第44話 神具 軒轅剣

 高台で眺めていた。

 けいは顎に手を押し当てながら言う。



「……なんなのだ。あの剣は」



 マリは訝しい表情で呟く。



「……神具しんぐ軒轅剣けんえんけん。神話時代に於いて聖王が所持し。夏王朝の創始者に受け継がれた伝説の剣です」



「神具とな? 宝具とは異なるのか」



「ええ、異なります。神具とは宝具の原型のようなモノです。……神具を扱うにあたっては、高い神性が求められ。殆どのモノが扱えません。其れでは、色々と不便な為、神具を模造したモノ。宝具が造られたのです」



「つまり、神具の劣化が宝具ということか」



「劣化と言う言葉は適切ではありませんが。神具の性能を削ぎ落とし。神格が低いモノでも扱えるように、配慮されたのが宝具となります」



「お主、宝具は持ってないと言っておったな。よもや、神具は持っておるのか」



「……持っていますよ。ですが、この呪詛がある為。使えませんけどね」



 マリは腕に刻まれた八卦を見せつける。



 啓はけつ王に視線を再び移す。



「なら、尚更分からぬな。夏王は、何故、人の身でありながら神具を使えるのだ」



「どういうカラクリかはわかりませんが。歪ながら神格を持っています。其れも人には不釣り合いな神格を」



 啓は桀王の剣を見据えて呟く。



「しかし、あの剣、どこかで」



 啓は剣に注視していると。

 頭を抑え。

 蹲る。



「…………うっ」 

「どうしたのですか、啓」



 啓の目の前が砂煙にまみれ。

 何時ぞやの光景を映し出す。



 目の前には顔が見えぬ青年がおり。

 口元をゆがめて言う。



「……君にとっておきをプレゼントしてあげよう。この剣を手に。さぁ、神々の時代に終止符を打ち。時代を定めようではないか」



 光景は更に歪み。

 戦場へと変わる。



 屍が戦地を覆い尽くしており。

 副官と思わしき。

 顔の見えぬ男が期待の眼差しで言う。



「***様。我々の勝利です。新たなる、新たなる時代を築きま……」



 啓は背後を振り返り。

 意思もない。

 ブリキのような兵を見据える。



 嗚呼、そうか。



 また、築かれてしまったのか。



 定められた。

 定められた。

 定められた。

 

 定められた時代、が――。



「……啓、啓! しっかりしなさい。しっかりするのです!」



 啓の目の前ではマリがおり。 

 必死の形相で啓に声を掛ける。



「……か、マリか。僕はどれぐらい気を失っていた」



「十秒ほどです。どうしたのですか、いきなり蹲って」



「……あの剣、どこかで見たことがある」



「神具を見る機会なんてそうそうありませんよ。ましてや、明治の時代に見るだなんてあり得ません」



「そうか。そうであるよな。だが……」



「少し休んで下さい。なまじ神格を持っていると軒轅剣にあてられますからね。それほど、神具は強大なのです」


「…………」



 啓は膝が付いたまま。

 桀王の持つ剣を見つめていた。



 * * *



 前線において。

 とう大戯たいぎは一進一退の攻防を続ける。



 湯は戦場の異変を感じ取っており。

 大戯を無視して進もうとするが。



 飛刀により邪魔をされ。

 戦うことを余儀なくされる。



「逃しませんよ。貴方は此処で消えねばならぬ存在だ」



「なら。逃げないで、近づいてきなよ。一太刀あげるからさ」



「間合いを取ってると言って欲しいですね」



 湯は飛刀を躱しながら疑念を口にする。



「そう言えば、気になっていたんだけど。どうして、其処まで夏王に従うの。君ほどの実力があれば、夏王の陰に隠れる必要はないと思うんだけどね」



 大戯は僅かばかり動きが止まり。

 動揺を見せぬように飛刀を投げ続ける。



「……先代の王に報いる為ですよ。我々、王師は皆、身寄りなく。孤児として捨てられていた存在です。あのお方は、そんな私らを拾っていただき。生きる道を与えてくれました。なら、先代が亡くなろうとも。死ぬ間際に放った遺言だけは守らねば成りません」



「先代は、なんて呪いの言葉を残したの」



「呪いと言えば呪いでしょうね。ですが、其れが我々、王師の全てです。……王師が守るのは王でも貴族でもない。夏の赤子を、夏の民を守り通せ。この遺言だけは、何としてでも守り通さねば成りません」



「それで、君らは、先代の遺言通り、民を守ってるの?」



「ええ、守ってますよ。この国を、夏の政体を維持することが、民を守ることに繋がるのですから」



 湯は笑いながら口を開く。



「ふぅん。つまり、民が幾ら苦しんでも、其れで政権が長くなれば、先代の王との約束が守れるって思ってるんだね。だから、葛伯かつはくのような腐った奴も放置して。民が苦しむのを見て見ぬふりをした。……これの何処が民を守っているって言うんだい」



「…………」

 


「先代の夏王との約束を果たす為なら、伯であろうが、なんであろうが斬る覚悟がなければいけないよ。そんなんじゃ、全然、狂い足らない」



「私は、貴方方のような狂人とは違う!」



「僕らが狂人? 其れは違うんじゃないの。僕らは大陸に安寧をもたらすと言う。志の下に走っている。だけど、君らは違う。先王の志を曲解し。守るべきモノを守ってない。……狂人はむしろ君らの方じゃないのかい?」



「……っ。黙れ。夏に仇成す。奸雄が!」



 大戯が乱雑に地面を蹴り飛ばして突撃すると。

 一筋の矢が大戯に向かう。



 大戯は其の矢を弾くと。

 湯は矢を放った者と目配せをして。

 桀王の下に駆ける。



「逃がすか、湯!」



 大戯が湯の背後に迫ろうとすると。

 猫背の男が放った一閃が大戯を制止させる。



 大戯は飛刀で剣を受け止め。

 苛立った表情で言い放つ。



「……邪魔しないで欲しいですね。仲虺ちゅうき



「以前に言った。借りを返しに来ました。利子もありますので。貴方の首か、戦車百台分で勘弁してあげますよ」



 大戯は飛刀を投げ飛ばすが。

 飛刀は数本に分かれるだけであり。

 魔力の底が見えていた。



 仲虺は躱しながら接近し。

 鍔迫り合いに持って行く。



 大戯は仲虺に止められ。

 湯の後ろ姿を眺めるしか出来ず。

 唇を強く噛み締める。



 戦場は混戦を極め。

 


 希望の光りすらも霞んでゆく。



 戦場で唯一の光るのは。

 桀王の握り締める。

 軒轅剣のみであった。

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