第42話 八卦の陣

 八卦はっけの陣――。



 八卦の陣は。

 けんしんそんかんごんこん

 の八卦に基づいて変容し。



 この八つの形態を以て。

 並列世界に於いて。

 無敗を誇った陣である。



 大戯たいぎは此の陣を以て。

 時代の流れを定めようと指揮を執る。



 最前線に立つ。

 夏の先陣部隊は。

 逃走を始めた。

 とうの部隊に向けて奔る。



 商の右陣、左陣は。

 中央の撤退を見届けてから。

 左右に逃走を開始した。



 商は三方向に分かれ。

 撤退を行う。



 商の右陣と左陣の兵は。

 畏怖する目で。

 夏の部隊から遠いており。

 


 最前線で指揮していた大戯は。

 仮面を触れながら呟く。



「夏は寛大です。そのまま立ち去るのなら見逃しましょう。……ですが、湯。貴方は別です。其の首、夏の祖廟へ捧げなさい」



 大蛇と成った。

 夏の軍勢は。

 湯の部隊に迫りゆく。



 半刻余りの逃走の末。

 大蛇が湯の部隊に近づくと。



 湯率いる部隊は反転し。

 隊列を組み直した。



 そして。

 湯が最前線に立つと。

 大きく目を見開く。



「……動くな」



 夏兵の動きが止まる。



 湯の声が聞こえたから止まったのではない。



 恐怖と圧により硬直し。



 静止を余儀なくされたからだ――。



 硬直した兵は。

 後続の兵に押し倒され。

 踏み潰され。

 屍へと移り変わる。



 前線の兵が崩れ落ちると。

 後続の兵が前へと出る。



 だが、其の兵も。

 湯の圧の前に静止を余儀なくされ。



 押し倒され。 

 踏み潰され。



 新たな屍に替わる。




 湯の眼前にて何度も屍が入れ替わるが。

 その屍の道は着実に前へと進んでおり。



 膨大な屍の上に。

 遂に、湯の眼前へと迫った。


 

「……っ」



 湯が剣を振り抜くことで。


 本格的な戦闘が開始する。



 湯は刃を振るい続け。

 その勢いに後押しするように。

 兵達も奮起し。



 夏の部隊を押し留める。



 このまま、押し留めるかと思われた矢先。

 


 百を超える飛刀(クナイに似た武器)が放たれた。



 視認できぬ速度で放たれており。


 

 商兵は理解するよりも先に膝を付き。

 動きが鈍くなったところを。

 夏の兵が止めを刺していく。


 湯は眼前の飛刀を全て弾くと。

 剣を構え直し。



 仮面を被った青年を見据える。



「その仮面、王師だね。前は聞きそびれたけど。名は何て言うんだい」



「……王師に名なぞありませんよ」



 青年は飛刀を両手から出すと。

 天高く舞い。

 上空から飛刀を放つ。



「四肢を潰します」

 

 

 湯は避けようと動くと。

 飛刀は追跡するように軌道を変えた。



「……っ!」



 湯は辛うじて弾くと。

 剣は砕け散り。



 王師の仮面が湯の眼前へと迫る。



「これで終いです」



 青年が止めを刺そうと飛刀を振りおとすと。



「……甘いね」



 湯の蹴りが青年の顔に入った。



 青年は軽く吹き飛ばされ。

 地面に転がりながらも起き上がる。



 仮面にはヒビが入り。

 緩やかに。

 割れた。



「油断してましたね。まさか、あの状況から蹴りを入れるとは」



 湯は其の素顔を見て目を疑う。



「なんで、君が王師にいるんだい」



「ほう、私の存在なぞ忘れていると思っていましたが。存外、記憶力が良いのですね。湯」



「御託は良いから。さっさ答えなよ。大戯」



 大戯は笑みを浮かべて言う。



「答えるも何も。始めから、私は夏の陣営ですよ。貴方方に身を寄せたのも、反乱の兆候がある商を利用し。葛伯かつはくを討たせる為。共倒れが、最も理想的だったのですが、上手くいかないモノですね」



「全部、君の手の上ってわけか」



「そうではありませんよ。色々とズレが生じていますからね。まぁ、私としては好ましい展開です。……さて、御託は此処までです。私の魔術相手に、どれだけ食いつけるか見せて貰いますよ。時代の徒花、湯!」



 人成らざる者達の戦いが始まる。



 湯と大戯が激戦を繰り広げてゆく中。



 逃走していた。

 右陣、左陣が動きを見せる。



 商の左右の軍勢は緩やかな弧を描くように。

 逃走しており。



 その弧線が次第に円の如く。

 左右の線を繋げようと動きを見せる。



 まるで、導かれるかのように。

 夏の後方にて合流せんと。

 動きを見せ始めた。



 推哆すいしは左右から聞こえる。

 商兵の足音の変化に気づき。

 立ち上がる。



「……っ、何を遊んでるの大戯。さっさと中央を突破なさい! じゃないとこっちが押し潰されるわ!」



 推哆が声高に叫ぶが。

 大戯と湯は一進一退の攻防を繰り広げており。



 中央は兵力差を物ともせず耐え忍ぶ。



 商軍に後方に回られた。

 夏の軍勢は混乱し。



 前方に向かう部隊と。

 後方に向かおうとする部隊が錯綜し始める。



 あれほど精悍で。

 規律を持った軍が一瞬にして。

 愚鈍な軍へと移り変わった。



 推哆が苛立ちげに頭を掻いていると。

 末喜ばっきは馬を呼び寄せ。

 乗り込む。



けつ、私が後方の指揮を執り。この混乱を静めてきます」



 桀は必死の形相になって止める。



「ならぬ! 末喜よ。お主は出てはならぬ。此処におるのだ!」



 末喜は、ただ首を振った。



「立ち止まっていても何も変わりはしないわよ。……私には、見たい世界があるの。だから突き進む。今を必死に走ることが、未来を変える唯一の方法なんだから」



 末喜は馬を興奮させ。

 馬を立ち上がらせると。

 末喜の近衛兵を引き連れ。

 後方へと向かっていった。



「……ば、末喜よ」



 桀王は呆然と立ち尽くしていると。

 推哆は笑みを浮かべる。



「あらあら、勇敢なお姫様ね。さて、王子様である貴方は、一体何をするの」



 桀王は舌打ちしてから。

 指を鳴らす。



 指を鳴らすと同時に。

 仮面を被った七名の者達が現れた。



「お呼びでしょうか。王よ」



「末喜を護衛せよ!」



「……お言葉ですが、王師は夏の存続の為に存在しています。皇后の護衛の為に動くなぞ。もってほかです」



「末喜は、夏の存続の為には不可欠である! あの者がいなければ、余は生きていられぬのだ」



「…………」



 王師が無言の拒絶を行うと。

 推哆が言い放つ。



「王子様が必死にお願いしてるんだから、守ってあげなさいな。……あっ、言っておくけど。これはお願いじゃなくて、命令よ。さぁ、さっさと向かいなさい。其れとも、私に逆らうの?」



「……末喜の護衛。了承しました」



 王師の七名は人成らざる動きで末喜の元へと駆ける。



「すまぬな」

「良いのよ。王師なんて。貴方が握っている剣の前には玩具に成り下がるんだから」



 推哆は桀王の膝に置かれている。

 装飾された剣を見据える。



 戦いは佳境を迎えてゆく。



 時代はどちらに傾くのか。



 伏羲の定めた時代か。

 女禍が求めた時代か。



 其の答えが間もなく。

 示されようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る