第47話 英傑の死
商の兵士を斬り伏せ続ける。
幾ら、斬りつけようが立ち上がる。
不死の躯を目の当たりにした。
商兵は無意識的に半歩下がっており。
夏の軍勢に反撃の狼煙が上がる。
進軍の銅鑼を鳴らすが。
恐怖に呑まれた者には。
その音が耳に入らず。
逃走する兵が出る始末であった。
王師は着実に伊尹まで迫っており。
伊尹の眼前にいた兵達が一掃され。
遂に、其の凶刃が。
伊尹へと振り下ろされる。
「……っ」
伊尹は覚悟を決め。
唇を嚙み締めると。
上空から一人の青年が降り立ち。
王師の一人を蹴り飛ばした。
伊尹は自らを救った青年を見て。
驚きの声を上げる。
「……
昆吾は自らの後ろ首を触れながら言う。
「なさけねぇな。こんな死人相手にてこずりやがって」
吹き飛ばされた王師が昆吾に突撃すると。
昆吾は最小限の動きで躱し。
腹部に剣を突き刺した。
「……静かに眠れ」
貫かれた王師は緩やかに項垂れ。
動かぬ屍に変貌する。
「あれだけ傷つこうが止まらなかったのに、どうして止まったのです」
「腹部にある
昆吾はそう言って剣を屍から抜き取る。
「死人の相手は俺がする。てめぇは人の戦いにケリつけろ」
昆吾はそう言うと。
六名の王師を相手取る。
推哆は苛立った声色で叫ぶ。
「なぁに、やってんのあの馬鹿! 折角、アンタの為に時代を修正してやってんのに。……はぁ、もういいわ。思い通りにならない駒なんて不要よ。不要。昆吾、アンタも此処で死に絶えなさい」
推哆は指に結びついている。
魔術の糸に力を籠めると。
指に絡めついていた。
一本の魔術の糸が断ち切られた。
「なっ!」
推哆が馬車の外に出ると。
遥か彼方の崖から。
狙いを定めていた。
「……夏宮、啓!」
マリは異様なモノを見る視線を送る。
「なんで、数度放っただけで。そんな正確無比に放てるんですか」
「言ったであろう。不発の射を見せると。……放つ前に、全ては定まっておる」
弓の弦が断続的に弾かれ。
矢は次々に糸を断絶していく。
残りの一本を貫こうとすると。
矢は糸に弾かれた。
推哆は人差し指を口元に近づける。
「やるじゃない。だけど、この一本は切れないわ。私の全魔力を込めているのだから」
推哆に動かされているのは。
艶のある女性であり。
昆吾を上回る動きを以て圧倒する。
昆吾は技で対抗するが。
徐々に胸元の傷が開き始め。
僅かばかり動きが止まると。
胸元を斬り伏せられる。
「…………つぅ!」
昆吾は絶する痛みから崩れ落ちる。
「その傷だと、このまま放置しても死ぬでしょうが。せめてもの慈悲よ。思い人に殺されなさい」
推哆がそう言うと。
女性が剣を振り上げ。
昆吾の首元に剣を振り下ろした。
昆吾は振り落とされる剣に。
視線を向けることもなく。
ただ、女性に視線を合わした。
「……」
女性は虚空の瞳で昆吾を見つめており。
振り下ろした剣が止まる。
「なっ、どうして動かないの!」
推哆が指にかかった糸を動かすが。
女性は全く動かず。
女性の瞳からは。
昆吾の返り血で濡れた。
血の滴が零れ落ちた。
地表には太極図が浮かび上がっており。
太極図を基軸に。
八卦の文字が浮かび上がる。
「こ、これは。宝具、
推哆は遠方の妲己を見据えて叫んだ。
昆吾は握っていた剣を手放すと。
崩れ落ちゆく女性を抱きしめ。
女性をかばうように背中から地面に倒れた。
昆吾は女性の後ろ首に手を当て。
「…………」
何かを呟く。
宝具、太極図の影響で。
天候すらも書き換えられており。
曇天が取り除かれ。
雲の先で隠された太陽が。
その神々しさを見せつける。
「……太陽が、上がってる」
昆吾の瞳は奮闘している湯と。
必死に成って戦う商兵が映り込み。
穏やかな声で言う。
「……嗚呼、母さん。太陽が、やっと、あがるよ」
昆吾の目元から涙が零れると。
緩やかに瞼が閉じ。
静かに息を引き取った。
時代の英傑。
昆吾の死により。
定められた時代は。
確実に崩れ去った――。
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