第13話 夏王の裁定
全ての視線が啓に集うと。
「何を弁明する気かは知らないけど。何の地位もないアンタが、夏王に上奏すること自体が不敬に当たるのよ。増してや、夏の罪を言及だなんて、其の言葉だけで首が飛んでも可笑しくないわ。夏王は寛大だから、一度は赦すでしょうけど。次はないわよ。もっと言葉を選んで言いなさい」
「忠言、感謝する。……では、夏王よ。さっそくだが、夏の罪についてから言及させて頂こうか」
推哆は舌打ちし。
すかさず啓の袖を握る。
「啓。話を聞いてなかったのですか。相手はこの大陸の王なのですよ。直言するとしても、もっと言葉を選んで話さなければ……」
「言葉を選んでどうするのだ。屈折した言葉は、志すらも曲げるゆくのだぞ」
「…………」
伊尹は目を大きく開いたまま動けず。
硬直する。
啓は桀王に目線を合わして続ける。
「さて、夏王よ。まずは一つ問いたいのだが、商に罪があると言うのならば。
啓の言動に反応し。
王師の女性は一歩前に出ると。
桀王は手で制止を促す。
「……よい。忠言とは耳に痛い。そう、あの者から聞いておる」
桀王は胸元から漢方と思われる。
一錠の薬丸を取り出すと。
薬丸を見つめながら言い放つ。
「……あの者に、余は病にかかっておると言われた。決断できぬ、という大病に。この病の所為で。いや、余の意志の弱さが、大陸を此処まで乱してしまったのだ」
桀王は啓と伊尹。
そして湯を一瞥すると。
薬丸を呑み込んだ。
緩やかな呼吸が数度行われ。
目を開く。
桀王は少しばかり覚悟した目に変わり。
声色を少し上げて言う。
「……啓だったか。下がるが良い。余の罪は、お主らを正当に裁くことで晴らそう」
「商が反旗を翻した理由について、まだ述べておらぬのだが」
「葛伯に罪があるのは知っておる。出陣前に、関龍逢から詳細は聞き及んでおる」
桀王の目に僅かばかり力が宿っており。
啓は頷いて下がる。
「……了承した」
啓が下がると。
桀王は湯に視線を移す。
「さて、此度の首謀者、湯よ。お主は何か弁明することはあるか」
湯は両腕が拘束されて。
座らされており。
顔を下げたまま言う。
「弁明なんてないよ。僕が葛伯を討ったことは事実だからね。……だけど、一つだけ聞いて貰いたいことがある」
「申せ」
湯はゆっくりと顔を上げる。
「この騒動は、全て僕が行った。商の民は僕によって脅されて動かされていただけ。この身がどう殺されたって良い。……だから、アイツらだけは、商の民だけは赦しては、貰えませんか」
湯は頭を地面に押し当てて言う。
湯が地面に額を当てるのを見た。
周囲の者は呑まれ。
其の空気の変わり様を見た。
推哆は舌打ちして言い放つ。
「情で流されては成りませんわ。商は武勇と知謀に長けた民族。その様な民族が無罪放免だなんて、夏に大いなる禍をもたらすのは言うまでもないこと。情状酌量なんて不要よ、不要!」
桀王は一瞬ばかり。
其の声に耳を傾け。
周囲の顔色を見たが。
思い起こすように首を振り。
王としての振る舞いを続ける。
「誰が発言を赦したのだ。余は、お主から知謀を借りたいと言った覚えはないぞ。口を慎むのだ」
「……っ」
推哆が黙らされると。
桀王は一呼吸置いてから。
湯を見つめる。
「お主の想いは、この胸に聞き届けた」
桀王は僅かばかり間を以て言う。
「……それでは、以上を踏まえ。判を下す」
集った者達の視線は桀王に集中する。
桀王は平穏を装いながら言葉を繋ぐ。
「伯の地位ある者に反逆したことは、死罪に当たるのは言うまでもないこと。商に住まう者、全てが決起したというのなら。商に住まう女子供を含め。全てが死罪に当たるのが道理である」
湯は目を見開いて。
地面を見つており。
啓は顔色一つ変えず。
桀王の言葉を聞く。
桀王は震える唇を噛みしめ。
言葉を放つ。
「だが、葛伯が救えぬ者であったのは事実であり。葛伯を野放しにした余にも一角の罪があるのを認めよう。……そして、余の罪は、商の民を放免することによって晴らしたい」
臣下に動揺が走り。
推哆が苛立って言い放つ。
「何考えてんのよ。商の民を赦すだな……」
推哆が言い終える前に。
短刀が推哆の顔を掠める。
「誰が発言を赦したのですか。これ以上、のたまうなら。喉元に投げつけますよ」
王師の女性は次なる短刀を握っており。
「……っ!」
推哆が口元を噛みしめて黙らされる。
王師の女性の圧により。
周囲は黙り込み。
桀王の発言に異議を唱える者はなくなった。
桀王は平穏を装い。
啓と湯に視線を移す。
「此度の騒動で罰すべき者は、首謀者である湯と。商を庇った啓。お主等二人のみとする。お主ら二人には共に……」
桀王は僅かばかり。
間を取って言い放つ。
「死罪を言い渡す」
桀王の判決と共に憲兵が動き。
啓の両腕に縄を掛けた。
「二度目の死罪であるな」
伊尹は声を震わせながら問いかける。
「な、何故、処刑されるのが分かって庇ったのです」
「其れが正しいと思ったからだ」
「……ただ、しい?」
伊尹は其の言葉の意味を捉えている合間に。
憲兵が縄を結び終え。
移送を始める。
啓はすれ違いの狭間。
伊尹に言葉を残す。
「シータよ。……人は何故、年を隔てるにつれ。立ち止まると思う」
「…………」
伊尹は返すべき言葉が見当たらずにいると。
憲兵が縄を引き。
啓を連れ出そうとする。
「さっさと来い。狂人が」
啓は狂人を思わせる笑みを見せ。
言い放つ。
「……下らぬ世俗と常識が、人の歩みを止めるのだ」
啓は背中を見せ。
最期の言霊を伊尹の胸に刻みつける。
「故に、狂を以て。突き進め。……狂なれ、狂なれ、狂なれ。ただ……狂であれ」
啓は湯と共に憲兵に連れて行かれた。
夏の軍勢は王都を目指して動き出す。
伊尹はその様子を。
ただ呆然と。
何処か他人事のように眺めていた。
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