第12話 桜の丘公園
気がつけば、俺がこの病院に入院してから数ヶ月が経っていた。俺は過ぎていく季節とは関係なく、色々検査を受けながら窓の外を見ながら過ごしていた。
空には白くて大きな雲が浮かんでいる。
もうすぐ夏がやって来る。
俺の心臓はやっぱり病気で無理はできないらしい。父ちゃんと母ちゃんが、この前先生と話をしていた。
薬とは長い付き合いをしていかないといけないようだ。相変わらずの薄味の食事にも慣れてきて、おっカレーじゃん!なんて嬉しい日もあったりする。
「じゃーん!」
と、凪が笑顔でカーテンを開けた。
(こいつ、今日は何をする気なのか?)
すると、
「よっ!」
と聞き慣れた声が、凪の後ろからひょっこりと顔を出した。
「おっ、広輝じゃん!」
広輝の顔を見るのは久しぶりだった。こんなに長い間会わなかったのは、初めてだろう。
「ほいっ! これなら飲めるんだろ?」
とコンビニの袋に入ったカフェインレスのコーラをテーブルに置いてくれる。
「サンキュ!」
プシューっとキャップを捻るとしゅわしゅわと音が弾ける。
俺達は久しぶりの再会にコーラで乾杯をした。
「ゲームで毎日遊んでんじゃん!」
と凪は笑うけど。
そういうんじゃないんだよなぁ。
『友情』なんて言葉はくすぐったいが、気がつけばずーっと一緒にいたから。毎日こいつの顔を見るのは、当たり前だった。
その『当たり前』がそうじゃなくなったあの日から、広輝はすごく心配してくれていた。
広輝の母ちゃんが、俺の母ちゃんに連絡をくれたこともあったそうだ。
「広輝が少し元気がないんだけど……」
って。
「陽当たり最高じゃん! 家賃高そうだな。」
広輝はとても心優しい奴なんだって、俺は良く知っている。
「一等地だぜ! 広輝も住んでみるか?」
「お前が家賃払ってくれるならいいけど?」
どうでもいい会話をする。この感じがたまらなく心地よい。
そして、母ちゃんもやって来た。
「あら、広君!」
「こんにちわ!」
「ちょっと見ない間にまた大きくなったんじゃないの?」
母ちゃんは、いつまでも俺達の事を小さい子供のように思っていたりする。ま、別に構わないんだけど。
「りんご剥いてきたのよ! 皆で食べて!」
「あ、うさぎ!」
凪は喜んでりんごを手にした。
高校生の息子に、うさぎのりんごを持ってくるかねぇー。ふと広輝を見ると、あいつもうさぎを手に取り眺めている。
「可愛くて食えないとか、言うなよな」
俺はうさぎのりんごを手にとると、かぷっと一口食べた。
「言わねーよ」
と笑いながら広輝も食べた。
凪は一つを口に入れて、新たなうさぎを手に持っている。
季節外れのうさぎのりんごは少しだけ酸っぱかった。
「失礼します」
カーテンの向こう側から、遠慮がちな声が聞こえた。
俺が聞きたかった声だ。
「あら、お久しぶりです。中川です!」
と中川さんは母ちゃんに挨拶をした。
「あら、あの時の。お世話になっています」
と大人の挨拶が交わされていた。
(ちっ、俺は早く中川さんと話がしたいんだよっ)
心の中で舌打ちをしていた。
「お邪魔なら、また別の日に来ましょうか」
と中川さんは気を使ってくれたのだが。
凪がニコニコとしながら止めてくれた。
「お邪魔じゃないです。お兄ちゃんも嬉しそうだし」
(ちっ、凪の奴め)
「大丈夫です。幼なじみと妹なんですよ」
と俺は丁寧に紹介しておいた。
「あら、そう? じゃぁ、ちょっとだけ。これ、前に言ってた写真持ってきたの」
中川さんは小さなアルバムのような物を俺に差し出してくれた。
手作りの表紙には、可愛い文字が書いてあった。
『桜の丘公園』
「え、これって、あの桜の丘公園?」
「え、皆さん後存知なんですね! 私は札幌出身なので、あまり色々な所に行ったことがなくて」
「私達の小学校の初めての遠足はここだったよねー?」
凪が懐かしそうに話をした。
「その公園ってさー、よく行ったよね」
広輝も興味津々で覗いている。
「そこって、あれじゃね? 広輝のお弁当事件があった所!」
そして、俺は広輝にキリッと睨まれるのだ。
ページを開くと、小高い丘に大きな桜の木が立っている。美しく咲いた桜の花が満開で、とても綺麗な写真だった。ページをめくると、風に吹かれて桜の花がヒラヒラと舞っている写真。
葉桜になって、緑色の桜の葉がいっぱいになり、風に吹かれてさわさわと音が聞こえて来そうな写真。
ページをめくるたびに季節が進んでいる。
砂場に残されたスコップや、子供が転がしたアヒル隊長がこっちを見ている。
「お弁当事件って何?」
クスッと中川さんが笑いながら聞いてきた。
はぁ――っと、広輝はバツが悪そうにため息をついて言った。
「俺達が遠足で行ったんですよ、その桜の丘に。小学校で初めての遠足で、母ちゃんのお弁当が嬉しくて、お弁当入ったリュック背負ったまんまスキップしちゃってんですよ。こいつと。」
「アハハ! 懐かしいわぁ」
皆で少し笑った。
「へえー、可愛いね!」
中川さんは笑顔で聞いてくれている。
「いや、全然可愛くないんです! こいつ、弁当箱開けたとたんに泣き出して」
「昔の事だろ……」
広輝はしょぼくれて呟いて、肩を落としている。
母ちゃんが思い出したように笑って話をはじめた。
「いや、広君のお母さんはお仕事に慣れなくて大変だったのよ。それでも遠足の日にお休みとって、お弁当作って。広君は嬉しくて走ったりスキップしちゃって、お弁当がぐちゃぐちゃになっちゃって泣いたんですって!」
「あらら」
「あららでしょ?」
と凪は笑っている。
広輝は窓の外を見て知らんぷりをしている。
「あんまり広輝が泣くからさ、俺必死だったんだぞ!」
母ちゃんは広輝にはお構い無しで嬉しそうに笑顔で続けている。
「颯真がね、僕のお弁当と交換してあげても良かったんだけど。せっかく広くんのママが作ってくれたのだから、広くんに食べて欲しかったんだ! って。あの頃のふたりは本当に可愛かったなぁー」
「今も可愛いだろうよ! なぁ、広輝?」
ウンウンと広輝は大きく頷いている。
「へえー、可愛いですね!」
「そ。だから、桜の丘公園は大切な想い出の場所なのよー」
母ちゃんも写真を見ながら、懐かしい顔をしていた。
「私もお弁当、端っこに寄っちゃってたけどね。真っ直ぐ持つのは難しいのよ、お弁当って!」
凪はいまだに弁当箱が真っ直ぐに持てない奴だから。
暫く話をして、中川さんは病室から出て行った。
そして、母ちゃんも凪も広輝も。
「また来るね!」
と言って帰っていった。
ひとりになった俺はゆっくりと手作りのアルバムを捲った。中川さんが切り取ってくれた景色が、俺の心の奥に小さな光を灯してくれた。
(これか…)
最後のページに貼られていた青の写真。
寝転んでシャッターを切る中川さんが頭に浮かんだ。
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