第49話 商王朝 成立

 鳴条めいじょうの戦いから一年。


 商は夏の遺臣、遺民の監視の為。

 夏の王都から僅か離れた地に。

 偃師城えんしじょうを築き上げた。



 宮殿に集った。

 新たな諸侯や長達は。

 拍手して商王朝を受け容れ。

 商は正式な王朝となって成立する。 



 集った群衆の中には。

 けいとマリもおり。

 マリは拍手しながら啓に言い放つ。



「一先ず。おめでとう御座います。既存とは異なる、新たなる王朝が成立しました」



「うむ。色々あったが、何とか形になったな」



「私達の役目も終えたことですし。この時代から去りましょうか」



「去るのは結構だが。どうやって立ち去るのだ?」



「今宵、あの満月に向けて階段が浮かび上がります。其れを辿っていけば、此の時代から離れらるでしょう」



「となると、此の時代に留まれるのも、あと僅かというわけか」



「……言うのを控えていましたが、私達が存在した記憶は、消すことになっています。調停者の名が歴史に残ることは好ましくありませんので」



「其れで良い。此の時代を変えたのは、あの者達だ。脇役の僕らは静かに消えるとしよう」



 啓はそう言うと。

 背中を見せて宮殿を立ち去った。



 マリは陰陽が刻まれた。

 懐中時計を開くと。

 静かに呟く。



「……では、幕を引きましょうか。私達の存在は秘匿されるモノですからね」



 マリは開いた懐中時計を強く閉じると。


 

 空間が静止し。



 世界が暗転する。



 僅かばかりの暗転の後。


 

 空間は動き始め。



 何事もなかったかのように世界は動き始めた。



「……全てはただ、ただ、循環の為に」



 マリはそう呟くと。

 静かに消え去った。




 * * *




 式典が終えると。

 伊尹いいんは駆け足で宮中を走り回る。



 とうは欠伸しながら尋ねる。



「どうしたんだい。そんなに慌てて、厠はあっちだよ」



「違いますよ! 啓達がいないのです。よもや、旅だったのかもしれません!」



「……啓? 誰それ。知ってる、仲虺ちゅうき?」



「いえ。聞いたことがありませんね。……いや、でも、夏の創始者がそんな名だったような、違ったような」



「何を言っているのですか。啓ですよ。啓! 其れに、マ……」



「「マ?」」 



 湯と仲虺が二人して首を傾げる。



「な、名前が思い出せません。……あれ? そもそも、啓って誰でしたっけ?」



 伊尹が混乱する頭を抱えていると。

 湯は伊尹の肩に触れる。



「休暇与えるから。少し、実家に顔を出してきなよ。働きづめも良くないからね」



「……は、はい」



 伊尹は混乱する頭を抱えながら。

 宮殿の外に出て行った。



「ねぇ、仲虺。……啓って、何処かで聞いた名だよね」



「そう言って、逃げる言い訳を造ろうとしてますね。新しい王朝が築かれたのです。長をやっていた時のように、気ままに放浪するだなんて赦しませんよ。私同様、気が狂うまで働いて貰いますからね」



「ばれちゃったか。……狂う、か。どっかで聞いた言葉だね」



 湯は狂うと言う言葉に引っかかったが。

 それ以上、記憶の引き出しを開けれず。

 宮殿へと戻った。



 伊尹は沈みゆく太陽を眺めながら呟く。



「……一体、私は、何に引っかかっているのでしょうか。そもそも、どうして、私が商の建国を手伝ったのでしょうか。心の切っ掛けが、全く思い出せません」



 伊尹の記憶は。

 ザッピングで乱れており。

 記憶を辿ることが出来なかった。



 夕立を眺めていると。

 小雨が降り注ぎ始める。



「はぁ、雨ですか。雨宿りもせず、こんな所に座り込んでいるなんて。まるで、狂人みた……っ」



 伊尹は頭を強く抑え。

 混濁する記憶に。

 押し潰されぬように目を見開く。



 ザッピングに塗れた記憶は。

 徐々に色合き。

 鮮明に表れる。



「そ、そうです! 確かに、あの人達はいました」



 伊尹は震える唇を強引に開き。



 意志の力で言霊を呟く。



「……く、下らぬ常識と、世俗により、人は、立ち止まってしまう」



 伊尹は過呼吸紛いに。

 続きの言霊を続ける。



「故に……狂を以て突き進め。狂なれ、狂なれ、狂なれ。ただ狂なれ!」



 其の言葉を放つと。

 記憶は色合いを持ち。

 伊尹は立ち上がる。



「……まだ、別れの挨拶はしてませんよ。啓、マリさん!」

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