第48話 時代の答え

 夏軍の前方に於いては。

 仲虺ちゅうき大戯たいぎが激戦を繰り広げており。

 激しく刃を交える。



 仲虺は飛刀を躱しながら言う。



「そろそろ、降伏したらどうです。先ほどまでは、四本に分裂したのが、今では二本です。もう、限界なんじゃないですか」



「貴方如きに、魔力を使うのが惜しいだけですよ。……貴方の方こそ降伏なさい。その戦車を創り出す技量。夏には必要です」



「作り方なら教えますよ。車輪の作り方を教えた時みたいに、逃げ出さなければですが」



「講義は結構です。貴方、何を聞いても感覚と言うじゃないですか」



「物事は感じることから始まり。感じて終わるのです」



「最初から最後まで感覚で説明されても分かる訳ないでしょうが。……やはり、貴方とは相容れません」



「奇遇ですね。私もそう思ってましたよ。理屈で、自身すらも欺く貴方とは合わないとね」



「……私は何も欺いていませんよ」



「欺いていますよ。だって、貴方、心から笑ったことがないでしょう。商で見た時から、ずっと気になっていたんですよ。まるで、仮面を被ったかのように笑みを見せていることに」


「…………」



 大戯が僅かばかり動きが止まると。

 仲虺は落ちた飛刀をつかみ上げ。

 そのまま投げ飛ばす。



「隙ありです」



 大戯は二指で受け止める。



「動揺を誘うつもりだったのでしょうが。この程度で、私の心は揺れませんよ」



「揺らすつもりもありませんよ。ただ、思ったことを馬鹿正直に申しただけです。……で、最後に笑ったのはいつですか。それとも其の割れた仮面同様に、感情なんてないと自分に言い聞かせてるのですか。本当に、先代のお人形さんですね」



「っ! 貴方が倒れた時に、笑ってあげますよ!」



 大戯は苛立った表情のまま。

 受け止めた飛刀をそのまま投げ返す。



 飛刀は十近くまで分裂し。

 仲虺に向かうが。



 仲虺は躱すこともせず。

 貫かれても。

 ただ愚直する。



「威力が浅い。やはり、心が揺れれば脆くなるのですね」

「……っ!」



 大戯は下がろうとするが。

 魔術も扱えぬ仲虺に対し。

 下がることに。

 僅かばかり躊躇し。

 


 その僅かな躊躇が勝敗を分けた。



「…………」



 仲虺は大戯を斬り伏せ。



 大戯は胸元から零れる血を掬い。

 笑みを浮かべる。



「……まさか、湯でもなく。車輪造りの変人に、討たれるとは」



「変人とは失礼ですね。変態と言って下さい」



「同じじゃ、ないッスか」



 大戯は地面に膝を付き。

 笑い始める。


「どうしたのですか、気でもおかしくなりましたか」



「いえ、商にいた頃を思い出しましてね。……たった二人の死に報いる為、皆が一丸となって動くのをみて。心の中で何かがざわついたんッスよ。理屈で、強引に消しましたが。あれが、先代の王が伝えたかった。全てだって、今更になって分かってね。はっ、ははは」



「…………」



「先王は。ひと、一人の重さを感じ取れ、って、言いたかったんッスね」



 大戯は下を向き。

 懺悔するかのように呟く。



「嗚呼、間違えちゃったな。やっちゃったなぁ。もう取り返しがつかないんだよ……なぁ」



 大戯は口惜しさを残すと。

 そのまま倒れるように息絶えた。



「……話や考えは全く合いませんでしたが、嫌いではありませんでしたよ」



 仲虺は軽く黙祷すると剣を握り直し。

 前線の指揮を執り始めた。



 * * *



 夏軍の後方に於ける。

 戦いは熾烈を極める。



 とうは激情でけつ王を圧倒していたが。

 胸元の出血が酷くなり始めると。

 動きが鈍り始めた。



「……はぁ、はぁ、はぁ」



 湯は剣を構えるが。

 腕は下がっており。

 立つのも限界であった。



「よく、粘る。……っ。もう粘らなくて良いのですよ。この大陸は私が導きますから。もう、楽になって良いのですよ」



「……導く、だって? 皇后すらも切り捨てる、君がどこに導くんだい」



「哀しいことでした。ですが、彼女も分かってくれます。大陸の礎になったのですから」



 桀王がそう言うと。

 湯は心底おかしいのか。 

 お腹に手を当てて笑い始める。


「はっ、ははは!」



「何がおかしいのです」



「やっぱり、あんた聖王じゃないね。聖王は、犠牲なんて言葉は使わない。全てを拾てないから聖王なんだ。やっぱりアンタ、聖王でも覇王でも何でもないよ。……力を持っただけの、ただの凡愚だ」



「……では、その凡愚に斬り伏せられる貴方はそれ以下と言うことですね。覇者のなり損ないよ」



 桀王は剣を振り下ろそうとすると。

 一筋の矢が桀王目掛けて放たれた。



 桀王は軽く躱して。

 射線を見据える。



「これは、伊尹いいんではないですか。王座の才を持ちながら。王を選び間違えた愚か者よ」



 伊尹は笑みを浮かべて返す。



「私は何一つ、間違えてませんよ。大陸の王は、紛れもなく湯なのですから。其れに、愚かなのは貴方でしょう」



「何故、私が愚かなのです」



「だって、狂い切れてないのですから」



「狂、う?」



「狂うとは高き志の下に突き進む心。……桀王、いえ、桀。貴方の狂はそんなものですか。そんなまやかしの剣如きに踏み躙られるほど、容易い志だったんですか。貴方の理想を思い起こすのです」



 桀王は呆れ紛いに返す。



「何を言うかと思えば、の理想は言うまでもないでしょう。大陸の秩序を生み出し。万世の王国を……くっ。何を世迷い言を。が理想は大陸を越え。この地上を支配し。ありとあらゆる富を」



「黙りなさい! 私は桀に聞いてるのです! 貴方の理想は、そんな下らぬ題目じゃない筈です! 貴方が何故、玉座に座り。誰の為にすり減っても前に進んだのか。今一度、貴方の狂を思い超すのです!」



「何を言って……」



 桀王は頭を抑え。

 苦しみ始める。



「うぅぅぅ。我の、我の……私の、私の……」



 桀王は身体がふらつきながら。

 意識が戻りかける。


「……余の、余の理想は」



 桀王の脳裏に末喜の言葉が響き渡る。



(ねぇ、桀。貴方の理想の先の世界には何があるの)



 桀王の目が黒く戻ると。

 目が大きく見開く。



「……末、喜」


 桀王は剣を投げ捨てた。



 剣を投げ捨てると。

 三十代の肉体に戻り。

 やつれた表情で。

 左右を向き。

 必死に成って末喜を探す。



「末喜、末喜はいずこだ! いずこにおるのだ!」



 末喜が倒れているのを見ると。

 なりふり構わず。

 末喜の元に駆ける。



 末喜の胸元からは夥しい出血があり。

 白く濁った眼が蒼天の空を眺めていた。



「……ま、末喜」



 桀王は力なく膝から落ち。

 末喜の亡骸を抱きしめる。



「許してくれ。いや、赦さないでくれ。余は、お主の約束を守れなんだ」



 桀王は涙を大きくこぼし。

 末喜の胸元に滴が溜まる。



「……余の理想は、お主が側にいる。ただ、其れだけで、其れだけで良かったのだ。それだけで、其れだけで」


 

 桀王の目からは際限なく涙が溢れ。

 ひたすらに其の滴が末喜に落ちる。



 末喜の胸元には。

 妲己が授けた絹が入っており。

 涙によって深く濡れると。

 光り輝き始める。



 末喜の周囲が霞みがかり。

 末喜は吐血し。

 息を吹き返した。



「……ごっほ、ごほ、ごほ」

「末喜!」




 妲己は遠目で呟く。



「宝具、掃霞衣そうかい。半刻内に限り、刀剣による死傷を全て治癒します。……発動して良かったですね。誰かの、強い思いがなければ、発動しない特殊な宝具ですから」



 妲己は指を鳴らすと。

 末喜の胸元にあった掃霞衣が指先に戻り。

 笑みを浮かべる。



「……どうか、貴女の選んだ道に祝福あらんことを」



 妲己はそう言うと。

 相方の調停者である。

 あおいと共に時空を割くように消え去った。



 周囲が降伏してゆく中。

 馬車にいた推哆すいしは笑みを漏らす。



「まぁ、此処まで後押しして負けたなら。伏羲ふっきにも言い訳が付くでしょう」



 推哆の手元には軒轅剣けんえんけんが握られており。

 刀身を見据える。



「この剣。聖王の血を引きし者しか解放することが出来ないのよね。強引な手を使って。先祖返りさせたけど。思いのほか上手くいったわ。……これで、神具、軒轅剣は私の手の中に」



 推哆は刀身を鞘に入れて立ち上がる。



「さて、神具の解放と回収も終えたことだし。この時代に、もう用はないわ。次なる時代に向かいましょうか」



 推哆はそう呟くと。

 不知火のように揺らめき。

 消え去った。



 

 鳴条の戦いは商の勝利で幕を閉じ。




 夏王朝は終わりを迎える――。

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