第33話 患者として―栞Side
強い風が吹き荒れる夜だった。
また颯真が救急車で運ばれてきた。
いつものようにコールが鳴り、私は急いで救急の入り口へ走っていった。何も知らずに声をかけると、額に汗をびっちょりとかいて苦しそうに顔を歪めている颯真だった。
(えっ?)
驚いている場合ではない! 目の前の患者さんが誰であろうと私の役目は変わらない。
「中川いけるか? 交代するか?」
「いえ、大丈夫です!」
本郷先生が気を遣ってくれている。
だけど、私は救命救急の看護師だ! 目の前に患者さんがいれば、誰だって助けたい。
今回もまた、颯真の心臓が止まってしまった。
心臓マッサージをして、ショックを与えて、颯真の心臓は再び動き始めた。
……怖かった、本当に怖かった。
三輪さんが居てくれて助けてもらった。情けない……でも、本当に助かった。
「三輪さん、さっきはありがとうございました。私……」
「頑張ったね、よく頑張ったよ!」
「私……」
「これからだよ、あなたがしっかりと支えてあげなきゃ! 前よりも大変になるよ、担当をどうするのかは本郷先生としっかりと話をしなよ!」
「はい、ありがとうございます」
私が颯真と付き合っている事は本郷先生と三輪さんにはバレていた。あのふたりにはかなわないし、誤魔化す事もできない。
基本的には医師は家族や身近な人の手術などはしない。平常心を保てなくなるほうが危険だ。看護師も同じくルールがある。
ただ私は颯真の家族ではないし、同居もしていない。
「中川、一ケ瀬君の担当やれるか?」
「はい、大丈夫です、やらせてください!」
「そうか、わかった、何かあったらすぐ相談してくれよ」
本郷先生は、昔の経験があるから心配してくれているのだろう。一緒に暮らしていた彼女が自分の病院に入院していた。本郷先生は自分の仕事と必死で向き合いながら、彼女の顔を見に行った。
きっと、その苦しさを知っている。
少し落ち着いた時間が流れた。本郷先生は少し休憩に行った。私は備品の補充をしている時だった。
「―――だ。嫌なんだよ!」
突然、颯真の大きな声が聞こえてきた。
慌てて近くへ行くと、颯真を落ち着かせようと、お母さんが必死で声をかけている。
颯真は取り乱して、大きな声をあげている。
心電図も点滴もついている、危険だ!
「颯真、颯真、」
だめだ、私の声も届かない。颯真の腕を握りながら、ナースコールを押して応援を呼ぶ。
「嫌だ! 嫌だ!」
やっとここまでこれたのに……、颯真の叫び声はそんな風に私には聞こえた。
「颯真、こっちを見て! 私を見て!」
必死で颯真に声をかけ続ける。
颯真の気持ちを考えると、悔しくてたまらない。私の頬を涙が零れ落ちていく。
「颯真、負けないよ! 絶対、負けない!」
颯真の腕を掴む手に力が入る。
そして、やっと颯真が私を見てくれた。
三輪さんや本郷先生が駆けつけてくれて、颯真も少しずつ落ち着きを取り戻してくれた。
気がつけば、私の目から涙が零れていた。涙を拭って颯真の顔を真っ直ぐに見つめる。
負けるはずはない! 絶対に……。
「ゴメン……」
と呟いた颯真の瞳から、涙が零れ落ちる。
「謝らなくていいよ、颯真、」
颯真の悔しい気持ちが、何となくわかるから。自分の気持ちをどこにぶつければいいのかもわからなくなったのだろう。
この前、颯真の二十歳の誕生日をお祝いしたところだった。資格を取るために頑張っているところだった。通院でリハビリも始めて、通常の生活を取り戻す寸前だった。
颯真が眠りにつくまで、私はそばにいた。さっきまでの取り乱していた颯真の姿はなく、いつもの穏やかな顔。相変わらず睫毛はとても長くて、鼻筋も通っている。
少し伸びたアッシュグレイの髪の毛が、颯真を少し大人びて見せている。そーっと前髪を撫でる。颯真の寝息が微かに聞こえてくる。
脈も落ち着いて、酸素量も大丈夫だ。心電図も異常はない。点滴のスピードを確認して、私はナースステーションに戻った。
「中川、一ケ瀬君は落ち着いたか?」
「はい、やっと眠りました。脈拍も心電図も異常はありませんでした」
「そうか、中川これ」
本郷先生が差し出したのは血液検査やエコーの検査の結果だった。
「定期検診では特に異常はなかったんだけどな。拡張が進んでいる。北村先生や他の循環器の先生とも話をする予定だ」
「中川、勉強しておけ。一ケ瀬君の事をみんなで支えて行こう」
「はいっ!」
私はこの瞬間から、再び颯真の担当看護師にもどる決心をした。ひとりの患者として過ごしていくのだ。
もちろん勤務時間を過ぎれば、大切な恋人に戻る。
心のスイッチを入れ直す必要がある。
(一番辛いのは、颯真だもんね)
―――いつか一緒に写真を撮りに行こう。
あの日、ふたりで交わした約束。
大切な大切な約束を絶対に忘れない。
雨上がりの
―――ピーッピーッピーッ!
「はい、風花救命救急センターです!」
「はい、了解です!」
本郷先生がガチャンと受話器を置いた。
「手が空いてる者を集めてくれ! 三輪さん、とりあえず、ここひとりで任せて大丈夫か? すぐに応援呼んでくれー」
「はい、わかりました!」
「何かあったら連絡を、熱傷の患者が三人運ばれてくるぞ!」
「はいっ!」
本郷先生を筆頭に、私達はバタバタと救急の入り口へと向かった。
そう、私は救命救急の看護師なんだから!
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