第34話 前哨戦
紀元前1600年頃。
数十の軍が連なり。
平原にて波のように合流し。
四千を超える兵力が一同に集う。
商に集った兵力は、二千にも満たず。
数の上では圧倒的不利な状況であった。
戦場から離れた高地にて。
マリは啓に問いかける。
「このままだと、数に押されて敗走しますね。啓、何か勝算でもあるのですか」
啓は両軍を見つめながら言う。
「勝算ならある。この時代に於いて勝敗を分かつのは数でなく、勢いである。敵陣を切り開き。勢いをもたらす存在が、戦局を変えるのだ」
「詰まるところ。
マリがそう言うと。
青銅の鐘が両軍で鳴り響き。
戦いの火蓋が切られた――。
両軍。
弓兵を前線に配置しており。
矢を放ちながら距離を詰める。
放物線上に矢が入り交じり。
矢音によって。
兵達の怒声や悲鳴すらも掻き消す。
矢に穿たれ。
一人、一人と負傷し。
倒れていくが。
死した者や。
傷を負った者を心配する余裕なく。
ただ、ひたすらに前進を続ける。
矢が掠めても。
当たらなかったのは当然と思い込み。
突き進み。
矢に穿たれると。
今まで当たらなかったのは。
奇蹟であったと認識し。
その奇蹟を軽んじたことを悔いて。
崩れ落ちてゆく。
両軍の距離が近くなると。
商の弓兵部隊の背後から。
百近くの古代戦車が横並びに現れた。
古代戦車の道を開かせると。
銅鑼を鳴らし。
伊尹は声高らかに言い放つ。
「さぁ、敵陣を掻き乱すのです!」
古代戦車を操る御者は馬に鞭を与え。
興奮した馬は一斉に駆け始める。
規則正しくも不規則な車軸の音と。
大陸を蹴り飛ばす。
馬足の音が響き渡る。
古代戦車には。
青銅の鎧で身を纏った弓兵が乗っており。
揺れる車体の中。
弦を振り絞り。
動揺する昆吾兵向かって放ち続ける。
昆吾兵も反撃しようとするが。
大量の古代戦車が迫りくる。
圧迫感に堪えきれず。
その場から逃走しようとする兵が大半であった。
古代戦車の背後には。
矛を持った商兵が続いており。
古代戦車が切り開いた。
道を追って。
昆吾軍に突撃を行う。
倍近くの兵数を保持する。
昆吾軍の前線が崩れ始めた。
これらの働きにより。
序盤こそ。
商が優勢で戦局は運ぶが。
戦いが中盤に向かうと。
兵数の差から押され始める。
勢いを持っていた古代戦車も。
馬の疲弊と。
昆吾兵の慣れにより。
次々と崩れ始め。
半刻余りで。
古代戦車の部隊は壊滅した。
左陣を任された。
仲虺は歩兵部隊を鼓舞しながら剣を振るう。
「敵は、まだ混乱状態です。このまま押し込むのです」
仲虺は青銅の鎧を身に纏っていたが。
度重なる矢矛によって半壊し。
身体中に傷を受けていた。
だが、臆することなく突き進み。
その気迫に追従して。
商兵が続く。
右陣は伊尹が任されていたが。
古代戦車によって乱された。
中央の昆吾兵が寄ってきており。
兵力差から押され始める。
伊尹は冷静なまま呟く。
「案の定、此方に戦力が集中しましたね。ですが、この程度で私の軍は崩れませんよ。余剰の戦車は仲虺からかっぱらってます。第二陣、掻き乱すのです!」
伊尹が銅鑼を鳴らすと。
伊尹の指揮する前線が。
古代戦車の通り道を造ると。
三十近くの古代戦車が一斉に駆け出す。
昆吾兵は言葉を失い。
再び蹂躙されてゆく。
伊尹は崩れた陣を見据えて言う。
「戦車自体は其処まで強い兵器ではありませんが。迫りくる、あの圧迫感は兵の心を折るのに適しています。……また、良い感じに陣が乱れてくれましたね。この好機を逃してはなりません。一気に攻め込むのです!」
伊尹と仲虺の奮闘により。
商は中央のみが押される状況に変わった。
中央には昆吾の百を超える。
精鋭兵が配置されており。
練度の差で商軍を押し込む。
商の中央が崩れかけた矢先。
昆吾の精鋭兵が湯に気づくと声を荒げる。
「奴が湯だ!」
「一斉に掛かれ!」
精鋭兵が湯に突撃すると。
湯は呼吸を深く落とし込み。
目を大きく開いた。
蒼眼の瞳が全てを捉え。
全ての者の動きを静止させる――。
精鋭兵は振り上げた。
剣を下ろすことが出来ぬまま固まる。
「…………なっ」
「邪魔だよ」
百を超える精鋭兵は冷や汗が滴り落ち。
眼前を通り抜ける湯を。
見送るしか出来なかった。
湯の周囲は自然と戦闘が停止し。
道が開いてゆく。
道の先には昆吾がおり。
昆吾は後ろ首に手を当てながら言い放つ。
「ご足労なこって。わざわざ死にに来てくれるとはな。で、今回はあの女はいねぇみたいだが。女の影に隠れねぇで大丈夫か」
「何? モテないからひがんでるの」
「はっ、少なくともてめぇよりモテるさ。……まぁ、くだんねぇ話は良い。お前、俺の部下になにしやがった。父でも殺すように訓練した。俺の部下が剣を振り上げたまま固まるなんざありえねぇ」
「何もしてないよ。ただ、威圧しただけ」
「威圧だと?」
「なんでも、僕には覇者の徳ってモノがあるんだって」
「なんだそりゃ。聞いたことねぇな」
「無意識的に相手を屈服させる徳、なんだってさ。最近まで使い方がよくわかんなかったんだけど、ようやく使えるようになってきたんだよ。……こんな感じにね」
湯が目を見開くと。
緊迫と圧が張り巡らされ。
昆吾の兵達は。
本能的恐怖から立ちすくみ。
意志の弱い者はそのまま膝を付く。
昆吾も僅かばかり硬直するが。
直ぐに体の自由を取り戻し。
口元を緩める。
「おもしれぇ。丁度、退屈してたんだ。時代を決める戦いに、俺に張り合う英傑がいねぇことにな」
「なら、丁度良かったじゃないか。此処に君を討つ英傑がいて」
「はっ、いいやがる」
昆吾と湯は笑みを浮かべたまま。
構えることもなく。
緩やかに歩を進めると。
互いに剣を抜刀する――。
二人の英傑は遂に衝突を行う。
時代を導く英傑が。
遂に雌雄を決する。
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