第46話 報われぬ願い

 桀王けつおうは流水の如く。

 とうの剣を受け流し。

 賞賛するかの如く呟く。



「良い剣筋です。真っ直ぐであり、濁りが見えません」



「その上からの物言い。止めてくれないかな」



「これは失礼しました。しかし、惜しい。此処で其の命を散らせるのは。……どうです。私の下に付く気はありませんか」



「君が、僕の下に付くのなら考えてあげるよ」



「それで、貴方が納得するのでしたら。貴方の下に……くっ。何故、我が人の下に付かねばならぬのだ。覇王は二人もいらぬ」



「でてきたね。覇王のなり損ない。さっきの胡散臭い聖王よりやりやすいよ」



 湯は苛烈な剣筋で攻め立て。

 桀王もその剣筋に合わせる。



 十を超える剣筋が交わると。

 湯の剣は砕け散り。

 桀王は嘲笑を浮かべる。



「終わりだ。消え失せよ」



 桀王の剣が湯に振り下ろされると。

 湯の両眼が蒼から紫に光り輝き。



 桀王の剣が身体を通り過ぎた――。



「なっ、これは!」



 湯は桀王の背後にすり抜け。

 振り返る桀王に向け。

 折れた刀身をそのまま振り下ろす。



 桀王は受ける術も躱す術も持たず。



 胸元から斬り伏せられる。



「……馬鹿、な。覇王である我が、崩れる、なぞ」



 湯は折れた剣を手放す。



「色んな想いを軽んじるから、足下をすくわれるんだよ」



 湯は戦場に落ちている剣を拾い上げ。

 桀王の首に添える。



「何か言い残すことはないかい」



 桀王は剣を手放し。

 両目を閉じ。

 穏やかな声で言う。



「ああ、何もない。……いや、一つだけあるか」



 桀王は思い出すように呟く。



の代わりに其方が、時代を造り上げてくれ。そう、争いのない時代を」



「そうするよ。……じゃあね。桀王」



 湯は剣を振り落とそうとすると。



「ま、待ちなさい!」



 末喜ばっきが桀王の前に立ち。

 両手を広げて制止を促す。



「た、戦いは終えました。貴方方、商の勝利です。桀は、もう剣を捨てています。ひ、必要なら、あの剣も差し上げます。だから命までは」



 湯は振り下ろした剣を止める。



「其の剣はいらないよ。寧ろ、叩き折る。そんな剣が存在するから。争いが大きくなるんだ」



「な、なら、私の身を差し出します」



「それもいらない。心が他にあるモノを側に置いても空しいだけだよ。君も僕もね」



「な、なら……」



 湯は溜息を放つと剣を下ろす。



「いいよ。桀王も剣の呪縛から解かれたみたいだしね。……夏の兵に降伏を進めて。君に求めるのは、一人でも多くの兵を救うことだよ」



「か、感謝します」



 末喜が頭を下げると。

 桀王は目を瞑ったまま末喜に言う。



「末喜よ」

「……桀」



 末喜が桀に振り返ると。

 目は蒼眼に光り輝いており。

 剣を手元にたぐり寄せ。



 末喜もろとも湯を貫いた――。



「……け、桀?」


「敵に情けを掛けるとは。つくづく覇王の器ではないな、湯」



 桀は二人から剣を引き抜き。

 自分に向かって倒れかかってきた。

 末喜を払いのける。



「……ど、どうして」

 


 末喜は理解できぬ表情のまま地面に崩れ落ちた。


 

 湯は胸元の血を抑えながら睨み付ける。



「……君、自分が何をしたのか分かってんの」


 

「后なぞ星の数ほどおる。だが、太陽は一つである。太陽を守る為に星が一つ消え失せたのだ。本望であろう」



 空は曇天に変わっており。

 薄暗い太陽が地上を照らしつける。



 末喜の目から徐々に光が消え。

 震える唇で呟く。



「……け、つ。こんな暗い、世界が、貴方が望む、せかい、な」



 末喜は言葉を言い終える前に。

 天に差しのばした手が力なく落ちた。



 白く濁った瞳は。

 ただ虚空の空を見据える。



 桀と湯は再び刃を交え。



 激しい戦闘が巻き起こる。



 夏の兵は末喜が貫かれたことに狼狽しており。



 戦局の流れが商に傾き始めた。


 

 馬車で眺めていた。

 推哆すいしは面倒紛いに頭を掻く。



「うっそでしょ。なんで、あの剣を持ちながら。こんなに押されているのよ。ああ、もう仕方ないわね。もう少しばかり、助力しましょうか」



 推哆が指を鳴らすと。

 死に絶えた王師達は起き上がり。



 人成らざる動きを以て。

 商の兵士を蹂躙し始めた。



 高台から見ていた。

 けいは驚きの表情を見せる。



「死したモノが何故、蘇っておるのだ」



 マリは感情を見せずに応えた。



「あれは、魔術です。死霊魔術の一つ。加線の糸――。死者の魔術羅盤を強制的に起動させ。術者の意のままに動かす魔術、とされています」



「糸、と言うことは、あれを操っている輩がおるのだな」



 啓はそういうと目を凝らす。



「あの馬車から目には捉えれぬ糸が出ておるな」



「……よく見えましたね」

「どうすれば。あの糸を断てるのだ」



「特殊な魔力を込めた矢でなければ、あの糸を絶つことは出来ませんよ」



「お主、その矢を造れるか?」

「造れはしますが。弱体化した今の私では、当てるのは難しいですね」



「案ずるな。矢は僕が放つ」



「……何を言ってるのですか。此処から戦場まで二キロ近くありますよ。更に言うなら、糸の如く細く。風のように揺らめく動きに、貴方は合わせられるのですか」



「やってみなければ分からぬではないか。流石に弓ではあの距離は届かぬが。お主の魔術の補助とやらがあらば、多少なりとも遠くへ飛ばせるであろう。聞き忘れておったが其れは可能か」



「可能、ですが」



「ならば問題ない。……こう見えても、弓術の心得を持っておる。万象を捉える。不発の射をお見せしよう」



 啓はマリから授かった弓を握り締め。

 矢を指に掛け。

 馬車を見据える。



 曇天の先に如何なる太陽が昇るのか。

 


 其の答えが間もなく示される。

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