第24話 恋とカメラと・・そして。

「これ綺麗だね!」

「あー、これね、私も好きー!」

 栞ちゃんと時々やってくる海岸。

 栞ちゃんがふたりで見ている景色を切り取ったり、写真を眺めたりしてのんびりと過ごす。俺達のデートだ。海水浴をする人は殆ど居なくなった海には、もう海月があちこちに漂っている。


 俺にとってこの夏は、ある意味充実していた。広輝はよく家にやって来て一緒に居たし、凪は嬉しそうに俺達の仲間に加わった。

 栞ちゃんも二回くらい来て、皆で一緒にご飯を食べた。母ちゃんは、少し不思議そうだったけど凪とコソコソと話をしてからは何も言わなくなった。嬉しそうに料理を多めに作ってくれた。

 俺の為に家族が減塩食を食べる事になり、食卓には塩や醤油などの調味料を置いて父ちゃんや広輝は味を付ける事もあった。

 何だか申し訳ないと思ったけれど、母ちゃんは楽しそうに料理をしてくれるし、薄味に慣れてしまえば問題なかった。

 ポテトチップスは残念だけど、カフェインレスのコーラがあるし。


 何より母ちゃんが豆腐でパリパリのチップスを作ってくれて、それが意外とうまい。

「美味しいですっ!」

 って栞ちゃんも食べてくれて、俺は思いっきり自慢してやるんだ。

「母ちゃん、すげーだろ?」

「うん、凄いです!!」

 栞ちゃんが笑って、母ちゃんもにっこりと笑ってくれる。そんな時は、俺もカメラのシャッターを押したくなった。


 裸足になった足を時々やってくる波が擽っていく。もうすぐ夏が終わる。


「俺も写真やってみようかなぁー、栞ちゃん教えてくれる?」

「もちろん!」

「まずはカメラだなぁー」

 俺はポツリと呟いた。


「ねぇ、颯真君。誕生日ってもうすぐだったよね?」

「うん、来週」

「私、来週夜勤多くて、会えないかも。ゴメンね」

 栞ちゃんは申し訳なさそうに俯いた。


「全然! 謝らないでよ」

「その代わり」

 栞ちゃんは大きな鞄からゴソゴソと何かを出した。

「はい、少し早いけどプレゼント!」

「えっ?! 俺に?」

 うんっ! と首を大きく動かして、にっこりと栞ちゃんの顔が微笑んだ。


「いいの? ありがとう!」

「開けてみて」


 綺麗にラッピングされた淡い水色の包装紙に白いリボンがかけられている。まるで空に流れている雲のような結び目をそーっとほどいた。中には黒くて四角い箱があった。

 す――っと蓋を持ち上げると、カメラとストラップが入っていた。


「え――っ?! か、カメラ?!」

「私の趣味を押し付けてしまうかなーって、ちょっと心配だったんだけど」

「いや、プレゼントにしては高すぎるよ」

「大丈夫。一番使いやすいタイプだから」

「え――でも、こんなに高価な物は……」

 戸惑いを隠せない俺に栞ちゃんは笑顔で言ってくれた。

「颯真君と、一緒に写真撮りたかったの!」

 栞ちゃんの髪の毛を潮風が揺らす。

「俺、栞ちゃんの写真撮りたい……」

「なるべく綺麗に撮ってよね!」

「ありがとう! 宝物にする!」


 栞ちゃんが撮影しているのを何となく見ていたから、ちょっと教えて貰ってファインダーを覗いた。

「栞ちゃん?」

「ん?」

 と首を少し傾げている栞ちゃんをファインダー越しに見てシャッターを押した。


 栞ちゃんがカメラに付けているものより、少し濃い色のストラップをつけて首にかけた。

「似合うじゃん!」

「ありがとう!」

 そこから俺はカメラのシャッターを押し続けた。ふたりの足に波がかかった瞬間や、空を切り取っている栞ちゃんをカメラに納めていく。とても幸せな時間が穏やかに過ぎていた。


 夕陽の写真を撮りたくて待っていたけど、空の色はオレンジではなく曇天に変わった。

 そして、突然降りだした雨に俺達は慌てて帰る準備をして車に乗り込んだ。


「濡れちゃったねー」

「天気予報では雨ではなかったんだけどなぁ」

「颯真君、大丈夫? 体冷えてない?」

「うん」


 だけど、俺達はふたりともびちょびちょに濡れてしまった。

「私の家に寄ろう! とりあえずこのままではダメだよ!」

「大丈夫だよ、これくらい」

 と言いながら、栞ちゃんの髪の毛から滴り落ちる水滴を見つめた。

……栞ちゃんが風邪をひいてしまっても困る。


 海岸から栞ちゃんの家まではそんなに時間がかからなかった。

「颯真君、入って!」

「お邪魔します」

 散らかってる……なんて言ってたけど、とても綺麗に片付けてある。キッチンにある道具は、母ちゃんが使っているものよりもオシャレで可愛いし。

 小さめの食卓テーブルと、白いベッド。淡いピンク色のソファにテレビ。栞ちゃんが切り取った景色がセンス良く並んでいる。


「颯真君、お湯張りしてるから入って!」

「えっ? でも……」

 躊躇する俺を栞ちゃんは無理やりお風呂場へ押し混んで扉を閉めた。


 ちゃぷん……とお湯に浸かる。

――って、俺お風呂なんか入っていいの? えっ、着替えどうしよう。

 さすがに栞ちゃんの服はサイズが合わないから借りれない。



「颯真君ー! 着替え置いとくね――!」

「ありがとう!」


 えっ? 着替えって言ったよね。まぁ、いっか、お風呂からあがってから考えよう。

 栞ちゃんのシャンプーとトリートメントやボディーソープを借りて、ガシガシと洗った。俺はぽかぽかと温まり、潮風と雨のベタベタをスッキリと洗い流した。


 扉を開けると袋に入ったまんまのトランクスとタグがついたままのTシャツとスウェットが置いてあった。


 俺は思わずバスタオルを巻いて扉を開けた。

 家では凪がいつもいたから何も考えていなかった。

「ねー、栞ちゃん、これ買ってくれてたの?」

「ひゃっ! う、うん。海とか行く時に濡れてしまった時の為。べ、別に変な意味ではないよ! ホントにホント!!」

「いや、ありがとう!」

 俺は自分がどんな格好をしているのかも忘れて栞ちゃんをそっと抱き締めてしまった。

……嬉しかった。とっても、嬉しかった。


 そしてそのままキスをした。優しいキス。

 だけど俺は何だか感情を抑えきれなくなってギュ――っと栞ちゃんを抱き締めてしまった。栞ちゃんもゆっくりと俺の背中に手を回してくれた。少し震えている。

「栞ちゃん」

「颯真君、湯冷めしちゃうよ」

「ん」


 栞ちゃんの濡れた服をそっと脱がせて、ふたりで布団の中に潜り込んだ。

 俺達はふたりとも……初めてでどうしたらいいのかもわからない。

 心臓がドキドキする。

「温かい、このまましばらくいてもいい?」

 栞ちゃんの愛しい声が俺の腕の中で聞こえる。

「ん、このままでいいよ」

 とっても温かくて、栞ちゃんは柔らかくて、俺はこれだけでも十分だった。


 その日の帰りはいつもより少し遅くなった。出掛けた時とは違う服を着て帰ってきた俺に母ちゃんは驚いていた。凪はニヤニヤしながら俺を見ていた。俺の濡れた服は、栞ちゃんの家に置いてきた。


 高校三年生の夏の終わり。

 栞ちゃんの肌の温もりと柔らかさを知った。

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