第30話 狂者と英傑

 昆吾こんごは距離を取ると。

 けいを見据えて言い放つ。



「調停者って言ったな。……お前、何かしらの宝具ほうぐを持ってんのか?」



「宝具、なんだ其れは? よく分からぬが、僕が持っておるのは、この剣だけであるぞ」



「名剣、ってわけでもなさそうだな」



「其処に投げ捨てられていた、ただの青銅の剣であるよ」



「そうかい。なら、俺の敵じゃねぇ、ってことだな」



 昆吾はそう言うと。

 一気に間合いを詰め。 

 啓に斬りかかった。



 避けることは疎か。

 視認すらも許さぬ一閃は。



 合理を極めた体捌きと。

 理合いを詰めた剣捌き。

 によって流される。



「…………!」



 昆吾は剣を地面に振り下ろす形になり。

 


 流れるように。

 昆吾の首筋目掛け。

 啓の剣が放たれる。



「……っ」



 昆吾は舌打ちと共に。

 強引に後方に飛んで躱した。



「どうしたのだ。そのような目をして。僕の剣技に見惚れたか」



「……ああ、そうだな。次はてめぇが打ってこい」



 昆吾が手招きすると。

 啓は迷うことなく。

 間合いを詰め。



 昆吾に向けて剣を放った。



 昆吾の目は黄金色に光り輝き。

 


 先ほど、啓が放った技を。

 完全に模倣し。

 啓の剣を受け流す。



「……ほぅ」



 啓の剣は地面へと向かい。

 昆吾は隙だらけの。

 啓の胸元に一閃を放った。



「青いであるな」



 啓はそう呟くと。

 身体ごと昆吾にぶつけ。

 昆吾を吹き飛ばす。



 昆吾は手の平を地面に当て。

 手の平で地面で削りながらも。

 強引に飛ばされるのを止める。



「そんな、返しがあんのかよ」



 昆吾は土がついた手の平を軽く払うと。

 啓は感心紛いに言い放つ。



「よもや、一度見ただけで僕の技を模倣するとはな」



「もっと見せてみろよ。どんな技だろうが、俺のモノにしてやるよ」



 昆吾はそう言い放つと。

 前へ突き進み。



 暴風のような剣筋を放つ。


 

 啓は風になびく。

 柳の如く躱し続けるが。



 百を超える剣筋の先に。

 遂に捉えられる。



「もう、見せるもんはねぇのか。なら、これで終いだ!」



 昆吾の剣が啓を捉えると。

 啓の姿が眼前から消え。



 昆吾の背後に回っていた。



「終わりなのはお主の方であるよ」



 啓は振りかぶった一撃を。

 昆吾に振り下ろすと同時に。

 


 昆吾の眼光が黄金色に光り輝き。



 昆吾の身体が目の前から消え。

 啓の一閃が空を斬る。



「……っ、これは」



 昆吾は啓の背後を取っており。

 啓に向けて振り下ろす。


「……っ」

 


 啓はとっさに剣で受けるが。

 粗雑な剣では受けるは疎か。

 流すことも出来ず。



 剣は砕け散り――。


 

 啓の胸元に太刀傷が入った。


 

 啓は余裕ない表情で言い放つ。



「……よ、よもや。新陰流の妙技すら。一度で会得するとは」



「今のは随分とおもしれぇ技だな。で、どうすんだ。その折れた剣で俺と戦う気か」



「……いや、さすがにこれでは戦えぬよ」



 啓は剣を捨てると。

 深く呼吸して手招きする。



「はっ。まさか、素手で俺をやり合う気か?」



 昆吾は嘲笑紛いに肩に剣を当てると。

 啓は緩やかな口調で言い放つ。



「案ずるな。こう見えても、八卦掌はっけしょうの心得はある。……大陸に渡り、武術を修めた宦官と共に研鑽した技。その身を以て知るが良い」



 啓はそう言うと。

 走圏そうえんと呼ばれる歩法で。

 緩やかに。

 昆吾の周囲を回り始めた。



「……妙な動きしやがって」



 啓は昆吾の周囲を回っているが。

 螺旋のように徐々に中心地に向かって。

 距離を詰め始める。



 昆吾は舌打ち紛いに飛び込み。

 視認すらも赦さぬ一閃を放つ。



「素手で止めれるのなら。止めて見ろ!」



 啓は緩やかに動きながらも。

 昆吾の激しい動きに合わせ。


 

 螺旋の流れに沿い。



 剣を握った手首を掴み上げた。



「……なっ!」

「理解しながらも躱せなかったであろう。新陰流のあの妙技は、敵の死角に回り込むことによって成り立つ。この動きの前に死角は存在せぬよ」

 


「て、テメェ」



 昆吾が体勢を崩されつつも睨み付けると。

 啓は手刀を顔目掛けて放つ。



「……っ!」



 昆吾は辛うじて躱すと。



 啓は握りしめた腕をそのまま圧し折った。



「……っ、そったれが!」



 昆吾は地面に剣を突き立て。

 折れた腕で強引に。

 身体ごと持ち上げ。

 啓の掴んだ手を外す。



「ほう、上手く逃れたな。ここからが八卦掌の本領だったのだが」



 啓が再び構えを取ると。

 昆吾は折れた利き手を握りしめ。

 苦い顔を浮かべた。



「…………」



 互いに間合いを取り合うと。

 雲の流れが変わり始め。



 青天から曇天へと移り変わると。

 


 雷鳴が響き渡る――。



 昆吾は片耳を抑え。

 苛立ち気に呟く。



「今良いとこなんだから邪魔すんじゃねぇ。……はぁ、どういうことだ。あれだけの数揃えて、商に押されているだと」



 再び、雷鳴が轟くと。

 昆吾は目を見開く。



「包囲殲滅陣、とか言う。戦略取ろうとしたら。統率取れなくなって敗走寸前だと。ちっ、あの詐欺師め。余計なことを。……もういい。俺が行く。其れまで持ちこたえろ」



 啓は不可思議な表情をして問いかける。



「お主、一体誰と話しておるのだ」



 昆吾は後ろ首に手を当てて言い放つ。



「誰とでも良いだろうが」



「それは、そうだが。商に押されていると言う内容が気になってな」



「……其処まで話す義理はねぇな。勝負はお預けだ。迎えが来た」



 昆吾が天を見上げると。

 雲を突き抜け。

 白の大型犬が降りたってきた。



 昆吾は大型犬に飛び乗ると。

 そのまま飛び去る。



 啓は好奇な顔で飛び立った犬を眺める。



「湯が言っていたのは事実だったのだな。大変、奇天烈な犬だ。一家に一犬欲しいものであるな」



「何言っているのです。あれは犬ではありませんよ。宝具ほうぐ哮天犬こうてんけんです」



 マリがいつの間にか啓の背後におり。

 犬を眺めながら言う。



「先の男も宝具がどうかとか言っておったが。そもそも宝具とは何だ。聞いたことがないぞ」



 マリは団扇を扇ぎながら呟く。



「……宝具、正式な名称は宝貝パオペイ。奇蹟とされる力を具現化させる道具です。魔術と異なり、星を流す必要こそありませんが。多大な魔力を必要とし。宝具と波長を合わせる必要があります」

「波長とな?」



「言語化できぬ感覚と言うモノが必要となります。また、使用者が異なれば、天地の隔たりがあるのが宝具の特徴です」



「お主がいつも握っている其の団扇も宝具なのか」



「これですか? これは宝具ではありませんよ。ただの団扇です。第一、宝具なんて、私には不要ですから」



「ふむ。で、お主は宝具を使えるのか」



「聞いてませんでしたか。不要だと。私には魔術が扱えるので」

「つまり、宝具とやらは使えぬのだな」



「……使う必要がないと言っているのが聞こえませんでしたか」

「なら、使えるのか」

「……」



「やっぱり使えぬのだな」



 啓の残念な物言いに。

 マリはカチンときて言い放つ。



「使えませんよ。悪いですか、使えなくて! でも、使えなくても何一つ不便はありませんからね。このように魔術で……何だって出来ちゃうんですから!」

 


 マリが団扇を全力で扇ぐと。



 天候を一変させる程の暴風が生じ。

 曇った雲が一気に払われ。

 青天が姿を見せる。



 周囲の者達は天候の移り変わりに呆然としていると。



 マリは息絶え絶えに言い放つ。



「こ、これが魔術のすごさです。満身創痍でも此れだけ出来るのですよ。凄いでしょう。……うっ、いけません。限界が来ました」



 マリは魔力が枯渇して倒れ込む。

 啓は倒れたマリの両肩を持って揺らす。



「こ、こんな下らぬ事に全力を使ったのか! そんな体力が残ってるなら、倒れ込んでいる湯の治療とかに使うべきであろうが!」



 マリは力なく腕を上げて。

 優しく啓の頬に触れる。



「……啓。最期に、虎屋伊織店の饅頭が、食べたかった、です」



「この時代に江戸時代の饅頭店があるわけなかろうが! 成し遂げた顔で、寝るな、寝るでなぁい!」



 啓の声が雲一つない空へと。

 飛び立っていった。

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