第6話 商の反乱

 商の反旗は直ぐに葛伯かつはくの耳に届いた。



「遂に血迷ったか。あの狂犬め。直ぐに周辺の邑や伯に知らせよ。これは、儂への反逆に留まらん。夏王朝への反逆である」



 商の地から葛伯の地までは一週間は掛かる目論見であり。

 


 其の時間があれば。

 援軍が間に合うと葛伯は判断した。



 だが、其の算段は商の兵器によって脆くも崩れ去る。

 


 商は輸送に最も時間が掛かる。

 食料や武器と言った兵站へいたんを馬車や荷車を用いて。

 迅速に運搬し。



 僅か三日で。

 葛伯の城壁前に辿り着いたのだ。

 


 大戯たいぎは肩で息をしながら荷車を止める。



「はぁ、はぁ、はぁ。……なんで僕が、こんな重労働を」



 荷車にはとう仲虺ちゅうきが乗っており。

 湯が欠伸紛いに言う。



「僕、歩くの嫌いなんだよ」

「なら、馬に乗れば良いじゃないっすか!」



「…………? 馬が可哀想じゃないか」



「僕は可哀想じゃないんッスか!」



 大戯は頭を乱雑に掻き。

 苛立ったまま言い放つ。



「そうです。せめて、何か労いの言葉とか欲しいッスよ。結構、頑張ったんっすよ」



 仲虺は口元に手を当てると。



「労い、ですか」



 荷車から降り立ち。

 車軸を確認すると。

 労いの言葉を掛ける。



「ふむ。摩擦により、多少なりとも削れていますが。亀裂はありませんね。ええ、よくもってくれました」



「車輪じゃなくて、僕ッスよ、僕! 僕を労うんッスよ!」



 大戯が大声で突っ込むと。

 湯が険しい表情をして大戯を蹴り飛ばした。



「……ひどょい」



 大戯が吹き飛ばされると。

 先ほどまで大戯がいた場所に矢が突き刺さる。



 城壁には数十名の弓兵が構えており。

 正門からは百以上の兵が現れる。



 湯は笑みを浮かべて剣の柄に手を当てた。



「へぇ。随分と、気持ちいい挨拶してくれるじゃないか」



 湯が脇差し程の長さの剣を逆手に持ち。

 単身で前に出る。



 仲虺は溜息を吐き。

 猫背の姿勢で前に出る。



「……皆さん。遅れてはなりませんよ。やるからには徹底的にです。遺恨が残らぬように、刃向かうモノは全て、斬り伏せましょう」



 二人が前に出ると。

 商の兵は一斉に駆け出し。

 大規模な戦闘が始まった。



 最前線に於いて。

 指揮官である湯が刃を振るい。

 其の勇猛さに鼓舞され。



 兵数を物ともせずに押し返す。



 勢いに呑まれた葛伯の兵達は正門を閉じ。

 援軍を待とうとするが。



 商の怒濤の猛攻により。

 城門は容易く突破され。



 雪崩のように商の兵が押し寄せた。



 湯は殺気ある者に対しては刀身で斬り伏せ。

 迷いある者に対しては柄や蹴りで殴打する。



 仲虺は淡々と斬り伏せており。

 迷いある者に対しても容赦なく。

 斬り伏せてゆく。



 城門が開いてから。

 僅か半刻余りで。

 葛伯の兵は命惜しさに降伏を始めた。



 葛伯の一人の兵は膝を付き。

 こびるように頭を垂れると。



 湯はつまらなそうにその頭を蹴り飛ばす。



「……つまらないな。まぁ、いいさ。さっさと葛伯を討ちに行こうか」



 湯はそう言うと。

 葛伯が住まう屋敷に足を進める。



 屋敷では。

 葛伯は美女を囲っており。

 人差し指を突きつけて叫ぶ。



「湯よ。貴様、何をしでかしたか分かっておるのか。貴様のしでかしたことは、儂への反逆にとどまらず。夏への反逆となす。其れを分かっての行動であろうな!」


「……へぇ、それで?」



 湯は首を傾げ。 

 前に出る。



「わ、儂を殺せば、それこそ貴様は八つ裂きされるであろう。其の覚悟はあるのであろうな」



「……で?」



 湯が握っている刀身からは血が滴り落ちており。

 逆手に持ったまま歩みを進める。



「……い、今引くのなら。此の件、儂の心の中で留めてやろう。今、儂を殺せば、貴様だけでなく。貴様の邑ごと、夏に滅ぼされる運命にあるのだぞ」



「あっそ」



 湯がすれ違い狭間に刃を振るうと。

 葛伯の首は零れ落ちる。



 仲虺がその首を拾い上げ。

 控えていた美女に投げ渡した。



「貴方たちの大切な御仁です。大切になさい」



 美女らは葛伯の首を避け。

 悲鳴と共に王宮から逃げ出した。



 伽藍とした王宮の中で仲虺は問いかける。



「さて、湯よ。これからどうします」

「勿論。夏の王都に殴り込みに行くよ。逃げるなんて性に合わないし。第一、こんな屑をのさばらせる王朝なんて、もう必要ないだろう」



「……夏の王都に向かう前に一つ。面白い噂が耳に入ったのですが、聞きますか。なんでも、桑から生まれた者の話です」

「そんなおとぎ話、興味ないね」



 仲虺は湯の返答に気にもせず口を開く。



「何でも其者は稀代の賢人らしく。軍事、政務、ありとあらゆる方面で卓越した能力を持っているそうです。この者の知謀を借りれば、もう少しばかり、上手く立ち回れるかもしれません」



「必要ないね」



「そうですか。では、このまま行軍を続けましょうか。……しかし、商の者も随分と奇特です。長の自殺に付き合うというのですから」



「……僕は君たちに着いてこいとは一言も言ってないよ」



「ですので勝手に付き従い、勝手に死ぬのです。皆で死ぬのです。貴方も寂しくないでしょう」

「…………」



 湯は仲虺を睨み付けるが。

 仲虺が皮肉を含んだ笑みで返したため。

 湯は苛立ち紛いに言い放つ。



「一応聞くけど、そいつ、名は」

伊尹いいん。と申します」



「……分かった。どうせ、兵站の補給もあるし。会うだけ会ってみるよ。少しでも、戦力は欲しいからね。ところで、大戯の姿が見えないんだけど。何処へ行ったの?」



「そういえば、先ほどから見えませんね。何か気になることでも」

「最後にアイツを蹴ったとき……いや、なんでもない」



 大戯は遥か先の高地にて。

 葛伯の邑を見下ろしていた。



「ちょっと居心地が良すぎて長居しすぎちゃったかな。たった二人の死に報いる為に、皆が動くだなんて。……理解し難いよ」



 大戯は複雑な表情を覗かせるが。

 直ぐに元の表情に戻す。



「しかし、湯に仲虺か。中々、面白い子達だったけど、残念だなぁ。並列世界の記録だと、死ぬことが決まっているんだよね。でも、まぁ、此れで、僕の仕事も終わったし。王都へと帰還しますか」



 大戯は胸元から仮面を取り出すと。

 夕闇の中に溶け込んでいった。

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