第43話 惑う者

 伊尹いいん仲虺ちゅうきの部隊と合流し。

 夏軍の後方へと突き進む。



 商兵が逸る足取りを抑えきれずにいると。



 後方の最前線では。

 末喜ばっきの姿が見え。

 配下である。

 女兵に命を下す。



「臆してはなりません。私達の奮戦が、この戦いの流れを変えるのです!」



 二百を超える女性兵は。

 末喜の号令と共に駆けゆく。



 末喜や女兵が突き進むのを見た。

 夏の兵は逃げようとする心が。

 僅かばかり止まる。



 だが、命を投げ捨てる勇気はなく。



 遠目で見つめていると。

 一人の兵が声を荒げる。



「なぁに、ぼさっとしてんだ! 女子供を守る為に戦ってんのに、なんで男の俺たちが逃げようとしてんだ。前へ進めぇ!」



 男はそう言うと単身で駆け始めた。



 其れを見た。

 指揮官の一人が舌打ち交じりに叫ぶ。



「末喜様が、天女様が前線に出ているんだぞ。天の加護は俺たちにある。進めぇ!」



 指揮官が突撃の命を下すと。

 周囲の兵達は互いの顔を見合い。

 覚悟を決める。



「商の雑兵共! 俺が相手してやる!」

「夏は不朽の太陽だ。其の太陽が易々と落ちると思うな!」



 夏兵が一斉に命をかなぐり捨てると。

 後方は激戦へと変貌する。



 推哆すいしは水晶越しに笑みを浮かべる。



「やっぱり、戦場に華は必要ね。馬鹿な男達は簡単に乗るから。……でも、気概だけでは、どうにもならないこともあるのよ」



 推哆がそう言うと同時に。

 均衡が崩れ去る。



 商の勢いは留まることなく。

 統率と練度の差から。

 夏の勢いを押し殺す。



 末喜の近衛兵も続々と崩れ落ち。



 商兵の一人が槍を片手に末喜に迫る。



「大陸を惑わした妖婦め、覚悟!」

「…………」



 末喜は覚悟した目で自らを貫こうとする。

 商兵を見つめていると。



 商兵は血飛沫を撒き散らして。

 崩れ落ちる。



 末喜の眼前には七名の仮面を被った者がおり。

 其の姿を見た商兵は足を止める。



「あの仮面。夏王、直属の近衛兵。王師だ!」



 王師は独特の所作を見せると。

 掛け声と共に抜刀を放つ。


「「ッ!」」



 抜刀と同時に真空が生じ。

 商の突撃部隊を蹂躙する。



 人であった者達は肉片と成り果て。

 舞い上がり。



 霧雨の如く。

 その血肉を撒き散らす。



 朱の霧雨を浴びた商兵は。

 腰を抜かして叫ぶ。



「ば、化け物だ!」

「に、逃げろ。あんな化け物に敵うわけがねぇ!」

 


 混乱と動揺が広がると。

 伊尹は叱咤するように叫ぶ。



「進軍の銅鑼を叩きなさい! もっと、もっとです! 止まっては成りません。駆け抜けるのです!」



 銅鑼が勢いよく鳴り響くと。

 


 その甲高い音により。

 商の勢いは戻り。

 王師へ突撃を行う。



 王師は迫りくる大軍に臆すことなく。

 ただ、ひたすらに斬り伏せる。



 瞬く間に。

 百近くの商兵が地に伏しており。



 人ならざる集団。

 王師の異質さを見せつける。



 伊尹は正面からでは。

 崩せないと判断して叫ぶ。



「王師を迂回し。二手に分かれて夏軍に突撃しなさい!」



 商兵達は王師との距離を取るように。

 左右に分かれ。

 結び合うように。

 夏の後続に突撃した。



 王師は後続の援護のために、

 分散して動き。 



 混戦状態へと陥る。



 半刻近く。

 王師の活躍もあり。

 夏軍が優勢を誇るが。



 兵数の前に。

 徐々に押され始める。



 王師の一人は。

 返り血で僅かばかり視界がぼやけると。

 商兵により胸元が貫かれた。



「……っ。雑兵風情が」



 王師の一人は胸元の刃を抜き。

 反撃しようと手から魔法陣が浮かぶと。


 背後から商兵が。

 王師の手を斬り落とし。

 馬乗りとなって。

 刺突を繰り返す。



 若い商兵は恐怖から王師の顔を一切見ず。



 化物を退治するかのように。

 何度も。

 何度も。

 刺突を繰り返す。



「…………」


 痙攣まがいに反射していた動きも。

 やがて静止し。

 


 物言わぬ躯となり果て。

 横たわる。



 王師の一人が倒れると。

 なし崩し的に。

 一人。

 一人。

 と崩れ落ちてゆく。



 地面に伏した。

 王師の中には。

 何処か艶のある女性もおり。



 零れ落ちた仮面から。

 虚空の瞳で空を見つめていた。



 王師が崩れるにつれ。

 末喜の余裕がなくなり。

 声を荒げながら指揮を執る。



「引いてはなりません! 戦うのです。最後の最後まで! 夏の落日する其の時まで!」



 流れ矢が末喜の馬に直撃し。

 末喜は地面へと叩き落ちる。



「……っ」



 末喜は身体を起こすと。

 眼前には商兵が迫っており。

 末喜は剣を抜く。


 末喜は剣を弾こうとするが。

 体格差から突き飛ばされ。

 握っていた剣は地面へと滑る。



 商の兵は末喜を殺すことに躊躇ったが。

 他の兵が口を出す。



「顔に惑わされるな。こいつは、夏の妖婦だ。此奴が好き勝手した所為で大陸は無茶苦茶になったんだ」



「そうだ、こいつの贅沢な暮らしの為に、俺たちはどれだけ飢餓に苦しんだか」



 大柄の男が前に出る。



「まぁ、待て。少し、楽しませて貰おうじゃねぇか。こいつにも、夏にも恨みがあるからな」



 推哆すいしの水晶越しに眺めていたけつは叫ぶ。



「末喜!」



「あら、どうするの。このままだと、殺されちゃうわよ。其の剣、抜く覚悟はできた……」



 推哆が言い終える前に。

 眼前から桀の姿は消え去り。

 鞘だけが残されていた。



「せっかちねぇ。まぁ、良いわ。少なくとも、この戦いに於いて。敗走することはなくなったからね。……聖者が握れば、聖王になり。覇者が握れば、覇王になる。さて、どちらでもない貴方は一体、何になるのかしら」



 末喜の衣服は乱雑に破かれ。

 腕や足には刀傷による傷と。

 殴打による痣が生じる。



 末喜は痛みを訴えることも。

 おびえるそぶりも見せず。

 清廉とした態度で黙りこむ。



「……っ。泣きも喚きもしねぇのかよ。まぁ、いい、後は、戦いが終わってからのお楽しみだ。天女を何処まで汚せるのか、今から楽しみだぜ。湯や伊尹に見つかる前に、連れ帰るぞ。聖人ぶっているあいつらに見つかったら面倒だからな」



 大柄の男は末喜の首に手を当てる。


「少し、眠ってろや」



 末喜の首が強く絞め始められる。


「…………う、ぅぅ」



 末喜は手足をばたつかせるが。

 更に首を絞める力が籠もり。



 末喜が意識を失いかけた瞬間。



 眼前に現れた青年が。

 大柄の男の首を刎ねた。



「……大丈夫か。末喜よ」



 末喜は眼前の青年が。

 自分の見知っている人物と。

 同一視出来ずに困惑する。



「ごっほ、ごっほ、ごほ。……け、桀? なんで、昔の姿に」



「話は後だ。此処ら周囲を治める。引いていろ」

 


 桀はそう言うと文様が刻まれた剣を握ったまま。

 前へと進む。



 桀王は目を大きく見開き。

 向かってくる商兵を威圧する。



「……頭が高いな。大陸の王の目の当たりにして。何故、へりくだらぬのだ」



 桀の目は蒼眼に光り輝き。



 商兵は恐怖と威圧により。

 固まるように動きが止まる。



 百近くの兵が動きを止まると。



 桀の目は紫眼に光り輝き。

 声色が変わる。


「……嗚呼、商兵よ。すまぬ。大陸が此処まで乱れたのは、全ては私の不徳によるものである。お主らは全て、夏の赤子である。どうか、兄弟達よ。私の声を聞き。武器を降ろし。言葉で語り合う時をくれぬか。私は、お主らの声が聞きたいのだ」



 聖君を思わせる。  

 柔らかな雰囲気と。

 この者は殺してはならぬと言う。

 本能に訴えかけるカリスマ性に当てられ。



 桀王を間近で見た。

 商兵は無意識的に。

 握っていた武器を下ろしてしまう。



 桀の目は蒼に光り輝き。



「だが、夏に刃向かったことは罪である。そうであろう」



 桀王はそう言うと。

 一振りで。

 刃を下ろした兵を一掃した。



 数十の商兵が崩れ落ち。

 桀王の眼光に当てられた。

 商兵の殆どが威圧と恐怖から固まる。



「嗚呼、臣下達よ。苦しい顔をするでない。此れにて、商の罪は払われたのだから。さぁ、武器を降ろし。共に、新たなる未来に進もうではないか」



 桀の目は再び。 

 紫眼に変わり。

 再び聖君を思わせる。

 雰囲気を纏い。



 聖王と覇王の気を交互に受け続けた。

 一部の商兵は正気を喪失し。



「ああああああ」

 


 刃を乱雑に振るい。

 同士討ちを始める。



 推哆は興味気に呟く。



「覇王と聖王があんなに入り乱れるだなんて、面白いわね。周囲が堪えきれず。正気を失ってるじゃない。……さて、狂人の調停者にマリパイセン。私が築き上げた時代のシナリオ。打ち壊せるかしら」



 推哆の水晶にはけいとマリが映し出されていた。

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