第33話 決戦前夜

 とう達は三日三晩に渡り。


 商が如何様にして大陸を統べるかについて。

 論議を行い。

 詳細を詰めていく。


 そして、方針が固まると。

 其の実現に向けて動き始めた。



 伊尹いいんは複雑に入り乱れる。

 東方の利害関係を調整し。

 数多の伯や長達を。

 傘下に収めることに成功する。



 仲虺ちゅうきは馬車の改造の過程で生まれた。

 古代戦車の構築に成功し。

 試作機を実践投入を行った。



 古代戦車は。

 二頭の馬が荷車を引く事によって稼働し。

 御者と弓兵が乗り込むことによって。

 移動しながら矢を放つことを可能にした。

 

 

 歩兵との戦いしか知らぬ。

 この時代の者達にとって。



 古代戦車が戦場を荒れ狂う。

 ことは理解の範疇を超えており。



 疾走感を以て。

 迫りくる奇怪な存在に。 

 本能的な恐怖を植え付けられ。

 戦う前に逃走する敵兵も出る。

 有様であった。



 伊尹の外交と。

 仲虺の古代戦車によって。

 商は名実共に東方の支配者として。

 君臨することになる。



 商と対抗する昆吾こんご勢力は。

 調停者のあおいの舌先三寸により。

 南方の支配者の地位を確立し。



 昆吾は地盤が固まったのを確信すると。

 再び、商へと侵攻を開始する。



 時代の覇権をめぐる。

 最期の動乱が開かれようとしていた――。



 * * *



 商の屋敷にて。



 湯が玉座に座り。

 左右に伊尹と仲虺が立ち控える。



 東方の伯や長達が一同しており。



 伊尹は一礼してから言い放つ。



「召集に応じて頂き。有り難う御座います。皆様を呼び出したのは、再び侵攻してきた昆吾軍を打ち倒し。……強いては、夏との決戦を行う為であります」



 白髪の長が眉をひそめる。



「夏との決戦とな? よもや、昆吾との戦いの後。そのまま、夏に攻め込む気か」



「ええ。夏王は我々が潰し合う時を待ち構えています。昆吾を打ち倒そうが、打ち倒せなかろうが。疲弊した隙を付きに来るのは確実です。それならば、昆吾を打ち倒した勢いのまま。夏に攻め込むのが賢明です」



 伯や長達が訝しげな表情をしている中。

 白髪の長が口を開く。



「無謀すぎるな。当代の昆吾は稀代の英傑と聞いておる。そのような輩相手に、快勝を前提にしているのは、いささか見くびりすぎではなかろうか」



「見くびっているのは、貴方ですよ。商には昆吾に負けに劣らぬ英傑。湯がおり。……そして、戦車による戦術が確立されてきています」



「戦車とな。……はっ、あの馬に牽引されてる荷車がどう役に立つのだ。前に、あれが、戦場で使われているのを見たが、目立って狙われるのは疎か。二頭の馬の動きに、車輪が堪えきれず。直ぐに壊れておったではないか」



 伊尹は面倒そうに言う。



「では、仲虺。反論願います」



 仲虺は腰を曲げたまま前へと出る。



「ええ。……貴方の指摘は正しいです」



「ならば、無駄なモノをつくるで……」



「ですので、改良に改良を重ね。遂に完成しました。……これが、昆吾戦に用いる戦車です。懸念点の全てを払拭し。車軸から車体の重量を見直し。最適摩擦による、耐久力向上を完遂させました」



 仲虺は立派な形をした古代戦車を見せる。



 車軸は円滑に回り。

 実用性と戦いの美を兼ね備える。

 一品が其処にあった。



「……うっそ。なにこれ」



 白髪の長から少女の様な声が漏れるが。

 直ぐに咳をして。

 声を戻す。


  

「た、確かに、これなら耐久力はありそうね。でも、これが数台あろうが、只の的になるだけではないか。労力の割に見合わぬものを造ってどうするのだ」



「数台では的になるだけでしょうね。……ですが、これが百台、二百台が一斉に戦場を駆け巡るならどうなると思います」



「そんなに造れるはずが……」

「もう、造ってますよ」

「…………ぬぅぅ」



 白髪の長は舌打ちしてから。

 他の長達に振り向く。



「儂は降りるぞ。世迷言には付き合ってはおれんからな。……お主ら考え直すのだ。昆吾は確かに情け容赦ない。だが、刃を向けぬ者には寛大と伝え聞いておる。今ならば、まだ昆吾に降伏することができるぞ」



 伊尹は動揺が広がる前に両手を叩き。

 注目を集めてから言い放つ。



「それこそ早計ですね。此度は前回と全く以て異なります。伯を始めとした。数多の長が集い。湯がいます。そして、何よりも此度は……けいもいます。彼が指揮を執れば、確実に昆吾を打ち倒せるでしょう」



 伊尹が屋敷の後方で腕を組んでいる。

 啓を指差すと。

 啓は頷いて返す。



「うむ。確かに、僕が指揮を執れば、欧州をひっくり返したナポリタンさながらの統率を見せ。モンゴルから一大勢力を築いたチャー・ハーンを彷彿させる勢いを見せるだろう。なぁ、マリプレッソよ」



 マリは頷きながら突っ込む。



「食べ物と英傑の名がごっちゃになってますね。一応突っ込みますが、エスプレッソじゃありませんよ。マリです」



 白髪の長は猜疑の眼差しで啓を見据える。



「こんな得体の知れぬ者を頼るなぞ、正気か」



「案ずるな。僕は指揮は執らぬ。この時代を動かすのは、この時代の者でなければならぬからな」



「…………」



 白髪の長は呆気にとられており。

 伊尹は訝しげな表情で啓を睨む。



「相も変わらず。よく分からないことを言いますね。此程までに、皆を焚きつけておきながら、貴方は参加しないのですか」



「参加はする。だが、其れはあくまでも人の枠組みを超えた者が介入したときだけだ。人の戦いは、この時代に生きる者が決着を付けねばならぬ。第一……」



 啓は壁から背中を外し。

 湯を見据える。



「昆吾との決着は、湯。お主が付けねばならぬのだ。でなければ、次代に紡ぐ意味がない」



 湯は鼻で笑って立ち上がる。



「言われずとも決着はつけるよ」



 湯は長達を見据え。

 笑みを見せて言い放つ。



「君らさ。僕らは何の為に、夏に造反したのか忘れてないかい」



 凜と響く声が屋敷を支配する。



「私欲を貪る官僚に嫌気がさしたから? ……ちがうよね。横暴を極める伯に愛想を尽くしたから? それもちがうよね」



 湯は真剣な表情に変わる。



「腐りきってるのを知りながらも、何の対処も出来ない夏王に見切りを付けたから。僕らは立ち上がったんだ。言っておくけど、この時代を変えるのは、僕でも昆吾でも、夏王でもないよ。時代を変えるのは……君たちだ」



 湯は中央の道を歩きながら。

 心の中を吐露するように言う。


「……君たちの思いが、君たちの願いが時代を変えるんだ。僕はただ、一歩前に出て。君たちが描いた光景を先に見ているだけ」



 湯は柔らかな口調で続ける。



「君たちが描いた世界は、雨も雲もない。偽りのない。蒼天の世界が広がっているんだ。……僕は、この光景を見せたいから。前へ、前へと進んでるんだ」



 湯は振り返り。 

 皆の瞳を見据えて言い放つ。



「だからさ。もう少しだけ、歩み続けようよ。理想の地に辿り着くその時まで、狂なるままに歩み続けよう。……理想に燃える。この想いだけが、時代を変えるのだから」

「…………」



 湯は自らの胸元に手を当てて言い切ると。

 伯と長達の心は湯に持っていかれる。



 白髪の長は苦い笑みを浮かべ。



「……っ」



 それ以上の言葉を出なかった。



 会合が終わると。

 解散となり。



 白髪の長は警戒するように。

 周囲を見てから。

 茂みの中に入った。



 茂みには気を失っている。

 裸同然の白髪の長がおり。



 白髪の長は目の前で気絶している。

 同一人物に驚きもせず。



 衣服を脱ぎ。

 ツインテールの少女の姿に変わる。



「……っ。内部分裂を起こさせる予定だったのに。湯なんかに止められるなんて。心外。まさか、聖王の気質まで芽生えてるだなんて」



 少女は苛立ちながら独り言を続ける。



「第一、あの古代戦車なんなのよ! あの仲虺って変人、なぁに勝手に二百年近く先の戦車造り上げてんの! 色々と無茶苦茶になってきてるじゃない!」



 ツインテールの少女は脱ぎ捨てた衣服を老人に投げ捨てる。



「あぁ、もう! この衣服おっさん臭い。匂いが私に移ったらどうすんの」



 少女はそう言うと官僚の衣服を纏いなおす。



「まぁ、良いわ。下準備も終わったし。後は記録するだけ。……伏羲ふっきの描く世界。否定しきれるかしら、マリパイセン♪」


 

 少女がそう呟くと。

 溶け込むように消え去った。

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