第23話 夏色のアルバム―栞Side

 颯真君はずるいんだ。カメラのファインダーを覗いている私の名前を呼んで。

 何も言わずにキスをした。

 いや、私も動かないで待っていたのかもしれない。


 携帯のメールよりも手作りのアルバムが欲しいと言うから、私は喜んで作っちゃうし。ポートレートに興味がないのに、颯真君の事は写真を撮りたいと思ってしまうし。

 綺麗な瞳でまっすぐに見つめられて、初めてのキスをしてしまったし。

 やっぱり、颯真君はずるいんだ。


 キスをした後、ふわっと抱きしめられて。

「俺は栞ちゃんが好きなんだ」

 と言われた。

「私も」

 と答えて、私達の恋は始まってしまった。



 心臓病と闘っている年下の彼を、私は何とかして守って行こう。救命の看護師としても、もっと資格をとって上を目指していかなくちゃいけない。

 そんな私に、初めて彼氏ができた。


 今日撮ってきた写真も、またアルバムにして颯真君に渡そう。プリンターから出てきた颯真君の横顔は、やっぱり素敵だった。

 潮風に乱された前髪も、こっちを向いて笑っている笑顔も、波に反射する光でキラキラと輝いて見える。


――ピコン。

『今日はありがとう、楽しかった』

『うん、私も楽しかった』

『またアルバム作って』

『颯真君の写真も入れて作るね』

『やめれ』

『にゃはは』

『仕事、無理しないよーに』

『了解!』


 穏やかな恋の始まりだった。




――――ピーッピーッピーッ!

『はい、風花救命救急センター!』

 今日もまた一日が始まった。

 大きな交通事故、怪我人が多数出ている。そこから、三人搬送されてくる。

 赤いランプを回し、サイレンを鳴らした救急車が到着した。


「北村先生も来て! あと、麻酔科にも連絡! 神田ー!」

「はいっ!」

「北村先生についてー!」

「はいっ!」



「中川ー、行くぞ! 多発外傷の患者さんだ! 気を抜くなー」

「はいっ!」

 本郷先生の指示が飛び交い、私は必死で後を追いかけた。

「聞こえますかー、病院ですよ!」


 ストレッチャーで運び込まれた男性は、反応が薄い。

「移します! いち、にっ、さんっ!」


 ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

「服切りますねー!」

「ラインとってー!」

「はいっ!」


「腹部が腫れてるなぁ。エコー!」

「はいっ!」

 私は準備をして補助をする。

「まずいなぁ。麻酔科の準備は?」

「大丈夫です!」

「内出血してるから、急ぐぞ。輸血準備!」

「神田ー、器械出し! 中川ー、器械出しフォロー、準備急ぐぞ!」

「はいっ!」


 そして、また次の救急車も到着した。北村先生が走り寄る。

「よし、急ぐぞー!」

「はいっ!」


「移します! いち、にっ、さんっ!」


 ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

 そして私は本郷先生について、そのまま手術室に移動する。


「ガーゼ多めに用意しといてー」

「はいっ!」

「急ぐぞー!」

 ガチャガチャ……ガチャガチャ……

 ピンコーン……ピンコーン……

「メス!」

本郷先生がメスを入れると血が吹き出した。

「吸引! 血圧はー?」

「ガーゼ! 山岡先生、そっち広げてー! ガーゼ! 圧迫止血してー!」

「はいっ!」

「サテンスキー!」

「本郷先生、血圧下がってます!」

「輸液全開ー……」

「輸血追加ー!」

(さ、サテンスキー?!)

 手術室に緊張が走る。私はガーゼを多めに用意をして、器械出しに必要な物を揃えていく。



 その頃、北村先生もふたりの患者さんを同時に対応していた。

「ラインとれたー?」

「取れました!」

「エコーとレントゲンねー」


「そっちはー?」

「採血検査に回してきます!」


 ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

 ピンコーン・ピンコーン……




「縫合完了」

「外します」

 本郷先生が出血箇所にはめたサテンスキーをゆっくりと外した。

「出血止まりました!」

「よしっ!」


 ガチャガチャ……ガチャガチャ……。


 他にも怪我人が出ていた交通事故だった。

『風花救命救急センター』に運ばれてきた三人の患者さんは、なんとか無事に一命を取り留めた。



「中川、器械出しのフォロー、少し慣れてきたようだな」

「ありがとうございます。でも、やっぱり大量出血は怖いです」


 片付けを終えて、ほんの少し休憩を取りながら、本郷先生と話をする。この時間はとても貴重な時間だ。本郷先生は少しずつ、私に足りない物を教えてくれる。

「怖いのは、その場にいる全員同じだから。慣れてはいけないが、冷静さは必要だ」

「はいっ! ありがとうございます!」



「あー、外来で診ている一ケ瀨君。短時間なら外出して、散歩とかいいよなぁ。綺麗な景色を眺めるのもいいだろうなぁー。気持ちが元気になるのが一番いい!」

「えっ???」

「あ、大きな声で独り言言っちゃったか」


 本郷先生は両手を上に伸ばしながら歩いて去っていった。

(ば、バレてる……。)

 私の頬は少し熱くなった。


 バタバタとしたいつもと同じ時間を過ごして帰宅をする。片付けの追い付いていない部屋には干しっぱなしの洗濯物がぶら下がっている。

(ふ――っ。)

 少し遅めの夕食を作り、食べながら写真を広げて選んでいく。


 夏だからなぁー、ビタミンカラーがいいかな。写真を貼る画用紙を選ぶ。

 今まではなかったポートレート。

 颯真君が潮風に吹かれて気持ち良さそうに目を細めている。

 私のお気に入り写真だ。

 裸足の足元に寄せる波。

 ふたりで作った砂の山。

 颯真君の笑顔。

 並んでいるふたりの影。


 絶対に忘れられない瞬間を切り取った写真。初めてのキスは潮風の香りがした。

 そんな大切な記念日が詰まった、『夏色のアルバム』が出来上がった。

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