第25話 狂いゆく式典

 本殿前に貢納物が並べられてゆく。

 


 大陸を渡り歩かねば。

 手に入らない名品や珍品が。

 夏の本殿に並べられていた。



 官僚が物品を並べゆく中。

 官僚の一人が言いにくそうに。

 昆吾こんごに問いかける。



「こ、昆吾伯様。此度の貢納品は、どちらにあるのでしょうか」



 昆吾は欠伸をしながら返す。



「ねぇよ、んなもん。こっちとら出席しろとしか聞かされてねぇからな」

「そ、それは困ります。伯の位ある方が貢納品を納めなければ、他の者に示しが」



 官僚が慌てながら言うと。

 有莘伯ゆうしんはくが呆れ紛いに言う。



「昆吾君。無知と無礼をはき違えてはいけないよ。これは君だけでなく。伯の気品に関わるからねぇ」



「……気品、だと? おもしれぇ事を言いやがるな。伯なんて輩はどいつもこいつも、民から毟り取ることしかしてねぇじゃねぇか。そんな奴の何処に気品があるって言うんだ」



「随分な言いようだねぇ。でも、そう言う君も伯の位を引き継いだじゃないか」



「成り行き上だ。それに、伯という位はじきになくなる」

「それは、どう言う……」



 有莘伯はその言葉の意味を問いただそうとすると。

 正門の左の大門が開いた。


 

 綺麗と言う言葉よりも。

 傾国の美貌と言う言葉が当てはまる。

 末喜とは対照的な美の極致にいる。

 何処か陰を持つ女性が箱を持ちながら現れた。



 女性はあわあわしながら転げないように。

 昆吾の下まで駆けつけ。

 眼の前に箱を置いた。



「詐欺師さんに、適当に見繕ってこいと言われたので、適当な物を詰め込みました」



 女性が昆吾に言うと。

 昆吾は首を傾げながら箱を手に取る。



「随分と小綺麗な箱だな。中になんか入ってんのか。……開かねぇ。どうやって開けんだ。これ」

「箱根細工って言うのですよ。宮中で暇だったので。妲己だっきちゃん頑張って造りました。自信作です」



「よくわかんねぇんだが。これ、何入ってんだよ。ごろんごろん言うぞ」

「開けてビックリ玉手箱です。丁度、良い大きさの物があったので詰め込みました」



 妲己と名乗る女性はけつ王に振り向いて手を振る。



「おぉ。大分、其れっぽくなってます。王様っぽいです」



 官僚が慌てて静止に入る。



「王に軽々しい態度を取らないでください。用も終わったでしょう。さぁ、出ますよ。さぁ、早く!」



「ま、まだ、本年度の特産物みおわってません。せめて、一通りの物品を見てか……ああぁぁぁ」



 妲己という女性は。

 数名の官僚と憲兵によってつまみ出された。



 有莘伯は呆れ紛いに言う。



「君の回りは随分と騒々しいねぇ。まぁ、貢納品があるのなら王まで持って行きなさいな。どのみち、君が一番手だからねぇ」



 昆吾伯は箱の揺れから。

 中の物を感じ取ったのか。

 失笑紛いに立ち上がる。



「……ああ、そうさせて貰う」



 昆吾伯は本殿の階段越しに。

 桀王の前に立ち。



 箱を投げ渡した。



 桀王は落とさぬように受け止める。



 末喜は冷たい笑みを見せ。

 言い放つ。


「……昆吾伯、物を投げ渡すだなんて。貴方の品性が疑われますよ」



 昆吾は嘲笑紛いに返す。



「ああ、悪かったよ。一応、そいつ大陸の王だったな」

「…………」



 末喜は見下すような冷たい目をすると。

 桀王は箱を開けようと四苦八苦していた。

 中を開けられずに苦戦していると。



「……私が開けます」



 末喜が箱を奪い。

 四方の箱の面を確認すると。

 十秒足らずで開いた。



 中身を見ると。

 

 末喜は口元を覆い。

 箱を落としてしまう。



「……うっ」



 昆吾は愉快気に言い放つ。



「此度の反逆した長の首だ。この式典が終えてから渡す予定だったが、まぁ、今、受け取ってくれや」


 

 末喜が手で官僚を呼ぶと。

 官僚は木箱を受け取り。

 困惑した表情で貢納物が立ち並ぶ場に置いた。



 末喜は昆吾を睨み付け言い放つ。



「一体、どういうつもりです。神聖なる式典にこのような物を持ち込んで」



「あんたらが欲しがってた物じゃねぇか。しょうもねぇ、青銅器や、絹織物よりもずっと価値があんだろう。其れとも何だ、反乱した奴を野放しにでもしてぇのか」



 末喜は口元を噛み締める。



「……っ。規定ですので、一応聞きます。昆吾伯。此度、貢納された物の中で気になったものを言いなさい。優先的に配分致します」



 昆吾は軽く貢納物を一瞥し。



「こんな中にはねぇな」



 そう呟くと。

 昆吾は桀王が座る椅子を指差した。



「俺が欲しいのは其の席だ」



 桀王が身体を守るように身を抑えると。

 昆吾は突っ込み紛いに言う。



「何勘違いしてんだ。ちげぇよ。阿呆。……いや、テメェ、まさか」



 昆吾は何かに気付き。

 其の言葉を続けようとすると。



 末喜が両手を叩き。

 皆の視線を集わせてから。

 冷え切った笑みを見せて言う。



「玉座は桀王様のモノ。……其れを欲すとは、謀反の意志がお有りと判断してよろしいですか?」



「謀反なんてとんでもねぇな。俺はただ、その椅子が欲しいと言っただけなんだが。……第一、謀反を起こす気なら。とうに、その首、落ちている」



 昆吾が殺気を込めると。

 末喜は反射的に首元を抑えた。


「……っ、ぁ、ぁ」



 末喜は膝から床に落ち。

 天女の苦しみ。

 もがく姿に。

 人々は妖艶な美しさを感じ取る。



「どうした。首でも落とされる夢でも見たか? 天女様よ」

「……」



 桀王は昆吾に向けて。

 下がるように強く手を払う。


「言われなくとも下がるさ。こんな、茶番。付き合ってられねぇからな」



 昆吾は背を向け。

 中央の道を進んでいく。


 憲兵は慌てて左の大門を開き。

 中央の扉を通さぬように固まっていた。



 昆吾は左の大門から退出し。 

 僅かな沈黙の後。

 


 官僚は何もなかったかのように式典を再開する。


 

 伯の貢納を終え。

 長の貢納が始まる。



 昆吾が持ってきた木箱を欲する者は誰もおらず。

 まるでなかったかのように扱われていた。



 貢納も終わりに近づき。

 商邑を代表して伊尹が桀王の前に現れる。



 伊尹いいんは式典に従い。

 臣下の礼を取りながら言う。



「商より、黄金の青銅鏡を始めとした。青銅器を貢納させて貰います」



 末喜は感心するように青銅鏡を見る。



「相も変わらず。商邑は青銅の技術が卓越していますね」



 桀王も頷いており。

 青銅鏡の出来の良さを認める。


 末喜は青銅器を一通り見てから言う。



「では。商邑の伊尹よ。貴方方は、此度の貢納品の中でどれが気になりましたか」



 伊尹は桀王の顔を見据えて言う。



「私が気になったのは……昆吾伯の木箱です。誰も欲さないようですので、私達が引き取りましょう」



 伊尹の言葉に場がどよめく。



 末喜は引きつった表情で聞く。



「な、何故、あの木箱を選ぶのでしょうか。……首が入っているのですよ」



「供養する為に決まっているではないですか。夏に反逆した事は罪ですが。その罪は彼の死によって賄われています」

「それは、そうですけど……」



 末喜はこれ以上、余計なことを言わぬように。

 眼で伊尹に訴えるが。



 伊尹は異も介さず。

 狂の如く突き進む。



「そもそも、反乱を起こしたことが罪というのなら。反乱を起こさせるまで追い詰めた王朝には罪がないのでしょうか。……黙らず。濁さず。皆の前にて、お答えください。桀王様。それが、私が、いえ、商邑が求めるモノです」



「…………」



 桀王は何も言わずに伊尹を見下ろす。



 式典は異常なまでの静けさが訪れる。



 夏の存続を問いかける門答が。

 今まさに投げられた。

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