルピナが先手を打ちゼロの腕を掴むと、引き摺るようにして部屋から退出する。その間も商人の男は頭を垂れ、礼儀正しく二人を見送っていた。


 薄暗い廊下を抜け、用心棒達の横を引き摺られながら外へと出る。

 用心棒の男達はその様子に驚いていたが、ゼロは諦めたように片手を振っていた。


 奴隷商人と会った通りまで戻って来ると漸く解放され、開口一番

「ごめんなさい!」

 と、ルピナが頭を下げて来る。


(一体どうしたんだ?)

 普段強気に出ない……いや、たまに強気なルピナだが、こういう強引な行動は初めてだった。


 何時もどこか遠慮がちに、一歩身を引く彼女の事だ……何かしら考えが有っての事だと理解はしていた。


「いえ、考えは無いんですけど……ゼロさんがすごい悩んでいたので……」

(無いのかよ!)

 思わずツッコミを入れてしまうが、それでも頭を冷やす切っ掛けにはなったのだ。ここは素直に礼を述べるべきだろう。


「えへへ……でも、あの子のまだ生きたいって感情が凄くて、少し悲しくなっちゃいました」

(ふむ……)

 迷宮へ歩きながら暫し考える。


 商人の思惑などどうでも良い。考えても分からない事は一旦置いておき、今の自分に決められる事と言えば―――

「助けるんですか?」

 ルピナの言葉に首を振る。


(水薬作りは確かにやってる……いや、やっていたと言った方が良いかもな。水が出せるようになったから中級までは問題無い。でも、上級以上は専用の魔道具や高価な材料、制作用の本……それらが必要になってくる)

 落胆しているかと思ったがそういう事は無く、ルピナは胸を張りどんと拳で打つ。


「そういう事なら是が非でも迷宮を攻略しましょう!」

 そう言ったのだ。


 ルピナが言うには魔法学校の人物に会う為にも、特別な水薬を持参しなくてはならないらしく、その製作には上級以上の技能が必要らしい。


(……もう隠し事はしてないだろうな?)

「さて、どうでしょう?」

 悪戯っぽく微笑むルピナ。


(まあいい。それで、水薬作りと迷宮がどう関係している?)

 その言葉に頷くとルピナが説明を始める。


「迷宮の最奥には迷宮核が有るんですけど、迷宮踏破者には特典が貰えるらしいんです!」

 鼻息荒くルピナが答える。迷宮核の話は知っているが、特典というのは初耳だった。


 そういえばと王都の冒険者ギルドでグラムが嫌っていた技能の詳細を確認出来る事も思い出し、とりあえず戻ったら一回はやってみようかと思った。

 前世では忙しさにかまけて次第にやらなくなってしまったが、それなりにゲームや漫画の類は好きだったのだ。


(それでも今は……)

「はい! ここの攻略ですね!」


 目当ての迷宮の前に着くと衛兵が二人立っており、冒険者証の確認をしている。

 F等級の迷宮という事もあって人気なのか、入り口には順番を待つ四人組のパーティが並んでいた。


 迷宮の外観は洞窟のようで、外から中の様子を窺う事は出来ない。これはリアモ近くの迷宮でも同じ事だが、魔素の濃さが影響しているのだそうだ。


 その周囲には石段が組まれており、外壁と同じ高さの堅牢な壁がぐるりと入り口を取り囲んでいる。


「よーし、やってやるぜ!」

「あんまり張り切りすぎないでよー。治療するのは私なんだから」

 剣士風の冒険者が張り切り勇んでいると、その後ろから回復役の魔術士だろうか、白いローブ姿の女性が釘を刺す。


 その言葉に笑いが起き、意気揚々と迷宮へ消えて行く四人。

 かつてのリズもあのような感じだったのだろうか……彼女の辿った足跡を、期せずして踏む事になるとは思わなかった。


「今の相棒は私ですからね?」

(……照れるなら言うなよ)

 顔を覗き込み、少し頬を染めながらルピナが言う。


 ここに来てモテ期なのかと思ってしまうがリュカの容姿なのだ……それならばさもありなんという事だろう。


「それだけじゃ、無いんですけど……」

 ルピナの言葉に生あくびで返事をする。


 順番が回って来たので衛兵に冒険者証を見せると

「坊主達は初挑戦か? 自身の等級が高いからと油断せず、無事に帰って来るんだぞ?」

 絶対に何か言う決まりでも有るのか、しかしその心遣いに感謝しつつ軽く頭を下げる。


 冒険者証を大事にしまうと軽快な足取りで迷宮へ進む。

 何も今日明日で迷宮核とやらに辿り着く必要は無いのだ……どの程度自分達が出来るのか、確認の意味だけでも十分だと思っていた。


(そろそろ抜けるぞ)

 薄暗い通路が次第に明るくなる。前方からの話し声に危険は無さそうだと感じるが、気を引き締めて慎重に歩を進めた。


 何時ぞやの二の舞いになったとしても、助けてくれる魔剣はもう居ないのだから―――。

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