第36話 昇らぬ太陽

 昆吾こんごとうは互いに。

 剣を交差させると。

 剣は砕け散り。



 握っていた剣を手放し。

 素手にて殴り合う。



 数十度の殴打を繰り広げた後。



 湯は身体を回転させ。

 回し蹴りを行うが。

 昆吾も同じ動作を行い。



 互いの蹴りが顔に入った。



 共に吹き飛ぶと。

 昆吾は口に堪った血を吐き捨てる。



「やるじゃねぇか」



「……」



「無視かよ。つれねぇな」



 昆吾は呼吸を整えながら。

 天を見上げて言い放つ。



「なぁ、お前さ。……此の世界が、下らねぇって思ったことはねぇか」

「…………」



「俺はあるぜ。此の世界の全てが、下らねぇと思っていた。力を持った奴は何をやっても赦され。力のねぇ奴は何をされても文句が言えねぇ。俺は、こんな世界が心底きれぇだった」



 昆吾は乱雑に髪を掻き上げる。



「だが、ガキの頃は純粋でな。あの女が言ったように、太陽が全てを照らし。地獄みたいな日に終わりが来る。そんな日がくると本気で信じてた」



「…………」



「だが、どれ程、幾月の年が過ぎても。太陽は昇らず。狂った月だけで照らし続けた。……俺を産んだ女は顔だけよくてな。異民族の捕虜だったが殺されず。くそ親父の愛妾となった。だが、年と共に男の寵愛も薄れ去り。家畜のように扱われる現状に、女は堪えきれなくなり。幼きガキを引き連れ、くそ親父の元から逃げた」



 昆吾は失笑しながら続ける。



「だが、地獄は何処へいっても地獄だった。優れた女の容姿が裏目に出て。とある伯に捕まり。数多の男に回され。行為を強要され続けた結果。無残な最期を遂げちまった。……その女。最後に、俺になんて言ったと思う。目も見えなくなり、感覚すらもなくなった手で、俺の首裏に手を添え。……太陽はいつか、必ず昇るから。その時まで、必死に生きて、だとよ。思わず笑っちまったよ。最後まで、めでてえ女だとな」



「…………」



「言っておくがな。俺は其奴らを恨んでいるわけじゃねぇ。報復はしたが、感謝してるぐれぇだ。この世界は下らなくて。何をしても良いと教わったからな」



 昆吾は近くにあった剣を蹴り飛ばし。

 宙に舞った剣を掴むと。

 流れるように剣を振りかざす。



 湯は地面にある剣を手に取り。

 昆吾の剣を弾く。



「力を得た当初は高揚したさ。好きなように暴れ。好きなように振る舞ったさ。だがな、暴れれば暴れるほど欠けてくんだよ。そして、気づいちまった。あれほど忌み嫌っていた奴らと同じ顔をしていることにな。……俺はあのカス共と違う。人の痛みも、人の想いも踏み躙るような、あんな屑どもとは俺は違う! 俺は、おれは!」



 昆吾の一閃は勢いを増し始めており。

 剣を振るうたびに。

 悲鳴のような風切り音が生じる。



「…………」


 昆吾は一方的な攻勢を。

 仕掛けながら言い放つ。



「あの詐欺師が言うには、法術って言う如何に世界が狂おうが、時代を狂わせねぇ術があるみてぇだ。俺は、その法術を使い。万世に渡る王朝を建国してやる。こんな腐った世界が二度と訪れねぇように、狂った月が二度と顔を見せねぇように。この俺が英傑として、太陽として、この大陸を照らしてやる!」



 昆吾が全力を放った一撃は。

 湯が握った剣を破壊し。

 胸元すらも斬り裂く。



「…………」



 湯の胸元からは夥しい血が零れ落ち。

 膝が地面に落ちる。



 昆吾は剣を湯の首元に当てた。



「太陽は一つで良い。……じゃあな、遅すぎた英雄」



 昆吾は天高くに剣を上げると。

 暴れ馬に振り回された。

 人物が此方に向かってきた。



「ど、どきなさい。良い子だから暴れないでぇ!」



 暴れ馬に振り回されてきた女性が。

 馬の手綱を握れぬまま。

 湯を吹き飛ばす。



 女性は馬に振り落とされる形で。

 地面に転げ落ちた。



 昆吾は怪訝な表情で女性を見据える。



「また、てめぇか。戦場に女が出しゃばんじゃねぇよ。有莘ゆうしんの妹が」


 女性は膝に付いた土を。

 払い落とすと立ち上がる。



妣丙ひへいです。名前で呼びなさい。第一、私は、湯を助けに来たのではありません。私、いいえ。有莘は、商を助けに来たのです」



「有莘が、だと」



 昆吾はその言葉の意味を察し。

 戦場を見返すと。



 右陣と左陣が押され始めることに気づく。



「まさか、テメェら。あれだけ世話になったとほざきながら。夏を捨て。商に靡くつもりか」



「ええ、有莘は夏から離脱を申し入れました。有莘は全力を持って、商を補佐します。それで、湯はどこにいるのです。……って、何、呑気に戦場で寝ているのです!」



「てめぇの馬が蹴り飛ばしたからだろうが」



 昆吾の冷ややかな言葉を無視して。



 妣丙は湯の襟元を掴み。

 強引に揺らす。



「こんな戦場で気を失っているだなんて情けない。さっさと起きなさい。貴方が総大将なのですよ」



 湯は混濁した瞳で目を開くと。

 妣丙は思わず後ずさりする。



「こ、昆吾。貴方、湯に何をしたのです!」



「何もしてねぇよ。其奴が勝手に堕ちたんだろう」



 妣丙は口元を噛み締めると。

 湯に平手打ちを放つ。



 湯は何の感情も見せず。

 妣丙を見つめると。

 妣丙は強い目をして言い放つ。



「さっさと正気に戻りなさい。湯! 私が、いいえ、大陸の皆が貴方に付き従おうとしたのは、貴方が光を指し示すと信じたからです。其れなのに、貴方が光を見失ってどうするのです!」



 湯に其の言葉が届いていないのか。

 剣を拾い上げ。

 妣丙を無視して通り過ぎようとした。



 妣丙は湯の前に立ち。

 行く手を遮る。



「行かせませんよ。そんな穢れた目で。そんな穢れしか産み出さぬ剣で、貴方は何を守るつもりなのですか。いい加減、眼を開きなさい湯!」



 妣丙が湯を抱きしめるように押さえると。



 湯は拒絶するかのように突き飛ばし。

 妣丙を斬り捨てるために剣を振り上げた。



「……」



 妣丙は覚悟した目でその剣を見据え。



 振り上がった剣は躊躇いなく下ろされた――。

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