第45話 覇者の到来
夏軍の後方では。
戦局の流れを強引に変える。
桀王の両眼が蒼に光り輝くと。
剣を天に向ける。
「さぁ、夏の兵よ。敵を蹂躙せよ。其方らの屍が我が覇道と成す」
覇王の号令が放たれ。
夏の兵は何かに操られるかのように。
突撃を開始した。
屍が生まれるのを。
楽しむように見つめる。
桀王を見て。
呆然としたまま呟く。
「……誰なの、貴方」
戦局の流れは夏に傾きつつあった。
唇を噛みしめて叫ぶ。
「死守するのです。
伊尹が指揮を執っていると。
一筋の矢が迫る。
矢は腕に突き刺さり。
伊尹は歯を噛みしめて矢を抜き取る。
「まだです。まだ、突き進むのです。引いてはなりません!」
伊尹は剣を抜刀して。
突撃命令を下す。
桀王は紫眼の瞳でその様子を眺め。
微笑みを見せる。
「矢を受けても怯まぬとは、中々の指揮官です。……最小限の犠牲にて終わらせたかったのですが、この戦いでは難しいでしょうね。実に哀しいことです」
桀王は崩れ落ちた商兵に近づく。
「……ひ、ひぃ」
商兵は逃げようとするが。
腰が抜けて動けず。
恐怖から固まる。
桀王は自らの衣服を切り取り。
商兵の胸元を止血する。
「動かないで。止血します。このままだと死んでしまいますからね。……大陸の民は全て、夏の赤子なのです。一人足りとて、無駄死にはさせません」
「…………えっ」
桀王は止血すると。
そのまま進みゆく。
「さぁ、無用な戦いは終わらせましょう。私は貴方方の降伏を受け入れる準備は整えています。双方、武器を下ろしなさい。此れは、命令です」
桀王の異様なまでの。
人を引きつける魅力により。
戦闘の途中だというのに。
武器を下ろす兵が続出し。
桀王の周囲が停戦状態に陥った。
伊尹は其の光景が理解できず。
言葉が震える。
「……あり得ません。言葉だけで。殺しあっている最中の戦場で、両軍を制止させるだなんて」
「……ぅっ」
桀王は頭を抑えると。
目は蒼眼に変わっており。
口元をゆがめて言い放つ。
「気に食わんな。夏に抗った者を生かすなぞ。……商兵よ。そのまま動くな」
桀王の蒼眼に魅入られた。
商兵は動きが止まり。
桀王は失笑紛いに言い放つ。
「我が兵よ。褒美だ。一人残らず刈り取れ」
その声と共に。
夏の兵士は一斉に駆ける。
商兵は身体が震えて動けず。
目の前に振り下ろされる剣を呆然と眺め。
鮮血を撒き散らして崩れ落ちる。
伊尹は声を荒げ。
身体を動かす。
「……っ、桀王の声を聞いてはなりません! 銅鑼をもっと叩くのです。地面をもっと踏みならすのです。例え、僅かでも声を掻き消すのです!」
桀王は口元を緩める。
「まだ、折れぬか。まぁ、良い。どのみち、一人とて生かす気はないのだか……っ。ああ、なんと言うことを。全ては私の不徳の致すところ。此程の醜悪な戦場を造ってしまうとは、夏の兵よ。早々に商兵を降伏させなさい。これ以上、戦いを長引かせてはなりません」
桀王の中での。
覇王と聖王の入れ替わりが。
激しくなり始めており。
ふらつきながらも前に進んでいく。
夏の勢いは留まることなく。
遂に、伊尹の元まで迫りゆく。
夏兵は異様なまでに高揚しており。
伊尹の近衛兵すらも蹂躙する。
夏兵の一人が伊尹に駆け抜け。
矛を向ける。
「指揮官とみた。覚悟!」
伊尹は剣で矛を弾くが。
体勢が崩れて落馬する。
「……くっ。剣、剣を」
伊尹は落としてしまった。
剣を掴もうとすると。
複数の夏の兵が矛を振り上げており。
その矛を伊尹に下ろした。
「…………」
伊尹は目を瞑り。
痛みが生じるのを待つが。
痛みは一向に生じず。
恐る恐る。
目を開くと。
眼前には。
湯が剣を振り抜いていた。
湯は崩れ落ちた夏兵を見つめて言う。
「伊尹。よく持ちこたえたね。……で、あれ何? 桀王ってわけじゃなさそうだよね。桀王にしては若すぎる」
「紛れもなく。桀王ですよ。理由は分かりかねますが。聖王と覇王の気質を持っています」
「じゃぁ、桀王じゃないじゃん。凡愚の彼が、そんな気質持てるはずがないだろう」
「持っているから問題なので……湯!」
桀王は間合い一気に詰め。
背後から湯に剣を下ろす。
湯は振り向かず。
剣で受け止める。
「お行儀が悪いね。今、話している途中だよ」
「其方、湯とみた。覇者の気質があるのであろう。覇王である我と何方が上か明らかにしようではないか」
「ふっ、自分で覇王を名乗るだなんて格好悪いね。そういうのは、周りが言うモノだよ」
湯は身体を回転させ。
桀王に蹴りを入れる。
桀王は腕で受け止め。
笑みを漏らして言う。
「良いぞ、良いぞ。……っ」
桀王の目が紫眼に変わると。
穏やかな笑みをして緩やかに構える。
「覇者の徳を持つ者と戦いですか。言葉では解決出来そうにありませんね」
「何、その気の変化。気持ち悪いんだけど。……ああ、そうか。其の剣に、人格すら捻じ曲げられてるんだね。なら、簡単だ。其の剣、叩き折れば良いんだ」
湯は好戦的な笑みを浮かべると。
剣を逆手に持ち替え。
前へと進みゆく。
聖王と覇王の気質を持つ桀と。
覇者の徳を持つ湯の戦いが遂に始まった。
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