第40話 理想の先

 夏王率いる大軍は。

 隊列を成して戦地へと向かう。



 青銅の楽器による。

 活気ある行軍が行われるが。



 高鳴る楽器は。

 何処か陰鬱で。

 


 不協和音に似た不快感を与えた。



 兵達は無意識的にも。

 夏の終わりを感じ取っており。



 時代の狭間に埋もれ行く。

 自らの命運を嘆きながら歩を進める。



 大軍の後方には馬車が一台。

 不安定な車輪を回らせて動いており。



 馬車には向かい合うように。

 けつ王と末喜ばっきが座っていた。



 桀王は目を瞑りながら言い放つ。



「……末喜よ。悪いことは言わぬ。王都へ戻れ」



 末喜は男装の身なりで武装しており。

 外の景色を見ながら返す。



「今更、それ言ちゃうの」


  

「余に尽くしてくれるのは嬉しい。だが、それ以上に、お主が傷つくのが見たくないのだ。余にとって、お主は、天女であるのだから」



「……おめでたいわね。まだ、勘違いしているだなんて。もう、この際だから言っちゃうけど。私は天女なんて、そんな高尚な存在じゃないわ。私は、少しばかり……」



 桀王は目を瞑ったまま。

 末喜が唱えるよりも先に言う。


「勝ち気で、意地っ張りで、男勝りの女の子。であろう」



「……分かってたんだ」



「分かっておるよ。お主のことは他の誰よりもな」



 桀王は思い詰めた表情で下を向いた。



 末喜は桀王に視線を向ける。



「なら、何を言っても聞かないって、分かるでしょ。私は夏の皇后としてではなく。私の意思で此処にいるんだから」


「……お主は、お主は昔からそうであったな。自らの道を決める強さが持っていた。余がお主に見とれたのは、儚げな美しさの中に、芯の強さが見えたから、惹かれたのだ。この天女が側にいれば、余は変わるかも知れぬ。そう思ったから。お主を側に置いた。だが、余は弱く。何一つ変われなかった」



「……いいえ、貴方は変ったわよ。私が傍にいたときは変わらなかったけど。あの詐欺師、ゴホン。調停者が来てから。貴方は変わり始めた」



 末喜は一呼吸置いてから続ける。


「でも……その変化が、私には赦せなかった。私が何を言っても変わらなかったのに。私じゃない言葉で変わった貴方を見て。私って貴方の何なの。って思っちゃって。貴方を嫌いになり、そして恨んだ」



 桀は膝上に置いた両手を見据えながら言う。



「……甘えておったのだ。お主の優しさに」



 二人が乗っている荷車は。

 車輪によって揺れる。


「貴方の元から離れてから色々あったわ。そして、いろんな人に出会い。気づいたの。私が掲げた理想は貴方の側じゃなければ叶わないって。だって、この夏と言う国を良くするのが、私の理想だったんだもん」



「……理想か」



「ええ。私に理想があるように。貴方にも理想があるのでしょう。其れを叶える為に、こんなに痩せ焦げ。身体を壊してでも。前へ進んできたんでしょう。……ねぇ、桀、教えて。貴方の理想の先にはどんな世界が待ってるの」



「……余の、余の理想の先には」



 桀王は末喜を見つめると。

 馬車に併走するように馬が駆けつけ。 

 あおいが馬車に飛び乗る。



「邪魔して悪いな。ちょっいと話がある」



 碧は末喜に気づくと。

 末喜の手を握り締めて言う。



「おっ、末喜ちゃん。男装の身なりも麗しい。どうです、今宵、僕と紳士的なお茶会で……」



「空気読んでから来なさい!」



 末喜は苛立った表情で碧に平手打ちする。



「りっ、ふじん!」


 桀王は末喜に言いかけた。

 言葉を呑み込んで言う。



「……それで、何しに来たのだ。詐欺師よ」



「調、停、者。詐欺師だなんて聞こえの悪い言い方すんな。……まぁ、良い。本題に入るぞ。悪い話と、もっと悪い話がある。どっちから聞きてぇ」



「出来れば、どちらも聞きたくはないな」



「そうか、なら悪い話から進めるぞ。……予想に反して、商が進軍を続けた。昆吾との激戦で撤退すると思ったが、昆吾の兵が商に帰属し。戦いを継続することに決めたようだ」



 末喜は苦い顔をして尋ねる。



「それで、もっと悪い話はなんなの」



「戦う前から、夏の敗走は決まってることだ。……湯の演説を聴いたが。ありゃぁ器がちげぇ。人を心服させる何かを持っている。そんな奴相手に、兵数が近しい時点で敗走は確定してるってもんだ。大人しく降伏しろ。今なら、アンタらの身は保全される。不安なら俺が交渉役に立つが」



「交渉なぞ不要だ。例え、負けると分かっていたとしても、余は王の勤めを果たさねばならぬ。其れが、後世にて失笑を浴びようとも」



「つまり、負けるのを分かって戦うと」



「……」



 桀王が黙り込むと。

 馬車の御者をしていた青年が口を出す。



「なぁに言ってるんッスか。夏は敗けませんよ。なんだって、夏には王師がいますからね」



 男は舌打ち紛いに青年を見る。



「大事な話をしてんだから茶々入れんじゃ。……って、お前、大戯たいぎじゃねぇか!」



「お久しぶりッスねぇ。以前会ったのが確か、昆吾の親父さんが謀反を起こした時でしたか。いやぁ、あの時は大変したねぇ」



「お前は、逃げてばかりだったけどな」

「はっははは」



「そういや、首都が襲撃された時も、王師は一人も現れなかったな。大層な肩書きを持っている癖に、肝心なときは動かねぇって。ただの給料泥棒じゃねぇか」



「酷い言い草ッスねぇ。一応、あの時、王師の師団長が、応援に向かったっすよ。見ませんでしたか」



「見てねぇな。と言うか、なんで、お前が其処まで知ってんだ」



「こう見えても僕。密偵でして。大陸の情報なら何でも知ってますよ。湯の好みの女性から、昆吾の好みの女性。そして……貴方の、過去も全てね。伏羲ふっきに誘われし調停者、黄宮碧こみや あおいさん」



 碧は警戒しながら言い放つ。



「……何もんだ、アンタ」



「ただの、しがない密偵ッスよ」



 大戯が胡散臭い笑みを見せると。

 馬車に併走する形で白の大型犬が横につく。

 大型犬には影のある女性。

 妲己だっきが乗っており。

 興奮紛いに言う。



「つ、ツンデレさんの意識が戻りました。今なら、まだ治療できます。詐欺師さんお得意の薬膳を、ハリーです。ハリーなポッターです」



 碧は疑わしい目つきで立ち上がり。

 大戯を見る。



「俺らの存在を把握しながら。何故、滅び行く夏に付き従う」



「こう見えても、夏に忠誠を誓っている身ですからね。最期の最後まで夏に殉じますよ。……それに、滅び行く王朝に尽くすというのも中々に乙じゃないですか」


「はっ、俺以上にうさんくせぇな。密偵って言うのも嘘だろうからな」



 碧は大型犬に乗り込むと。

 桀王に見ずに言い放つ。


「じゃあな、桀王。時代に埋もれんなよ」



「其方も、時代に狂わされるなよ」



 碧は大型犬に乗り込むと。

 妲己は緑の絹を取り出し。

 末喜に投げ渡す。



「末喜さん。今までのお詫びを兼ねて、此れを授けます」


 

「何なの。これ?」



 末喜が受け取ると。

 妲己は笑みを浮かべて言う。



「御守りです」

「御守り?」



「胸元にでも入れておいて下さい」



 末喜は首を傾げて胸元に絹を入れると。

 妲己は珍しく生真面目な表情になって言う。



「……どうか、貴女の進む道に祝福あらんことを」



 妲己が柔らかな笑みを見せ。

 祈りを込めると。

 白い大型犬は空を駆けていった。



 桀王は大戯に向けて言い放つ。



「しかし、密偵とは。上手く素性を隠す。……王師、師団長、大戯よ」



 大戯は懐から仮面を取り出し。

 冷たい声色で言い放つ。



「……何一つ嘘はついておりません。全ては、夏の存続の為。其れが、私が先代の王に与えられた。唯一の命ですから」



 大戯は仮面を被ると。

 馬は怯えるように。

 走り始める。



 鳴条の地にて。



 間もなく。

 最後の戦いが生じようとしていた。

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