第49話 帰省
俺は菊池さんに怒られてしまった『ホタル祭り』の写真を楽しみに待っていた。携帯で一緒に見たホタルの光は小さくて綺麗だったけど。
栞が切り取るホタルはどんな感じなんだろうか。
栞がファインダー越しに見たホタルはどんな感じなんだろうか。
しばらくして出来上がった『ホタル祭り』のアルバムは薄いグリーンの紙で出来ていた。
夕暮れの空に浮かぶ飛行機雲はちぎれながら消えていき、群れで羽ばたく鳥たちが羽を広げて飛んでいる。草むらからこっちを向いて耳をピンと立てた茶色い猫、気持ち良さそうに風に揺れる小さな白い花。どれも栞らしくて可愛い写真が並んでいる。
──出来れば俺も一緒に……。
そんな気持ちを圧し殺しながら、栞のアルバムのページを捲る。とても喉かな風景は、目を閉じると色んな音が聞こえてくるようだった。
清らかな水が流れる川で寝転んでいる石、緑色の山の上には群青色に染まった空が広がっている。
月は蒼白くひかり、存在感を示していた。
ホタルの写真には息を飲んだ。
「三脚を立ててカメラを固定して、連写モードで撮ったの! まぁまぁかなぁ?」
「いや、すっごく綺麗だよ!」
川の両側にある茂みからいくつもの黄色い線が交差している。ホタルが光ながら飛んだ道が写真には撮されていた。
「ホタルの種類によっては丸い光で撮れるみたいなんだけど、ここのホタルはよくいるホタルみたいだね」
「へぇー」
何枚もあるホタルの写真はどれもとっても綺麗で素晴らしかったけど、俺はお気に入りのホタルの写真を見つけた。
葉っぱの上で一匹のホタルが写っている写真。おしりのほうが黄色く光ってとても綺麗だ。
撮るのにとても苦労したであろうその写真は、俺の心の奥まで照らしてくれるように感じて、じっと見つめてしまう。
栞の切り取る景色は優しくて、俺は大好きなんだ。
最後のページを飾っていたのは、大切そうに栞の手のひらに乗せられたピンク色のキャンディだった。
「これなぁに?」
「ん? げんき玉!」
って、栞は可愛く笑った。
なぜだかわからないけれど、栞はとっても嬉しそうだったので俺は何も聞かなかった。
俺に聞こえないように鼻を啜っていた事が関係しているのかもしれない。
そうでなければ、きっと近くにいた小さな子供から貰ったんだろう。
「─ねぇ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよぉ、母ちゃんだって凪だって来てくれるし。父ちゃんだっているんだから」
「まぁ、そうだけど……」
「たまには俺の事を忘れて、実家で甘えて来いよ」
栞があまりにも心配そうな顔でこっちを見ているので、俺は困っていた。
栞が久しぶりに長期休暇をとって、実家に帰る事になったらしい。めったに帰れないからのんびりしておいでって、本郷先生達に言われて実家のご両親は喜んでいるはずだ。
周りのスタッフにも協力して貰えて、栞が仲間に恵まれているのがよくわかる。
「法事の手伝いしっかりしてやれよー、何年も帰れてないんだろ?」
「まぁ、ね。」
栞にとっては救命救急で働きながら、認定看護師の資格を取ったり俺に会いに来たりとバタバタな数年間だったのだろう。
「たまには親孝行してやれよ、俺が言うのもなんだけどさ。一緒に過ごす時間って大切なんじゃない?親孝行ってさ、大事だぜ?」
珍しく口を尖らせてしぶっている栞がちょっぴり可愛いかったけど。たまには栞の時間を俺以外の大切な人とも過ごして欲しかった。
「俺はいつも色んな人に見守られてるし大丈夫だから。それに、こいつ持ってるだろ?」
鞄に付けたアイオライトのキーホルダーが小さく光っている。
──大丈夫、まっすぐ導いてくれる。
「うん、じゃあゆっくりしてくるね! あ、写真はたくさん撮ってくるからね! 楽しみにしてて」
病院の中庭に吹く風はいつも優しくて心地がいい。栞が俺の車椅子の横に座って、こんなふうに一緒に同じ風を感じられるからだろうか。
ここには小さな森のように木々が植えられている。
真ん中にある大きな桜の木は春になると綺麗なピンク色に染まるんだ。花吹雪が舞って散った後には、太陽の光をたくさん浴びた緑色の葉っぱが大きく両手を広げて木陰を作ってくれる。小さな花壇には季節の花が植えられて、俺達の心を癒してくれるのだ。
「気持ちいいねぇ」
と栞が言って、少し眩しそうに目を細める。
髪の毛の上の方だけを結んでいて、風が吹くと肩の辺りで髪の毛がさらりと揺れた。
俺の車椅子にそっと置いた栞の手に触れて、ぎゅっと握ってみる。栞のくりっとした瞳がこっちを向いてにっこりと微笑んでくれる。
栞の手は小さくて柔らかくて、とっても愛おしい。俺は栞の小さなその手を両手で包んで、そっと口づけをした。
「ふふっ」
「何だよ、」
「颯真の手はやっぱり大きいなぁって思ってさ」
栞が自分の手を俺の手に合わせている。
確かに俺の手は痩せ細ってはいるけれど、栞の手よりもうんと大きい。
「弱っちぃーけど離さないつもりだよ」
照れ臭くてたまらなかったけれど、もう一度ぎゅっと握った。
「ふふっ」
「ん?」
「颯真照れてる!」
「うるさい」
そう言って、俺はそっと栞にキスをした。
栞の髪の毛が風に吹かれて俺の顔に触れて、少しだけくすぐったくって。それでも何度かキスをした。
オレンジ色の空は眩しく光って、俺たちの事を少し隠してくれるように感じる夕暮れ。
また、新しい季節が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます