第18話 通院

「颯真ー、行くよー!」

 下から母ちゃんに呼ばれた。

「今行くー!」

 俺の返事に隣の部屋から凪が顔を出す。

「どっか行くの?」

「ぉん、病院。凪、部活は?」

「今日は昼から。いってらー!」

「髪の毛、ボサボサだぞ」

「ふぉーい」


 俺は階段を下りながら、凪に手を振る。

 今日は、定期検診の日だ。CTで診てもらって、薬を貰わないといけない。

 母ちゃんの運転する車で30分くらいで風花救命救急センターへ到着した。

 予約をしているが、やっぱり診察を待つ時間は必要になる。


「一ケ瀨颯真君ですね!」

 CTのベッドに横になった俺は、名前を確認される。

「はい」

「じゃあ、両腕を上にあげて下さい。そのままねー」


 俺の寝ているベッドは大きなリングの中にスーッと移動した。うっすらと聞こえてくる電子音。


 そして目の前で止まっている機械から声が聞こえてくる。

「息を吸って――、止めてください」


 大きなリングの中を俺は移動する。

「楽にして下さい」

 は――っと息を吐いた。


 カチャッ、カチャッ。

「息を吸って――、止めて下さい」

 肺を膨らませて、息を止める。

「楽にして下さい」


「一ケ瀨君、お疲れ様でした。起き上がれるかな、ゆっくりでいいよ!」

「はい、大丈夫です」

 服を整えて、髪の毛をくしゃくしゃと直した。外に出ると母ちゃんが待っていてくれた。

「次は診察だね」

「ぉん」


 循環器の待合室はたくさんの患者さんが待っていた。今日も時間がかかるだろうな、俺はイヤホンをしてゲームをする。

「あんまりすると、疲れるよ!」

 母ちゃんの声が聞こえた。


 俺は昨日、聞いてしまったんだ。夜中に目が覚めて水を飲むために、階段を静かに降りていた。

 父ちゃんと母ちゃんの話し声が聞こえてきた。


「……んか他にあるだろ? 今は医学も進歩しているんだし。ペースメーカーだって凄く小さくなって性能も良いはずだろ」

「そうよ、ペースメーカーは凄く良くなってるのよ。カテーテルの治療も、手首の血管からでいけるのよ。それはそうなのよ……」

 母ちゃんの声が弱々しくなっていく。


「それでは無理って事なのか?拡張型心筋症って」

「次に大きな発作が出た時は、色々考えないといけないって。以前、本郷先生が仰ってたのよ」

「なんで……。颯真じゃなくて、俺がなれば良かったのに……」


「私だって、そう思うわよ。先天性の可能性もあるって――私、こんなに長い間気づいてあげれなかったのよ」

 母ちゃんは下を向いて泣いてるようだ。


「いや、それは俺も同じだから。とにかくこれからなんだよ、出来る限りの事をしてあげよう」

「そうね、あんなにわがままな凪だって、お兄ちゃんと同じ薄味のご飯にして! って。ポテトチップも要らないから、お兄ちゃんも食べれるお菓子を買ってあげてって」

「凪は颯真が大好きだからなぁ」

「そうね、仲良しで良かった」


 俺はそのまま自分の部屋に静かに戻った。

(拡張型心筋症? 俺はただの心筋症としか聞いてないし……。)

 よくわからないまま、目をギュッと瞑って眠った。



「一ケ瀨さーん、一ケ瀨颯真さん!」

 呼ばれて、母ちゃんと一緒に診察室にはいった。


「久しぶりだね、イケメン君!」

 ニコニコと本郷先生が笑っている。

「こんにちわ」

「ちょっと胸の音聞かせてくれる?」

 シャツを少しめくって、聴診器をあてられる。

(異常がありませんように……。)

 俺は毎回祈るように先生の言葉を待った。


「うん、大丈夫だね。調子はどう?」

「まぁ、ちょっと出掛けたりすると少し疲れやすいというか」

「息切れはある?」

「そこまではないで、す」

本郷先生が俺の顔を見ている。

「どうした? なんか自信なさげだなぁ。入院生活も、長かったしね。体力はまだ人並みではないだろうけど」

「はぁ」


 本郷先生がパソコンに色々入力をする。

 その文字が気になって仕方がないのだ。

「んー、CTの検査は異常なしだね。薬は飲めてる?」

「はい、飲んでます」

「そう、ありがとう!たまには外に出る事はある?」

 本郷先生は、俺の方に体を向けて質問を始めた。何だか緊張してしまう。


「はい、先日ピクニックに行きました」

「ほー、いいねぇ」

「あ、中川さんに会いました!」

 なぜか俺の声が少し大きくなってしまった。

 本郷先生は微笑んで聞いてくれている。


「お母さん、少しでいいので外の空気を吸うようにしてください。家の庭とかベランダでも構いませんよ、太陽の光を浴びて元気を貰うんだよ!」

 本郷先生の笑顔に、俺は少しホッとした。


 少しずつ動いても大丈夫な状態って事だろう? と、俺は都合の良い解釈をした。


「無理のないようにね、それと次は血液検査もしておきましょうね!」

 本郷先生は笑顔のまま、パソコンにカチャカチャと文字を入力している。

 横では普通を装った母ちゃんの姿があった。


「先生? 聞いていいですか?」

「ん? どした?」

 本郷先生が、パソコンで入力をしていた手を止めて、俺の方に体を向けた。


「先生、俺の心臓の病気の正式な病名は何ですか?」


 本郷先生の口元が少しだけ、ぴくっと動いた。

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