第54話 山苛葉《さんかよう》─栞side
久しぶりの飛行機だったのに、眠ってしまった。雲の上を飛ぶ景色を見るのが好きで窓際の席を取ったのにって少し残念だった。札幌にある実家に帰るのは、幼なじみの結婚式以来だ。
颯真と付き合い始めて間がない頃だったような気がする。
まだまだ未熟だった私は勉強をしながら看護師として働いて、休みの日には颯真と一緒にカメラを持って出掛けていた。
だからあの時は、二日くらいで帰った。
──颯真に夢中だった。
今回はさすがにのんびりしようと決めていた。本郷先生や他の看護師も協力してシフトを組んでくれた。
それに、私にはどうしてもやらなければならない事があった。
雨に濡れた『
「いつか一緒に見に行こうね」
って、颯真と約束をしている花だ。
雨に濡れた
「お婆ちゃんの十五回忌だから、帰ってきたら?」
と母親から連絡を貰った時にふと思い付いたのだ。ちょうど花が咲く頃だったから。
──まず、花を見つけて雨が降ったら写真を撮りに行こう! 二週間もあれば、梅雨だし雨が降るだろう。
颯真の状態は良くなかった。
仕事もできていたし、旅行にだって行けた時期もあった。食事制限だって、ちゃんと頑張って守ってくれていたし、入退院を繰り返してはいたけれど元気だった。
そんな颯真が少しずつ少しずつ弱くなっていった。
何度も電気ショックを与えて復活してきた心臓が悲鳴をあげ始めたのだろうか。
私は心配で、休みの日には二時間かけて病院へ会いに行っている。元気そうに笑って見せてくれるけど、きっと無理をしているんだろう。
「あら、栞ちゃん久しぶりねぇ!」
「あーら、本当にぃー、べっぴんさんになってぇー」
「おばちゃん、久しぶりっ!」
「聞いたよぉー、救急の看護師さんしてるんだろ?」
「そう、認定看護師って資格もとったよぉ」
「はらー、栞ちゃんは偉いねぇー」
「なかなか帰ってこねぇーから、さびぃけんどよ。りっぱな仕事さぁしてるからの」
少しお酒を飲み過ぎた父親が、大きな声で話をしていて恥ずかしくなる。
「もー、父さん飲み過ぎ!」
「なぁに、栞が久しぶりに帰ってきたからぁ、父さん嬉しいんでさぁ!」
父さんは顔を真っ赤にして笑っている。
まぁ、何年も帰省しなかった私もたまには親孝行しなくちゃなって、その時は反省もした。颯真が気にはなっていたけれど、久しぶりに家族と過ごす時間は賑やかで楽しかった。
父さんの笑い声や家の中の匂いがとても懐かしかった。
颯真とは、一日何回かメールでやり取りをした。昼間はうちの中は騒がしいし、夜は颯真が安静の時間になるから電話はしないようにしていた。
ホタル祭りの時には自力で中庭まで行けたけれど、最近の颯真はその体力もなくなっているようだった。
──もしかしたら……。
不穏な感情が沸き上がってくるのを必死でこらえている。移植ネットワークに登録はしているけれど、なかなかうまくいかないのが現実なのはよくわかっていたから。
だから、私はふたりの約束を実現させなきゃならないんだ。写真を見れば、きっと颯真も元気になってくれるはず!
私と颯真のお揃いのアイオライトが幸せへと導いてくれるんだから!
『
「ちょっと、栞。もう少しゆっくり歩いてよー」
って、母さんが汗をかきながらついてきている。私も見たいって、付いてきたのだ。
「ごめんごめん、休憩する?」
「ぅーん、そうしよ!」
山道の脇に腰かけて、川の流れる音を聞きながらお茶を飲んだ。透明な水が流れ、大きな木が陰を作ってくれる。風に吹かれた葉っぱがざわざわと音をたてて笑っているようだった。
「気持ちがいいねぇー」
「んだねぇー」
「花、咲いてるかなぁ、」
「去年、咲いちょった場所見てみよぉ」
「母さん、場所覚えてる?」
「うん、」
少し老けた母親と並んで山道を進んでいった。そして去年も咲いていた場所で『
「はらー、今年も咲いとるわぁ!」
って、母親は嬉しそうに眺めていた。
(よしっ! 雨が降ったらここに来よう!)
私はファインダーを覗いてシャッターを押した。
バタバタした法事も終わり、のんびりとした時間がやってきた。友人との約束も何もない日、朝から大雨が降っている。
『おはよう』
『おはよう』
『今日はいい天気だよ』
『こっちは大雨だよぉ』
颯真といつものようにメールのやり取りをして、出かける準備をした。カッパを着て、リリュックサックに荷物を積めてカメラを持って。
颯真びっくりするかなぁー、それともひとりで行ってずるいって怒るかなぁー、なんて考えながら。
「母さん、
「雨がひどいから気を付けなさいよぉー」
「うん! ありがとう!」
「雷が鳴ったら……」
「大丈夫! 雷が鳴ったらすぐに山を下りて建物に入るから! それに、花の場所わかってるし!」
「気を付けるんだどー」
って父さんと母さんに見送られて、私は車を走らせた。
どしゃ降りの雨粒がフロントガラスにバチバチと当たって、少し怖いくらいだ。
ザァ─────と降り続く雨の雫が、私の着ているカッパに当たる。
パッ・バッ・パッ・バッ・パッ・バッ……。
この大雨の中を傘をさして手押し車を押して歩くお婆ちゃんとすれ違った。傘で見にくそうだなぁ、と様子を見ていた。
すると道の真ん中へ向かって反対側に渡ろうと、そのまま歩き始めている。
右側には大きなトラックが見えた。
───プ───プップップ──!!!
どしゃ降りの雨の中を走っているトラックがクラクションを鳴らしている。
「危ないっ!!!」
私は急いで走って行き、お婆ちゃんの背中を押した。
───プ───プップッ──!!!
キキキ────ッ!!!
───ドンッ。
カッパのポケットから携帯電話がポ──ンと飛び出して地面に落ちた。画面にはヒビが入り雨に濡れている。
お婆ちゃんは私に押された勢いで前に飛ばされて転けてしまった。
お婆ちゃんの背中を押した私はトラックにぶつかって…………五メートルほど、飛ばされた。
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