第21話 昆吾の調停者

 伊尹いいんは力を込め。

 剣を振りおとそうとするが。

 昆吾こんごの二指の力に及ばず。

 苦い表情を浮かべる。



 昆吾は仲虺ちゅうきを見据えて言い放つ。



「仲虺だったか。苦しくねぇか。もう、楽になりてぇだろう」



 仲虺の首を掴む手も力を籠もっており。

 仲虺は吐血混じりの血を吐く。



「……がっ」



 昆吾は吐血を見てから。 

 乱雑に仲虺を城壁から投げ捨てた。



 城壁の高さは十メートル近くあり。

 仲虺は頭から落下していく。


 

「仲虺!」



 伊尹が余裕ない声で叫ぶと。

 昆吾は伊尹の首を掴む。



「他人を心配してる余裕はねぇだろうが」

「……っ」



「しっかし、あっけねぇな。これで終わりとはな」



 伊尹の首を絞める力を強めると。

 末喜ばっきは剣を抜く。



「さっさとその手を離しなさい」



「何で俺が、皇后でもねぇ、てめぇの言うことを聞かなきゃいけねぇんだよ」



「話が通じないみたいね」



 末喜は踏み込み。

 昆吾の胸元に剣を突きつける。



 昆吾は体捌きで躱し。

 末喜の腕を掴み。

 顔を近づける。



「良い度胸じゃねぇか。気に入った。どうだ、俺の女になる気はねぇか」

「……おかしなことを言うわね。犬畜生に嫁ぐ女が、何処の世界にいんのよ!」



 末喜は身体を回転させ。

 昆吾の顎を蹴り飛ばした。



 伊尹の首から手が離れ。



 伊尹は必死になって呼吸する。



「……はぁ、はぁ、はぁ」



 昆吾は顎先に付いた土を払う。



「ちっ、遊びが過ぎたか」



 昆吾が剣を構えようとすると。

 上空から白の大型犬が現れる。



「空飛ぶ犬?」



 伊尹が驚き紛いに言うと。

 白の大型犬から白髪の青年が降り立ち。

 頭を乱雑に掻きながら昆吾に詰め寄る。



「おい、ツンデレ。今大変なことになってやがるぞ!」



「また、あの馬鹿女が余計なことでもしたのか」



「ちげぇよ。お前の義弟が反乱を起こした。周辺の邑もそれに同調し。争いの規模がでかくなってやがる。今すぐ戻らねぇと、また名無しに戻るぞ」

「……腐った血のよしみで生かしてやったってのに」



 昆吾は乱雑に剣を投げ捨てると。

 大型犬に乗り込む。



 大型犬は青年を放置して飛び立とうとする。



「まて、馬鹿犬。俺を忘れてるぞ! もどってこい、カムバック、もどってこぉい!」



 青年が上空に向けて叫んでいると。

 末喜は青年に剣を向ける。



「空飛ぶ犬とは実に奇妙な動物を飼ってるわね。君、一体何者」



 青年は動じずに振り向く。



「末喜、お前なぁ。殴った相手を忘れんじゃねぇよ」

「君のような若白髪。殴った記憶ないけど」



「……ああ、そうだった。このなりで会うのは初めてか」



 青年はニヒルな笑みを浮かべて言い放つ。



「俺の名はあおい。次なる王朝。殷王朝を創り出す為。此の時代に招かれた調停者だ。さて、どうです、末喜さんに可愛いお嬢ちゃん。一緒にお茶でも」



「調停者?」



 伊尹は聞き慣れぬ言葉に戸惑っていると。

 大型犬が円を描いて戻り。

 昆吾は碧の首元を乱雑に掴む。



「道わかんねぇわ。やっぱ案内しろ」



「今、口説いてたんだぞ。空気読めよぉ」 



「お前が口説ける相手なんぞいねぇよ。さっさと方向示せ」



 昆吾と碧は口論しながら地平線へと飛んでいく。



 伊尹は緊張が取れ。

 剣を落とし。

 思い出したように言う。



「……あっ、そうです。仲虺!」



 伊尹が仲虺が落ちた所まで駆け寄ると。

 城壁に寄りかかる形で仲虺は身体を休めていた。



 城壁には剣によって擦られた痕があった。



「城壁に剣を突き立て。落下の衝撃を抑えたのですか」



 嵐は過ぎ去り。

 商に束の間の平穏が訪れる。



 王都にて大陸を揺るがす出来事が生じるとも知らずに。

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