第24話 原初の宮廷儀礼

 末喜ばっきけつの元に戻り。

 僅かばかりの変革が行われるが。

 大陸が治まることはなく。



 緩やかに荒れ果て続ける。



 大陸が衰退してゆく中。



 王都にて。

 数年に一度の式典が開かれた。



 王都の宮殿には。

 三つの大門がそびえ立ち。



 扉の前にて。

 風呂敷を抱えた者や。

 荷車がごった返す。



 人ごみの中には。

 伊尹いいん仲虺ちゅうきがおり。



 伊尹は照りつける日差しを手で隠し。

 額の汗を拭う。



「一体、いつになったら開くのです。もう、昼過ぎですよ」


 

 仲虺は他邑の荷車を見つめながら言う。



「あの荷車の造り。参考になりますね。しかしながら、造形が甘い。あちらの荷車に至っては形だけの張りぼてですね」



「仲虺、聞いてますか」



「聞いてますよ。……式典が遅れているのは、恐らく、昆吾伯こんごはくが遅れてるからでしょう。夏の懐刀がいないと締まりませんからね」



「狂乱した王が忠臣を斬った時点で、締まりはしませんよ」



 伊尹がいつもの口調で言うと。

 周囲がどよめく。



「ああ、そうでした。王都で関龍逢かんりゅうほうの死を言及するのは禁じられていましたね。ですが、今更、封じ込んだところで何の意味があるのでしょうか。貴方方もそう思いませんか」



 伊尹が周囲に向けて言うと。

 周囲の者は視線を反らし。

 半歩余り下がる。



 誰もが距離を取る中。

 人波を抗うように。

 三十代の男が伊尹の前に現れた。



「お嬢ちゃん。威勢は良いのは結構だけど。時と場合を考えなきゃ……って。伊尹ちゃんじゃない。これは驚いた。随分と髪を伸ばしちゃって、可愛らしくなったね」



有莘伯ゆうしんはくですか。相も変わらず。軽薄そうで何よりです」



「可愛くなっても相変わらずだね。昔のような毒舌に戻って何よりだよ」



 有莘伯が笑みを浮かべて返すと。

 憲兵が走ってくる。


「こちらに不届きな発言した者がいると聞いたのだが。何処にいる」


「ああ、わた……」



 有莘伯が手で伊尹が口を開くのを抑え。

 堂々と言い放つ。


「こっちにはいなかったねぇ。多分、聞き間違えたのじゃないの。ねぇ、皆」



 有莘伯は笑顔であったが。

 有無言わさぬ圧を放ち。

 周囲は黙り込む。



 憲兵は其の静まり具合に異常を感じ取り。

 有莘伯に問いかける。



「失礼だが、貴方は?」



「ああ、僕は有莘と言う。しがない伯の地位を持つ者だよ」



 憲兵は有莘伯と分かると表情が変わる。



「し、失礼しました! 有莘伯様でしたか」

「早く、持ち場に戻った方が良いんじゃないの」

「はっ!」



 憲兵は軽く頭を下げると。

 そそくさと立ち去った。


 有莘伯は伊尹の口から手を離すと。

 伊尹は不満気な顔で言う。



「権威を盾に黙らせるのは、好きではありませんね」



「大人的解決。と言ってもらいたいねぇ。こんなとこで騒ぎを起こしたら。君も夏台の牢に送られるよ」



「結構な事じゃないですか。何処ぞの狂人にも会えますからね。まぁ、処刑されてなければの話ですが」



 有莘伯は伊尹の耳元に近づき。

 小さく伝える。 



「……彼らは生きているよ。処刑することで、英雄や聖人として祭り上げられることを恐れ。中々、処断できずにいるみたいだ」



「なら、結構です。予定通り事が運べそうですね」

「予定って。伊尹ちゃん、君は何を……」



 有莘伯の言葉を遮るように。

 宮殿に立ち並んだ。

 三つの大門のうち。



 右の大門が開いた。



「おっと、式典が始まるみたいだね。それじゃあ、伊尹ちゃん。また会おうか」



 有莘伯はそう言うと。

 人混みをかき分けて戻っていった。



 仲虺は確認するように言う。



「知っていると思いますが。邑の長は右門から入るのが仕来りです」



「分かってますよ。曲がりなりとも、此処で働いていたのですから」



 大門を通り抜けると。

 広場があり。



 広場の先に正殿がそびえ立つ。



 正殿は質素で素朴な屋敷であったが。 

 広大とも呼べる広場の奥で。

 悠然と立つ正殿は。

 見る者全てを圧巻させ。



 厳かな雰囲気を醸し出す。



 邑の長達は。

 中央の道を空けるように左右に分かれ。

 地面に座ると。



 左の大門が開く。



 左の大門からは。

 夏の重臣である。

 伯の位の者が歩み出る。



 正殿に近いほど。

 夏の有力者であり。

 有莘伯は正殿から。

 二番目の場所に座り込んだ。



 正殿から一番目は空白であり。



 其の席が空白のまま。

 式典が始まる。



「ただいまより、王がご来場なされます。玉器ぎょっき翡翠ひすいと呼ばれる宝石を加工した物)を携え。お迎えください」



 其の言葉により。

 邑の長達は。

 加工された剣紛いの玉器を持ち。



 伯の者達は。

 笏状に加工された玉器を握り締めた。



 中央の門が重々しく開き。

 桀王けつおうが現れる。

 


 少し痩せた姿をしており。

 中央の道を進んでいく。



 桀王の後ろには。

 末喜ばっきが歩み出ており。



 天女を思わす。

 雰囲気を身に纏い。

 見るモノ全てを手中に収めた。



「……あ、あれが末喜様だと。噂通りの天女ではないか」

「あれで三十だと、信じられん」



 邑の長達は末喜に魅了され。

 普通では起こりえない。

 騒動が生じる。



「……め、目を合わせようとするな。不敬であるぞ」



 憲兵は我を取り戻したように言い放つが。

 目では末喜を追っており。

 異様な美しさが場を支配していた。



「…………」



 末喜は天女のような笑みを浮かべ。

 悠々と桀王の後ろを付いていく。



 桀王が正殿の階段を上り。

 備えられた椅子に座ると。

 末喜は其の側に立ち。



 あらゆる権力者達が。

 玉器を見せるように二人に頭を垂れ。



 大陸一と称される。

 夏王朝の健在さを見せつける。



 桀王は無言で手を払い。 

 高官は声を張り上げた。



「皆様方、楽にしてくださいませ」



 伯の位の上位の者から玉器を下げ。

 それに付随するかのように。

 下位の位の者が玉器を下げる。

 


 夏の祭典が始まると思われた。

 まさにその時――。


 

 正門の中央扉が強引に開いた。



 官僚の静止も聞かず。



 昆吾こんごが王の門を蹴り飛ばして開けたのだ。



「そ、其処は王の扉でありまして」



 昆吾は官僚の顔に近づいて言い放つ。



「あぁ? 遠征帰りに。下らねぇ式典に参加させられるこっちの身にもなれや。さっさと終わらして、休みてぇんだよ」


 

 昆吾は王の道である。

 中央の道を進みゆく。



 其の唯我独尊の行動に。

 誰もが目を疑っており。



 昆吾は正殿の前に空いた席に座り込んだ。



 有莘伯は怪訝な顔で呟く。



「驚いたねぇ。まさか、夏の懐刀が、此程までに厚顔無恥とはねぇ」



「……はっ、俺からしたら。あんたらの方が厚顔無恥だと思うぜ。大陸の現状も分からず。こんなくだらねぇ仕来りに必死なんだからな」



 昆吾は呆れるように言い放つと。

 桀王に視線を向ける。


「さぁ、さっさと、くだらねぇ式典を終わらせろや。桀王様よ」

「…………」



 桀王は何も言わず。

 見下すように睨みつける。



 異様な雰囲気のまま式典が始まった。



 そう、最期の式典が――。

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