第十二話 ~王都のF迷宮~
《第十二話 ~王都のF迷宮~》
迷宮の第一階層は等級が低い事もあり、入り口の広間には多数の冒険者がたむろしていた。そこに居る冒険者の誰もが笑顔で、未来の自分の活躍に思いを馳せている風にさえ見えてしまう。
そんな若者達の生き生きとした表情を見ていると、何故だかこちらまでほっこりとした気分になるのだ。
「ゼロさんだって十分若いです!」
両手をぐっとして元気付けるルピナ。
(確かに……それじゃ、若者に負けず頑張りますか)
大きな伸びをして息を吐き出す。
広間の奥には複数の入り口が有り、初めての迷宮という事も有り手当たり次第進もうと思った。
(どこにする?)
「あっち……ですかね?」
ルピナに尋ねると暫く唸った後、六つのうち一番左を提案される。
見れば広間の冒険者達は次々に指し示した場所へと消えて行き、後を付いて行くと難無く第二階層へ降りる階段を発見した。
途中で怪物に出会したりもしたが前を歩いていたパーティがそれを倒し、危なくなれば加勢するとの声にも礼が飛び交ったりと、終始和やかな空気に拍子抜けしてしまったのは言うまでも無い。
「……まだ改変前みたいですね」
楽に越した事は無いと思い、ルピナの声に頷き第二階層へと進む。
第二階層は雰囲気が変わり、ここからが本番という事なのだろう……迷宮内だというのに眼前には広大な草原が広がっていた。
これには流石に驚きを隠せず、降り立った先で暫く呆けてしまう。
頬に当たる風、頭上の太陽……ここが何処か知らなければ、間違いなく外だと錯覚してしまうに違い無い。
(これは……凄いな)
ひたすら続く草原を前に言葉を無くしてしまう。
周囲を見ればそこかしこで戦闘が繰り広げられ、それは地平線の先まで続いていた。
「私達も行きましょう!」
まるで遊びに来たかのように、ルピナが軽快に駆け出す。この異様な光景に物怖じもせず、警戒もせず、ただ楽しむように……その足取りは一層軽やかだった。
(いや、それも若さかな……)
そんな年寄りくさい事を考えながら、次々と出現する怪物を撃退し始める。
草原を駆けつつ斬り倒していくのだが、右を倒せばルピナは左に。左を倒せば右を倒してくれるのでとても助かる。
リックに教えられたのだから当然かとも思ったのだが、相手の思考を読むというのは戦闘面では大きな優位性を確保出来るのだと改めて思い知らされる。
「うーん、無いですね……」
暫く戦闘を続けた後、昼食時にルピナがぼやく。どこかで購入していたのかサンドイッチを頬張り、木の上で周囲を見渡している。
この階層の怪物は主に角ウサギや猪などで、野生動物に近い種類が多かった。
唯一本当に怪物っぽいのは軟体生物代表のスライムくらいで、その奇妙な感触は戦鎚だけでは対処出来なかっただろう。
おまけに体液は酸性だとルピナが言うので金属製の武器とは相性が悪い。石板剣の出番かとも思ったがそうとはならず、ルピナが瞬く間に焼却してしまった。
そうして快進撃を続けていたのだが第三階層に続く階段はどこにも無く、まだまだ探し方が足りないかなと思っていると
「ボスがでたぞー!」
と、視線の先の冒険者が叫んだ。
注意して見ると彼の先に在った小山が動き、それは見る見る内に巨大化して行く。
風景の一部だと思っていたのは巨大なスライムで、先程ルピナが対処したものとは比べ物にならない程大きい。
(もしかして……)
「ええ。次の階層への手掛かりかも知れないですね」
急いで昼食を食べ終え、巨大スライムの元へと向かう。漸く新武器の性能を試せるのだと、少しだけ心が浮足立ってしまう。
(って、これは幾ら何でもでか過ぎるだろ……)
遠目には一軒家くらいの大きさかと思っていたのだが、近付いてみるとその三倍はあるだろうか……巨大スライムはゆっくりとだが確実に、巨体を駆使して冒険者達に襲い掛かっていた。
動き自体は緩慢だが触手のように伸びる鞭の部分は素早く、呆けているとたちまち絡め取られてしまうだろう。
(あぶねっ)
足払いのように地を這う触手を避け、後方へと退避する。
「大丈夫ですか?」
ルピナの声に頷き、右手を大剣の柄に掛ける。一息で鞘から抜き出すと両手で構え、全力の一撃を叩き込むべく準備を始める。
「援護は任せて下さい!」
そう言うとルピナは自身の周りに火の玉を出現させる。模擬戦の時に見せたあの魔法で、敵の攻撃を無効化しようという事らしい。
(ああ、任せた)
それだけ告げて駆け出すと、両脚に意識を集中して強化魔法を行使する。
通常よりも高い跳躍は一瞬でスライムの頭上まで自身を運び、そのまま脳天目掛けて大剣を振り下ろす。
力任せに、ただ殴り付けるだけの太刀筋だが威力は申し分無く、脳天からの一撃は爽快な音とともに地を割り、標的の体を見事に両断してしまう。
地面に叩き付けられた大剣をゆっくりと肩に担ぎ直し、振り返ると一瞬の静寂の後に歓声が上がる。そしてそれは次第に悲鳴となり、異変に気付いて再度スライムに視線を向けると
「ゼロさん!」
ルピナの言葉が無ければ避けきれなかっただろう。先程まで立っていた地面に触手が叩き付けられ、雑草が音を立てて溶けて行く。
(嘘だろ……)
分断されたスライムは再び結合し、その巨体は何事も無かったかのように活動を再開した。
迫り来る触手を躱し、弾き、ルピナの援護でなんとか元の場所へ辿り着く。
(なるほど……これは駄目だな)
「ええっ!? 諦めないで下さいよゼロさん!!」
ルピナの慌てた声が聞こえるが、思考は既に次の攻撃方法の模索へ移っていた。周りの冒険者達も果敢に攻撃をしているが、いまいち決め手に欠けるようだ。
分裂したとしてもすぐに親元へ帰り合体してしまうので、次第に焦りの色が見え始める。こういう時はどうするんだったか……昔何かで読んだ物の中に、手掛かりになる物が有った気がする。
しかし既にこの世界に来て十年以上が経過しているのだ……この身体の地頭が良いとは言え、元の性能は―――
「ゼロさん! 考えるのは後に……きゃっ」
ルピナが小さく悲鳴を上げて倒れ込むとその拍子に押し倒され、顔面が幸せな柔らかさに包まれた。
(……そうだ!)
「分かったんですか! ……って、きゃあああ!」
ルピナの胸を鷲掴みして立ち上がるゼロ。
(これだ! 固くするんだ!)
直ぐ様ルピナに殴られその場に倒れ込むも、よろよろと立ち上がりながら
(切っても分裂するなら固めれば良いんだよ!)
頬を押さえ、片手を握り締めて宣言する。
「……なるほど、お話は分かりました。でも、触る必要は無かったですよね?」
胸の前を片手で隠しつつ、疑念の眼差しを向けるルピナ。
(よし、やるぞ!)
「無かったですよね!?」
ルピナの抗議は敵の攻撃によって中断され、次第に激しくなる動きに防戦が続く。
石板剣の性能は中々のもので、注文通りのなまくらっぷりとまるで壊れる気配の無い確りとした作りに、確実な安心感が掌に伝わる。
「もう……分かりました。固めるんですね?」
背負鞄を降ろし、その中から一本の槍を取り出すルピナ。白銀の槍はその輝きを誇らしげに放ち、彼女の頭上で神々しく輝いた。
「この槍を見るのは嫌かも知れないですけど、今だけは我慢して下さい……」
そう言うとルピナは槍を水平に構え、魔法の詠唱を始める。
(水、周囲、氷、強化、風、創造……上級魔法も使えるのか)
巨大スライムの周りに冷たい空気が流れ始め、少しだけ距離を取るゼロ。周囲の冒険者達も異変に気付いたのか、ゼロと同じく退避を始めた。
「行きます!」
掛け声と共に柄を握り、上空へと飛び上がるルピナ。
「月華氷陣:プリズン―――」
魔法名を呟くと槍先に視認出来る程の魔力が凝縮されて行く。それは青白い電撃のような閃光を迸らせ、ほとんど球体となったモノの周囲を駆け巡る。
「ブリザァァァドッ!」
魔法名と共に槍を投擲するルピナ。放たれた白銀の槍はその身に魔法を纏わせ輝き、巨大スライムの裾へと突き刺さる。大地を抉る鈍い音の後、周囲が静寂に包まれた。
しかしそれも束の間……静寂は次の瞬間冷気の爆発によって壊され、突き刺さった槍から溢れ出すように魔法が具現化されて行く。
地面、脚、胴体、頭と、一目で分かる程凍りついていく様は過冷却の液体のようで、一息の間に巨大スライムは完全に動きを停止させた。
(すげえな……)
「ゼロさん!」
着地と同時にルピナが叫ぶ。
呆けて成り行きを見守り続けていたがその声に背を押され駆け出し、先程と同様にスライムの頭上へと跳躍する。
その身が折れるかと思うほど大剣を振りかぶり、全力全開……氷の塊へと渾身の一撃を叩き込む。
金属音と聞き違えるほどの高音が鳴り響くと、確かな手応えを感じ取りその身を空中で翻す。
地面に着地すると今は大人しくなった槍を拾い上げ、くるりと向き直ると背後で氷塊が音を立てて崩れ落ちた。
迷宮二層のボス撃破に冒険者達が歓喜の声を上げ、一連の戦闘が終了した。
「お疲れ様ですゼロさん!」
撃破のお陰かルピナはにこにことしており、触った事に対する怒りは鎮まったかのように見えた。
同時に先程までの真剣な表情も雰囲気も掻き消えており、普段通りのルピナがそこに居た。
人が変わったような真剣な顔付きは今まで見たどの表情よりも格好良く、不覚にも見惚れてしまったと言うのに―――。
「か、格好良いですか……えへへ……」
照れるルピナに槍を手渡し、大剣を納めながらどういう事かと経緯を尋ねる。
「この槍はかつて、魔王討伐を果たした大賢者様が使っていた杖なんです」
(杖……?)
「はい。杖なんです」
石突きから刃先まで白く、余計な飾りなど無い真っ白な槍……のような杖。
目を凝らせば薄っすらと柄に模様が彫り込まれており、微かに青い光を灯らせていた。
刀身は持ち手部分よりも幅広だが、言われてみれば殺傷能力は低そうだと思う。
「この杖はリチャードさんから託されました。きっと力になってくれると言われて……」
という事は神聖国からの返事は予想通りだったという事か……そうでなければ重要な証拠をわざわざ手放すなどしない筈だ。
「この杖本当に凄いんですよ! 手にすると勝手に呪文が浮かんで来て―――」
ルピナがそう言うと背中に衝撃が走る。誰かにぶつかられたのか、振り返ると赤い鎧に身を包んだ女戦士が立っていた。
真っ赤な髪を束ねて垂らし、それが頭の後ろでゆらゆらと揺れている。鉢金の下にある眉は凛々しく、口元に大きな傷痕が有った。
いつの間にか周囲に人集りが出来ており、不穏な空気に緊張が高まる。すぐさまルピナと背中合わせになり死角を潰すと
(ヤバいかな……)
『かも知れません』
と、二人で覚悟を決める。が―――
「お疲れさん。助かったよ」
そう言って微笑む女戦士。
「凄かったね! 格好良かったよ!」
「君たち昨日ギルドで暴れてた人たちでしょ? 大丈夫だったの?」
「あの魔法、上級魔法ですよね? 凄かったです!」
「二人だけなら是非うちのパーティに!」
などなど……称賛や勧誘の言葉を浴びせられ拍子抜けするゼロとルピナ。
「驚かせたなら悪かったね。文句が有る訳じゃないんだ……普通は共闘するもんだから、礼を言いたくてね」
どうやらそういう事らしかった。
(どういたしまして……かな?)
不意に訪れた穏やかな時間にふっと気を抜き、微笑み返すゼロ。ルピナは未だ質問攻めに遭っていた。
「採ってきたよー」
女戦士の背後から犬の亜人獣が人混みを掻き分け現れる。クリーム色のローブを羽織り、声と目の感じからして女性だろうか……垂れた耳と片眼鏡が印象的だった。
視線に気付くと女戦士の後ろに隠れてしまい片手をそっと差し出し
「ど、どうぞ……」
と、二つの小瓶を渡して来る。意図が分からないまま受け取り、中の液体を観察していると緑色の液体がうぞうぞと蠢いていた。
「あっはっは。驚いたかい? そいつはここのボスの体液さ。次の階層への階段は、そいつを持っていないと見えないからね」
顔に出ていたのだろうか、女戦士が愉快そうに言い放つ。
「それとこれを……」
再び差し出された手には、こぶし大程の球体が乗っていた。
紫色の球体は禍々しく、発せられる魔力の波長だろうか……見ただけで危険な空気を感じる。
「これ、ボスの魔石です。みんなで手伝って、取ってきました」
おずおずと差し出される肉球の上の魔石を受け取り、周囲を見遣ると皆一様に小さく頷くのでその了承を得る。
「アタシ達は労力無く次の階層への鍵を、アンタ達は労力に見合った金貨を……ってね」
人差し指を上げ、片目を瞑る女戦士。厚意に甘え魔石を受け取ると
「だ、大丈夫ですか?」
突然の声に振り向くと、ルピナが地面に座り込んでいた。
顔色が悪く、呼吸をするのも辛そうに肩をゆっくりと上下させている。
「大丈夫です……少し、張り切り過ぎちゃいました……」
駆け寄ったゼロに対し必死に笑顔を作るルピナ。
「あちゃあ……魔力切れかな? あれだけの魔法を使えば納得だけど、回復薬は有るのかい?」
女戦士の言葉に頷き、小瓶を取り出すと蓋を外してルピナに手渡す。一息でそれを飲み干すと気休め程度に顔色が良くなるが、依然として辛そうなままのルピナを見て渡された小瓶と魔石を背中の鞄へ入れる。
(今日はここまでにしておこう)
ゼロの言葉に弱々しく頷くルピナ。
「すみませんゼロさん……きゃっ」
座ったままのルピナを両腕で抱え、女戦士に向き直ると小さく頭を下げる。
「うん、無理は禁物だね。気を付けて帰るんだよ」
「あの、魔力切れは時間が経てば治りますので……お大事に」
二人の言葉に再び頷き、上層への階段を目指して歩き出す。人垣は割れており、歩く度に謝罪やら、心配する声が聞こえて来る。
『すみませんゼロさん。ご迷惑をお掛けして……』
(何度も謝らなくていい。ルピナが居なかったら長引いてたんだ、これくらいはさせてくれ)
そう言って安心させ、帰路へ就く。
もしもこれが最下層や、一人では対処不能な怪物の出現する階層であったらどうしただろうか……。不足の事態が不意に訪れる事や、それに対処する方法は幾ら有っても足りないのだと改めて痛感する。
迷宮の外へ出ると漸く回復してきたのか、ルピナが降ろしてくれと言うのでそれに従う。
「流石にずっとは恥ずかしいので……」
結構な人数に見られてしまったと思うが、また倒れるようなら運べば良いと思い並んで歩いた。
迷宮から北へと歩き、東門大通りへ辿り着く。そこそこの時間が経っていたようで、陽は高かったが夕暮れが迫っていた。
冒険者ギルドへ立ち寄り、巨大スライムから産出された魔石を受付で換金してもらう。対応してくれたのは昨日の受付嬢だ。
「凄いですね……完全な球体は久しぶりに見ました」
そう言って目の前に金貨が六枚並べられる。普通ならば数十人で分けるものらしいので、これくらいが妥当なのかも知れない。
可能ならばこれで資金を貯められるかも知れないと思うが、今日の結果を見る限りそれはよしておいた方がよさそうだ。
二枚を金貨のまま受け取り、残りをそれぞれの冒険者証へ入金する。
(これで今日の宿代は稼げたな)
そう言ってルピナに金貨を手渡す。
「はい!」
元気に頷くルピナだったが、そうは言ってもこのままではジリ貧だろう。それに奴隷商との件も有る……頭の痛い難題に、どうしたものかと再び思案する。
「あっ! 残りの魔石を出すの忘れてました!」
宿へ戻るとルピナが思い出したように発するが、所詮はF迷宮の魔石だ……売った所で二束三文にしかならないだろう。
「それでもお金は大切ですよ!」
と、ルピナが諭すように言い放つ。
(だとしても幸い保管場所には困らないんだ……ギルド以外でも買い手は居るみたいだし、エバンズの所に相談するのも良いかも知れないな)
そうだけ告げて戦斧と大剣を外し、ベッド脇の壁へと立て掛ける。
外套や鎧をタンスにしまい、盾や手甲の類を外すと漸く人心地つく事が出来た。
「それはそうなんですけど……」
少しむくれながらルピナが木製のコップに飲み物を注ぐ。それをそのまま差し出して来るので受け取り、礼を言ってから飲み干す。
ほんのりと檸檬のような酸味に加え、加糖してあるのか微かに甘みを感じた。
(様子見であれだけ出来れば上出来だろう。資金の問題は有るかも知れないけど、悲観する程じゃあない)
とは言ったものの現状で大金を手に入れる名案は浮かばず、悩みの種となっているのは間違い無い。
いっそのこと見なかった事にしてしまおうか―――そんな考えが一瞬よぎるものの、頭を振って邪念を掻き消す。
夕食を階下の食堂で摂り、太鼓判の押された美味な食事に舌鼓を打つ。
金熊亭と似たような献立では有ったがパンやスープ、主菜の厚切り肉やパスタっぽい麺類などどれもが押し並べて等しく美味い。
ナイフとフォークを両手に装備し、口いっぱいに頬張っているルピナも満面の笑みを浮かべていた。
食事が済んで自室に戻ると、ルピナに施術をしてもらい枷の負荷を上げてもらう。
「本当に大丈夫ですか?」
グラムの頃よりも更に強力にしているらしいが、意識一つで切り替えられるのだから問題は無いだろう。
立ち上がり、両手両足に重く伸し掛かる何かを感じると、ゆっくりと力を込めながら確かめるように各部位を動かす。
(……問題無いみたいだ。最近は調節も上手くなってきたと思うし、これなら日常生活でも効果が有ると思う)
グラムと居た頃は意識して切り替えた事などは無く、繊細な魔力の操作を咄嗟に行うのは苦手だった。
しかしこれからはそうも言っていられない……咄嗟の判断に体が付いて来なければ、全滅するのは目に見えている。
「全力は絶対に駄目ですからね」
念押しするルピナに素直に頷く。
トールと対峙した時ですら全力は出せなかったのだから心配はしていないが、そうなったらこの身がどうなるかは推して知るべしだろう。
そうしてこの日は早々に床に就き、明朝再び迷宮へ挑戦する事にした。
現状で出来る事と言えば当初の予定通り、迷宮の攻略……最奥に有るという迷宮核からの報酬がどういったものなのか、それを確認する事だけだ。
早朝―――何時もより早く起き、運動を済ませると寝惚けている尻を叩いて起こす。
「いひゃいです……」
やはり朝は弱いのか、立ち上がっても未だ両目は閉じたままだった。
大きめの部屋着は肩からずり落ちそうになっており、未だ眠そうに目を擦っている。
手早く朝食を済ませた後、朝靄の中迷宮を目指す。所々に夜気が残り、昨日と同じ手順を踏んで迷宮へと足を踏み入れた。
街中同様に迷宮内にも人影は無く、しんと静まり返った場内に息を呑む。
「静かですね……」
と、ルピナの声が響いた。人の気配が無いだけでこれほど様変わりするのかと、一変した迷宮内に少し緊張する。
王都F迷宮第二階層―――草原の階層は昨日と同じく、一定の間隔を開けて怪物が配置されている。
軟体生物のスライムに目付きの鋭い角ウサギ。鼻息荒く駆け回る小型の牙猪など出現する構成は同じままだ。
「ゼロさん!」
草原中の怪物達がこちらの存在を認めると、その全てが襲い掛かって来る。見えているだけでも四十匹超……しかし、多数の相手をするのは望む所だった。
(討ち漏らしを頼む)
ルピナにそう告げると一目散に駆け出す。
徐々に取り囲みつつある怪物達の波の手前で、戦斧に踵を掛けて下から引き抜くと同時に飛び上がる。石の大剣は既に上空へ投げられており、右手でそれを掴むとそのまま大地へと振り下ろした。
(三割……)
そう念じて続け様に、左手の戦斧を同じ場所へ叩き付ける。スライムは弾け飛び、牙猪は見事に両断されていた。
両腕に力が漲るのを感じ、一振り毎に気持ちが晴れていくのが分かる。ここ数日でどれほどの緊張と我慢を強いられていたのか、それが分かる瞬間だった。
(発散……か)
何時ぞやのグラムの言葉を思い出し、そういえば最近は酒を飲む事もしていなかったなと思い返す。
押し寄せる怪物達の波は徐々にその勢いを弱め、最後の一匹をルピナの魔法が焼き払い、戦闘は瞬く間に終了した。
(終わったか?)
「ですかね?」
この後の手順を知らないので、とりあえず小瓶を出してもらい手に持って歩いていると
「あそこじゃないですか!?」
ルピナが指し示した草原の一角に、下層へ続く石の階段を見付けた。
どうやら巨大スライムは出て来ないようで、小瓶のおかげだろうか遠慮なく三層へ降りる。
迷宮の第三階層はリアモの迷宮と似た造りで、降りるなり左右へ伸びる通路から始まった。
石造りの通路は所々に燭台が配置され、明るさに悩む事は無いだろう。通路の幅も天井も余裕が有り、戦斧や大剣を振るうのに問題無く見えた。
(さて、どっちに進んだもんかな……)
「そうですねぇ……」
ルピナがそう発した瞬間、不意に聞こえた風切り音。すぐさまその方向へと飛び出し、闇から飛び出して来た矢を腕の盾で弾く。
下手な体勢で受けてしまったせいか、それほどの弾速では無かったにも関わらずよろけてしまうと、直後に後方から通路の奥へ炎弾が放たれる。
「大丈夫ですか!?」
ルピナの援護に助けられ立て直すと、大剣を引き抜き両手で構える。
無詠唱魔法は命中しなかったのか、暫くすると三体のスケルトンがゆっくりと出現した。
前衛は二体。それぞれ手に長剣と盾を携えており、後方の一体は石弓を構えていた。
「牽制は任せて下さい」
人の目が無いからだろうか、何もない空間から白銀の杖を取り出し呪文の詠唱を始めるルピナ。
「イム・ハー・フラ・ムル……」
その言葉に呼応するようにルピナの周囲が青白く輝き、足元には円形の魔法陣が形成されて行く。
「火炎弾:フレイム―――」
かっと目を見開き敵を見据えると、魔法名の前半を呟く。そのまま杖を掴んで体を捻ると、青白い燐光が杖の刃先へと凝縮された。
「バレット!」
地面すれすれから振り抜かれた槍は、無数の炎を生み出しスケルトンへと襲い掛かる。
(えぇ……)
通路を埋め尽くす量の火炎弾達はあっという間に怪物達を消し炭に変え、後方を振り返るとまるで人が変わったかのような真剣な面持ちのルピナが、振り抜いた姿勢のまま硬直していた。
「あ、あははは……やり過ぎちゃいました」
気を張って構えていた自分が阿呆らしくなったが、それでも助かった事に変わりは無い。
消し炭が霧散すると魔石を拾い上げ、それをルピナに手渡す。
(牽制なら、無詠唱にしておく方が良いのかも知れないな)
「はい。ごめんなさい……」
落ち込むルピナを励まし、そう言えば二層は自分のせいでルピナの出番があまり無かったかと思い、同じく反省する。
「そんな事ありません! すっごく格好良かったです!」
きらきらと輝く瞳でそう言われては何も返せず、照れ臭く笑ってから大剣をしまい精一杯の平静を取り繕う。
その後迷宮の通路を進み、途中で現れてきた怪物達を漸く丁度良いくらいの匙加減で倒せるようになった頃、目の前に大きな木製の扉が現れる。
天井まで続くアーチ型の扉は縁が金属で補強され、およそ人間用ではない大きさにただただ圧倒される。
「ゼロさん……」
(ああ、ここが階層主―――ボスの部屋だろうな)
部屋の中から漂う何者かの気配に、明確な敵意が感じられる。
まるで挑発するように時折気配が強くなり、早くここまで来いと手招きしているようにすら感じられた。
余裕の表れだろうか……それならばと遠慮なく扉を蹴り開ける。
勢いよく開け放たれた扉から砂埃が舞い、それが収まると第一階層入り口と同じ様な広場が眼前に現れた。
目算で百歩程だろうか、正方形の箱が戦闘場という事なのだろう。部屋の隅には天井を支える様に野太い石柱が四本、その中央に巨大な人影が腕を組んで立っていた。
下半身は毛むくじゃらで蹄が有り、上半身へ進むに連れて体毛は薄くなり屈強な体が浮き彫りになって行く。
腕や胸元は再び長い体毛で覆われ、頭部は雄牛のように鋭い角が二本、天を衝いていた。
やっと来たかと言わんばかりに口角を上げ、傍らに立てていた両刃の戦斧を肩に担ぎ戦闘態勢を整え出す。
(ルピナ、頼んだ)
「はい! 任せて……下さい!」
上段から振り下ろされる杖から火球が生み出され放たれた。それは一直線に雄牛へと突き進み、直撃する寸前で片手で難無く弾かれる。
自身の強さを誇示するように笑みを絶やさず、その驕りが影となって忍び寄る死を気付かせなかった。
(三割……いや、四割か?)
枷を強くしたおかげか、ここまで逃げ出すような怪物は一匹も居なかった。それこそが自身への負荷の証明となっていた訳だが、お陰で階層主の油断も誘えたのだからルピナには本当に頭が下がる思いで一杯だ。
(悪いな。そんなに時間を掛けていられないんだ)
弾いた手を慌てて戻そうとするが間に合わず、下卑た笑みが恐怖に染まった瞬間……雄牛の首に大剣が叩き込まれた。
鈍い音と共に体勢が崩れ、後方へ倒れ込むと雄牛の体が輝き消滅する。
(今のは丁度良かったな)
後に残った玉のような魔石をルピナに渡しそう告げると、杖を両手で持ち照れたように笑みを浮かべていた。
そうして入り口とは反対側の扉を押し開け、階下へ続く階段を進むとそこから先は同じ道筋を辿る事になる。
通路を進み、階層主を倒し、更に階下を目指すの繰り返しだ。
出て来る怪物もそこまで特殊な何かが居るという事は無く、ゴブリン集団だったり巨大スケルトンだったりと、下層に進めば強敵が出て来るという法則みたいなものはあまり感じられなかった。
「迷宮自体に謎が多いですからね」
そういう物なのだろうか。だが言われてみればここまでの怪物で最も厄介だったのは、再生や合体を繰り返す二層の巨大スライムが突出していたと言わざるを得ない。斬ったり殴ったりで解決出来ない相手は苦手だった。
そうして第五階層の階段を降りると、漸く他の冒険者の気配を感じる。
ここに来るまで誰にも会わなかった事や、自分達が朝早く迷宮に入った事を考えると、昨日の内に入場していたパーティなのだろうか……。
「どうします?」
(うーん……)
人が居るならそちらに階層主の部屋が在ると思って良いと思うが、なるべくであれば誰にも会いたくは無いと思っていた。
友好的な人物かどうかなど、思考を読めるルピナでも無い限り不可能であり―――
(あ、そうか)
そこまで考えた所でルピナを見ると、こくんと小さく頷かれる。何をそこまで慎重になっていたのか、そういう事ならルピナに教えてもらえば良いのだ。
『頼ってもらえないと悲しいです……』
肩に置かれた手からルピナの冗談が流れ込んで来る。常に一人という意識が強すぎて、本当に失念してしまっていた。
(すまない。もしもの時は頼む)
『はい、頼まれました!』
満面の笑みを返すルピナを見て、気配のする方向へと慎重に歩を進めた。
見飽きた通路の途中で怪物が出現する事は無く、先行しているパーティが倒してしまったのだろうか……地面や壁に微かに戦闘の跡が残っていた。
『それほど時間が経っていないみたいですね』
再びルピナの声が手から伝わった瞬間、通路の先から金属音が聞こえる。合図する事も無く二人は駆け出し、悟られぬよう息を潜めて対象に近付く。
(あそこだ)
薄暗い通路の中ほどに、左へ折れる分岐路が有った。その手前で身を屈め、ゆっくりと先の様子を窺う。
分岐路の先は少し開けた場所になっており、階層主との戦闘部屋に酷似していた。折れた柱や先達の遺留品、欠けた壁の一部など他の階層に比べて損傷が激しい。
広場の中央には人影が二つ。激しい攻防を繰り広げる度、飛び散る火花で一瞬だけ顔が映る。
第二階層で話し掛けて来た女戦士は傷を負っているのか、腹部を片手で押さえながら相手の攻撃を何とか凌いでいる状況だ。
加勢するべきか否か……手前に倒れている複数の人影が判断を遅らせる。
『ゼロさん、勇聖教の冒険者です!』
ルピナの声を聞いた瞬間通路から飛び出し、速度が最高潮に達した瞬間地面を強く蹴る。
「なッ―――」
女戦士の戦闘相手が驚いたのも束の間、その顔に両足が叩き込まれると体が勢い良く吹っ飛んで行く。
壁に叩き付けられ轟音が響くと、数瞬の後に漸く落下を許される男。壁はその衝撃の大きさを物語る様にひび割れ、女戦士の戦闘相手は完全に気を失ってしまった。
多少加減をしたとはいえ四肢がばらばらになっていない所を見ると、腐っても冒険者という事なのだろう……恐らく狙いは―――
「あの、ありがとうございます!」
今まで背中に庇われていた亜人獣の少女が顔を覗かせる。時折背後を気にするように窺っていたが、これが原因だったのだと再確認する。
「やあ、あんた達かい……助かったよ」
口元から血を垂らし、笑顔を振り絞る女戦士。
「横に寝かせましょう。ゼロさんはあの人達の拘束を」
ルピナの言葉に頷き転がっている人間をまとめ、受け取ったロープで縛り上げる。
三人が三人とも灰色のローブを身に纏い、揃いの首飾りを提げていた。
「ゼロさん、それを持って来て下さい!」
女戦士の治療で手が離せないルピナに代わり回収し、指示の通りに傍らへそっと置く。
「多分これ、何か仕掛けられてます……一先ずしまっておきましょう」
ルピナの背負鞄へ入れると着地の音は鳴らず、静かに虚空へと消し去られてしまう。
グラムの言葉を思い出し、ルピナの言葉が正しいなら自爆手段くらい仕掛けられていてもおかしくは無い……そういう事を平気で実行出来る、イカれた狂信者集団なのだ。
二人の懸命な治療により女戦士は命を繋ぎ止めたのだろう、顔色は悪いが腹の傷は完全に塞がっていた。
手持ちの水薬を亜人獣の少女に渡し、一人広場の奥へと歩を進めるゼロ。
「待って下さい、私も―――」
(無理するな。一人でどれだけやれるか、確かめてみたいだけだからさ)
ルピナの言葉に振り返り、最後に笑顔を作って見せる。再び奥へと足を運んだ時、その顔からは一切の光が消えていた。
巨大な扉を乱暴に開け放ち、無遠慮に歩を進める。久しぶりに思い出した根源の怒りは、今すぐ何かにぶつけなければならないと頭の中の衝動が掻き立てる。
第六階層のボスは大きな獅子の怪物で、こちらの存在を認めるなり巨大な咆哮を上げる。
負けじとこちらも衝動のままに叫び、声にならない声が魔力の波となって部屋の中央でぶつかり合い弾けた。それが合図となり、戦いの火蓋が切って落とされる。
獅子の怪物はひとっ飛びで間合いを詰め、それを見越してゼロが身を屈める。
鋭い爪の一撃を床に寝そべる形で躱すと、獅子の顔面を両足で蹴り上げる。
巨体が浮かび上がる程の強烈な攻撃はその身を怯ませ、跳躍によって空中で追いついたゼロが脳天へ大剣を振り下ろす。
一太刀―――戦うまでは怒りと焦燥感で長く感じられたが、終わってみればあっという間で、ほとんど八つ当たりに近い内容に反省する。
戦闘前と比べ驚くほどに落ち着いており、段々とこの世界に染まっていく自身の変化を認めざるを得なかった。
階層主の体から現れた拳大の魔石を手に、ルピナ達の元へと戻る。
(終わったぞ)
「お疲れ様ですゼロさん」
駆け寄って来るなり労いの言葉を掛けるルピナ。魔石を手渡し保管してもらい、未だ地べたに座り込んでいる二人へ歩み寄る。
「すっかり世話になっちまったね……助かったよ」
女戦士は既に上体を起こしており、声の感じから見た目よりも元気そうで安心する。
「何が……有ったんですか?」
ゼロの言葉をルピナが伝える。
「さあね……アタシ達がここの部屋に辿り着いた時、いきなり背後から襲われたのさ」
数の不利もあったと言うのに、不意打ちを受けつつ二人も倒したのは流石としか言いようが無い。
「守らなくちゃいけないもんが有るからね」
傍らに座っていた亜獣人の少女の頭にぽんと手を乗せ、昨日と同じ溌剌とした笑顔を作る女戦士。
「あの、その、本当にありがとうございました! この御恩は必ずお返しします!」
亜獣人の少女はそう言うと正座し頭を下げる。この世界でそんな仕草を見られると思わず、少し動揺してしまう。
「いいえ、冒険者として当然の事をしたまでです」
ルピナの言葉に同様に頷き、治療をしたのはルピナで自分は大した事はしていないと伝えるように頼むが
「なら、ご自分の方法で伝えてあげれば良いんじゃないですか?」
と、そっぽを向かれてしまう。
何か気に障ったのだろうか、先程までの態度と違いつんけんしていた。
正座の姿勢のままこちらを見上げている少女の前でしゃがみ、手を取りそこに文字を書く。
間近で見ると改めて肉球なのを確認し、ここが手の平で合っているのか不安になりながらゆっくりと伝える。
「気にするな……ですか? あの、失礼ですが声が……?」
おずおずとした問いに頷き立ち上がる。高音に加え、少し舌っ足らずな喋り方が更に幼さを強調しているように感じた。
「……っと、それじゃアタシ達は一旦地上に戻るよ。あいつらの身柄を、ギルドに引き渡して来なくちゃだしね」
ゆっくりと立ち上がった女戦士が件の三人を親指で指し示し、軽快にそう告げる。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫さ。アンタ達のお陰で全快とまではいかなくても、問題なく帰れるくらいは回復したからね」
再び笑顔を見せ、片腕で力こぶを作る女戦士。
強化魔法か何かを使用しているのか、縛り上げられた三人をいとも簡単に持ち上げると、二人は別れの言葉を残し広場を去った。
(それじゃ行くか)
振り返り、ルピナにそう言うと片頬を膨らませている。何かに怒っているのだろうか……不満が有るのは顔を見れば分かる事だ。
(……一体どうしたんだ?)
「別に……なんでもないです!」
普段なら強めない所で語気を荒らげ、なるほど語るに落ちるというのはこういう事かと一人納得する。
とは言えこういう時は問い詰めても仕方が無いので、機嫌が直るまではせいぜい大人しくしていようと思った。
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