――After the rain――
綴。
第1話 雨上がりの空
バチバチと大きな雨粒が窓に当たる音が続いている。今夜は大雨だ。こんな夜はバタバタとするのだろう。
私は中川
――ピーッピーッピーッ!
耳障りな音が鳴り響く。
救急搬送の連絡だ。
「はい! 風花救急センターです」
本郷先生が受話器を取った。
「おぃ、中川行くぞ!」
本郷先生に呼ばれて走って追いかける。
「はいっ!」
どしゃ降りの雨の中、赤いライトを回し、サイレンを鳴らしながら救急車が病院へ到着した。
救急隊員から引き継ぎを受ける。
「一ケ瀬颯真君、17歳。帰宅途中に倒れていたそうです。住宅街ですが、この雨で気付かれなかったようで、倒れた時間はハッキリとわかりません。バイタル……」
「移します! いち、にっ、さんっ!」
私は必死で準備をした。
(頑張って!)
雨に濡れていたせいなのか、ぐったりとした彼の体は冷たく唇は紫色に変化していた。
「まずいなぁ、急ぐぞー!」
「はいっ!」
――――
騒がしい音がぼんやりと遠くから聞こえてくる。
(1・2・3・4……)
「離れてーー!」
バチン!
(1・2・3・4……)
「もう一回行くよ!」
バチン!
……ピッ……ピッ……ピッ
「きたっ!」
「よし!」
ガチャガチャ……ガチャガチャ……
「ラインとって!」
「はいっ!」
「血液検査、エコーの準備!」
「はいっ!」
それは少しずつ少しずつ近くなる。騒がしさは増して、すぐそばで聞こえ始めた。
「あ、聞こえてるー? 聞こえてたら手を握ってみてー!」
(誰に言ってんだろ?)
「わかりますか? この手、握れる?」
女の人の声が聞こえる。
俺は、少し指を動かしてみた。
少しだけ、誰かの手に指が触れる感覚がした。
「先生! 戻りました!」
(戻ったって何だ?)
少しずつ、声がはっきりと聞こえてくる。
「僕の声が聞こえますか? 聞こえてたらこの手を握ってみて下さい」
そう耳元ではっきりと聞こえてきた。
俺は温かい手を少し握り返した。
「良かったねー。ここはね、病院です!」
(病院……?)
「色々今から検査とかさせて下さいね。
寒い?寒いならこの手をもう一回握れますか?」
俺はもう一度、手に力を入れてその手を握った。
「毛布持ってきてあげて! とりあえずレントゲン撮って、血液検査の結果を待つか」
聞こえていた声は少しずつはっきりと俺の耳に届いている。
毛布をかけられたのだろう。
少し寒さが和らいだように感じた。
でも、何もできずにまた俺は、意識が遠のいて眠った。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
少しずつ意識がはっきりとしてきた。
何だか暖かい光を感じて、俺はゆっくりと目を開けた。
「おはようございます。わかりますか?
ここは病院ですよ」
(病院?)
「初めまして、私は看護師の中川です!
一ケ瀬君。昨日の夜に救急車でここに運ばれて来たんだよ?覚えてる?」
『中川』と名乗った看護師は少し長めの髪の毛を後ろに一つに束ねている。くりっとした目が微笑んでくれた。
「いゃ、えっ?」
夢の中で聞こえていた、騒がしい音は消えていた。
ピッ……ピッ……
一定のリズムで小さく聞こえる音。
俺の体は医療用機器と繋がっているようだ。
腕にも点滴の針が刺さっている。
「カーテン開けましょうね。昨日は凄いどしゃ降りの雨でしたけど。今日は雨もあがって、晴れてますよ」
俺はゆっくりと窓の方に視線を向ける。
確かに雨上がりの綺麗な空が広がっている。
「あのー。俺、生きてます?」
看護師の中川さんは、少しきょとんとした顔をして笑った。
「フフッ。大丈夫です、ちゃーんと生きてますよ?」
昨日の記憶が微かに甦ってくる。
駅から歩いていて、急に息が苦しくなって。
「はっ! 俺、倒れたんだ!!」
「そう。それで、ここに運ばれて来たんですよ。今どこか痛い所とかありますか?」
「えーっと」
起き上がろうとすると、肩に痛みが走った。
「…いっ!」
中川さんが駆け寄ってきた。
「あ、ダメダメ! まだ寝てて下さい。肩が痛い?ちょっと見せて」
そーっと、俺の体の向きを変えられて肩を確認された。少し上着をずらして覗いた中川さんの声が肩越しに聞こえる。
「あー、ここね。倒れた時に打ったのかなぁ。先生に伝えておきます。後で診察してもらうようにしましょ」
「はい、ありがとうございます」
俺は一ケ瀬颯
最近、時々胸が苦しくて何だか体調がおかしかった。そういえば、去年の健康診断で引っかかって、心電図を撮ってもらったけど。その時は特に何もなかったんだけどな。
何だか嫌な予感がする。
「そうそう、ご両親が今荷物を取りに帰ってくれてるから。もう少ししたら戻ってきますよ。安心して下さいね」
と、中川さんは声をかけてくれた。
俺はもう一度窓の方を向いた。
(俺の住んでいる町はもう少し山の方だから、あっちかぁ。)
見覚えのない景色だ。多分、少し家から離れた病院に運ばれたんだな。
遠くの方に小さく海が見える。
羽根を精一杯伸ばしているであろう鳥も、のんびりと風に乗って飛んでいるようだ。
「景色がすごく綺麗でしょ?」
「はい」
中川さんは窓際に移動して、両方の親指と人差し指指で四角を作って覗いている。
「どこを切り取っても美しいんだよねぇ」
その後ろ姿に、俺は胸がトクンとなった。
「あ、ごめんなさい。私ね、写真撮るのが趣味なの!」
「へぇー」
突然、中川さんは振り向いた。
「ヤバっ! 行かなくちゃ! 肩の事、ちゃんと伝えておきますね」
と、バタバタと走って出ていった。
(本当に、どこを切り取っても綺麗だな。)
俺は中川さんの言葉を思い出していた。
俺の体は大丈夫なんだろうか。
窓の外の景色を眺めながら、俺はまた目を閉じた。
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