第20話 大陸の嵐

 正門の外では激しい戦闘が繰り広げられる。



 伊尹が城壁上から外を眺めると。

 激しい血飛沫が舞う戦場で。

 一人の青年が刃を振るっていた。



 青年は余裕のある動きで。

 商と末喜の兵を斬り伏せていく。



 城壁の上から。

 矢が幾度となく放たれるが。

 青年は視認せず躱し。



 放たれた矢を素手で掴み。



 振り返って投擲し。

 城壁上の弓兵すらも穿つ。



 伊尹は目を疑って言う。



「……何者なのです。あの青年」



 末喜は口元を噛みしめてから。

 緩やかに口が開く。



「どうしてあの子が此処に」

「知っているのですか。末喜様。あの者が誰なのか」



「……名すらなかった子よ」



 末喜がそう言うと。

 青年は末喜に気づき。

 笑みを浮かべる。



「やっと出てきやがったか、末喜」



 青年は血濡れの剣を城壁に投擲し。

 人とは思えぬ跳躍を以て。

 城壁に突き刺さった剣に着地すると。

 剣を足場にして。

 城壁を乗り越える。



 伊尹は末喜を守るように前に出る。



「商に何のようです。用件ぐらいは言ったらどうですか」



 青年は首の後ろに手を当て。 

 思い出すように言う。



「ああ、そうだった。此処にいる門番が、随分と生意気だったんでな。思わず手が出ちまった。伝令があったんだった。……末喜。あんた宛に夏王から伝言がある」



 末喜は訝しい表情で言う。



「なんの伝言です」



「約束を守れずすまなかった。例え、お主が反旗を翻そうが。親族を罰することはせぬ。好きに生きよ。……だ、そうだ。随分と甘い男を持ったこったな」



「…………」



「さて、なら。次は俺の用を言おうか。なんやら、てめぇら面白ぇことしてるようじゃねぇか。噂によると、夏との戦争を行う準備をしてんだってな」

「…………っ」



 伊尹は苦い顔をして黙り込む。



「結構なことじゃねぇか。だがな、俺にも計画があんだよ。邪魔されると面倒なんでな。今、此処で滅んでくれや」



 青年の傲岸不遜な物言いに。

 末喜は苛立った表情で言い放つ。



「名すらなかった分際で。随分と強気な物言いね」

「名なら夏王から貰ったのを知ってんだろう。……昆吾こんご。其れが俺の名だ」



 伊尹は其の名を聞き。

 驚きの声を上げる。



「昆吾ですって。夏の懐刀とされる。伯の名ではないですか。何故、貴方がその名を」



「血を引いているからに決まってるだろうが。愛玩の女から産まれようが、あのくそ親父の血は紛れもなく引いている」



「……まさか、父を殺し。地位を奪ったのですか」



「言っておくがな。先に動いたのはアイツだぜ。夏を討とうと反旗を翻したんだからな。俺と調停者がいなければ、夏はとうに滅んでいた」



「…………」



 仲虺は猫背を深め。

 抜刀の体制を取ると。

 昆吾は笑みを漏らす。



「良いのか。俺に剣を向けて。てめぇら、葛伯を斬り、散々な目に遭ったんだろう。腐っても俺も伯の地位を持っている。……二度も伯を斬れんのか。俺が傷一つ付いただけで、この邑は終わるぜ」

「…………っ」



 仲虺は苦い表情をして剣の柄から手を放すと。

 昆吾は仲虺に飛び込み。

 胸元に膝を入れる。

「……がっ」



 崩れ落ちた仲虺の顔を数発殴り。

 首を掴み上げる。



「其処は気概を見せろや。まぁ、見せたところで。何一つ変わらねぇがな」



 昆吾は仲虺の首を掴んだまま。

 城壁から落とそうとすると。

 伊尹は剣を向ける。



「其の手を離しなさい」 

「伯を傷つけた者は死罪、って言っただろうが。それでも、お前は俺に剣を……」



 伊尹は躊躇うことなく。

 昆吾に剣を振りおとした。



 昆吾は二指で受け止め。

 笑みを浮かべる。



「……はっ、ははは。正気じゃねぇな、おまえ」



「貴方こそ正気ですか。狂相手に正気を説くだなんてね」


 

 末喜は躊躇わず。

 突き進む伊尹の姿に圧巻され。

 思わず一歩下がってしまう。



「…………狂」



 次代の有り様を知らしめようと。 

 伊尹と昆吾は睨み合っていた。

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