第三十八話 ~武闘祭本戦 其の二~

《第三十八話 ~武闘祭本戦 其の二~》


「第一回戦の勝利、おめでとうございます。治療を致しますのでこちらへ」


 戦闘後に退場すると係員からそう言われ、通路の出入り口で魔術師と思われる獣人の女性が現れた。


「あら……?」

 女性が短く呟くと係員と何やら話し込み、間もなく水薬が手渡された。


 別段大した怪我などはしておらず、大技を放った割に魔力の消耗もそれ程感じていないのだ……当然と言えば当然だろう。


「失礼致しました。治療は終了です……が、念の為そちらをお持ち下さい」


 水薬はまだそれなりに在庫が有るのだが、くれると言うのなら貰っておこう。


 本戦は予選と同じく連戦が基本のようで、日程的には今日中に優勝者が決まる段取りとなっている。


 その為このような一戦闘毎の治療が受けられる仕組みになっているようで、予選の時とは違う待遇に少し驚く。


 何百人も居れば経費だけでも嵩んでしまうので、そこは登録料の安さを見ても良心的と言えるだろう。


「あんたねぇ……初戦から手の内見せてどーすんのよ?」

 観客席に戻れば皆の賛辞の後にカルーアからそう言われてしまう。


 呆れたような声色にじとりとした眼差し……その全てが先の戦闘のダメ出しをして来る。


(まあ良いじゃないか……突破は出来たんだ。何も問題は無い)


 正直な所あまり戦った、勝った、頑張った等の達成感は微塵も無く、突き動かされる何かに操られて気付けば勝っていた……そんな感想が正しいのだろう。


 相手にしてみればふざけるなと文句の一つも言いたくなるだろうが、自分自身も先程の戦闘に関しては疑問しか浮かばない。


「ま、次の相手に勝ってくれれば何でも良いけどね。それと……初手の攻防は中々だったわよ。……当然よね」


 ふんと鼻を鳴らし後ろ髪を靡かせ、少し年上ぶった仕草が鼻につく。


「体調は如何ですか?」

 キビの言葉に頷き考えてみるものの、これと言って不具合は感じない。


 硬直したような腕と脚も術師が気絶してしまえば元に戻るのだろう……その点については感謝しかない。


 前回の物よりも小規模だった魔法はどうして使えたのか、その原因も分かっていないのだがそれもこの旅の終わりに判明するのだろうか……。


「それでも凄いでござるよ。魔法を己の拳に宿し、それを放つというのは普通なら体がバラバラになる筈でござる」


 恐ろしい龍一の言葉にそういうものなのかと目で問い掛ければ、その場に居た全員が満場一致で頷く。


 魔法を使う為には魔力が必要だが、変質した魔力―――魔法を再度掌握する等、常人であればまず試そうとも思わないらしい。


 理由はそのまま放てば有効な攻撃手段になりえるものを、なぜわざわざ自身の体を経由させる必要が有るのか……その必然性が全くもって皆無だと言う。


(それじゃあその英雄様は、なんでそんな魔法を使ってたんだよ?)

「そんなの私が知るわけ無いでしょ? 知りたいなら本人か、その仲間にでも聞きなさいな」


 不貞腐れたようなカルーアの言葉にそれもそうだと頷き、現状で知る術が無いのならせいぜい上手く付き合っていこうと考える。


 そんな風に自身の区切りをつければ背中の大剣は上機嫌に鳴き、言葉のやり取りが出来ればと惜しんだりもした。


(ま、そのうち分かるか……)

 そう呟けば二回戦の準備は着々と進み、シン、狼の武闘家、あの優男も順調に勝ち進む。


 次の試合に勝てば……あまり注目していなかったモップ犬のような獣人との試合だが、対戦相手の女性獣人にセクハラ紛いの戦い方をしていたので問題無いだろう。目指すべきものは全てその先に有るのだから―――。


「お、少しはやる気になったみたいね?」

 カルーアの言葉に頷けば首輪が震え、再び皆に行ってくると出立の旨を告げる。


 一回戦と同様の激励を背に受け、選手用の通路に入る前に不意に声が掛かる。


「試合前に失礼致します」

「こちらをどうぞ」


 振り返ればそこには二人の人物が立っており、相も変わらずフードを目深に被っていた。


 声で判断をしていたのだが本当に同一人物だろうか……怒気は発しておらず、舞台上から見た雰囲気とは少し違和感が有った。


 それでも手渡された紙片に書かれた情報は正確なものなのだろう……信じ難い事だが、虚偽の報告をしたとて彼女等に益は無い。


(なるほど……感謝する)

 その言葉に二人は頷き、終わり際に先程の試合の感想を聞いてみる。


「どうだったと申されましても……」

「凄かったんじゃないですか?」


 質問に質問を返されてしまい、これはいよいよもって二人の信用を勝ち取るのは当分先の事になりそうだと辟易した。


 実際の所あんな試合では何かを測る事など難しく、これも彼女達なりの応援なのかも知れないと思う事にした。


「御武運を」

「御武運を」

 二人の言葉に頷きその場を後にした。


「さあー、第二回戦も最後となりました! それでは張り切って参りましょー!!」


 実況の声が響くと目の前の扉が上げられ、一回戦と同様に係員の合図によって入場する。


「一回戦では見事、観客の度肝を抜く一撃を見せたゼロ選手! 対するはここまで無傷で勝ち上がったアシュレイ選手だー! 果たしてどちらが三回戦に勝ち上がるのか、これは見ものだぞー!!」


 実況の言葉から相手の情報を得るも、そんなに素早そうには見えないので何か絡繰りが有るのだろうか……。


 そんな事を思案しながら装備一式を階段脇へ下ろせば、対戦相手は舞台上で佇んでいた。


 一回戦と同様の注意事項を受けている最中、アシュレイが値踏みするような瞳でこちらを見詰めて来る。


「期待の新人ゼロ選手とこうして戦う事が出来るなんて嬉しい限りですよ……もし宜しければ、少し賭けをしませんか?」

(賭け……?)


 訝しむ自分にこくりと頷き、アシュレイは揚々と言葉を紡ぎ出す。


「今回の試合に見事私が勝利した暁には、貴方のパーティの銀髪のエルフ……彼女を譲っていただきたく思います」


 恭しく頭を垂れ、気障ったらしい礼を見せるアシュレイ。

 突然の提案に驚きながらも溜め息を一つ溢せば、下らないなと呟いた。


(どいつもこいつも律儀な事だ……そんなもの、許可など必要無いだろう。好きにしたら良い)


 好きにしろ。この一点だけは読めたのか、返答に微笑むアシュレイ。


「いやー安心致しました。何せ今使ってるモノが丁度壊れかけていまして……」


 ちらりと視線を送った先には一人の獣人の姿が有り、何かに怯えているように肩を震わせている。


 遠目からでも分かるほどに体はボロボロで、至る所に包帯が巻かれている。

 獣人特有の毛並みには艶が無く、不規則に乱れた姿が痛々しい。


「あの目、あの耳、あの鼻、口……どれを取っても良い声で鳴いてくれそうだ。そうは思いませんか?」


 狂気に満ちた瞳がこちらを睨め付け、同意を求められるだけで吐き気を催す。


「それでは―――始めッ!!」

 審判の合図と共に飛び出し、猛然と飛び掛かるゼロ。


 飛び出した勢いのままに拳を繰り出せばそれは空を切り、アシュレイの姿が靄となって消えて行く。


「こっちですよ」

(分かってんだよ!)


 背後から声を掛けられれば空中に作り出した足場を駆使して方向転換を済ますと、すかさず放った回し蹴りも同様に空振ってしまう。


 一瞬で離れた距離を詰めるべく再び飛び掛かるが、そこでの攻防も全ていなされ躱されてしまう。


 気付けば開始前と同じような距離で対峙しており、どういう事なのかと原因を探るが全く理解が出来なかった。


「物事には全て確率というものが有ります……私の眼は全ての確率を予測し、それを視る事が出来るのですよ」


 自慢気に語るアシュレイに呆れたように溜め息を吐くゼロ。


(随分と饒舌な奴だ……そんなに自身が有るのか?)

 徐々に沸き上がる闘気に混じり、奥底に沈んだ根源とも言うべき怒りが滲み出す。


「当然ですよ。私のこの力は獣王にさえ届くでしょう……」

 至極愉快そうに笑うアシュレイを前に、ゼロは己の内面に語り続ける。


 簡単そうに思えたこの武闘祭もやはり本戦となれば一筋縄では行かず、相手との技量は天地ほどの差が有るのだと痛感していた。


 力押しだけでは勝てない―――カルーアに言われた言葉をここにきて漸く身を以て知る事となり、それを打開するべく取った手段は少々卑怯なものだった。


「えッ―――」


 戸惑いの声がアシュレイの口から漏れた瞬間、ゼロの拳は見事にその顔面を捉えて衝撃を伝える。


 漏れた嗚咽が鳴り止んだ瞬間、吹き飛んだアシュレイの体に尚も追撃が加えられた。


 上空からの蹴り。弾んだ拍子の薙ぎ払い。場外への離脱を許さない攻撃は間断無く続けられ、先程から鳴り止まなかったアシュレイへの声援は何時の間にか止まっていた。


(残念だったな……賭けは俺の勝ちだ)

「な、んだというのですか……その力は……」


 アシュレイの言葉に耳を貸さず、掴み上げていた首をそのまま場外へと放り投げる。


 静まり返った闘技場は漸くそこで歓声を取り戻し、実況の女性が勝者の宣言をする。


「アシュレイ選手場外により、ゼロ選手の勝利でーす!!」


 舞台を降りて身支度を整えていると自由にさせた代償か、両方の手足は物の見事にその反動とも言うべき痛みが発生している。


 念の為動かしてみるが動かないと言う事は無く、それでも普段よりは鈍く重たい感じがした。


(ま、これで済めば儲けもんか……)


 巫山戯た勝ち方にカルーア達の方を見る事は出来ず、一回戦の時と同様に悪態の一つでも吐いている事だろう。


 他に方法が無い訳では無かったが、自慢気に語られた内容に疑う部分は少なく、そもそもが決定打を入れにくいこの武闘祭の規則は長期戦よりも短期決戦が好ましいだろう。


 そんな風に自分自身への言い訳をしていると、会場内に実況者の声が響き渡る。


「えっ、今からですか!? でも、それは―――」


 マイクの切り忘れだろうか、驚いたような声が流れてくると不自然に途切れてしまい、会場を後にしようとすると


「失礼致しました。それではただいまより武闘祭、準決勝を始めたいと思います。……準決勝第一回戦は、獣人族のコモド選手。そして―――ゼロ選手の対決になります」


 妙な間の後に自身の名が読み上げられ、会場からはどよめきの声が上がる。


 連戦なのは聞いていたが間を置かない程とは聞いていなかっただけに、先の試合で満身創痍になっていたら一体どうしていたと言うのだろうか。


「ちょっとどういう事よー!!」

 観客席からは聞き慣れた独特の声が怒号となって飛び実況席へ届けられる。


「ええと、私にも詳しい事は分からないんですよお……」

「だからどういう事だって言ってんのよー!!」


 カルーアの方を見れば身を乗り出して抗議をしており、今にも飛び出しそうな少女をトウとキビ、龍一が必死に宥めていた。


 どことなくきな臭さを感じ取り、こういう気持ちの良い街にもそういった人間が居る事を察すれば、瞬時に先程の怒りが頭をもたげる。


 貴賓席とも言うべき獣王の座っている玉座を見上げれば不敵な笑みを浮かべており、この一件をどう扱ったものかと思案する。


 未だ収まらない会場内のざわめきに痺れを切らし、こういう事も有るかと観念して装備を外すと階段を上る。


「はっはっは! 良いではないか! 少年はやる気のようだぞ!」

 獣王の笑い声にぶち切れたのか、カルーア達の席から物騒な魔力を察知する。


 見れば右手に細剣を番えており、今にも発射しそうな体勢に入っているではないか。


(ばっ―――)


 慌てて抗議をしようとすればそれよりも早く獣王が移動しており、音も無く降り立つと優しくその剣を握っていた。


 何やら話し込んでいるようで、二言三言……細剣やその弓を交互に見比べ、遂には爆笑しているようだった。


 何を言われたのかカルーアは大人しく頭を撫でられ、促されるままにしおらしく着席していた。


 凄い技術だ……獣王ともなるとあのじゃじゃ馬を大人しくさせる何かを持っているとでも言うのか―――そんな事を考えていると


「こりゃ。どこを見とるんじゃ!」

 との声に視線を舞台上へ戻すがその主は見当たらない。


「下じゃ下じゃ!」


 視線を下げれば漸くその姿が認識出来たのだが……観客席から見るよりもかなり小さく、身長は自分の半分ほどしか無い。


「全く最近の若いもんは……礼儀がなっとらんのう……」

 ぶつぶつと呟く様は本当に老人のようで、その口調も相まってか若干の躊躇を覚える。


「そんな心配は要らんぞ。子供は大人に全力でぶつかれば良いんじゃ」


 この世界には後どれほど無遠慮に心を読む人物が居るというのか……全くもって厄介だと思うと同時に、先程の配慮は無用の長物だと理解した。


「よろしいでしょうか、それでは―――始めッ!」

 審判の掛け声と共に鐘の音が響き、気持ちの整理も出来ぬまま試合が開始される。


(えっ……)

 突然目の前に現れた顔に驚き、頭を小突かれる。


「こりゃ。試合前には一礼をせんか」

 全く敵意の無い攻撃は悠然と脳天を捉え、無礼な振る舞いに釘を刺す。


「全く、これだから最近の若いもんはと言われるんじゃぞ」


 再びぶつぶつと呟くモップ犬……しかし不思議と気分が晴れやかになっていくのを感じ、先程の試合から引き摺っていたどろどろとした柵が解けていくような感覚を覚える。


「どうじゃ、中々に凄いもんじゃろ? 折角楽しく殴り合うんじゃ……不細工な殺気など捨てておけい」

 かっかっかと軽快に笑い、自慢気に胸を張るコモド。


 どうやらその見た目とは裏腹に相当な達人である事は疑う余地も無く、その口調や雰囲気からある人物を思い出していた。


「さ、一礼じゃ」


 再び定位置に戻ると互いに礼をし構えを取る。もう二度と使う事の無いと思っていた、今は亡き祖父との思い出だ。


「ほ、ここらでは見ない型じゃな」


 左手と左足を前へ。右手は腰に。右足は水平に置く。体は半身に、己の手を剣と盾に見立ててそれを撃ち出す……ある意味この世界とも共通する考えであり、覚えの悪かった自分はこの基本の構えしか修めていない。


 暫く睨み合ったままの状態が続き、会場内もその様子を固唾を呑んで見守っている……ある一人を除いて。


「いけー! そのままぶっ飛ばせー!!」


 全く以て気が散ってしまう……そんな事を考えた刹那、再び眼前に現れたコモドに対して反応出来たのは先程と違い、明確な敵意の塊が動いたからに他ならない。


 見た目からは想像も出来ない程の強烈な一撃は重く、防御として出していた左手を軽々と弾いた。


 空いた隙間に捩じ込むように差し込まれた右手を寸前で躱し、体勢が崩れた所へ追撃を喰らう。


 上空から振り下ろされた肉球の付いた可愛らしい脚はその見た目とは裏腹に、かろうじて間に合った防御ごと自身を床へと叩き付けた。


 背後から聞こえる舞台の砕ける音。そんな一撃をまともに受けたとしても思っていたよりは痛みが無く、これがあの首輪の効果なのかと納得した。


 束の間の逡巡の後に負けん気を悟られ、反撃の意識を汲み取られれば一瞬で距離を取られてしまう。


 まるで掴み所の無いような手の届かないもどかしい雰囲気も、かつての祖父と少し似ている気がした。


 あまりの事態に思わず笑みを溢し、再び対峙する。


「ふぉっふぉっふぉ。良い顔じゃ。強さとは体の大きさや魔力の多さだけでは無い……それは分かったかのぅ」

 コモドの言葉にこくりと頷き、両者が互いに構えを取る。


 そうして舞台の中央でぶつかり合えば、今までの緩やかな空気は一変し一気に激しい撃ち合いへともつれ込む。


 呼吸すら許さない打撃が暫く続くと、意外にも先に音を上げたのはコモドの方だった。


「ふう……似ているとは思ったが、負けず嫌いな所もそっくりじゃのぅ」

 額を拭う所作をしそう呟くのを見て、一体誰との面影を重ねているのか……。


「お主、あの英雄小僧とは何ぞ知り合いか?」

 その質問に首を振ると再び愉快そうに笑い、それが何を意味する所なのか知る由もない。


「嘘を吐くでないわ。先の魔法……あれは小僧の得意としておった魔法じゃろ? どれ、前途有望な若者の為に見せてやるとするか……」


 そう言うとコモドは先程までとは違う型を見せ、両手で円を描くようにしてから胸の前へ。


 それが終わると片手を差し出し、撃って来いと言わんばかりに肉球の付いた掌を動かす。


(あれは―――)

 そんな簡単に使える物では無い。そう言いかけた矢先、不思議と湧き上がる魔力の流れに戸惑う。


「どうした。遠慮は要らんぞ?」

 元よりそんなものは先程からしていないのだが、撃てと言うのなら願ってもない。


「おおっとゼロ選手、上空へ飛び上がったぞー!」


 淀みなく続いていた実況の声が観客を沸かせ、その熱気も込めて右手に魔力を集中させる。


 次第に膨れ上がる魔力は自身の思いとは裏腹に着実に高まっていった。


「ほ、凄い魔力じゃの……小僧と同じか、はたまた―――」

 上空からは出鱈目な魔力の塊が放たれ、一直線にコモドへと向かって行く。


「むん!」


 短く吼えたコモドの両手からは容易に可視化出来る程の濃密な魔力が溢れ、それが包み込むように己へと迫り来る魔弾を絡め取る。


 螺旋状に縛り上げられた塊は微細な収縮を見せ、それが再び膨れ上がると破裂し空へと放たれた。


(嘘だろ……)

 手を抜いた訳では無い。込めた力も思いも勢いも、一回戦で見せた物より確実に強力だった筈だ。


 それを目の前の……こんな小柄な人物にいなされたという事実に若干の動揺を見せるゼロ。


「かっかっか。攻撃とは何も受ける捌くだけが全てでは無いわい……初めて小僧の攻撃を跳ね返した時も、同じような顔をしとったのぅ」


 そう言って笑うコモドの言葉に手加減をされてしまったと悟り、どうやら決着が着くのはまだまだ先か―――そう思った瞬間


「審判、儂の負けじゃ」

 片手を挙げてそう宣言した。


「老師……またですか?」

「この先はむさ苦しい男ばかりじゃからの……戦る気も起きんわい」


 二度、自分の耳を疑えば忽ちふざけるなと抗議する。


「あまりこき使うでないわい。この試合に出たのは何ぞ、懐かしい気持ちがしてな……後は若い者同士でやり合うのがええ」


 そう言ってコモドは舞台を降りてしまい、実況から勝者の宣言がされる。


「えーっと……コモド選手降参の為、勝者ゼロ選手ー!!」


 突然の試合終了に会場からはまばらな拍手が起こり、何とも締まらない結果に胸の辺りが靄々とする。


 結局ここまでの試合で自身が望んだような戦いが行われる事は無く、己が力量とは言い難い決着ばかりで嫌になる。


(これが現実か……)

 そう思えばまだまだだと悔やむ気持ちと共に、ゼロは舞台の上でそのまま倒れ込んだ。


 暗闇に包まれた視界の中で、遠くの方から喧しい声が聞こえて来る。

 遥か頭上の彼方から、複数人の心配する声が小さく響いていた。

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