第4話 夏の賢臣


 四人の武装した男が間合いを詰めると。

 けいは釣り糸をねじ切り。

 木の棒となった釣り竿を構える。



「さて、来るがよい。お主らなぞ。これで十分である」



 一人の兵士が啓の挑発に苛立ち。



「っ、舐めるなぁ!」



 啓に向かって愚直し。

 剣を振りかざすと。



 啓は其の剣を躱し。

 鳩尾みぞおちに突きを放つ。



「……ぁ」



 男が崩れ落ちると。

 啓は木の棒を回転させて言い放つ。



「こう見えても、杖術の心得を持っておる。……突かば槍 払えば薙刀 持たば太刀。杖術の神髄、味わってもらおうか」



 官僚の男が一瞬。

 口元を歪めるようにほくそ笑むが。

 直ぐに表情を戻す。



「三人、まとめて掛かりなさい。所詮は、一人。数で叩けば、なんてことないわ」



 官僚の男がそう言い放つと。

 官僚の眼前に矢が通り過ぎた。



「……誰かしら。私に向かって矢を放ったのは」



 官僚の男は矢が放たれた方角を見ると。

 馬に跨がった。

 三十代の男が弓を構えていた。



「おお、人だったか。すまんな。なんせ、この辺りに熊が出ると聞いていたモノだからな。思わず矢を放ちまった」



 官僚の男は馬に乗った男を見ると。

 表情を歪ませる。



関龍逢かんりゅうほう。何で、アンタが此処に」



「いやはや。夏に仇なす熊が、稀代の賢人を食い殺すと言う噂が聞こえてね。居ても立っていられず。王都から出てきたんだよ。……で、推哆すいしよ。その熊について心当たりはないか」



 関龍逢は軽い口調から。

 生真面目な言い方に変わり。

 推哆を睨み付ける。



「……回りくどい言い方を。私を討ちに来たと素直に言えば良いモノを」



 推哆と呼ばれた官僚の男は。

 袖を口元に当て。

 背中を見せる。



「帰りますわよ。熊と間違えられ。殺されてはたまったモノではありませんからね」



 推哆は気を失っている男を蹴り飛ばし。

 意識を戻させてから立ち去った。



 伊尹いいんは関龍逢と呼ばれた男を見つめる。



「……何故。王の側近である。貴方が此処に」

「可愛いお嬢ちゃんを野放しにするほど薄情じゃないからね」



「くだらない前置きは結構ですので、さっさと理由を答えやがれ下さい」



「それじゃあ、前置きは此れぐらいで本題に入ろうかな。……他の者が何と言おうが、君が賢人なのは疑いのない事実だ。もう一度、夏に戻ってきて欲しい。優柔不断な王の側には君が必要不可欠なんだ」



 伊尹は目を背けて言う。



「戻りません。あそこにいると、私まで腐ってしまいます」



「君なら大丈夫だよ。だって、君は誰よりも清廉なんだから」



 伊尹の眉間に皺が寄る。



「清、廉? ……私はただ、直言を申してるだけですよ。直言を清廉と捉えている時点で、貴方も十二分に腐ってきてますね」

「これは手厳しいな」



「……っ、笑って誤魔化さないで下さい。夏が此程まで没落したのも貴方の所為でもあるのですよ。天下の忠臣とまで言われた貴方がしっかりしないから、屑共がのさばるのです!」

「…………」



 伊尹は数多に溢れる感情を抑えて言う。



「……王宮にて色々と弁座を図って貰った事は感謝しています。ですが、王宮には戻りません。これ以上、私は腐りたくありませんので」



 伊尹が深く頭を下げると。

 関龍逢は重い溜息を吐く。



「分かった。此処は引こうか。しつこい男は嫌われるからね。だが、俺は諦めたわけじゃないよ。夏の存続には君は必要不可欠だからね。……ところで、側にいるお前さんは一体誰なんだい」

 


「僕か? 僕は啓という。偶々、この娘と此処で出会った」



「にしても、良い筋肉してるねぇ。どうだい、夏に仕官しないかい。君ならあっという間に軍の指揮官になれるよ」

「男がベタベタと触るでない」



「最近の子は怒りっぽいねぇ。……さぁて、余り長いこと王都を離れていると立場が悪くなってしまう。そろそろ、お暇しようか」



 関龍逢は背を向けると。

 思い出すように言う。



「あぁ、そうそう。君が王宮を抜け出した後。君の領主だった。有莘ゆうしん伯の使者が来てね。なんでも、君の義父が倒れたらしい」

「……笑えない嘘は、好きではありませんよ」



「君に嘘はつかないよ。失踪した手前、故郷に戻るのは気が引けるだろが、戻った方が良い。安心してくれ。口裏は合わせておく。義父の訃報を聞き。居ても立ってもいられなくなったとな。それじゃあ、またね。伊尹ちゃん」



 関龍逢は馬を走らせ。

 立ち去った。


 

 伊尹が思い詰めた表情をしていると。

 ふらふらの足取りでマリが近づいてくる。



「……けぇい。なぁにしてるんですか。可愛い女の子に目を奪われ。空腹に苦しむマリさんを放置し。アバンチュール(恋の冒険)ですか。良いご身分ですねぇ」



「ま、待て。何を勘違いしておるのだ。取りあえず。団扇を下ろすのだ」

「問答無用!」



 マリは団扇を振り上げようとすると。

 大きな空腹音が鳴り響く。



「うぅ、思った以上に限界です。さ、最期に、長門屋の水羊羹が、食べたかった、です」



 マリはそう言うと倒れ込んだ。



「くず餅ではなかったのか。いや、そうではない。そもそも、この時代にそんな食べ物はなかろうが!」



 啓がマリの抱え込むと。

 伊尹は深い溜息を吐く。



「……着いてきて下さい。一度、実家に戻ります。あそこなら食料があるでしょうからね」



 啓らは伊尹の故郷である有莘伯の領土へと向かった。



 時代の激動が捲き起こる地とも知らずに。





*   *   *





 此処まで読んでいただき。

 ありがとうございました。




 次の話から。

 後に、いん王朝を建国する。

 とうと呼ばれる。

 後の聖王。

 元は狂犬が現れ。

 夏王朝に反旗を翻します。


 

 これからの展開が気になる。

 古代中国に少し興味を持った!



 そう思って頂けましたら。

 


 ★評価やフォローを頂けたら幸いです。




 最後に。



 本作品を最後まで読むと。

 主人公が唱える。

 狂と言う意味の真意が分かります。



 狂の意味を腑に落とし込み。



 私達が生きる狂なき時代に。

 狂の旋風を巻き起こす。

 一人になって頂けたら。

 この上のない喜びです。

 


 駄文失礼致しました。

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