第1話 夏王朝に舞い降りる矛

 古代中国。

 紀元前十六世紀。



 雑木林が立ちこめる遙か上空。

 魔法陣が浮かび上がると。

 けいが現れた。



 地上まで一万メートル以上あり。

 啓が声を荒げる前に落下が始まる。



「か、開始早々。絶体絶命ではないかぁ!」



 啓の絶叫虚しく。

 幾層もの雲を突き抜けてゆく。



「あ、相方がおるのであろう。一体、何処におるのだ」



 雲を突き抜けてゆくと。

 激しい閃光と衝突音が。

 下雲より生じており。



 

 光と音の先には。

 二人の者が刃を交えていた。



 銀髪のポニーテールの少女が。

 空中を蹴り上げ。



 団扇を用いて。

 フードを被った者の刃を弾き。



 空中にて。

 激しい攻防が繰り広げられる。



 渾身の一撃を共に振るうと。

 鍔迫り合いになり。

 互いに相手を睨み合う。



「…………」



 啓は最後の雲を突き抜けると。

 余裕のない声で叫ぶ。



「ぬぉぉぉ。とまらぬぅ!」

「……!」



 銀髪の少女は啓の声に反応し。

 視線を移すと。

 フードを被った者は口元を緩め。

 少女の胸元に触れた。



 胸元からは。

 八卦はっけの正象が浮かび上がり。



「……っ!」



 少女は勢いよく吹き飛ばされる。



 少女は体制を崩しがらも。

 空中に片手を当て。



 空中を擦る音と共に。

 吹き飛ばされるのを止めるが。

 遙か遠くまで飛ばされ。



 フードを被った者は。

 弓に持ち替え。

 弦を引き絞る。



「……狙いは、僕か」



 啓が苦い表情浮かべると。



 フードを被った者が口元を緩め。



 指を放そうとした瞬間――。



 背後から風切り音が響き渡った。



 風切り音の正体は。

 少女が吹き飛ばされると同時に。

 投げ飛ばした団扇であり。



 触れるモノ全てを断絶せんと。

 回転し。 

 フードを被った者に襲い掛かる。

 


「……くっ!」



 フードを被った者は辛うじて躱すが。

 躱した影響から。

 狙いが逸れ。



 閃光を纏った矢は。

 啓の頬をすり抜けた。



「間、一髪であるな」



 啓は冷や汗紛いに言うと。



 フードを被った者は。

 次なる矢を弦に乗せており。



 其の弦は躊躇うことなく。

 放たれた。


 

 啓は覚悟を決めると。



 眼前に銀髪の少女の背中が写り込む――。



 少女は旋回してきた団扇を掴むと。

 そのまま大きく振るう。



ッ!」


 

 大気を裂くかのような突風が生じ。



 放たれた矢は無論。

 フードを被った者ごと吹き飛ばした。



 突風は地上の森林まで蹂躙し。

 数十の大木は根元から崩れ落ち。

 森林は一瞬にして。

 荒れ地へと変貌する。

 


 少女は団扇を水平に掲げ。

 弓の形状に変貌させると。

 緩やかに弦を引き絞る。



「崩れ落ちた木々に隠れようが無駄ですよ。……神具しんぐを以て終わらせます」



 弦には矢が乗ってなかったが。

 徐々に矢の形状が浮かび上がり。



 清浄を纏った矢が顕現する――。



 フードを被った者も。

 崩れ落ちた大木の狭間にて。

 片膝を付き。

 狙撃の体制に移行しており。



 剣状の矢を弦に乗せ。



 銀髪の少女に狙いを定める。



 周囲の大気すらも切り裂く圧を共に放ち。



 神名と共に矢を放つ。



「「神具しんぐ、***」」



 天と地から放たれる形状の異なる矢は。

 轟き音を靡かせ。

 空中にて衝突する。



 未曾有宇の爆発が生じ。

 落下していた。

 啓が浮き上がるほどの衝撃であった。



 互いの矢は僅かばかり膠着するが。

 清浄の矢の前に剣状の矢は砕け散り。



 四本の剣となって四方に弾け飛ぶ。



「四本の、剣?」



 四本の剣は大陸の彼方まで飛び立ち。

 空中に突き刺さると。



 互いの剣を結ぶかのように。

 天空に薄い結界が築かれ。



 大陸中が結界に覆われる。



 天空には太極図が浮かび上がっており。

 少女は初めて動揺を見せる。



「これは、神具、四宝剣しほうけん!」



 天空の太極図が緩やかに。

 回転し始めると。



 少女と啓を囲むように。

 八卦の文字が張り巡らされる。



 少女は地上の森林を一瞥して。

 啓を蹴り飛ばした。



「減速の魔術を掛けました。受け身を取って下さい」

「お主はどうするのだ」



「私より自分の心配をなさい。幾ら減速しても、受け身を間違えれば死にますよ」



 少女は八卦の文字から逃れようと大気を蹴り上げ。

 上空へ逃れようとするが間に合わず。



 少女の腕に八卦の文字が巻き付き。

 手首に八卦が刻まれる。



「……此れは、魔力、封印」



 少女が苦い表情で手首を抑えると。

 握っていた弓の形状は崩れ。

 団扇の形状へと変わる。



 少女は浮遊すら困難になり。

 体勢を崩したまま落下し始めた。


 

 フードを被った者は口元から血が漏れ。

 胴体には風穴が空いていた。



「……ふっ」



 フードを被った者は。

 自嘲するような笑みを浮かべると。

 緩やかに前に倒れ。



 肉体は粒子となって消滅し。

 其の存在が始めから存在していなかった。

 かのように消え去った。



 大陸を取り囲んだ結界は。

 この世界と同化するかのように透過し。

 先の光景が幻想であったかのような。

 静けさをもたらす。



 少女は重力に身を委ねており。

 為すがままに落下を加速させていく。



「よもや、あの娘。気を失っておるのか!」


 

 森林の枝木を緩衝材にして。

 先に地面に下り立った。

 啓は全力で森林を駆け抜け。



 落下する地点に辿り着くと。

 少女を受け止める。



「大丈夫であるか!」



 少女は緩やかに目を開き。



「……大丈夫、なわけないでしょう、が」



 そう呟くと再び気を失った。



 少女の手首には八卦の正象が刻まれており。

 鈍く光る正象は。



 この時代に於ける。

 調停の困難さを示しつけた。

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