第28話 アイオライト

「颯真!」

 駅に着くと広輝が片手を上げて俺を呼んだ。

「おうっ!」

 俺の体調は安定している。定期的に診察を受けて薬を貰っている。学校生活も運動制限以外は何の不自由もなく進んでいた。

 俺と広輝は違う制服を着て家に向かって歩いていく。ふたりともジャケットを着て、ポケットに手を突っ込んで歩く。


「もう秋だな」

「あぁ、早いよな」

「お前、栞ちゃんと会えてるのか?」

「はぁ? 凪から聞いたのか」

「凪しかおらんだろ」


 黄色い銀杏の実が転がって踏まれている。少し冷たくなった風がカラカラと音を立てて枯れ葉を飛ばした。

「なんか今資格を取る為に勉強してるんだ」

「凄いな」

「でも、今度写真を撮りに行く予定」

「栞ちゃん、カメラ、好きだもんな」

「秋の色も、また美しいよって」


 俺と栞ちゃんは毎日少しだけ電話をしている。栞ちゃんは夜勤が多いし、俺は学校があるし。栞ちゃんは休みだって勉強をしている。俺も遅れた時間を必死で取り戻そうとしていた。



「あ、そだ。広輝、今度買い物付き合って」

「買い物?」

「栞ちゃんの誕生日プレゼント買いに」

「へぇ―――」

 ニヤニヤとしながら、広輝が俺の顔を覗き混んでいる。

「やめれ」


 一人で買いに行くのは少し恥ずかしいから、広輝には付き合って貰おうと決めていた。

「何か奢れよなぁー」

「わかってるよ」


 あぁ、あとどのくらい、こんな風に広輝と話をしながら歩いている時間があるのだろうか。広輝は大学に行く、予定だ。俺は迷っていた。受験の準備も志望校も何の目処も立っていない。


 広輝が塾に行くまでの時間に買い物についてきてもらう。ブラブラとふたりで歩きながら店を探した。

「決まってるのか?」

「いやぁ、綺麗な色の物がいいかなぁ」

「綺麗な色、かぁ」

「そう、皆で行ったべ、海」

「あー、面白かったなぁ!」

「あんな綺麗な色のもの」

「お前、写真撮りはじめてから変わったな」

「そうか?」

「お! あそこは?」

「いいね!」


 ネックレスやキーホルダーやアクセサリーが所狭しと並べてあるお店だった。綺麗な色の石が並べてある。

「へぇー、いいじゃん!」

 広輝はうろうろと店内を見てまわっている。その時、俺は吸い寄せられるように綺麗な石を見つけた。淡いすみれ色をした半透明の石。手に取ってみると、光の角度で色が変わって見える。

『夢や希望への羅針盤』と書いてあった。俺は一番大きくて丸い物を手にした。

(これは栞ちゃんにぴったりだ!)

 お揃いで、自分の物も選んだ。


 そして、別の石の小さなストラップを二つ選んでこっそりと買った。


「広輝、サンキュー! 買った!」

「えっ、お前決めるのはやっ!」

「何か選ぶ?」

「いや、今はいいや」

「ちょっとカフェでも行くか!」

「ぉん」



「寒くない?」

「大丈夫」

 広輝は何かと俺の事を気遣ってくれているのがわかる。昔は弱っちくて泣き虫だったのに。いつの間にか広輝は俺よりも体が少し大きくなって、たくましくなっていた。

 こんな事、入院しなかったら気づかなかったかもしれない。

 飲み物をテーブルに置いて、広輝と横並びに座る。

「ほい、これ!」

「ん? なに?」

 俺は小さな袋を広輝に渡した。

「ストラップ?」

 濃いブルーの力強いイメージが沸く石だった。

「そ、試験や受験のお守りって書いてあったから」

「えー、サンキュー!」

「ソーダライトってゆう石だって」

「ソーダライトかぁ、なんか美味そうだな」

「ソーダだけだろ、」

 本当にくだらない話やどうでもいい話。だけど、本当に大切な時間。

 俺のこれまでの人生に、広輝はずーっと一緒にいる。きっと、これからも、ずーっと。

「受験勉強頑張れよ」

「頑張るわ」


 そして駅で塾に行く広輝を見送り、俺は帰宅した。

 玄関を開けると、いい匂いがした。

「ただいま!」

「あ、おかえり!」

「おかえり! もうご飯できるよ?」

「うん、腹減った―――」


 今日のメニューはおでんだ。もちろん、俺に合わせた薄味のおでん。

「あチッ!」

 凪は相変わらず慌てて食べる。

「おめー、こんだけ湯気出てるんだからわかるだろ」

「ふぅふぅしてね、ちゃんと」

 母ちゃんはいつまでも、俺達を小さな子どものように扱うし。

「なんだよ、ふぅふぅって、」

「ハハハ、いいじゃない!」

 母ちゃんはめげやしない。でも、母ちゃんの料理は最高に温かくてうまい。

「凪、それ、俺のじゃがいも!」

「ふたつ食べたいの!」

「ちゃんと入ってるからケンカしないの、ほら、崩れちゃう」

 まぁ、騒がしい家の居心地は最高だと感じている。


「あ、そだ! 凪、これ」

 ポケットから取り出した小さな袋を渡した。

「なぁに? あけてい?」

 俺はじゃがいもをふぅふぅしながら、うん、と頭を振って返事をした。

「か、可愛いっ!」

「だろ?」

「ストラップ?」

「凪には美しさや愛らしさが足りないから」

 凪の視線が一瞬だけ冷たくなったが、渡したストラップを嬉しそうに目の前でゆらゆらと揺らしながら眺めている。

 凪に選んだのは透き通ったピンク色の石だ。

「お兄ちゃんにしてはセンスがいいじゃん!」

「モルガナイトっていう石だったかな」

「へぇー、ありがとう!」

「お兄ちゃんのは?」

「内緒、」

 凪がほっぺたを膨らませている顔が、横目でチラリと見えたけど俺は見えないふりをした。



 栞ちゃんの誕生日、俺達はカメラを持って出かけた。今日はポカポカと少し暖かい。

 公園のベンチに座って休憩をしていた。

「栞ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「颯真君、ありがとう!」

「はい、これ、プレゼント!」

 小さなピンク色の箱に白いリボンをかけて貰った。

「開けていい?」

「開けてみて」

「うわぁー、綺麗!」

 栞ちゃんの瞳がキラキラとして、笑顔になった。

「ストラップの先がキーホルダーになってるんだ! お揃いっ」

「お揃い?」

 自分の分も出して、ふたりで空に翳して写真を撮った。

「夢や希望への羅針盤だって」

「羅針盤かぁ、素敵! ありがとう!」

 栞ちゃんと俺はしばらくお揃いのキーホルダーを光に照らして眺めていた。

「角度が変わると色も変わるねぇー」

「そうなんだ、綺麗だよね」

「すーっごく綺麗!」

「アイオライトっていうんだよ」

「アイオライト……」

 透き通っているけれど深いすみれ色をしている石だ。栞ちゃんと俺はお揃いの夢への羅針盤を手にして、そっとキスをした。

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