最終話 定められた王朝

 丘の上にて。

 月に向かって。

 透明な階段が架けられており。



 けいが階段に上ろうとすると。

 伊尹いいんが駆けてきた。



「待ってください。啓、マリさん!」



「ほう、椎茸のシータではないか」



 啓は親しみを込めて返し。

 マリは驚きの表情を見せる。



「伊尹。貴女、どうして記憶を保持しているのです」



「強引に思い出しました。誰かの真似をするなら。……想起する心得を持っているので。あと、私はシータではありません。伊尹です。いい加減に覚えやがれ下さい」



「うむ。そうであるな。覚えておこう。シータよ」



「……はぁ。ところで、こんな丘の上で何をしているのですか」



「此の階段を上って、元の世界にもどるのだ」



「かいだん?」



「啓。言っておきますが、此の階段は私達にしか見えませんし。触れられません。……それで、伊尹、何しに来たのです。別れの挨拶でしょうか。時間がないので手短にお願いします」



「別れの挨拶もありますが。……これからの商の行く末について尋ねに来ました。貴方達は、この世界の流れを知っていると推察しています。商はこれからどのような経緯を辿り、そしてどのように滅んでいくのか。最期に其れを聞きたいのです」



「聞いてどうするのですか。それに言っておきますけど、此の世界は、伏羲ふっきが定める時代の流れを逸脱しました。聞いても参考には成りませんよ」



「成る程。やっぱり、私達は新たなる時代を造ったのですね。其れが知れただけでも十分な成果です」



「まったく、マカロンは容易く口が割れるな」



「マしか合ってませんよ。マリです、マリ。……はぁ、そろそろ、行きますよ。長居していたら階段が消え去ってしまうので」



「うむ。達者に生きるのだぞ。シータ、いや……伊尹よ」


 啓が伊尹の名を言い。

 階段に足を掛けると。 

 其の姿が消えていった。


 

「……待ちなさい啓。なんで、私より付き合い短く。私より名が長いのに覚えているのですか。納得できる回答を求めます。むっ、待て、逃げるな、啓!」



 マリが駆け足で迫ると。

 啓が逃げ去るように。

 階段を駆け上がる音が響き渡る。



 天空で鳴り響く。

 足音は木琴のように響き渡っており。



 伊尹は腰を下ろして。

 その駆け上がる音に耳をかたむける。



「別れはいつの日か必ず訪れるモノです。さようなら、啓。そして、マリさん」





 啓達が階段を駆け上がると扉があり。



 扉を開くと宇宙空間が広がっていた。


 女禍じょかが二人を出迎える。



「あら、ご苦労様。加護なしに此処までよくやったわね」



「うむ。これで、一先ず。一時代は終えたというわけだな」



「ええ、そうよ」



「中々に面白かったぞ。のう、マカロンよ」



「…………」



 マリは黙ったまま女禍の目を見つめる。



 女禍は笑み浮かべて言う。



「マカロンちゃん。そんな緊張しないで。貴女が、神具を使えなくなった事や加護が扱えないことを責める気はないわよ。まだ、四宝剣による呪詛が掛かってるのでしょう」



「……は、はい。解呪にもう少し時間が掛かりそうです」



「緊張しているのか、マカロンよ。確かに、もみたんは何を考えているか分からぬが、悪い奴ではないぞ」



「マカロンじゃなくて、マリです。何度も言ってるでしょう。気に入ったのですか、マカロン」



「へぇ、今はマリって名乗ってるのね。貴女に所縁ある良い名じゃない」



「………」



「まぁ、何にせよ。初めの調停は無事終わったようね。だけど、少しばかり詰めが甘かったかしら」



「詰めが甘いとは」



 マリが問い返すと。

 女禍は笑みを浮かべる。


「こういうことよ」



 女禍が指を鳴らすと。

 宇宙空間に映像が映し出される。



 其処には。

 商兵が夏の残存兵を。

 処刑している光景が映っていた。



 望京楼ぼうきょうろくと呼ばれる都市にて。

 略奪と殺戮が繰り広げられる。



 最後まで刃向かった夏の貴族や。

 其れに付き従った兵の手足は切断され。



 顔は原型が留めてないほど潰されていた。



「なっ、これは」

 


 啓の目が見開くと。

 女禍は笑みを浮かべて言う。



「力を抑える為に、更なる力で捻じ伏せる。どうやら、この政権も長くは続かなそうね。次の調停は、思ったよりも近しい時になるわね」



「……湯や伊尹は何をしているのです」



 マリが苛立った声色で言うと。

 女禍は当然のように返す。



「知らないでしょうね。だって、これ。末端の者達が、自らのエゴの為に行っているのですもの。……聞いたかしら、この殺戮を行う指揮官。自分たちは選ばれた人間ですって。戦場ではひたすら陰に隠れ。湯に命乞いまでしてたくせに。地位を得たら、こんなにも偉くなるのね。本当に面白いわ」



「……これを僕らに見せて、どうする気だ」



「単なる趣味よ。気にしないで」



「随分と悪趣味であるな」



「あら、何処に行くの」



「止めにゆくに決まっておろう」



「もう無理よ。この殺戮はとうに終えて。次なる時代に進んでいるのだから。ほら。これを見なさい。もう、あれから二百年が経ち。文字の原型が生まれているわ」



「なっ、もう其れだけの時が経ったのか」

 


 女禍は笑みを見せて言う。



「さて、次なる時代が分岐点が来たみたいね。……時代は、紀元前1150年。さて、次なる調停に向かうかしら。啓、そして、マリ?」



「無論だ。次こそは、正しく時代の流れを狂わしてみせる」



「あら、ノリノリね。で、マリはどうするの?」



「……着いていきますよ。私がいなければ、この馬鹿、馬鹿しそうなので」



「随分と仲良くなったみたいじゃない。それじゃあ、次なる時代に送るわよ」



 女禍はそう言うと指を鳴らし。

 二人を転移させる。



 宇宙空間には女禍のみが残された。



 女禍は透明なる本を開くと。

 興味気に呟く。



「……あらっ。この時代。並列世界から英傑が紛れ込んでいるわね。これは、また面白くなりそうだわ」



 透明な本には。

 呂尚りょしょうという名が刻まれていた。








               夏王朝  調停完了――






                   第二章




                 商王朝へと続く――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る