第2話 狂いだす調停

 少女が眼を開くと。

 あまねく星空が輝いていた。



 少女は朧げな瞳で星々を見据え。

 


 奇蹟の片鱗に触れようと。

 手を差し伸ばすと声が掛けられる。



「目が覚めたであるか」



 少女は声がした方に振り返ると。

 けいが大木にもたれていた。



「……ええ、快眠とは程遠いですが、よく眠れましたよ」



 少女は立ち上がろうとするが。

 身体が言うことをきかず。

 お尻から落ちる。



「無理をするでない。もう少しばかり、休むのだ」

「……そう、ですね」



 啓は少女に問い掛ける。



「一応、確認するが、お主が、もみたんが言っていた。相方であるか」

「もみ、たん?」



 少女は困惑した表情で聞き返す。



「うむ。左のもみあげが妙に長いからもみたんだ。女禍じょかという堅苦しい名よりも親しみがあろう」



 少女はなんだコイツ。

 みたいな目をしながら言う。



「親しみがあるかどうかは分かりませんが。……ええ。私が、貴方の相方となります。女禍より、私の名は聞いてますよね」



「いいや。聞けておらぬな」



「そうですか。……それでは、マリとお呼びください」



「マリリンか。良い名ではないか。僕は啓と言う」

「……リンは不要です。マリです」



「うむ。了承した。マリーダよ。ところで先ほどの襲撃は何事であるか。あのフードの者、僕らに敵意を持っていたようだが。よもや、伏羲ふっき側の調停者と言うモノか」



 マリは呼び間違いに抗議するような。

 視線を送りながら言う。



「いいえ。先の襲撃は恐らく。この世界の守護者でしょう」

「守護者とな。聞き慣れぬ言葉であるな」



 マリは後ろ髪を纏めながら言う。



「……人の身の貴方は知らないと思いますが、人類史の破滅や変革を防ぐために各々の世界には、神格を持つ者がくびきとして打ち付けられています。恐らく、先の者は、私達の介入に気づいた為、排斥に動いたのでしょう」



「つまり、先の者はこの世界の秩序みたいな存在か。だが、そのような者を打ち倒しても大丈夫なのか」



「何の支障もありませんよ。……例え、人類がどれだけ滅びに向かおうが、腐りきろうが。其れが、伏羲の意向に沿うというのなら何の手出しも出来ません」



 マリは月に視線を移して続ける。



「守護者が動ける時は決まって。伏羲が築いた世界を否定するときだけです。其れこそ、太陽が十個上がるかのような天変地異が起きた時や。この定められた世界を改変しようと目論む。伏羲が予期せぬ者が送られた時ぐら……ぐうぅぅ」



 マリのお腹が鳴り響く。



「随分と主張が大きいお腹であるな」



 マリは団扇で顔を隠す。



「仕方ないでしょう。腕に刻まれた呪詛の所為で、魔力が殆ど回復しないのですから」

「呪詛だと?」



 マリは袖を捲り。

 腕に刻まれた八卦を見せつける。



「これは魔力制限の呪詛です。これにより魔術は無論……時代の加護すらも与えることが困難になりました。言い辛いことですが、このままだと、時代を変革することは厳しいでしょう」



「ふむ。お主が本調子ではないのだな。しかし、其れがどうして、時代を変革出来ぬことと繋がるのだ」



 マリは溜息を漏らす。



「時代とは、神格を持つ調停者が人に加護を与え。英傑を創り出すことによって動きます。ですが、今の私には其れが出来ないと言っているのですよ」



「つまるところ。お主がただの少女となっただけの話であろう。ならば、何の支障もあるまい。元より、この調停。そのような加護とやらに頼る気はなかったのでな」



 マリは眉をひそめる。



「加護なしでどうやって時代を変革するつもりですか」



 啓は星を眺めながら呟く。



「人の意思さえあれば、時代は変わりゆく。……第一、もみたんも言っていたではないか。人の意思によって築かれる時代を見たいと」

「…………」



 マリは神妙な面持ちになると。

 お腹が鳴り響いた。



「お、お腹が空きすぎました。何か食料を。ギブミーフード。……じゃないと、マリさん倒れてしまいます」

「暫し、其処で待ってよ。食べモノを探してくる」



「あっ。私、和菓子が食べたいです。長門屋のくず餅を所望します」

「この時代にそんなモノがあるわけなかろうが。山菜か魚でも見繕ってくる」



 啓はそう言うと森林へ入っていった。



 マリは啓の背中を見送ると。

 肩の力を抜いて呟く。



「……色々、疑念点がありますが。一先ず。順調です、ね」



 マリはそう言うと。

 気を失うように倒れ込んだ。

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