第19話 約束のメール

『凪ちゃん、こんにちわ。中川栞です!

この前はどうもありがとう! 少しの時間だったけど楽しかったー! 約束の写真、送りますね!』


大きな木に、小さな花が咲いている。

見たことはあるのだろうけど、名前なんて知らない小さな花。


この前、中川さんと偶然出会った桜の丘公園の写真がいくつか送られてきた。


(凪の奴め!  やりやがったな。)

いつもならばもうすぐに喧嘩だ。そして、ふたりして母ちゃんに怒られる。


俺は送られてきた画像をダウンロードした。

(返事、どうしよう。)

すぐ横の窓を開けると、外から夏の香りが入ってきた。少しぬるい感じだけど、気持ちがいい風。


俺はベッドに座り直して、メッセージを書き込んだ。何度も読み返して、消しては入力をして。


『中川さん、こんにちわ。素敵な写真をありがとうございます。残念ながら、凪ではなく、颯真です。

妹が勝手に……スミマセン。ご迷惑ですよね、削除しといてください!  あと、凪の連絡先送っておきます!』


そして俺は飛行機マークを押してメッセージを送信した。


――ピコン!。

すぐに返事が返ってきた。

『えっ、凪ちゃんかと思って、こちらこそごめんなさい!  全然、迷惑ではないんです!  凪ちゃんの連絡先ありがとうございます。凪ちゃんにも写真送ってみます』


可愛いいネコがお辞儀をしたスタンプも届いた。


『中川さんの写真。

俺は好きです!  待ち受けに使ってもいいですか?』


――ピコン!。

『ぅわあー、嬉しい!  待ち受けにしちゃって下さい!

……また送ってもいいですか?   凪ちゃんではなく、颯真君に』



『楽しみにしています!』

と、一言だけ送信した。


本当はすごく嬉しかったんだ。

凪のやつ!  なんて思ったけど、凪に届く写真を俺は楽しみに待っていたから。照れ臭くて、そんな事は言えないし。今回ばかりは凪に感謝をしなくちゃな。


俺はダウンロードした写真をスクロールして眺めた。入院中に作って貰った、アルバムのように。


中川さんの写真は花や空の写真が多かった。名前も知らない花の写真も好きだったけど。俺はビー玉が転がった砂場の写真を待ち受けにした。


俺が花の写真を待ち受けにしていたら、きっと凪にいじられるに決まってる。

光に照らされて、透き通ったビー玉の模様がとても綺麗な写真だ。



ほんの短いやり取りの文字を眺めていた。

あの桜の丘公園で一緒に過ごした、ほんの少しの時間。

中川さんは凪とたくさん喋って、たくさん笑っていた。

凪が手を引いて連れて来られた中川さんの顔。

束ねていない髪の毛が風に吹かれて揺れて、甘い香りがしたような気がして。すごく照れ臭かったな。



中川さんは、お世話になった看護師さん。

――ただ、それだけ。

そんな風に言い聞かせている自分がいる。


でも無理だった。

どうしても頭に浮かんできてしまうんだ。

病院の屋上で見た中川さんの笑顔は少しだけキリッとしていた。

桜の丘公園で見た中川さんの笑顔はふにゃっとして可愛かった。


風に吹かれて揺れる髪の毛にそっと振れてみたい……。

そんな気持ちが少し芽生えていた。




「ただいまー!」

「お帰りー!  ちょっと、凪、靴くらい揃えなさい!」

そんな母ちゃんの声が聞こえたと同時に、階段を駆け上がる音が響いてくる。



「ねぇー、お兄ちゃん! なぁんで私の連絡先教えてしまうのよっ!」

「お帰り!」

「ただいま、そんな事より!  せっかく中川さんと連絡するチャンスだよ?」

「黙って個人情報を流出するな」


「んもっ!  で?」

凪は鞄をドサッと俺の部屋に置いた。

「で?  ってなんだよ」

「ちゃんと話したの?」

「何の?」

「んも――。せめて電話番号くらいゲットするとかぁ、会う約束するとかぁー」

「写真、待ち受けにしたよ!」

「それだけ?」

「また、送ってもいいですか? って聞かれたから、待ってますって答えたよ」


凪が少し口を尖らせている。

「お兄ちゃん、中川さんの事を好きだと思ったんだけどなー」

ドサッと置いた鞄を持って、凪は自分の部屋へ向かった。



(ちぇっ、バレてらぁ。)


  凪の気持ちは嬉しいが、今の俺にはどうする事もできない。中川さんの事を俺は何も知らない。彼氏もいるかもしれないし、俺より年上だろうし。病気の事だってあるし。そんなに簡単な事ではないんだ。



 俺はベッドに寝転がって、中川さんから送られてきた写真を眺めていた。


 隣の部屋からは、凪の賑やかな声が聞こえてくる。きっと誰かと電話でもしているのだろう。外からは色々な音が聞こえてくる。

 鳥の囀ずり。はしゃぐ子供達の声。この世に生まれてきたばかりであろうセミの鳴き声が混じりながら。


 そんな音を聴きながら、俺はしばらく眠った。




「凪ー、颯真ー、ご飯できたよー!」

下から母ちゃんの大きな声が聞こえた。


「んぁ――――!」

俺は大きく伸びをした。

外はまだ明るい。

携帯を見ると、メールが届いていた。

中川さんからだった。



『急にメールしてごめんなさい!  さっき凪ちゃんから連絡貰って。私で良ければお願いします!  私は札幌出身で、学生の頃の友人は離れているし。嬉しかったよ、ありがとう!  楽しみにしています!』


 可愛いいネコが嬉しそうに笑ったスタンプも送られてきていた。



(えっ、え――――? 何――――?)

俺の知らない所で、何があったのだろうか。


「凪――――!」

俺は慌てて階段を下りて、テーブルに座っている凪の所へと向かった。

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