第2話 入院ー栞side
あんなにどしゃ降りだった雨は、太陽が昇る頃には止んでいた。
やはりバタバタとした夜だった。
本郷先生の指示があちこちに飛ばされる。
私もそのうちのひとりだった。
少し落ち着いた頃、私は本郷先生に呼ばれた。
「中川」
「はいっ」
「昨日の一ケ瀬君、ついてみるか?」
「えっ? 私がですか?」
「色々と経験しておくほうがいいだろ?」
「はいっ。頑張ります」
私は初めて患者さんを受け持つ事になった。
17歳の高校生。
心不全。詳しい検査はこれからになるだろう。
運び込まれた時は心停止が起きていた。戻ってきてくれた時は、本当に嬉しかった。彼はまだ若く、これから楽しい事がたくさん待っているはずだ。
緊迫した時間は過ぎて、外が明るくなってくる。私は、担当する事になった一ケ瀬君の様子を見に行った。
眠っている一ケ瀬君のもとへ行き、点滴の残量などをチェックした。
睫は長く、色は白い。
(綺麗な顔……。)
そんな事を思った時、一ケ瀬君の目が少し動いてゆっくりと開いた。
「おはようございます。わかりますか?
ここは病院ですよ」
私は一ケ瀬君の顔を見ながら声をかけた。
突然の事で頭が追い付いていないのだろう。
私は声をかけて、カーテンを開けた。
明るい景色を見れば、少しは気分も良くなるかもしれない。
「そうそう、ご両親が今荷物を取りに帰ってくれてるから。もう少ししたら戻ってきますよ。安心して下さいね」
と、一ケ瀬君に話かけてみた。
ぼんやりと窓の外を眺めて、不安げな表情を浮かべている。
遠くに海が見える。
雨上がりの澄んだ空を鳥ものんびりと飛んでいる。
私はいつもの癖で、両方の手の指で四角を作り景色を囲んだ。
一ケ瀬君は、そんな私の事を不思議に思っただろう。
「あ、ごめんなさい。私ね、写真を撮るのが趣味なの!」
「へぇー」
と一ケ瀬君は答えてくれた。
(あ、戻らなくちゃ!)
一ケ瀬君に声をかけて、急いでナースステーションに戻った。
「中川、また景色でも眺めてたのか?」
本郷先生は、運ばれてすぐの患者さんを前にすると本当に厳しくて怖いのだが、素晴らしい先生だと尊敬している。
私はまだまだ不安だらけで、失敗する度に屋上から遠くの景色を眺めていた。そんな時は優しく自分の経験してきた事を話してくれたりする。
「違いますよ。一ケ瀬君の様子を見に行ってました。本郷先生、一ケ瀬君、肩が痛いそうです。左肩に打撲の後がありました。後で診察お願いいたします」
「おう! わかった」
本郷先生は、大きなマグカップに注がれたコーヒーをゴクリと一口飲んだ。本郷先生は大学病院でたくさんの経験を積んできている。
ドクターヘリに乗っていたこともあるらしい。
そんな本郷先生が『風花救命センター』にいるのはもったいないと、新人の私でもわかるくらいに尊敬できる医師だ。
「いいか、中川。医者も看護師もひとりの人間だ。忘れるな」
初めて本郷先生と出会った日に言われた言葉が私の心に深く刻み込まれた。
「さて、じゃ診察に行くか! 一ケ瀬君のご両親もそろそろ戻って来る頃だろう。中川ー、行くぞー」
「はい!」
私は回診車を押して、本郷先生の後をついていった。
「――ってね。凪も行くーって、小さい子どもみたいに……あ、先生!」
「おはようございます」
本郷先生は、病院に着いていた一ケ瀬君のご両親に挨拶をした。
「おはようございます。昨日はありがとうございました!」
「いえいえ。一ケ瀬君が頑張ったんですよ。なぁ?」
本郷先生は一ケ瀬君の顔を見て笑った。
「ありがとうございました」
一ケ瀬くんにとっては、初対面だった。
「僕は君に手を握られたんだよ、一ケ瀬君みたいにカッコいいとドキッとしちゃうよ。ハハハッ!」
って、本郷先生はニコニコしている。
「えっ……」
一ケ瀬くんは困った顔をしていた。
「もぅ、本郷先生っ。一ケ瀬君、気にしないでね」
と声をかけたけど。
(ダメだ、一ケ瀬くんは完全に引いてしまってる……。)
「本郷先生、左肩です!」
私は話題を変えた。
「あ、そうね。ちょっと体を動かすよ」
一ケ瀬君が痛いと言った左肩だ。
「あー、こりゃ痛そうだねぇ。とりあえず湿布貼ってみようか」
カタカタカタカタとパソコンの画面を操作をして、指示を記入した。
「あのー、先生。颯真はどれくらい入院になりますか?」
母親は心配そうに、一ケ瀬君を見つめながら聞いていた。
「そうですね、少し詳しく検査が必要です。少しお時間大丈夫ですか? あちらで説明致します。一ケ瀬君、心配しなくていいからね。君にもちゃんと話をする時間を作りますから」
と言って、本郷先生はご両親と別室へ向かった。
一ケ瀬君は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(きっと不安だよね。)
「一ケ瀬君、後で別の看護師が湿布持ってきてくれるから待っててね!」
と声をかけて、本郷先生とご両親の後を回診車を押しながら私は追いかけた。
一ケ瀬くんのベッドは一番端っこで、陽当たりもよくて外の景色がよく見える場所だ。
まわりから誰もいなくなったのでまた、窓の外へ視線を移していた。
そんな一ケ瀬君との出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます