失声の異世界転生 ~コミュ障無口な俺が声の大切さに気付くまで~

将輔 樹

序章

《序章》


 異世界で俺が俺になってから三ヶ月余り―――今日も変わらず、朝から外壁周りを走っている。


 朝日と共に起き、日暮れには夕食を摂り眠る……実に人間らしい生活だ。


 日課の効果というものはあまり感じられないが、それでも予想以上に成長しているとドS野郎は言っていた。


(どこまで本当なんだか……)

 出発地点だった南門に着くと、軽く息を整え宿屋に向かう。


「よう坊主。朝の運動は終わったのか?」

「お久しぶり。また採取したら教えてね?」

「おう! 元気でやってるみたいだな!」


 等など……道すがらに衛兵や冒険者達から声を掛けられる。


 冒険者とはこの異世界で怪物退治等で生計を立てている者の総称だ。


 相手にするのは怪物だけでは無いので、何でも屋と言った方がしっくりくる気がするが、そういうものらしい。


 南門から続く大通りは街の中心部に続いており、道幅も広く、馬車が優に三台は通れるほど余裕のある造りになっている。


 上空から見たことは無いが、二重丸と十字が重なっている感じだろうか。


 中心には貴族街と、領主の館がある。この街の貴族や領主はまだまともな方だと言っていたが、まだまだこの世界に疎い自分にはそれが真実なのか分からない。


 そんな事を考えていると目的の路地へと到着する。



 大通りの中頃の路地を左へと入り、宿の裏口に向かう。


 簡易的な柵の入り口を開け中に入ると、今は使われなくなった釣瓶式の井戸が在った。


 防犯面を心配したものだがここも他の施設と同様、色々と仕掛けがあるのだろう。


(まずは腕立てから……)

 頭の中で念じてから筋トレを開始する。


 両手を地面に着けると背中に重く伸し掛かる何か。視認できない塊は荷重する為だけに存在する、訓練用に発生した物だ。


(九……十……十一……じゅう―――)

 重さに耐えかねて潰れると瞬時に体が軽くなる。


 ずっとあのままだと思うと肝が冷える思いだが、今まで一度もそういった事故は無い。


 これこそが強くなっているのかいまいち実感できない原因の一つだ。


 仕方のない事だと分かっているが、胸の靄々は溜まっていく一方で不満が募る。



 そうして三十分ほど、クソドS鬼畜野郎の考案した運動を一通り終え、汗を流すために服を脱ぎ、腰に巻いてあった左右の袋も取り外す。


 中には着替えとタオルと重りが入っており、これも訓練の一環なのだとか……。


 もう少し宿賃を上げれば普通にシャワー付きの部屋へ泊まれるのだろうが、今の所二、三日に一回の大衆浴場で満足している。


 夜には香料の入った湯と、大きめのタオルを貰えるのだから贅沢は言っていられない。


 転生者は過去にも沢山居たようで、先人達のお陰である程度の生活水準が保たれている。


 電気ガス水道といったライフラインは、この世界の不思議要素である魔法が補っていた。


(おかげで不便も無く訓練に励めるしな……)


 頭から井戸水を数回浴び、袋の中から取り出したタオルで水気を拭き取り着替える。安いホテル暮らしのような生活だが、金はそれなりに出ていくものだ。


 食事は勿論の事、着替えなどの日用品、回復薬などの必需品、宿代に嗜好品や遊興費等など……新米冒険者の半分が一年以内に辞めるというのも、あながち間違いではないのかと思う。


 武器に困らないという点では他の冒険者よりも恵まれているのだろう……おかげで貯金も、漸く目標額へ到達しそうだ。


 そんな事を考えながら自室の前へ辿り着き、扉を開けると窓の横に自分と同じ身の丈ほどの剣が立て掛けてある。


 剣と呼ぶにはあまりにも不格好なそれは、外見は鉄の棒に石を貼り付け、黒い塗料をぶっかけ、かろうじて剣の形にした何か……と言った所か。


 鍔は微かに見えているが無骨で無機質。柄には白い布が巻き付けられており、柄頭には球状の物体が取り付けられている。


 視線を向けると頭の中に声が響く。


『戻ったか……それでは今日も一日、死なない程度に出掛けるとしよう』


 こうして漸く、長い一日が始まるのだ―――。

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