第20話 海へのドライブ―栞Side

 凪ちゃんの連絡先を一ケ瀬君から聞いて、写真を送った。私が交換していたメールは一ケ瀬君だったと知った時は、凄くビックリしたけど。

私は少し嬉しかった。


『待ち受けにしてもいいですか?』

 そんな風に一ケ瀬君に言われて、心がザワザワとする。


(どうしよう……。)

 一ケ瀬君は患者さんで、私よりも年下だし。 まだ高校生だし。学校に彼女だっているかもしれない。


 背はすらりと高くて、優しい笑顔。私は一ケ瀬君の長い睫毛が好き、スーッと通った鼻、さらっとした髪の毛が好き。

 だけど、一ケ瀬君の事はほとんど何も知らない。


 正解も間違いもなさそうな答えを、私はカメラの手入れをしながら探していた。

――ピコン。

 携帯の通知音が鳴った。


『いつでもいいので電話欲しいです。凪。』

 今度こそ、凪ちゃんのものであろう電話番号が入っていた。


 私はすぐに電話をかけてみる。

「もしもーし!」

 私からの電話だとわかっていたのか、元気なトーンの声だった。

「もしもし? 中川です。凪ちゃん?」

「はい! 良かったー、電話貰えないかと思ってたから」

 電話の向こう側から嬉しそうな弾んだ声が聞こえる。


「ん? どうして?」

「だってー、お兄ちゃんのメール登録しちゃったから」

「あ、そうだよー! 凪ちゃんだと思ってたからビックリだったよ?」

「ごめんなさーい。でもね……」


 凪ちゃんは本当に一ケ瀬君の事が大好きなんだろう。きっと小さな頃から可愛がって貰ってたんだろうなぁ。

 天真爛漫な凪ちゃんとの会話は楽しかった。たまに友人と話をする事はあったけれど、凪ちゃんとの会話は思わず笑ってしまう。


「あのね、中川さん。お願いがあるの、お兄ちゃんとお友達になって欲しいの!」

「えっ?! お、お友達? 広輝くんがいるんじゃない?」

「中川さんじゃないとダメなのっ!」

 凪ちゃんからの強い要望だった。



『おはようございます! 体調はどうですか?』

――ピコン。

『元気ですよ!』

『では、お迎えに参ります!』


 本郷先生に念のため相談した。

「えっ?!」

 と最初は驚いて、ニヤニヤと笑っていたけど。

「いいんじゃないか」

 とすぐに返事をくれた。ご両親もすぐに許可してくださった。




 そして私は今、一ケ瀬君達を車に乗せて海へ向かって車を走らせている。

 少し緊張していた。大切な命を乗せて、ハンドルを握っているのだから。


 助手席にはシートベルトを締めて、一ケ瀬君が座っている。後部座席には凪ちゃんと広輝君が座っていて、とても賑やかだ。

 海が近づいて来ると、一ケ瀬君は窓を開けた。

 潮の匂いがかすかにしてくる。


 風に吹かれた一ケ瀬君の髪の毛はぐちゃぐちゃに乱れていた。BGMは凪ちゃんや広輝君のセレクトだ。

携帯からBluetoothで繋がれて流れている。


 知っている曲を時折口ずさみながら、私達は目的地に到着した。


「うわ――気持ちいい――!」

 凪ちゃんは嬉しそうに砂浜へ向かって走っていく。

「おーい、凪! 手伝えよっ!」

 なんて言う一ケ瀬君の声は届かないまま潮風に流された。

「颯真、俺が持つわ!」

 と広輝君が大きくて重い荷物を両手にいっぱい抱えて、凪ちゃんの所へ向かっていった。


「一ケ瀬君、大丈夫?」

「はいっ。」

「何かあったら言ってね!」

「ありがとうございます」


 私達は『にじいろ海岸』に来ていた。 一ケ瀬君の退院の時にプレゼントした手作りのアルバムの場所だ。

 私の写真を見て、一ケ瀬君の瞳から零れた涙を思い出した。


 広輝君は日除けのテントを張り、凪ちゃんはレジャーシートを広げながら荷物を置いた。

「きゃははは!」

「ちょっと、凪! そっちだよ」

 と広輝君は手伝っているのか邪魔をしているのかわからない凪ちゃんと楽しそうに会話をしている。


「私達も手伝いますか!」

「広輝ー、俺も手伝うよ――!」

 一ケ瀬君と私も合流して、くつろぐスペースも何とか出来上がった。


 小さな子供達は浮き輪をはめて波打ち際できゃっきゃっと笑っている。

 ふざけて砂に埋められているお父さん。家族連れやカップルで砂浜は賑わっていた。



「ね――! お腹空いたから、お弁当食べようよぉ」

「そうしよっか!」

 とお弁当や飲み物をシートの上に広げた。

「一ケ瀬君のお母さんのお弁当、すごい!」

「たくさんあるから、いっぱい食べてね!」

「お前が作ったみたいに言うなよな」


 本当に仲良しの兄妹だ。

「いただきっ! 中川さんも早く食べないとなくなりますよ!」

 広輝君の言葉に思わず私も手を伸ばした。


「んー、美味しいっ!」

 一ケ瀬君の為に、薄味にしてある唐揚げもカリッとしているし。卵焼きも優しい出汁の味がしてふんわりとしている。


「ちなみに私はラップサンド! レタスやチーズのシンプルなものと、フルーツとクリームを巻いてるのもあるよ!」

 みんなで潮風に吹かれながら食べる食事はとても美味しくて、とても楽しかった。


 凪ちゃんと広輝君が波打ち際ではしゃいでいる姿を見ながら、一ケ瀬君が笑っている。


――シャッターを押したい……。

「一ケ瀬君、写真撮ってもいい?」

「へっ? 俺? 別にいいっすよ!」

 と、にっこりと微笑んでくれた。


 記念に凪ちゃんと広輝君の姿もカメラに納めた。


――カシャッ、カシャッ。

 潮風でくしゃくしゃになった髪の毛を直す一ケ瀬君の横顔。


 広げたまんまのお弁当。

 転がったまんまのビーチボール。

 遠くに浮かぶ船。鳴きながら飛んでいくウミネコ。


「中川さん、写真本当に好きなんですね」

「うん。でも、人を撮るのは久しぶりかもしれないなぁ。」

「どうして?」

「なんかね、たくさん想像できるでしょ? このボールの持ち主はどんな人だろう? とか、この花はどんな香りがするんだろう? とか。そうゆうのを残したくて。空はね、見上げるのが好きなの。何だか上を向くと元気になる気がしてさ」

「んー、何となくわかる気がします」



 日除けのテントの中で、少し眩しそうに空を見上げる一ケ瀬君の横顔を、ファインダー越しに覗いてシャッターを切った。


「ね、夕陽が見れるまでいてもいいかな」

 一ケ瀬君がこっちを向いて笑った。

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